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第三百四話

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 どれほど長く落ちただろうか。目を開けると、そこは以前自分の中の英雄と対話した空間。鍛冶場にて、静寂を切り裂くように打ち鳴らされるは、鍛冶用小鎚にて金属と(かた)る音ばかりが、響き渡っていた。
『――よゥ、さっきぶりだな。少しでも心がブレたか?』
「……いえ、そんなことは無いです。久しぶりの戦いなんですから、最高峰の武器の一振りでも作ってもらおうかなと思って」
 汗を拭うは千子村正。待ってましたと言わんばかりに、その小鎚を再び強く振るい始めたのだった。
 二人にとって、作業場に響く金属音は、心を落ち着かせるような安らぎの音同然。一定間隔で鉄を打っては、冷水にて急冷。そしてまた超高温で熱して打って、の繰り返し。
 作業としては、実に単調と言えるもの。しかし、そこに注ぎ込まれる心血と集中力の量によって、出来上がりに雲泥の差が埋まれる。不出来なものはそれなりの心掛けと稚拙な努力で簡単に出来るものだが、国宝ほどの『一品』は己の全てを注ぎ込んでもなお出来るとは限らない。
 しかし、眼前にてエヴァの大先輩と言えるような存在が振るう小鎚は、まるで魔法のようにその鉄に魂が込められていく。作り手の思い、作り手の願い、作り手の欲望が一滴も溢れることなく注がれていく。そこに何も見えない、そこに特別な工法が含まれている訳でもないのに、刀になっていく中で命が吹き込まれていくのだ。
「――これほどの刀、以前ですら目にしたことない」
『だろうな。儂が無理やり力を抑えていたわけじゃからな』
「えッ嘘ですよね」
『嘘な訳があるかい。どこぞのうつけ武将よろしく、当人の力を成長させるためにも全力は出しておらんかった。そこに嘘偽りはないぞ』
 死ぬ危険性はもちろん理解していた。しかし、それでも未熟者に己が力を無償でやろうだなんてお人よしはそう存在しない。粗方当人の素質を見るために全力を見せない傾向が強い。村正もその例に漏れず、幼い頃にエヴァと出会ってから、一度も本気を見せたことは無い。
『ただ――それはお前さんを守るためでもあった。儂は英雄の中でも知名度も出力も高い存在……いち小娘にどうこうできるほど、矮小(チッチェ)え存在じゃアない。だからこその『馴染む』期間が欲しかった』
 小学生(エレメンタリー・スクール)終わりかけの時からの仲である二人。人となりと過去を知っているからこそ、彼女を親代わりとして大事にしてきた。万が一力の暴走が起こらないよう、明確な力を発揮することを控えてきたのだ。それは、英雄学園に入学した後もそうであり、両科黄金期時代も本当の力など一回も見せたことがなかった。
 学園長である信一郎は、学生の力の暴走を抑えるために、基本的に手前勝手な私闘を禁じているのだが、それとほぼ同じように力を独自でセーブし続けていた存在こそ、村正であったのだ。
『儂が理由で破滅することなどない。ただでさえ、最初から『多く』を失いすぎている。ここで儂が背を支えてやらなかったら……どこぞの西洋騎士を内包した小娘に、お前さんの世話全てを背負わせることになるじゃろ』
「――礼安さんのこと、ですよね」
『……武蔵国(むさしのくに)、今でいう埼玉、だったか。力を慣らすために身を潜めていた時……あの小娘は、自分の命など欠片も惜しくないと言わんばかりに行動しておったろ。アレは最早……自己犠牲の魂以上の何かだ。無謀を地で行く――究極の狂人。いつか壊れてしまうであろう薄氷同然の存在……それに支えさせるのはいささか気の毒というものじゃろう』
 そのことについては、重々承知していた。礼安を支えるために力を貸すという名目で戦い続けてきた彼女にとって、どこまでも進み続ける勇敢すぎる存在、瀧本礼安を手助けするために、この力をもう一度振るおうと誓ったのだ。
 そのために、自分が犠牲になろうと戦う。レイジーの覚悟を無駄にしないためにも、レイジーの隣で振るっていた刃をもう一度振るおうとしていたのだ。だからこその、村正への直談判。己の覚悟を示し、これまで以上の刃を振るうための、試練に挑もうとしていたのだ。
