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第三百三話

ー/ー



「な、何か策無いの!? 先にしっかり念押して言っておくと、私は変身も何もできないからね!? 何なら武器になって特攻するくらいしか後の手立てはないから!!」
「私だって、山梨の戦いにてデュアルムラマサは完全に壊れました!! でも――」
 懐に忍ばせているは、その『策』。しかし、まだ覚悟は定まり切らない。
 彼女の考えを察知した綾部は、エヴァを抱いて咄嗟に攻撃を回避。しかしその拍子に攻撃が掠り、左肩の骨が露呈するほどに深い傷を負うことになった。傷の深い綾部を支えながら、攻撃の及ばない陰に魔力障壁を展開しながら隠れる。
「!! 綾部さん!!」
「馬鹿……よそ見しない……!!」
 ただ掠っただけ、と思ったら大間違い。バフが大量に付着した攻撃を無防備な箇所に食らえば、どんな初期装備縛りのRPGであったとしても多量のダメージが入る。
 ツナギの一部を破り取って、強く縛り止血を図るも……その出血は大量であり、ツナギでは押しとどめられないほどの怪我を負っていた。
「あ、ああ……ッ」
「――何、まだ悩んでいるの……? エヴァ……ッ」
 脂汗を掻く綾部が、パニック状態に陥りかけているエヴァの頬に、左手で強い平手打ちを入れる。
「――ッ」
「ほら……私は大丈夫……ッ。この先に……アンタにとっても、私にとっても恨めしい善吉(クソ)が待ってるんだから……こんな所でくたばっている訳にはいかないでしょうに……」
 それでも弱気な瞳を向けるエヴァに対し、力強く唇を奪う綾部。レイジーと比べれば拙いもの、初めては一か月前に済ませたばかり。それによって失うものはない、そんな女のキスで、エヴァは現実に引き戻されたのだった。
「――ね? 両科黄金期(ダブル・ゴールデンエイジ)の立役者の一人なんだから……少しくらい気張りなさいや……。私よりも……あんまり言いたくはないけれど、優れた腕と実力持ってんだからさ」
「――――」
 思いがけない科白(セリフ)に、思わず呆けてしまったエヴァ。いつもなら、ある程度尊大な自尊心(プライド)ゆえ、そこまで優しい言葉を掛けること自体が少ない彼女であるが、そんな彼女が今、同じ科であり好敵手(ライバル)同然である存在に――当人を褒め称えるような言葉を投げかけたのだ。
「――私、正直……あの合同演習会で裏切り者の裏切り者として振る舞っていた理由は……二つあるの。一つは……信玄の命を人質として取られていたから。もう一つは……アンタに……エヴァ・クリストフという女に……多少なり嫉妬していたからよ」
 綾部は、最初から才女だった訳ではない。恵まれた因子を持ちながら、鍛錬を怠らない努力家であった。多少なり気性難な性格は、自分に胡麻を擦る存在を少しでも減らしたかったから。努力は自分を裏切らない、努力は必ず自分の成長に直結する。その信念を胸に、武器科の一組の座を維持(キープ)し続けた。
 しかし、あくまで自分を裏切らず、成長には直結した上で……それ以上の存在がいたのだ。天然産(ナチュラルボーン)な天才、それこそがエヴァ・クリストフ。過去を知ってもなお、彼女が羨ましかった。こんなことを本人の前で明かすことは無かったが、それでも彼女の能力が羨ましかったのだ。
 綾部琴音(アヤベ コトネ)という女は、別に頂点に立ちたいわけではない。その力を有効活用し、埼玉に存在する家族を満足させてやりたい、実に殊勝な少女である。しかし、エヴァという天才に出会ったことで、初めて自分の中に競争心が生まれた。初めて、誰かを上回りたいという欲望が生まれたのだ。
 これをきっかけに能力を伸ばしていく彼女であったが、エヴァは遥か先を行っていた。武器(ウエポン)科でありながら、英雄(ヒーロー)科のような装甲を身に纏い、世の巨悪に対し若くして立ち向かっていたのだ。
 自分の努力が、眼前の努力し続ける天才に対して、完全に及ばなかった瞬間に――彼女の中の自尊心は既に崩れていたのだ。
 だが、マイナスばかりではなかった。「適材適所」という言葉が、綾部の心に存在していたからこそだった。英雄(ヒーロー)武器(ウエポン)では、やれる範囲が最初から異なっている。大学まで理数系だった学生に、日本語中国語問わず古文を一切勉強せずに解け、というのは土台無理な話。エヴァが特別おかしいだけで、自分はやれている方である。
 そう思い込まなければ、とてもではないがやっていられなかった。
