「――怖いのは、今も一緒です。自分のような存在は、きっと同業者からすると羨ましいで収まらないほどの規格外……それなのに、当の本人は「気にしていない」不変の態度を取っているからこそ、余計に火が燃え盛る」
だが、それはエヴァの責任ではない。悪事ではない。罪ではない。
確かに、彼女は恵まれた。天が二物はおろか、三物どころか四物すら平気で与えたかのような、天才と呼称すべき存在こそ……エヴァ・クリストフという女である。
それは、憧れられて当然の存在であり、恨まれて当然の存在であり、敵意すら持たれることは重々承知していなければならない存在である。挑戦者という立場ではなく、頂に立つ保持者として、挑戦者と敵を撥ね退け続ける存在であり続けるべきであるのだ。
それが、全体的な成長に繋がり、自分の成長にも直結していくのだ。
どれほど曲がった考えだろうと、どれほど穿った考えだろうと、どれほど間違った考えだろうと、どれほどひねた考えだろうと。それを真正面から受け止め、投げ返すかその場で質問や罵倒の球を殴りつけ、相手にぶつけるくらいのことをしてこそである。
「――きっと、私は長いこと外野の言葉が心に刺さり続けていたんだ。どんなに的外れな言葉であったとしても……それが自分のせいだと考えたり、自分が悪いんだと考えたり。力を開示することに、何ら悪意も悪気もなかったのに……少数派意見に耳を傾けすぎた結果がこれだよ」
参考にしても、頼りにはしない。何故なら、これは自分の人生なのだから。誰かにレールを敷いてもらう以前に、誰かが指定したルートを歩み続けることに、何の意味があるだろうか。何の成長が顕れるだろうか。否、そこに成長も楽しみも悦楽も興奮も、何もかも存在しない。ただの虚無同然であり、ただ虚しいだけなのだ。
「自分が気に食わないから、誰かを蹴落とす。自分が気に食わないから、誰かの在り方を決める。そんな身勝手、そんな横暴、そんな暴力……許しちゃあいけなかったんだ」
『――ましてや、お前さんら小娘らは……まだ齢十五だの十六だの。年端も行かないガキに、自分の道ならまだしも誰かの道なんぞ、決められる訳ねえんだ。一丁前に、向こう見ずに、無鉄砲に。手前の好きに生きりゃあいいのにも拘らず、誰かに下らねえちょっかい出した結果、自分の人生台無しにする阿呆が多すぎるってのによ』
エヴァは、好きに生きる。これまで抑圧されてきた分、思う存分謳歌する。今しか味わえないであろう青春も、新たな恋路も、これまでにないほどの力を手にし歩く、剣の道も。
「――だから。私はもう……我慢しない。いい子ちゃんでいることは楽だけれど……少しくらい恨まれても……それが私の在り方だってことを誇りに思いたい。『礼安さんのために』、そして亡くなってしまったレイジーを背に……『武器の匠として自分を誇れるように』。誰かを守り、そして気に食わない輩をぶった斬る!」
『……それが、今のお前さんの欲望であり、夢であり……良いじゃアねえか。本当になるようになった』
エヴァは灼熱状態で置かれた刀身を、熱に臆することなく両手で強く握りしめる。以前の悩みを何とかして振り払いにかかるのではなく……それすらもこの熱でなかったことにする。
当然ではあるが、人間の肉が焼ける音、そして臭いが漂い始める。痛みもそれ相応に主張しており、エヴァの額には脂汗が滲み始めた。
しかし、一切叫ばない。痛いだろうに、熱いだろうに、それでも声一つ漏らすことは無く、ただひたすらに自分の思いを込めていく。武器の匠として、武器には真摯に向き合う。至高の一振りを生み出すべく、自分のみを犠牲にしながらも、礼安から学んだド根性を胸に武器を握り締める。
次第に、その刀の原型は光を纏いながらも、エヴァに寄り添うように熱の流れを形成していく。その眼前の武器に、誘われるような感覚であった。だが、エヴァと村正は確信していたのだ。あと少しで、この武器はエヴァに呼応し――やがて完成するのだと。
徐々に手の感覚すらなくなっていきそうな中で、一際眩い光を放ち、エヴァの手を離れて宙に浮かぶ。鞘も柄もない状態でありながら、そして一切研いでいないのにも拘らず、実に美しい刃紋を揺らめかせた大太刀、その刃が完成したのだ。
エヴァが自分の手元を見ても、あれだけ焼け焦げていたはずなのに、一切の傷が残っていなかった。この刀が見せた幻か、それとも本当に味わった中で瞬時に治ったのか。それはエヴァには理解できなかった。
だが、これこそがエヴァの新たな武器である、『新銘刀・ムラマサ』誕生の瞬間であったのだ。
『――思った以上に、いい出来じゃアねえか。現代の技術と過去の技術の総決算としては……上々だな』
「本当に……綺麗。一年次時代に振るっていた『無銘』よりも……そして山梨で死んでしまった『デュアルムラマサ』よりも……刀から発せられる魔力が段違いに強く……濃い」
宙に浮かぶ新銘刀、その柄の部分と言える茎を、優しく握る。そこに混在するは、ありとあらゆるものを斬り倒したい刀本来の『破壊衝動』と、エヴァ由来の『魔力』、そして「不殺」を誓った『優しさ』。あれだけの灼熱状態にあったのにも拘らず、冷室に何日も置いたかのようにひんやりとした刀身は、触れているだけで愛おしく感じられた。
『――ッさあ、そろそろあの小娘の目、覚まさせてやった方がいいんじゃあないか? 愛田、とか言ったか。別に儂は……人の色恋沙汰に口や首突っ込むほど野暮じゃあねえし、お前さんもそのような在り方を望む。あとは……あらゆる莫大な『愛』で相撲取るくらいしか、アイツに対しての礼儀は果たせねえもんだろ。それはとうに分かっているだろうがな』
「勿論です。アレは……愛田亜紗という女は、私がその上を行く『愛』でぶった斬る以外に道は無いんです。ただ――殺しません。武器ちゃんというものは……誰かの命を悪戯に奪うための道具じゃあありませんから」
鍛冶作業場の扉を開き、その先に待つ『光』の先へ、歩き出そうとするエヴァ。しかし、あと一歩のところで村正に向き直って、静かに笑むのだった。
「武器は……無論コレクションとしての要素もあるのです。それを保有することで、それを見物することで、その後の人生を少しだけ豊かにする。まるで芸術品のような、でも作った側からしてみれば可愛らしい我が子のようなもので……ただの争いの道具じゃあないんですよ」
『……言うじゃアねえか。改めて……儂はお前さんに憑いてよかった、と思えるよ』
片手で、当人に投げるは『村正』のライセンス。これまでエヴァが扱ってきたものと無論同じものであるが、今それを握り締める気持ちまで一緒ではない。以前よりも強まった思いが、そのライセンスを握り締める手に込められている。
『――行ってこい。お前さんの主義主張、それを刀に込めて……以前以上に派手に大暴れしてこい。『女だって、派手に暴れてェ』だろ?』
「! ――勿論、『女の子だって、派手に暴れたい』ですもん!」