『――本当に、良いのか? それで自分が傷つくかもしれないとなっても……もう一度何かしらの大切な物を失いそうになっても……儂が助けてやれない可能性だってある。これほど多くの戦いを潜り抜けてきた儂ではあるが、史実以上の戦いが今まさに起こっておる。多くの英雄が入り乱れた戦乱極まる中で……本当に儂の力を振るおうと思うか』
「大丈夫です、もう覚悟は決まっていますから」
 その瞳は、以前のような喪失感あふれるものではない。覚悟を、夢を背負い、力を渇望する存在(けもの)。恋する乙女というだけではなく、そこに大切な存在を守ろうとする勇敢な英雄としての側面が備わったのなら、親代わりを務めてきた村正も、ある程度は浮かばれる。
『――そうか。なら……これを握る資格もあるだろう』
 提示されたのは……あろうことかあまりにも赤熱した刀の原型。とても握ることはできないであろう現物である。あまりにもの熱に、近づくだけでじっとりと汗ばむような熱波を浴びることが出来る。簡易的なアウフグースである。
「……へ? いやいやいや、まだ完成していないじゃあないですか。まだ刃も付けられていませんし、何なら柄も付いていませんよ?」
『ンなこたァ知ってる。握れって』
「いやいやいやいやいや! この先に待つの火傷どころの話じゃあないですって!! 手が使い物にならなくなりますよ!?」
『――大丈夫だ、これはお前さんの武器になる……儂の手掛ける、新たな『村正』だ』
 柄は無く、刃は無く。ただひたすらに赤熱し、小鎚との続く対話を待ち望んだ存在。長さとしては、昔の尺貫法に則って表すならば六尺。現実の長さに置き換えるならば、およそ182センチ。身の丈を超えるほどの長さをもった、大太刀であったのだ。
「え、いやでも……私が握ったところで何かが変わるんですかこれ」
『無論だ。最後にお前さんの魔力をこの中に注ぎ込む。さらにお前さんの覚悟を具現化して――刃を一息に作り上げる』
 決してふざけて言っている訳ではなく、これこそがあらゆる不浄を斬り伏せていく中で必要な作業である。村正だけで成立させることが出来ないからこそ、対怪人武器として成り立つのだ。何せ、村正自身は怪人と敵対したことが無いためである。
 昔からの頭抜けて優れた製造技術を保有する村正と、それに加え現代の製造技術と怪人への対抗手段を備えたエヴァ。その二人が手を組んでようやく、対抗できる力を発露できる。ドライバーのシステムも似たようなものである。
 静かに、生唾を飲み込むエヴァ。仮にも、ここまで赤熱した物質を何も付けていない手で握るだなんて、子供じみた愚行を犯した試しはないために、どことなく『背徳感』が湧きあがってくる。
『――お前さんは、あの蒼の小娘に恐怖心を抱いていた……確かにそうだ。だがそれは、基本的にその感覚を味わったことの無い、生娘同然のような感覚を保有していたわけではない。むしろ逆だった、同じように『味わったことがある』からこそ、恐怖していたんだ』
 その感覚を理解、そしてその『甘さ』『美味さ』『心地よさ』を知っているからこそ、根源的恐怖を味わっていたのだ。冷静になった際に、その異常性を客観的に見てしまったからこそ、辺りに被害を与えてしまうのではないか、という心配が勝るのだ。
 無論、極地(ゾーン)に入っている時はそんなことは一切気にしない。ただひたすらに、脳内快楽物質(ドーパミン)を満たすために動く。ただ眼前の敵を、己が目的を果たすために叩き潰すのみ。東京デスティニーアイランドにて見せた、礼安もそれと同じである。
 だが、エヴァのそれは通常のそれと違うことを村正は見抜いていた。ただの恐怖ではなく、羨望とまでは言わないが、憧れから来る恐怖なのだと理解していた。
『……レイジー、と言ったか。お前さん、あの小娘が山梨に行ってから……自分のことを「武器科の人間だから」と抑圧し続けたろ。それはあの力を振るうのはあの小娘の傍でなければならないというエゴからだ。逆に言うならば……あの小娘の傍でなら好き放題暴れられるから、どこまで無茶をしようと戦いを楽しんでいた。相違ないな』
