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第二百九十六話

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 意識が回復しないまま、ほんの少し気の緩んだ呉を襲うは、唐突な氷であった。灰崎の首元から、まるで侵食するように左腕を這っていく。
『!! 遂に来たか!!』
 その瞬間に、灰崎を乱暴ではあるが遠くに投げ飛ばし、距離を取りに図る。その後、首を絞めていたはずの千尋を優しく下ろす。
『不本意ながら、先ほどは傷つけて申し訳ありません。離れてくださいね、神崎千尋(カンザキ チヒロ)。ここから私は……心躍る闘争の時間に入りますので』
 ほんの少しの火傷が、彼が去り際に宿した魔力によって跡形もなく治る。それは、彼なりの詫びだったのだろう。千尋は少し黙った後に、静かに深々と頭を下げる。その後、呉からも灰崎からも距離が離れた場所で、二つのアタッシュケースを両手に持って、この戦いの行く末を見守るのみであった。
 宙に投げ出されたはずの灰崎は、何度も身を捻って器用に着地する。勢いがついていた影響もあり、その場から少しばかり後ずさるも、自立できている時点で回復した、と見て取れるだろう。
 呉に傷つけられた切り傷が、全て器用に凍っていく。止血の役割を果たしていたのだ。未だ足が震えている中、しっかりと足を踏ん張ることでその場に雄々しく立つのは、生気を取り戻した灰崎であった。
「――よォ、ちょっと眠ってた」
『そうですか。それにしては……随分と心が躍るものが内に宿っているようで』
「かもな」
 灰崎は左肩に手を添えると、そこから上半身のスーツを全て脱ぎ捨てる。引き締まっている中で、確かに筋肉の存在感を感じさせる灰崎の背には、凛々しい龍魚(りゅうぎょ)が泳ぐ。龍魚(りゅうぎょ)は、刺青の中で『立場出世』や『飛躍』、『成長』などの意味が混在しているが……今まさに、灰崎は成長を遂げようとしていたのだ。
 これまでにないほど、心と血が沸き立つ呉。しかし、それと同時に尋常でないほどの寒気を感じていた。それは、間違いなく傷を凍らせていた灰崎によるものであった。
「――俺は、何かしらの理由を付けて……『それ以上』に踏み入らないようにしていた。それが、皆のためになる。それが、俺のためになる。それが、諦められる理由になる……そう思ってな」
『だが、実際は違いました。諦められる訳がありません。せっかくあるのなら、目指してみたい。そこに崇高な理念など無くとも――――』
「――いや、今の俺にはある。理念だなんて難しい言葉で言い表すんじゃあなくって……簡単に『欲望』『夢』『理想』って表した方がいいだろうが、よ」
 徐々に、体が馴染んできた影響か、肩口から思い切りぐりんと何回も回し、これからの第二回戦(ラウンド)を万全の調子で戦うための、準備運動を行っていた。拳も鳴らしていたのだが、それは威嚇目的の意味も籠っていた。
「……俺は、『もう俺の大切な物を奪わせない』。絶対に守り抜く。大衆がどうだの、世界平和がどうだの、そんな大それた理由なんかは俺には似合わねェ。ただ、自分の『大切』を守りたい、それだけよ」
 じりじりと、辺りに刺々しい氷が鬱蒼(うっそう)と生え、満ち始める。これまで呉が発していた熱を奪い、急成長しながら、一室丸々が銀色の世界へ導かれていく。
『――面白い。純粋に大人で初めて因子に覚醒したら……序盤でありながら、ここまで最高出力(フルパワー)を出せるというのですか』
「俺にそんなこと聞くんじゃあねえよ。俺だって……この力振るうのは初めてなんだよ」
 連絡用で持たされたデバイスを、下腹部に荒々しく装着する。それは、灰崎の覚悟の表れであり、『その道』で生きる決意を満たした瞬間。
 周りを、氷の狼が楽しそうに飛び跳ねる。誰かと群れることはせず、たった一匹で独立して行動する。それと同時に、所々に氷柱の張った鎖が、灰崎の周囲を覆い始めたのだ。
 そして千尋は、そして呉は――確信した。今この場にて、新たな英雄(ヒーロー)が生まれるのだと。自分たちは、その奇跡的な瞬間に立ち会っているのだと。
 ありったけの気合を込め、何もない虚空(そら)に向かって叫ぶ。
 自分の内に宿った、氷の牙を携えし、囚われの狼の名を。
 自分と同様、理不尽な環境下で抗い続けた、凛々しき狼の名を。


