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第三百話

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 実際、大幹部と称されるだけはあり、これまでの有象無象よりも圧倒的な威圧感を感じさせ、机自体にスカート関係なしに足を組んで腰掛けるその姿は、大人の女性として「色」の気を感じさせる。
「――そう言えば、そっちの『武器の匠(ウエポンズ・マスタリー)』さんは……女性性愛者(レズビアン)なんだってね。どう、私の色香に興奮しちゃった?」
「愛田さん、だったかな……確かに貴女は綺麗だよ。でもごめんなさい、悪いけれど……今はもうそんな移り気は無いの。以前だったらいざ知らず……今の私は大分怒り心頭なので」
「……なあんだ、つまらないの。これでもグレープで一生困らないくらいには稼いできたくらい、それほどには『そういう』方面のプロフェッショナルなんだけどなあ。ま、正直今の安い誘惑に乗ってくれなくて良かったわ、そんなんで恋慕(オチ)るような相手なんて見たくないし、シたくないし。何せ……私の心にはたった一人しかいないから」
 見た目が元より若々しい愛田は、元々グレープの『夜の蝶』、VIP御用達のラウンジバーで頂点(ナンバーワン)の嬢として輝いていた。そこから有り余るほどの忠誠心で善吉についてきた、洗脳され加入した信玄以上の、新生山梨支部での古参。実際問題、長である善吉を除いて、最初に新生山梨支部に名を連ねた存在である。昔の日本で実際にあった、奇しくも徳川家が行っていた大名の配置でいるならば、徳川将軍家における血縁関係にある存在……所謂、親藩(しんぱん)大名同然である。
「私ね、最悪の環境(とりかご)から出してくれた、善吉さんが心の底から大好きなの。そしてそんな大好きな人を害する存在を……大小拘わらず、ずっと消してきたの。あ、ただ殺したって意味も含まれるけど、もっとそれ以上の理由があるんだァ」
 その言葉を示すように、胸元に光るはまさかの弁護士記章(バッジ)。日本弁護士連合会、通称「日弁連」に所属している証であり、そう簡単に偽造だったり、得られたりする証ではない。それをよりによって手にしているということは、それなりのエリートであることの証であったのだ。
「そ。気に食わないことがあったら……山梨の『おじ』だったり、他県からやってきた『おじ』相手に、さんざ法律を元に喧嘩吹っ掛けてきたわけ。私伊達に可愛くないから、口論や弁論含め無敵でしかなかった。それもこれも、全部善吉さんのため。心から敬愛する、善吉さんのためなの」
 だが、愛田は法律の徒である存在なのだが、法律に対しての意識は底辺そのもの。ただ自分が用いる法規(ルール)であり、愛着が無いのだ。というよりかは、善吉以外に向ける愛が非常に乏しいのだ。
 金は大好き、だが愛せない。
 昼の仕事はぼちぼち。だから愛せない。
 夜の仕事は好き。だが愛せない。
 あらゆる夜の娯楽は面白い。だが愛せない。
 自分は可愛い、だが愛せない。
 なぜ? それは全て――『善吉にその愛を全て向けているから』、である。
 金を稼ぐのも、社員として結果を上げるのも、権力のある「おじ」を訳なく篭絡するのも、全て全て全て、全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て善吉のためであった。
「私、善吉さんが大好きなの。社長として、人として、異性として大好きなの。丁度数日前と今日のさっき……それこそ、君らがこの千葉の地に足を踏み入れる前、何ならこの大広間に来る数分前……あの人に仄めかしてる。そして……善吉さんはそれを受け止めてくださっている、私が帰ってくるのを待って下さっている。だから……負けられないの」
 理由は至極単純。本人がそれを向けられた瞬間に鬱陶しいと感じるだろうから。彼の邪魔になりたくないから、彼のためになりたいから、彼にとっての迷惑行為は絶対にしない。都合のいい存在であり続ける。それこそが、これまでの愛田のスタンスであった。
 しかし、今は違う。その理由こそ、ここ最近で関係性が進み始めたことにある。牛歩ではあるのだが、この想いは『全てを遂げた後』に明かすことを決めている。負けられない理由としては十分であったのだ。
 そんな彼女の在り方に、難色を示すは綾部であった。
「――貴女、あれだけのクソ男を好きになるとか、本気で言っているの? アイツがどれだけのことをしでかしているか、分かっているの!?」
「無論本気(マジ)本気(マジ)大本気(オオマジ)。どれだけのことをやったかもわかるし、それでもあの人が大好きなの!」
「あれほどの悪事を、自分自身が裁けばいいでしょうに!! 好きな人の過ちを正してやらないで、何が『好き』なのよ!!」

「自分の尺度で『好き』を図らないでほしいな……だってあの状態のあの人が、私は一番好きなんだから! 悪役が世にのさばるのは結構好きだし、あの人なら別格に好き!! 狂っているだのなんだの言われようと、それが私の『好き』なの!! 貴女たちが唾棄するような存在を好きになってしまうのが、どこまでも惚れ込んでしまうのが私、愛田亜紗なの!!」

 綾部はその瞬間に、悟ってしまった。自分が何を言おうと、眼前の存在の主義主張は絶対に変わらない。自分が正義の人に救われたことが全てではなく、眼前の存在は魔王とも呼称できるであろう畜生を好きになってしまった。
 一時の気の迷いなどではない、本当の惚れこみ。それに、何も出来ることはないと悟ってしまったのだった。



