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第二百九十八話

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 凍えるほどに寒くなった二人きりの空間にて、二人は灰崎の意思で事実上殺した、呉に対し黙祷を捧げる。死の間際でも文句は言わなかったどころか、戦えたこと自体に感謝の意を述べていたのだが、それでもそうしないと、灰崎と千尋の気が済まなかったのだ。
「――アイツは、戦いに対し愚直な奴だった。取った方法が少しずれていただけで、本当なら……あそこまでの強さを発揮できる場はあった」
 もし若年の頃に因子があったのなら、一人の英雄として生きることは当然。そこから当人の意志に従って動くのだろうが、間違いなくストイックな英雄として人気を博すことだろう。
「……灰崎君、泣いてるの?」
「……そりゃあな。惜しい奴だ、呉は。最初そこまでと思っていた俺自身を……ここまでの(おとこ)にしてくれた。感謝してもしきれない。ただそれと同時に……戦いの末に撃破したことがな……いつになっても、慣れねェ感覚だ」
「……慣れなくても良いと思うよ。常に迷って、常に悩んで……いつか辿り着くであろう、本当の答えに辿り着くその日まで、考え続ければいいんだよ、きっと」
 慣れない手つきでドライバーからライセンスを排莢。しかし、部屋の冷えた空気感と言い、自分で凍らせた空間などはそのまま。だからこそ、二人は静かに密着する。ただ暖を取りたいだけであるがために、背中合わせの状態で。
「――ありがとう。アタシを助けてくれて。結局アタッシュケースは使わなかったけれど……渡す準備はいつだって出来ていた。そのためなのか、檻の隙間結構大きかったし」
「でも……俺は超高性能アタッシュケース(ソイツ)を使って(アイツ)に立ち向かうことは……どうも(アイツ)に対する侮辱だと思ってしまったんだ。『目には目を、歯には歯を』で有名なハンムラビ法典よろしく、拳には拳で対抗したかった。結果、それが成長に繋がっていたんだから……頑固(バカ)な男の発想ってのも悪くはなかったんだが」
 そう結論付ける灰崎。納得したように笑った千尋であったが、咄嗟に可愛らしいくしゃみをしてしまう。まるで鼠の鳴き声を彷彿とさせるような、か細く小さいものであった。
「――ッ、ごめんねェ……ちょっと寒くって……」
 鼻を啜りながら、困った顔の千尋であったが、そんな彼女に対し何も言うことなく自分のスーツの上を遠くから持ってきて羽織らせるのだった。自分は上裸であるために、自分よりも寒いだろうに、そう行動したのだ。
「じ、自分が着なよ!? 寒いよ!?」
「いや、何でか知らねえが……寒さを感じなくなった。俺の内で今大爆睡ぶちこいている、チビ狼ことフェンリルのおかげかね」
 その言葉通りに、鳥肌が少しも立つことは無く、寒さに対する絶対的な耐性を得ていたのだ。だが、いくら何でも見た目が寒いと、千尋は灰崎の肩を持って、静かに自分の方へ寄せる。距離感が先ほどよりも近くなり、灰崎のスーツを肩にかけ合う形で、隣り合って座る状態となった。
「――なあ、俺は本当に寒くねえぞ? だから寒い人間は寒い人間で使って――」
「いや、これでいいの。さっきも言ったでしょ、その姿を見ているだけで寒い、って。だから……こういなさい。あんまりこういうこと言うのは慣れないけれど……命令よ」
 このまま我を通すのは無理そうだと諦めた灰崎は、突如として襲い掛かる疲れによる眠気に抗うことは出来ず、千尋の肩を借りてすぐに入眠。随分豪快な(いびき)を掻きながら、冷えた空間の中で眠ってしまった。
「――本当、出会い方は普通どころか、最悪だったけれど……」
 静かに、勘付かれないように灰崎の頬を撫でる千尋。その表情は、心からの慈愛と異性愛によるもの。灰崎は欠片も気づいていない様子であったが。

「……今となっては、本当にありがとう、って思えるよ。アタシが道を踏み外しそうになったあの時も……ニューアルマホテルでの攻防でも、そして――今さっきのことでも。アタシを……闇の中から助けてくれて、本当にありがとう」

 無防備な唇を、そっと奪う千尋。そこには、ほんの少しの体温が宿り、灰崎はむず痒そうにして顔をぼりぼりと掻くのみであった。
 そんな彼に、顔を赤らめていた千尋は、こらえきれず失笑してしまう。

「――何それ。どうせしたこと無いんだから、初めての経験くらいありがたがりなさいな、廉治(レンジ)


 これにより、元王漣組二代目組長・『灰崎廉治(ハイザキ レンジ)』と元『教会』信者兼ファザー牧場従業員・『神崎千尋(カンザキ チヒロ)』VS『教会』傘下『流浪の獣(リウラン・ショウ)』元総帥兼新生山梨支部幹部・呉一颯(ウー・リージュアン)の戦いは、戦いの中で覚醒していく灰崎を促進させるべく、一度瀕死の状態にまで追い込むも、再覚醒を果たした灰崎が成長をやめることは無く、お互い納得、灰崎の完全勝利と相成ったのだった。