「行くぞ『フェンリル』!! 狩りの時間だ!!」


 その言葉と共に灰崎の手元に現れるは、『神に反逆する孤高の狼・フェンリル』のヒーローライセンス。それを手にほんの少し、しかし静かに微笑むと、覚悟を決めそれを認証するのだった。

『認証、神に反逆する孤高の狼・フェンリル! 神の横暴にブチ切れた一匹の狼は、やがて神々の父すら噛み殺す孤狼と化す!!』

 デバイスドライバーに装填すると、自身の足元が逃げられないよう氷で拘束される。しかし、本人にその意志はない。何せ、己が『大切』のために戦うのだから、敵前逃亡などあり得ない。狼の凛々しい遠吠えが周りを旋回する中、灰崎は『成る』のだった。

「――変身ッッ!!」

 ドライバー右側を激しく押し込んで、一気に『フェンリル』のエネルギーを辺りに満たす。狼のように、雄叫びをあげながらベーススーツと共に装甲が出来上がっていく。
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
 その姿は、まさに裏社会に生きる者。これまでの英雄(ヒーロー)とは異なる、英雄的(ヒロイック)な装甲とは一線を画す、異色の装甲であった。
 装甲と言える装甲は、目立ったものは上半身に集中しており、胸部装甲と肩部含む腕部装甲、そして頭部装甲のみ。それ以外も確かに装甲は纏っているのだが、実に軽装。それもそのはず、全体的に冬場に着込むような、膝ほどまでの長さを担保した、ロングコートを着用したかのような見た目であったのだ。
 狼のような、触れる者全てを傷つけてしまうような刺々しさが、頭部装甲に現れているものの、誰かを助けるための肩部含む腕部装甲、胸部装甲は深い蒼をした近未来的な装甲である。しかも深い蒼だけではなく、所々に白のラインが入っており、見ているだけで心を奪われてしまうほどの、凛々しさと雄々しさが内包されていたのだ。
 身体を覆う装甲の全てから、ベース能力である水、それの発展形である氷が生成可能であり、能ある鷹はなんとやらと言わんばかりに戦闘にも秀でた、不器用ながらお人よしである彼らしい装甲と相成ったのだ。
 その場に跪いていたが、変身シークエンスが終わると、片膝立ちの状態から静かに立ち上がる。狼の頭部を模した頭部装甲、そこから覗く彼の目には、これまでにない闘志(ひかり)が見えたのだ。
『それが、灰崎廉治の英雄としての姿……!! 実に、実に素晴らし――――』
 まるで、最初にやられたことの意趣返しと言わんばかりに、耳元を切り裂くほどの鋭い蹴りが、コートを翻しながら呉の頬をかすめる。ほんの少しばかりの出血が見られるも、すぐにドライバーの治癒効果によって治るのだが、呉は心の底から狂おしい笑みを浮かべていた。
「――気ィ、抜くんじゃあねえよ。もう闘争は始まってんだろ?」
『!! ……ありがとうございます、ここまでの意志があるのなら……私も遠慮なくやれそうですから!!』
 拳だけではなく、遂に脚技まで。全ての技術、持てる力を総動員した、覚醒の第二回戦(ラウンド)

『新生山梨支部、幹部が一人――呉一颯(クレ イブキ)!! ここまで覚醒(めざ)めてくれて、本当にありがとうございます!! これまでにない、本当の闘争を始めましょう!! 灰崎廉治(ハイザキ レンジ)!!』
「元王漣組二代目組長、灰崎廉治(ハイザキ レンジ)!! 俺をここまでの高みに連れてきてくれた恩、心底(マジ)で感謝するぜ!! その酔狂、少しくらいは付き合ってやるよ!! 呉一颯(クレ イブキ)!!」

