表示設定
表示設定
目次 目次




第二百九十三話

ー/ー



 その瞬間、千尋と灰崎は眼前の存在に戦慄していた。いくら鍛えることが、戦うことを至上の主義と唱える存在であっても、自分の身を犠牲にしつつ、さらには自分の脅威になる可能性すら孕んでいる中で……相手を同じ土台に引き上げるために成長に寄与するという、あまりにも狂人じみた思考に畏怖していたのだ。
「ですが……ここまでとは恐れ入りました。もう少し完成度(グレード)の低い段階で止まるかと思いきや……想像のはるか上を行く完成度(グレード)。三年はみっちり修行した者よりも、圧倒的に位が上(ハイクラス)ですよ。さらには精神性も。通常なら……会得した技術を馬鹿みたいに振るって特攻してくるだろうに。貴方は賢い面も持ち合わせている。伊達に裏社会(ウラ)で生き残っていません」
「……そうかい。そりゃあどーも」
 呉の異常性を目の当たりにしてしまった結果、ほんの少し委縮。感情の機微にも気づいた呉は、容赦なく中国武術の真髄で攻め立てるのだった。
 これまでの直線的な軌道ではなく、一つ一つの軌道がランダム。直線的な掌底があったかと思えば、曲線的かつ的確に急所を突きにかかる貫手(ぬきて)を放ってくる。ただの徒手空拳によるものとはとても思えない、圧倒的速度と威圧感が、相対している灰崎の心を慄然させる。
 さらには、関節を決めにかからんとする蛇拳(じゃけん)、意表を突く攻撃性の高い蝙蝠拳(こうもりけん)蟷螂拳(かまきりけん)、一撃が殺しきれないほどにパワフルな虎拳(とらけん)も混在しており、底抜けにある灰崎の学習能力、処理能力であっても、全ての拳に対応できる訳はなく、あまりにもの連撃に防ぎきれず生傷が増えていく。
 遂には、ガードを破壊された挙句、鳩尾に正拳突き&発勁(はっけい)の合わせ技という致命の一撃を叩き込まれ、灰崎は唐突に意識が飛んでしまう。
 あまりにも無防備かつ派手に吹き飛ばされたものの、無意識で宙にて体を捻りつつ、何とか着地するも、今度は中国武術ではなく純粋な地面へ叩きつけんとする殺人ストレートにて灰崎の顔面を急襲。
 あまりにもの一撃に、頭から地面に思い切り叩きつけられる灰崎。出血量が増えていく中で、何とか学ぼうと「見る」も、これまでの二倍以上に膨らんだ速度感では、到底学ぶことすら出来ずに傷が増えていく一方であった。
「ほら、ほらほらほらァ! このままでは死んでしまいますよ、灰崎廉治(ハイザキ レンジ)!!」
 生身でありながら、これほどの力を見せる存在は、まず出会ったことが無かった。狐川ですら、ここまでの狂気的なほどに強靭な拳を振るうことは無かった。しかも、そんな隕石が如く強固(ハード)≪ハード≫な衝撃(スマッシュ)を叩き込まれれば、誰であれ意識は飛ぶし、容易に死ぬ。
 究極の付け焼刃であった、灰崎の「見て学ぶ力」を攻略するは、単純に相手が吸収されないよう速度と力をブーストすればいいという、脳筋じみた解決法でありながら最適解(ベスト・アンサー)であったのだ。
 最初から、灰崎は拳が叩き込まれた時から、力の差を痛感していた。どれほど学ぼうと、どれほど挑戦しようと、どれほど成長しようと、敵わない存在(かべ)は必ず存在するとは思っていたが、ここまで如実な差を見せつけられると――どうしようもなかった。
 自分自身に明確な力が無いことが、ここまで心苦しく感じるとは、王漣組の組長時代でも経験しなかった。青いと言われるだろうが、無力感から来る心からの悔しさを感じていたのだ。
 自身の背に宿る、龍魚(りゅうぎょ)の刺青が泣いている。成長の象徴である伝説的存在が、何度も地面に叩きつけられては形無しである。