 過去の経験から、そして誰かに迷惑を掛けたくないという謙遜の心が、エヴァを抑圧していたのだ。



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 どれほど長く落ちただろうか。目を開けると、そこは以前自分の中の英雄と対話した空間。鍛冶場にて、静寂を切り裂くように打ち鳴らされるは、鍛冶用小鎚にて金属と|叩《かた》る音ばかりが、響き渡っていた。
『――よゥ、さっきぶりだな。少しでも心がブレたか?』
「……いえ、そんなことは無いです。久しぶりの戦いなんですから、最高峰の武器の一振りでも作ってもらおうかなと思って」
 汗を拭うは千子村正。待ってましたと言わんばかりに、その小鎚を再び強く振るい始めたのだった。
 二人にとって、作業場に響く金属音は、心を落ち着かせるような安らぎの音同然。一定間隔で鉄を打っては、冷水にて急冷。そしてまた超高温で熱して打って、の繰り返し。
 作業としては、実に単調と言えるもの。しかし、そこに注ぎ込まれる心血と集中力の量によって、出来上がりに雲泥の差が埋まれる。不出来なものはそれなりの心掛けと稚拙な努力で簡単に出来るものだが、国宝ほどの『一品』は己の全てを注ぎ込んでもなお出来るとは限らない。
 しかし、眼前にてエヴァの大先輩と言えるような存在が振るう小鎚は、まるで魔法のようにその鉄に魂が込められていく。作り手の思い、作り手の願い、作り手の欲望が一滴も溢れることなく注がれていく。そこに何も見えない、そこに特別な工法が含まれている訳でもないのに、刀になっていく中で命が吹き込まれていくのだ。
「――これほどの刀、以前ですら目にしたことない」
『だろうな。儂が無理やり力を抑えていたわけじゃからな』
「えッ嘘ですよね」
『嘘な訳があるかい。どこぞのうつけ武将よろしく、当人の力を成長させるためにも全力は出しておらんかった。そこに嘘偽りはないぞ』
 死ぬ危険性はもちろん理解していた。しかし、それでも未熟者に己が力を無償でやろうだなんてお人よしはそう存在しない。粗方当人の素質を見るために全力を見せない傾向が強い。村正もその例に漏れず、幼い頃にエヴァと出会ってから、一度も本気を見せたことは無い。
『ただ――それはお前さんを守るためでもあった。儂は英雄の中でも知名度も出力も高い存在……いち小娘にどうこうできるほど、|矮小《チッチェ》え存在じゃアない。だからこその『馴染む』期間が欲しかった』
 |小学生《エレメンタリー・スクール》終わりかけの時からの仲である二人。人となりと過去を知っているからこそ、彼女を親代わりとして大事にしてきた。万が一力の暴走が起こらないよう、明確な力を発揮することを控えてきたのだ。それは、英雄学園に入学した後もそうであり、両科黄金期時代も本当の力など一回も見せたことがなかった。
 学園長である信一郎は、学生の力の暴走を抑えるために、基本的に手前勝手な私闘を禁じているのだが、それとほぼ同じように力を独自でセーブし続けていた存在こそ、村正であったのだ。
『儂が理由で破滅することなどない。ただでさえ、最初から『多く』を失いすぎている。ここで儂が背を支えてやらなかったら……どこぞの西洋騎士を内包した小娘に、お前さんの世話全てを背負わせることになるじゃろ』
「――礼安さんのこと、ですよね」
『……|武蔵国《むさしのくに》、今でいう埼玉、だったか。力を慣らすために身を潜めていた時……あの小娘は、自分の命など欠片も惜しくないと言わんばかりに行動しておったろ。アレは最早……自己犠牲の魂以上の何かだ。無謀を地で行く――究極の狂人。いつか壊れてしまうであろう薄氷同然の存在……それに支えさせるのはいささか気の毒というものじゃろう』
 そのことについては、重々承知していた。礼安を支えるために力を貸すという名目で戦い続けてきた彼女にとって、どこまでも進み続ける勇敢すぎる存在、瀧本礼安を手助けするために、この力をもう一度振るおうと誓ったのだ。
 そのために、自分が犠牲になろうと戦う。レイジーの覚悟を無駄にしないためにも、レイジーの隣で振るっていた刃をもう一度振るおうとしていたのだ。だからこその、村正への直談判。己の覚悟を示し、これまで以上の刃を振るうための、試練に挑もうとしていたのだ。