 お互いの拳が、爆裂音や衝撃波と共にぶつかり合い、辺りを激しく揺らす。元総帥と元極道としてではなく、怪人と英雄としての戦いが、遂に幕を開けたのだ。



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 意識が回復しないまま、ほんの少し気の緩んだ呉を襲うは、唐突な氷であった。灰崎の首元から、まるで侵食するように左腕を這っていく。
『!! 遂に来たか!!』
 その瞬間に、灰崎を乱暴ではあるが遠くに投げ飛ばし、距離を取りに図る。その後、首を絞めていたはずの千尋を優しく下ろす。
『不本意ながら、先ほどは傷つけて申し訳ありません。離れてくださいね、|神崎千尋《カンザキ チヒロ》。ここから私は……心躍る闘争の時間に入りますので』
 ほんの少しの火傷が、彼が去り際に宿した魔力によって跡形もなく治る。それは、彼なりの詫びだったのだろう。千尋は少し黙った後に、静かに深々と頭を下げる。その後、呉からも灰崎からも距離が離れた場所で、二つのアタッシュケースを両手に持って、この戦いの行く末を見守るのみであった。
 宙に投げ出されたはずの灰崎は、何度も身を捻って器用に着地する。勢いがついていた影響もあり、その場から少しばかり後ずさるも、自立できている時点で回復した、と見て取れるだろう。
 呉に傷つけられた切り傷が、全て器用に凍っていく。止血の役割を果たしていたのだ。未だ足が震えている中、しっかりと足を踏ん張ることでその場に雄々しく立つのは、生気を取り戻した灰崎であった。
「――よォ、ちょっと眠ってた」
『そうですか。それにしては……随分と心が躍るものが内に宿っているようで』
「かもな」
 灰崎は左肩に手を添えると、そこから上半身のスーツを全て脱ぎ捨てる。引き締まっている中で、確かに筋肉の存在感を感じさせる灰崎の背には、凛々しい|龍魚《りゅうぎょ》が泳ぐ。|龍魚《りゅうぎょ》は、刺青の中で『立場出世』や『飛躍』、『成長』などの意味が混在しているが……今まさに、灰崎は成長を遂げようとしていたのだ。
 これまでにないほど、心と血が沸き立つ呉。しかし、それと同時に尋常でないほどの寒気を感じていた。それは、間違いなく傷を凍らせていた灰崎によるものであった。
「――俺は、何かしらの理由を付けて……『それ以上』に踏み入らないようにしていた。それが、皆のためになる。それが、俺のためになる。それが、諦められる理由になる……そう思ってな」
『だが、実際は違いました。諦められる訳がありません。せっかくあるのなら、目指してみたい。そこに崇高な理念など無くとも――――』
「――いや、今の俺にはある。理念だなんて難しい言葉で言い表すんじゃあなくって……簡単に『欲望』『夢』『理想』って表した方がいいだろうが、よ」
 徐々に、体が馴染んできた影響か、肩口から思い切りぐりんと何回も回し、これからの第二|回戦《ラウンド》を万全の調子で戦うための、準備運動を行っていた。拳も鳴らしていたのだが、それは威嚇目的の意味も籠っていた。
「……俺は、『もう俺の大切な物を奪わせない』。絶対に守り抜く。大衆がどうだの、世界平和がどうだの、そんな大それた理由なんかは俺には似合わねェ。ただ、自分の『大切』を守りたい、それだけよ」
 じりじりと、辺りに刺々しい氷が|鬱蒼《うっそう》と生え、満ち始める。これまで呉が発していた熱を奪い、急成長しながら、一室丸々が銀色の世界へ導かれていく。
『――面白い。純粋に大人で初めて因子に覚醒したら……序盤でありながら、ここまで|最高出力《フルパワー》を出せるというのですか』
「俺にそんなこと聞くんじゃあねえよ。俺だって……この力振るうのは初めてなんだよ」
 連絡用で持たされたデバイスを、下腹部に荒々しく装着する。それは、灰崎の覚悟の表れであり、『その道』で生きる決意を満たした瞬間。
 周りを、氷の狼が楽しそうに飛び跳ねる。誰かと群れることはせず、たった一匹で独立して行動する。それと同時に、所々に氷柱の張った鎖が、灰崎の周囲を覆い始めたのだ。