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 凍えるほどに寒くなった二人きりの空間にて、二人は灰崎の意思で事実上殺した、呉に対し黙祷を捧げる。死の間際でも文句は言わなかったどころか、戦えたこと自体に感謝の意を述べていたのだが、それでもそうしないと、灰崎と千尋の気が済まなかったのだ。
「――アイツは、戦いに対し愚直な奴だった。取った方法が少しずれていただけで、本当なら……あそこまでの強さを発揮できる場はあった」
 もし若年の頃に因子があったのなら、一人の英雄として生きることは当然。そこから当人の意志に従って動くのだろうが、間違いなくストイックな英雄として人気を博すことだろう。
「……灰崎君、泣いてるの?」
「……そりゃあな。惜しい奴だ、呉は。最初そこまでと思っていた俺自身を……ここまでの|漢《おとこ》にしてくれた。感謝してもしきれない。ただそれと同時に……戦いの末に撃破したことがな……いつになっても、慣れねェ感覚だ」
「……慣れなくても良いと思うよ。常に迷って、常に悩んで……いつか辿り着くであろう、本当の答えに辿り着くその日まで、考え続ければいいんだよ、きっと」
 慣れない手つきでドライバーからライセンスを排莢。しかし、部屋の冷えた空気感と言い、自分で凍らせた空間などはそのまま。だからこそ、二人は静かに密着する。ただ暖を取りたいだけであるがために、背中合わせの状態で。
「――ありがとう。アタシを助けてくれて。結局アタッシュケースは使わなかったけれど……渡す準備はいつだって出来ていた。そのためなのか、檻の隙間結構大きかったし」
「でも……俺は|超高性能アタッシュケース《ソイツ》を使って|呉《アイツ》に立ち向かうことは……どうも|呉《アイツ》に対する侮辱だと思ってしまったんだ。『目には目を、歯には歯を』で有名なハンムラビ法典よろしく、拳には拳で対抗したかった。結果、それが成長に繋がっていたんだから……|頑固《バカ》な男の発想ってのも悪くはなかったんだが」
 そう結論付ける灰崎。納得したように笑った千尋であったが、咄嗟に可愛らしいくしゃみをしてしまう。まるで鼠の鳴き声を彷彿とさせるような、か細く小さいものであった。
「――ッ、ごめんねェ……ちょっと寒くって……」
 鼻を啜りながら、困った顔の千尋であったが、そんな彼女に対し何も言うことなく自分のスーツの上を遠くから持ってきて羽織らせるのだった。自分は上裸であるために、自分よりも寒いだろうに、そう行動したのだ。
「じ、自分が着なよ!? 寒いよ!?」
「いや、何でか知らねえが……寒さを感じなくなった。俺の内で今大爆睡ぶちこいている、チビ狼ことフェンリルのおかげかね」
 その言葉通りに、鳥肌が少しも立つことは無く、寒さに対する絶対的な耐性を得ていたのだ。だが、いくら何でも見た目が寒いと、千尋は灰崎の肩を持って、静かに自分の方へ寄せる。距離感が先ほどよりも近くなり、灰崎のスーツを肩にかけ合う形で、隣り合って座る状態となった。
「――なあ、俺は本当に寒くねえぞ? だから寒い人間は寒い人間で使って――」
「いや、これでいいの。さっきも言ったでしょ、その姿を見ているだけで寒い、って。だから……こういなさい。あんまりこういうこと言うのは慣れないけれど……命令よ」
 このまま我を通すのは無理そうだと諦めた灰崎は、突如として襲い掛かる疲れによる眠気に抗うことは出来ず、千尋の肩を借りてすぐに入眠。随分豪快な|鼾《いびき》を掻きながら、冷えた空間の中で眠ってしまった。
「――本当、出会い方は普通どころか、最悪だったけれど……」
 静かに、勘付かれないように灰崎の頬を撫でる千尋。その表情は、心からの慈愛と異性愛によるもの。灰崎は欠片も気づいていない様子であったが。
「……今となっては、本当にありがとう、って思えるよ。アタシが道を踏み外しそうになったあの時も……ニューアルマホテルでの攻防でも、そして――今さっきのことでも。アタシを……闇の中から助けてくれて、本当にありがとう」
 無防備な唇を、そっと奪う千尋。そこには、ほんの少しの体温が宿り、灰崎はむず痒そうにして顔をぼりぼりと掻くのみであった。
 そんな彼に、顔を赤らめていた千尋は、こらえきれず失笑してしまう。
「――何それ。どうせしたこと無いんだから、初めての経験くらいありがたがりなさいな、|廉治《レンジ》」
 これにより、元王漣組二代目組長・『|灰崎廉治《ハイザキ レンジ》』と元『教会』信者兼ファザー牧場従業員・『|神崎千尋《カンザキ チヒロ》』VS『教会』傘下『|流浪の獣《リウラン・ショウ》』元総帥兼新生山梨支部幹部・呉一颯《ウー・リージュアン》の戦いは、戦いの中で覚醒していく灰崎を促進させるべく、一度瀕死の状態にまで追い込むも、再覚醒を果たした灰崎が成長をやめることは無く、お互い納得、灰崎の完全勝利と相成ったのだった。