『本当に、それでいいのか?』

 命題(テーマ)のように突きつけられる、究極(げんしょ)の問い。いついかなる時も、自分の立場に満足はしていなかった。しかし、眼前にこれほどの敵がいながら、自分はこれに「敵わない」と脳で理解してしまったがゆえに、足が動かない。
 前へ前へ、と進み続け、学び続ける人類の一番の長所が、今回ばかりは活きやしない。どれほど進もうと、相手の(てのひら)の上で踊り続ける人形同然。

『このままで、本当に終わっていいのか?』

 終わりたくはない。まだ、やりたいことはある。だが、それをするために越えるべき壁が高すぎたのだ。丁度いい高さの壁、というものは誰にだって存在する。その壁をその時の全力にて乗り越える。だが――全力を出しても越えられない壁というものは、挑むだけ無駄と心のどこかで考えてしまう。
 しかし、灰崎は賢くあった存在だが、往々にして(バカ)であった。
 越えられない壁を、何が何でも越えてみたい。その先に待っている景色を見てみたい。いつも満足できない、欲深な存在でありたい。いつだって、餓えた獣――いわば、『狼』であり続けたい。そうでなかったら、本当に『大切なもの』すら、掌から取り落してしまいそうであったからだ。
 意識がほぼ飛んでいながらも、繰り出される拳や掌を全力で観察。
 そして遂に……より凶暴になった拳を受け止めたのだ。自分の上を行く、化勁の技術を、観察・実践により、より高みへ登らせたのだ。本人にその意志だけある状態である中、意識などとうに吹っ飛んでいる中で、『無意識』の中極意を掴みにかかっていたのだ。
「――!! 『コレ』は……成程!!」
 拳の威力を殺され、受け止められた呉は、何かに気づいた様子であり、咄嗟に後方へ退避。テーブル上に無造作に置いていたドライバーとインスタントライセンスを手にとって、灰崎の前に立つのだった。