 そこに、合同演習会の騒ぎが起こった。学園長自ら、教会側を引っ掻き回す裏切り者(ジョーカー)になってほしい、と頼まれたが……綾部はその頼みを一も二もなく引き受けた。人質を取られたのも、ある意味好機だった。当時の彼女は、ある意味なりふり構わぬ状態だったからこそ、その英雄側にとって大きなメリットに成り得る大仕事を引き受けたのだ。
 肝心の彼女(エヴァ)は、デバイスの破損によって途中退場(リタイア)していたからこそ、救われなさが三割増しだったのだが、そこを救った存在こそ――今の琴音の彼氏である、森信玄(モリ ノブハル)であった。
 恋を知った。愛を知った。マイナスの心が霧散し、重荷は離れていった。自分に合う仕事が存在する中で思い悩んでいた自分は……どれほどに許しがたい存在だったか、思い知った。
 そして今、大切なことを教えてくれた存在が、敵の手に堕ちた。だが、救える余地はある。そんな中で、真っ先に立候補したのは綾部。戦火に身を投じる理由は実に少ない。しかし確かな大きさが、確かな重さが存在した。
 好敵手(ライバル)であるエヴァが重篤な状態であり、それの補佐をする。
 そして、敵の闇に堕ちた信玄を、手ずから救い出す。
 動機は十分であったが、それを十全に満たすには力が足らなかった。だからこそ、自分ではなく好敵手(ライバル)にその思いを託すべきだと考えたのだ。
「私は変身できない。でも……アンタは、エヴァ・クリストフという凛々しき女は……この状況を打破できるでしょう」
「ッ――!」
「今が、その時でしょ……英雄銘(ヒーローネーム)・『マスターメイサー』。その銘に……もう一度帰るときでしょ。私を情けなく嫉妬させた……その姿に戻りなさいよ」
 痛みを必死にこらえ、歯を食いしばりながらも苦しい笑顔を見せる綾部。エヴァは、この眼前の女は強い、と何度目か分からない実感を覚えた。思い直した、と評した方が的確だろう。
「そのためなら……私、命だって何だって張ってやろうじゃあないの。それが――信玄を救える手立てになるのなら」
「――ありがとう、ございます、綾部さん。こんな私の……手助けをしてくださって」
「良いってこと。きっとすぐに攻撃を仕向けてくるだろうから……最後の準備でも何でもしてきなさいな」

 頼もしい背を最後に確認し、エヴァは静かに目を閉じる。本当に深い場所まで意識を垂直落下させ、内に眠る英雄と対話する。それが、彼女にとって最後のトリガーとなるからだった。



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「な、何か策無いの!? 先にしっかり念押して言っておくと、私は変身も何もできないからね!? 何なら武器になって特攻するくらいしか後の手立てはないから!!」
「私だって、山梨の戦いにてデュアルムラマサは完全に壊れました!! でも――」
 懐に忍ばせているは、その『策』。しかし、まだ覚悟は定まり切らない。
 彼女の考えを察知した綾部は、エヴァを抱いて咄嗟に攻撃を回避。しかしその拍子に攻撃が掠り、左肩の骨が露呈するほどに深い傷を負うことになった。傷の深い綾部を支えながら、攻撃の及ばない陰に魔力障壁を展開しながら隠れる。
「!! 綾部さん!!」
「馬鹿……よそ見しない……!!」
 ただ掠っただけ、と思ったら大間違い。バフが大量に付着した攻撃を無防備な箇所に食らえば、どんな初期装備縛りのRPGであったとしても多量のダメージが入る。
 ツナギの一部を破り取って、強く縛り止血を図るも……その出血は大量であり、ツナギでは押しとどめられないほどの怪我を負っていた。
「あ、ああ……ッ」
「――何、まだ悩んでいるの……? エヴァ……ッ」
 脂汗を掻く綾部が、パニック状態に陥りかけているエヴァの頬に、左手で強い平手打ちを入れる。
「――ッ」
「ほら……私は大丈夫……ッ。この先に……アンタにとっても、私にとっても恨めしい|善吉《クソ》が待ってるんだから……こんな所でくたばっている訳にはいかないでしょうに……」
 それでも弱気な瞳を向けるエヴァに対し、力強く唇を奪う綾部。レイジーと比べれば拙いもの、初めては一か月前に済ませたばかり。それによって失うものはない、そんな女のキスで、エヴァは現実に引き戻されたのだった。
「――ね? |両科黄金期《ダブル・ゴールデンエイジ》の立役者の一人なんだから……少しくらい気張りなさいや……。私よりも……あんまり言いたくはないけれど、優れた腕と実力持ってんだからさ」
「――――」
 思いがけない|科白《セリフ》に、思わず呆けてしまったエヴァ。いつもなら、ある程度尊大な|自尊心《プライド》ゆえ、そこまで優しい言葉を掛けること自体が少ない彼女であるが、そんな彼女が今、同じ科であり|好敵手《ライバル》同然である存在に――当人を褒め称えるような言葉を投げかけたのだ。
