見た目は、実に和の甲冑を纏った武人。纏う甲冑は『
色々威胴丸・
異聞』。インスタントでそこに存在する『
酒井忠次』の力を十二分に発揮するためのものであった。
しかし、全ての甲冑が剣術ではなく武術に特化したような軽装じみたカスタムが施されている。実際刀は携えておらず、腰に
佩いた刀はただの模擬刀。ただの飾りとしてそこにあるだけであった。
当人のコンプレックスは存在しないのか、見た目の変貌というものはそこまで起こっておらず、ただそこら中から抑えきれない魔力が放出されているのみ。ただ魔力が放出されているだけ、と侮るなかれ。まるで近未来の武具の如く、それらが強靭なブースターの役割を果たし、放つ拳や蹴り、移動が尋常でないほどの速度と威力、そして質量へと変わるのだ。
『さあ……ここからが
本番ですよ。より貴方が輝くため、そして私が凶暴になるための……最高の
爆薬。『教会』の教祖など知りません、忠誠心もありません。ただ……私が
靡くのは善吉様と眼前に待つ心躍る
闘争のみ! さあ、私を楽しませてくださいよ……
灰崎廉治!!』
死地にありながらも、なお学ぼうと拳を打ち合う灰崎であったが、あまりにも力の差が生まれてしまった今、学んだ
化勁もこれまでを支えた「見て学ぶ力」も、何もかも意味を成さない。
学んだところで、人外の出力前提の馬鹿力であるために、その技術は十二分に活かすことはできないことは確定している。
死ぬか、死なないか、そんな危険水域状態を行ったり来たりしている中で、遂に灰崎の腕の骨が、盛大に砕けた音が聞こえた。
化勁云々を運用するためには、今の灰崎であったら腕だけでなく全身を用いなければ話にならない。
そこから徐々に深い傷を負わせられる状況は、まさに
蹂躙そのもの。千尋も、思わず目を覆ってしまうほどであった。
これまで以上にないほどの劣勢。それこそが今であった。これまでの様々な経験を活かし、数多の格闘技や技法を用いて拳を振るってきたが、それももう限界。多量の出血と共に、その場に膝をつく灰崎。
しかし、そんな満身創痍な彼を見下す存在は、怪人化した呉。そんな彼は、非常に嬉しそうにしていた。ただ、まだ限界や疲れなど、一切見せてはいない。灰崎という実力者と対峙するこの戦闘が酷く楽しいのか、それとも怪人化し灰崎をいたぶるこの状況が楽しいのか。どっちにしろ、戦いの素晴らしさに狂っていたのだ。
『どうしました? まだここからじゃあないですか。人外相手に立ちまわってみてくださいよ、ほら。ここから――まだ貴方は成長できるはずなんですよ!! その成長の幅を! 私にィッ!! 見せてくださいよォォッ!!』
呉にとっては、何気ない蹴りであった。しかし、生身の人間にとってはフルパワー以上の超火力、まるで重量のある車に撥ね飛ばされたかのような、蹴りによる衝撃がダイレクトに伝わるため、その衝撃を一切殺すことすら出来ず、強固な壁に叩きつけられてしまう。
「灰崎君!!」
『何ですか、もしかして……人質を攻撃されないことが、そこまであなたのやる気を着火させない要因なんでしょうかね。チーティングドライバーで変身した後から……一瞬抵抗したかと思えば今度はこのように。もはや、力尽きたのですかね』
頭部からも激しく出血しているがゆえに、思考が一切定まらない。声すら上げられない。殴打による内臓損傷が災いしているのだ。
『――まあ、当然と言えば当然です。普通は、人外相手に勝利できるなど、出来る訳がありません。力を抜きにしたら、相当の知恵と抜け目のない戦術が必要です。貴方は相当に切れる存在でありながら力を有する存在……。自身を卑下していますが、それは憎たらしく思う存在がいても当然です。我が新生山梨支部最弱の幹部である、行える努力や鍛錬を怠った秋山が、散々私に対して恨み節を漏らしているくらいですから』
首を乱暴に掴み、徐々にその締め方を強くしていく。死へのカウントダウンとして、灰崎に本気を出させるべく行動を起こし始めたのだ。
『私は……山梨支部を敵に回した、グレープ内部、理想郷での立ち回りを聞き、非常に強い関心を得ました。チーティングドライバーを用いたらしいですが……我々のように自我を喪っていない様子、さらには思考汚染も無しと来ました。そんな存在……教祖と呼ばれる存在に近い、本部の大幹部や支部の長クラス、最低限見積もって支部の大幹部程の実力者でなかったら……とてもではないですが現実的ではありませんから』
灰崎に対する、強い関心の分析。それが出来るほどに思考がクリア、ということは……呉もまた、その存在に分類される。相応の『強さ』を持ち合わせていないと、思考汚染を弾くことはできない。これは必然の理である。
『だから――貴方に多少なり本気を出させる上で考えました。心の底から不本意ではありますがね』
そう言うと、檻に向かって拳を突き出すと、拳圧のみで檻を完全破壊。落下してくる千尋の喉を乱暴に掴む。
現在、両手にて苦しむは灰崎、千尋の二人。灰崎は元より死にかけの状態であり、千尋もまた死という一つの
結論に近づいていた。
『だから……不本意ではありますが、私は
神崎千尋を手に掛けます。貴方はこれまで、大切な存在が目の前で傷つけられた、あるいは
喪ったときに……底力を見せるそうですね。ポリシーには反しますが……より良い闘争のためですから――犠牲もやむなしです。元より敵ですし……殺しても構わないとだけは言われていますから』
ゆっくりと、締め付けを強くする呉。これまで戦いに関わってこなかった、囚われの身であった人間の千尋が、突如として受ける痛みとしては非常に苦しく厳しいものであった。それに、これまで経験しなかったであろう超高温によって、徐々に熱を帯びていく首元。やけどなど軽いもので、絞殺以前の話であと一分もすればお互い焼死してしまうだろう。
『さて……意識が飛んでいるでしょうが……
灰崎廉治。このままでは――二人とも死んでしまいますよ?』
首をさらに強く締め、意識の覚醒を促す呉。しかし、灰崎は意識が飛び、白目をむいていた。顔は青ざめ、徐々に命の灯火が消えゆく最中であったのだ。
「灰崎……君……!! 目を覚まして……!!」
しかし、その千尋の声が届くことは無かった。ドラマチックな展開など、現実にはそうありはしないのだから。