 そして千尋は、そして呉は――確信した。今この場にて、新たな|英雄《ヒーロー》が生まれるのだと。自分たちは、その奇跡的な瞬間に立ち会っているのだと。
 ありったけの気合を込め、何もない虚空《そら》に向かって叫ぶ。
 自分の内に宿った、氷の牙を携えし、囚われの狼の名を。
 自分と同様、理不尽な環境下で抗い続けた、凛々しき狼の名を。
「行くぞ『フェンリル』!! 狩りの時間だ!!」
 その言葉と共に灰崎の手元に現れるは、『神に反逆する孤高の狼・フェンリル』のヒーローライセンス。それを手にほんの少し、しかし静かに微笑むと、覚悟を決めそれを認証するのだった。
『認証、神に反逆する孤高の狼・フェンリル! 神の横暴にブチ切れた一匹の狼は、やがて神々の父すら噛み殺す孤狼と化す!!』
 デバイスドライバーに装填すると、自身の足元が逃げられないよう氷で拘束される。しかし、本人にその意志はない。何せ、己が『大切』のために戦うのだから、敵前逃亡などあり得ない。狼の凛々しい遠吠えが周りを旋回する中、灰崎は『成る』のだった。
「――変身ッッ!!」
 ドライバー右側を激しく押し込んで、一気に『フェンリル』のエネルギーを辺りに満たす。狼のように、雄叫びをあげながらベーススーツと共に装甲が出来上がっていく。
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
 その姿は、まさに裏社会に生きる者。これまでの|英雄《ヒーロー》とは異なる、|英雄的《ヒロイック》な装甲とは一線を画す、異色の装甲であった。
 装甲と言える装甲は、目立ったものは上半身に集中しており、胸部装甲と肩部含む腕部装甲、そして頭部装甲のみ。それ以外も確かに装甲は纏っているのだが、実に軽装。それもそのはず、全体的に冬場に着込むような、膝ほどまでの長さを担保した、ロングコートを着用したかのような見た目であったのだ。
 狼のような、触れる者全てを傷つけてしまうような刺々しさが、頭部装甲に現れているものの、誰かを助けるための肩部含む腕部装甲、胸部装甲は深い蒼をした近未来的な装甲である。しかも深い蒼だけではなく、所々に白のラインが入っており、見ているだけで心を奪われてしまうほどの、凛々しさと雄々しさが内包されていたのだ。
 身体を覆う装甲の全てから、ベース能力である水、それの発展形である氷が生成可能であり、能ある鷹はなんとやらと言わんばかりに戦闘にも秀でた、不器用ながらお人よしである彼らしい装甲と相成ったのだ。
 その場に跪いていたが、変身シークエンスが終わると、片膝立ちの状態から静かに立ち上がる。狼の頭部を模した頭部装甲、そこから覗く彼の目には、これまでにない|闘志《ひかり》が見えたのだ。
『それが、灰崎廉治の英雄としての姿……!! 実に、実に素晴らし――――』
 まるで、最初にやられたことの意趣返しと言わんばかりに、耳元を切り裂くほどの鋭い蹴りが、コートを翻しながら呉の頬をかすめる。ほんの少しばかりの出血が見られるも、すぐにドライバーの治癒効果によって治るのだが、呉は心の底から狂おしい笑みを浮かべていた。
「――気ィ、抜くんじゃあねえよ。もう闘争は始まってんだろ?」
『!! ……ありがとうございます、ここまでの意志があるのなら……私も遠慮なくやれそうですから!!』
 拳だけではなく、遂に脚技まで。全ての技術、持てる力を総動員した、覚醒の第二|回戦《ラウンド》。
『新生山梨支部、幹部が一人――|呉一颯《クレ イブキ》!! ここまで|覚醒《めざ》めてくれて、本当にありがとうございます!! これまでにない、本当の闘争を始めましょう!! |灰崎廉治《ハイザキ レンジ》!!』
「元王漣組二代目組長、|灰崎廉治《ハイザキ レンジ》!! 俺をここまでの高みに連れてきてくれた恩、心底《マジ》で感謝するぜ!! その酔狂、少しくらいは付き合ってやるよ!! |呉一颯《クレ イブキ》!!」
 お互いの拳が、爆裂音や衝撃波と共にぶつかり合い、辺りを激しく揺らす。元総帥と元極道としてではなく、怪人と英雄としての戦いが、遂に幕を開けたのだ。