『――本当に、良いのか? それで自分が傷つくかもしれないとなっても……もう一度何かしらの大切な物を失いそうになっても……儂が助けてやれない可能性だってある。これほど多くの戦いを潜り抜けてきた儂ではあるが、史実以上の戦いが今まさに起こっておる。多くの英雄が入り乱れた戦乱極まる中で……本当に儂の力を振るおうと思うか』
「大丈夫です、もう覚悟は決まっていますから」
 その瞳は、以前のような喪失感あふれるものではない。覚悟を、夢を背負い、力を渇望する|存在《けもの》。恋する乙女というだけではなく、そこに大切な存在を守ろうとする勇敢な英雄としての側面が備わったのなら、親代わりを務めてきた村正も、ある程度は浮かばれる。
『――そうか。なら……これを握る資格もあるだろう』
 提示されたのは……あろうことかあまりにも赤熱した刀の原型。とても握ることはできないであろう現物である。あまりにもの熱に、近づくだけでじっとりと汗ばむような熱波を浴びることが出来る。簡易的なアウフグースである。
「……へ? いやいやいや、まだ完成していないじゃあないですか。まだ刃も付けられていませんし、何なら柄も付いていませんよ?」
『ンなこたァ知ってる。握れって』
「いやいやいやいやいや! この先に待つの火傷どころの話じゃあないですって!! 手が使い物にならなくなりますよ!?」
『――大丈夫だ、これはお前さんの武器になる……儂の手掛ける、新たな『村正』だ』
 柄は無く、刃は無く。ただひたすらに赤熱し、小鎚との続く対話を待ち望んだ存在。長さとしては、昔の尺貫法に則って表すならば六尺。現実の長さに置き換えるならば、およそ182センチ。身の丈を超えるほどの長さをもった、大太刀であったのだ。
「え、いやでも……私が握ったところで何かが変わるんですかこれ」
『無論だ。最後にお前さんの魔力をこの中に注ぎ込む。さらにお前さんの覚悟を具現化して――刃を一息に作り上げる』
 決してふざけて言っている訳ではなく、これこそがあらゆる不浄を斬り伏せていく中で必要な作業である。村正だけで成立させることが出来ないからこそ、対怪人武器として成り立つのだ。何せ、村正自身は怪人と敵対したことが無いためである。
 昔からの頭抜けて優れた製造技術を保有する村正と、それに加え現代の製造技術と怪人への対抗手段を備えたエヴァ。その二人が手を組んでようやく、対抗できる力を発露できる。ドライバーのシステムも似たようなものである。
 静かに、生唾を飲み込むエヴァ。仮にも、ここまで赤熱した物質を何も付けていない手で握るだなんて、子供じみた愚行を犯した試しはないために、どことなく『背徳感』が湧きあがってくる。
『――お前さんは、あの蒼の小娘に恐怖心を抱いていた……確かにそうだ。だがそれは、基本的にその感覚を味わったことの無い、生娘同然のような感覚を保有していたわけではない。むしろ逆だった、同じように『味わったことがある』からこそ、恐怖していたんだ』
 その感覚を理解、そしてその『甘さ』『美味さ』『心地よさ』を知っているからこそ、根源的恐怖を味わっていたのだ。冷静になった際に、その異常性を客観的に見てしまったからこそ、辺りに被害を与えてしまうのではないか、という心配が勝るのだ。
 無論、|極地《ゾーン》に入っている時はそんなことは一切気にしない。ただひたすらに、|脳内快楽物質《ドーパミン》を満たすために動く。ただ眼前の敵を、己が目的を果たすために叩き潰すのみ。東京デスティニーアイランドにて見せた、礼安もそれと同じである。
 だが、エヴァのそれは通常のそれと違うことを村正は見抜いていた。ただの恐怖ではなく、羨望とまでは言わないが、憧れから来る恐怖なのだと理解していた。
『……レイジー、と言ったか。お前さん、あの小娘が山梨に行ってから……自分のことを「武器科の人間だから」と抑圧し続けたろ。それはあの力を振るうのはあの小娘の傍でなければならないというエゴからだ。逆に言うならば……あの小娘の傍でなら好き放題暴れられるから、どこまで無茶をしようと戦いを楽しんでいた。相違ないな』
 過去の経験から、そして誰かに迷惑を掛けたくないという謙遜の心が、エヴァを抑圧していたのだ。