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 実際、大幹部と称されるだけはあり、これまでの有象無象よりも圧倒的な威圧感を感じさせ、机自体にスカート関係なしに足を組んで腰掛けるその姿は、大人の女性として「色」の気を感じさせる。
「――そう言えば、そっちの『|武器の匠《ウエポンズ・マスタリー》』さんは……|女性性愛者《レズビアン》なんだってね。どう、私の色香に興奮しちゃった?」
「愛田さん、だったかな……確かに貴女は綺麗だよ。でもごめんなさい、悪いけれど……今はもうそんな移り気は無いの。以前だったらいざ知らず……今の私は大分怒り心頭なので」
「……なあんだ、つまらないの。これでもグレープで一生困らないくらいには稼いできたくらい、それほどには『そういう』方面のプロフェッショナルなんだけどなあ。ま、正直今の安い誘惑に乗ってくれなくて良かったわ、そんなんで|恋慕《オチ》るような相手なんて見たくないし、シたくないし。何せ……私の心にはたった一人しかいないから」
 見た目が元より若々しい愛田は、元々グレープの『夜の蝶』、VIP御用達のラウンジバーで|頂点《ナンバーワン》の嬢として輝いていた。そこから有り余るほどの忠誠心で善吉についてきた、洗脳され加入した信玄以上の、新生山梨支部での古参。実際問題、長である善吉を除いて、最初に新生山梨支部に名を連ねた存在である。昔の日本で実際にあった、奇しくも徳川家が行っていた大名の配置でいるならば、徳川将軍家における血縁関係にある存在……所謂、|親藩《しんぱん》大名同然である。
「私ね、最悪の|環境《とりかご》から出してくれた、善吉さんが心の底から大好きなの。そしてそんな大好きな人を害する存在を……大小拘わらず、ずっと消してきたの。あ、ただ殺したって意味も含まれるけど、もっとそれ以上の理由があるんだァ」
 その言葉を示すように、胸元に光るはまさかの弁護士|記章《バッジ》。日本弁護士連合会、通称「日弁連」に所属している証であり、そう簡単に偽造だったり、得られたりする証ではない。それをよりによって手にしているということは、それなりのエリートであることの証であったのだ。
「そ。気に食わないことがあったら……山梨の『おじ』だったり、他県からやってきた『おじ』相手に、さんざ法律を元に喧嘩吹っ掛けてきたわけ。私伊達に可愛くないから、口論や弁論含め無敵でしかなかった。それもこれも、全部善吉さんのため。心から敬愛する、善吉さんのためなの」
 だが、愛田は法律の徒である存在なのだが、法律に対しての意識は底辺そのもの。ただ自分が用いる|法規《ルール》であり、愛着が無いのだ。というよりかは、善吉以外に向ける愛が非常に乏しいのだ。
 金は大好き、だが愛せない。
 昼の仕事はぼちぼち。だから愛せない。
 夜の仕事は好き。だが愛せない。
 あらゆる夜の娯楽は面白い。だが愛せない。
 自分は可愛い、だが愛せない。
 なぜ? それは全て――『善吉にその愛を全て向けているから』、である。
 金を稼ぐのも、社員として結果を上げるのも、権力のある「おじ」を訳なく篭絡するのも、全て全て全て、全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て善吉のためであった。
「私、善吉さんが大好きなの。社長として、人として、異性として大好きなの。丁度数日前と今日のさっき……それこそ、君らがこの千葉の地に足を踏み入れる前、何ならこの大広間に来る数分前……あの人に仄めかしてる。そして……善吉さんはそれを受け止めてくださっている、私が帰ってくるのを待って下さっている。だから……負けられないの」
 理由は至極単純。本人がそれを向けられた瞬間に鬱陶しいと感じるだろうから。彼の邪魔になりたくないから、彼のためになりたいから、彼にとっての迷惑行為は絶対にしない。都合のいい存在であり続ける。それこそが、これまでの愛田のスタンスであった。
 しかし、今は違う。その理由こそ、ここ最近で関係性が進み始めたことにある。牛歩ではあるのだが、この想いは『全てを遂げた後』に明かすことを決めている。負けられない理由としては十分であったのだ。
 そんな彼女の在り方に、難色を示すは綾部であった。
「――貴女、あれだけのクソ男を好きになるとか、本気で言っているの? アイツがどれだけのことをしでかしているか、分かっているの!?」
「無論|本気《マジ》も|本気《マジ》、|大本気《オオマジ》。どれだけのことをやったかもわかるし、それでもあの人が大好きなの!」
「あれほどの悪事を、自分自身が裁けばいいでしょうに!! 好きな人の過ちを正してやらないで、何が『好き』なのよ!!」
「自分の尺度で『好き』を図らないでほしいな……だってあの状態のあの人が、私は一番好きなんだから! 悪役が世にのさばるのは結構好きだし、あの人なら別格に好き!! 狂っているだのなんだの言われようと、それが私の『好き』なの!! 貴女たちが唾棄するような存在を好きになってしまうのが、どこまでも惚れ込んでしまうのが私、愛田亜紗なの!!」
 綾部はその瞬間に、悟ってしまった。自分が何を言おうと、眼前の存在の主義主張は絶対に変わらない。自分が正義の人に救われたことが全てではなく、眼前の存在は魔王とも呼称できるであろう畜生を好きになってしまった。
 一時の気の迷いなどではない、本当の惚れこみ。それに、何も出来ることはないと悟ってしまったのだった。