「――私、正直……あの合同演習会で裏切り者の裏切り者として振る舞っていた理由は……二つあるの。一つは……信玄の命を人質として取られていたから。もう一つは……アンタに……エヴァ・クリストフという女に……多少なり嫉妬していたからよ」
 綾部は、最初から才女だった訳ではない。恵まれた因子を持ちながら、鍛錬を怠らない努力家であった。多少なり気性難な性格は、自分に胡麻を擦る存在を少しでも減らしたかったから。努力は自分を裏切らない、努力は必ず自分の成長に直結する。その信念を胸に、武器科の一組の座を|維持《キープ》し続けた。
 しかし、あくまで自分を裏切らず、成長には直結した上で……それ以上の存在がいたのだ。|天然産《ナチュラルボーン》な天才、それこそがエヴァ・クリストフ。過去を知ってもなお、彼女が羨ましかった。こんなことを本人の前で明かすことは無かったが、それでも彼女の能力が羨ましかったのだ。
 |綾部琴音《アヤベ コトネ》という女は、別に頂点に立ちたいわけではない。その力を有効活用し、埼玉に存在する家族を満足させてやりたい、実に殊勝な少女である。しかし、エヴァという天才に出会ったことで、初めて自分の中に競争心が生まれた。初めて、誰かを上回りたいという欲望が生まれたのだ。
 これをきっかけに能力を伸ばしていく彼女であったが、エヴァは遥か先を行っていた。|武器《ウエポン》科でありながら、|英雄《ヒーロー》科のような装甲を身に纏い、世の巨悪に対し若くして立ち向かっていたのだ。
 自分の努力が、眼前の努力し続ける天才に対して、完全に及ばなかった瞬間に――彼女の中の自尊心は既に崩れていたのだ。
 だが、マイナスばかりではなかった。「適材適所」という言葉が、綾部の心に存在していたからこそだった。|英雄《ヒーロー》と|武器《ウエポン》では、やれる範囲が最初から異なっている。大学まで理数系だった学生に、日本語中国語問わず古文を一切勉強せずに解け、というのは土台無理な話。エヴァが特別おかしいだけで、自分はやれている方である。
 そう思い込まなければ、とてもではないがやっていられなかった。
 そこに、合同演習会の騒ぎが起こった。学園長自ら、教会側を引っ掻き回す|裏切り者《ジョーカー》になってほしい、と頼まれたが……綾部はその頼みを一も二もなく引き受けた。人質を取られたのも、ある意味好機だった。当時の彼女は、ある意味なりふり構わぬ状態だったからこそ、その英雄側にとって大きなメリットに成り得る大仕事を引き受けたのだ。
 肝心の|彼女《エヴァ》は、デバイスの破損によって|途中退場《リタイア》していたからこそ、救われなさが三割増しだったのだが、そこを救った存在こそ――今の琴音の彼氏である、|森信玄《モリ ノブハル》であった。
 恋を知った。愛を知った。マイナスの心が霧散し、重荷は離れていった。自分に合う仕事が存在する中で思い悩んでいた自分は……どれほどに許しがたい存在だったか、思い知った。
 そして今、大切なことを教えてくれた存在が、敵の手に堕ちた。だが、救える余地はある。そんな中で、真っ先に立候補したのは綾部。戦火に身を投じる理由は実に少ない。しかし確かな大きさが、確かな重さが存在した。
 |好敵手《ライバル》であるエヴァが重篤な状態であり、それの補佐をする。
 そして、敵の闇に堕ちた信玄を、手ずから救い出す。
 動機は十分であったが、それを十全に満たすには力が足らなかった。だからこそ、自分ではなく|好敵手《ライバル》にその思いを託すべきだと考えたのだ。
「私は変身できない。でも……アンタは、エヴァ・クリストフという凛々しき女は……この状況を打破できるでしょう」
「ッ――!」
「今が、その時でしょ……|英雄銘《ヒーローネーム》・『マスターメイサー』。その銘に……もう一度帰るときでしょ。私を情けなく嫉妬させた……その姿に戻りなさいよ」
 痛みを必死にこらえ、歯を食いしばりながらも苦しい笑顔を見せる綾部。エヴァは、この眼前の女は強い、と何度目か分からない実感を覚えた。思い直した、と評した方が的確だろう。
「そのためなら……私、命だって何だって張ってやろうじゃあないの。それが――信玄を救える手立てになるのなら」
「――ありがとう、ございます、綾部さん。こんな私の……手助けをしてくださって」
「良いってこと。きっとすぐに攻撃を仕向けてくるだろうから……最後の準備でも何でもしてきなさいな」
 頼もしい背を最後に確認し、エヴァは静かに目を閉じる。本当に深い場所まで意識を垂直落下させ、内に眠る英雄と対話する。それが、彼女にとって最後のトリガーとなるからだった。