「遂に……『そこ』まで来たのですか。面白い……面白いですよ、灰崎廉治!!」

 すぐさまドライバーを装着、ライセンスを装填し起動させる。これまで人間同士の攻防であった中で、遂に呉が怪人へと昇華したのだ。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二百九十四話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 その瞬間、千尋と灰崎は眼前の存在に戦慄していた。いくら鍛えることが、戦うことを至上の主義と唱える存在であっても、自分の身を犠牲にしつつ、さらには自分の脅威になる可能性すら孕んでいる中で……相手を同じ土台に引き上げるために成長に寄与するという、あまりにも狂人じみた思考に畏怖していたのだ。
「ですが……ここまでとは恐れ入りました。もう少し|完成度《グレード》の低い段階で止まるかと思いきや……想像のはるか上を行く|完成度《グレード》。三年はみっちり修行した者よりも、圧倒的に|位が上《ハイクラス》ですよ。さらには精神性も。通常なら……会得した技術を馬鹿みたいに振るって特攻してくるだろうに。貴方は賢い面も持ち合わせている。伊達に|裏社会《ウラ》で生き残っていません」
「……そうかい。そりゃあどーも」
 呉の異常性を目の当たりにしてしまった結果、ほんの少し委縮。感情の機微にも気づいた呉は、容赦なく中国武術の真髄で攻め立てるのだった。
 これまでの直線的な軌道ではなく、一つ一つの軌道がランダム。直線的な掌底があったかと思えば、曲線的かつ的確に急所を突きにかかる|貫手《ぬきて》を放ってくる。ただの徒手空拳によるものとはとても思えない、圧倒的速度と威圧感が、相対している灰崎の心を慄然させる。
 さらには、関節を決めにかからんとする|蛇拳《じゃけん》、意表を突く攻撃性の高い|蝙蝠拳《こうもりけん》や|蟷螂拳《かまきりけん》、一撃が殺しきれないほどにパワフルな|虎拳《とらけん》も混在しており、底抜けにある灰崎の学習能力、処理能力であっても、全ての拳に対応できる訳はなく、あまりにもの連撃に防ぎきれず生傷が増えていく。
 遂には、ガードを破壊された挙句、鳩尾に正拳突き&|発勁《はっけい》の合わせ技という致命の一撃を叩き込まれ、灰崎は唐突に意識が飛んでしまう。
 あまりにも無防備かつ派手に吹き飛ばされたものの、無意識で宙にて体を捻りつつ、何とか着地するも、今度は中国武術ではなく純粋な地面へ叩きつけんとする殺人ストレートにて灰崎の顔面を急襲。
 あまりにもの一撃に、頭から地面に思い切り叩きつけられる灰崎。出血量が増えていく中で、何とか学ぼうと「見る」も、これまでの二倍以上に膨らんだ速度感では、到底学ぶことすら出来ずに傷が増えていく一方であった。
「ほら、ほらほらほらァ! このままでは死んでしまいますよ、|灰崎廉治《ハイザキ レンジ》!!」
 生身でありながら、これほどの力を見せる存在は、まず出会ったことが無かった。狐川ですら、ここまでの狂気的なほどに強靭な拳を振るうことは無かった。しかも、そんな隕石が如く|強固《ハード》≪ハード≫な|衝撃《スマッシュ》を叩き込まれれば、誰であれ意識は飛ぶし、容易に死ぬ。
 究極の付け焼刃であった、灰崎の「見て学ぶ力」を攻略するは、単純に相手が吸収されないよう速度と力をブーストすればいいという、脳筋じみた解決法でありながら最適解《ベスト・アンサー》であったのだ。
 最初から、灰崎は拳が叩き込まれた時から、力の差を痛感していた。どれほど学ぼうと、どれほど挑戦しようと、どれほど成長しようと、敵わない|存在《かべ》は必ず存在するとは思っていたが、ここまで如実な差を見せつけられると――どうしようもなかった。
 自分自身に明確な力が無いことが、ここまで心苦しく感じるとは、王漣組の組長時代でも経験しなかった。青いと言われるだろうが、無力感から来る心からの悔しさを感じていたのだ。
 自身の背に宿る、|龍魚《りゅうぎょ》の刺青が泣いている。成長の象徴である伝説的存在が、何度も地面に叩きつけられては形無しである。
『本当に、それでいいのか?』
 |命題《テーマ》のように突きつけられる、|究極《げんしょ》の問い。いついかなる時も、自分の立場に満足はしていなかった。しかし、眼前にこれほどの敵がいながら、自分はこれに「敵わない」と脳で理解してしまったがゆえに、足が動かない。
 前へ前へ、と進み続け、学び続ける人類の一番の長所が、今回ばかりは活きやしない。どれほど進もうと、相手の|掌《てのひら》の上で踊り続ける人形同然。
『このままで、本当に終わっていいのか?』
 終わりたくはない。まだ、やりたいことはある。だが、それをするために越えるべき壁が高すぎたのだ。丁度いい高さの壁、というものは誰にだって存在する。その壁をその時の全力にて乗り越える。だが――全力を出しても越えられない壁というものは、挑むだけ無駄と心のどこかで考えてしまう。
 しかし、灰崎は賢くあった存在だが、往々にして|漢《バカ》であった。
 越えられない壁を、何が何でも越えてみたい。その先に待っている景色を見てみたい。いつも満足できない、欲深な存在でありたい。いつだって、餓えた獣――いわば、『狼』であり続けたい。そうでなかったら、本当に『大切なもの』すら、掌から取り落してしまいそうであったからだ。
 意識がほぼ飛んでいながらも、繰り出される拳や掌を全力で観察。
 そして遂に……より凶暴になった拳を受け止めたのだ。自分の上を行く、化勁の技術を、観察・実践により、より高みへ登らせたのだ。本人にその意志だけある状態である中、意識などとうに吹っ飛んでいる中で、『無意識』の中極意を掴みにかかっていたのだ。
「――!! 『コレ』は……成程!!」
 拳の威力を殺され、受け止められた呉は、何かに気づいた様子であり、咄嗟に後方へ退避。テーブル上に無造作に置いていたドライバーとインスタントライセンスを手にとって、灰崎の前に立つのだった。
「遂に……『そこ』まで来たのですか。面白い……面白いですよ、灰崎廉治!!」
 すぐさまドライバーを装着、ライセンスを装填し起動させる。これまで人間同士の攻防であった中で、遂に呉が怪人へと昇華したのだ。