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第二百九十二話

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 しれっと、かつての自分の痛みを覗かれたようなむず痒さを感じていたが、灰崎自身相対する存在が、そこまで悪い存在には思えなかった。
 ただ、強さを愚直に追い求め続ける、ストイックな求道者(ぐどうしゃ)。生まれる国が少しずれていたら、きっと狐川ではなく呉を好敵手に据えるのではないか、そういった『if(もしも)』を信じてしまうほどであった。
「――アンタ、善吉の野郎をそれでも慕ってんのな。それは……何事も有言実行だったからか」
「そうですね。この現代、口だけの政治家(ブタ)だの、やることなすこと全てが中途半端な権力者(クズ)がのさばっています。途中でトカゲの尻尾きりと言わんばかりに、自分だけが助かろうとします。ですが……善吉様は多額の資材と金を投じ、策を講じて徹底的に追い詰めました。言うことなど誰にでもできますが、そこからちゃんとやって見せたのは……頂点に立つ者として実にふさわしいのですよ」
 この場に立つ存在の二人が、元々一つの組織、その頂点に立った存在。呉は流浪の獣(リウラン・ショウ)、灰崎は二代目として受け継ぐ形にはなったが、王漣組の頂点に立った。言ったことを行動する、その単純に見える行いを実際に実行するのには、中々様々な要因が重なり難しいものがある。『有言実行』を行える存在は、実際そう多くないのだ。
 さらに、頂点に立つ者として必要なものは力だけではない。そこに大切なのは、当人の『カリスマ性』。それがあったからこそ、底なしの外道であるはずの善吉にも人は付いてくる。仕事とプライベートを分け、さらに当人が底抜けの頭脳と力、カリスマ性を持つ有能であるからこそ、新生山梨支部は並の支部よりも人員がいない中それ以上の活躍を見せるのだ。
「――私は、これからどんなことがあろうとあの方に付いていきます。例えそれが茨の道であっても、あの人は私の低迷期(どんぞこ)を支えてくださった存在。だからどのようなことだって出来るのです」
「……対象こそ違えど……その気持ちは痛いほどわかる。俺も……縦社会と言える極道社会を生きてきた。親が黒と言えば、どんな純白も黒に変わる。望む物あれば、それをノータイムで持ってこれる奴ほど、のし上がれる。どんな間違ったことをしようとな。だが……ウチの組長(せんだい)は違った」
 どこまで行っても古臭い、昔ながらの極道。今のなりふり構わず弱者から搾取し続けるような、極道の皮を被ったヤクザではない。弱者救済を謳い、徹底的に居場所のない存在をグレーな世界でありながら救い続けた。その漢気に、灰崎は心を打たれたからこそ、大恩があるからこそ、間違っている間違っていない抜きに、呉の言いたいことが痛いほど分かるのだ。
「――だから、俺が止めなきゃあいけねえんだ。同じ黒の世界で生きてきた存在だからこそ、俺が止めるんだよ。今んところ敵う見込みはねえけどな」
「……言ってくれるじゃあないですか。ですが……私の見込み通りですよ……本当に!!」
 深く踏み込んで、瞬時に懐に潜り込む呉。殺気が見えた瞬間に身を翻すも、その灰崎の学びを殺すために、アッパーカットではなく直角に曲がるストレートを叩き込まんとしていたのだ。
 死が迫る中、灰崎の心臓は高鳴った。自分のこれまでの常識を覆す一撃が、今まさに迫っていた。
 だが――そこでどこかから声が聞こえたのだ。

『――――私を、頼れ。お前様』

 その声の正体が何なのか、一切理解できなかったものの、その必死の一撃に……灰崎は手をかざしにかかる。
 そのまま無対策のまま行ったら、腕は圧倒的力により(ひしゃ)げる。
 だから、その力を最大限『殺せば』、受け入れられると踏んだのだ。
 咄嗟に力を足に込め、盛大に音を鳴らすほど踏み込んで両手で拳を受け止めたのだ。
 その結果、一切の被害なく、五体満足なまま拳を受け止められたのだ。
「嘘!? あれだけの拳を受け止めることが出来るだなんて……」
「少々不格好ではありますが……ただの感覚(センス)で――化勁(かけい)を会得しましたか……!!」
 化勁とは、中国武術において相手の攻撃力を吸化、あるいは力の向き(ベクトル)をコントロールする身法。あらゆる漫画やゲーム、あるいは現実世界において、それを扱う存在はいるものの、コントロールして局所的に扱える存在はそう居ない。競技としての格闘技内にも、「扱えはするが無自覚」など、そこまでの秀でた存在はいない。
 しかし、灰崎は今この時、自分の意識で、目で見て学んだ中国武術、その技法のひとつである化勁による防御術を行ったのだ。これまで拳は避ける一方であったが、呉の心が躍るほどの成長を遂げていたのだ。
 灰崎は戸惑っていたが、凶器じみた拳の対抗策が出来たと、一瞬で理解、笑って見せた。
 もはやどの拳がクリーンヒットしようと死んでしまう、その可能性以外見えない中で、放たれる拳の雨霰を、全て化勁の技術で殺していく。手練れの格闘家ですら限界がある中で、灰崎は立て続けに技術を吸収し、絶好調による高揚(フロウ)状態にあったために、全て殺していく。
 そしてついに、契機が訪れる。
 拳を殺していく中で、徐々に相手の隙が見えてきていたのだ。
 最初はか細い糸のような導線であったが、それは次第に当人を縛る首輪(リング)へ変貌。
 その瞬間に、頭や体でではなく、感覚で理解した灰崎は、拳の雨霰が降りやまぬ中、呉の心臓部に掌底を叩き込んだのだ。
 しかもそれはただの力で放たれた掌底ではなく、内なる整った力である(けい)を放つ、「発勁(はっけい)」であったのだ。
 誰か高名な存在に習ったわけではなく、ただ見て(なら)っただけのため、未熟であり稚拙(ちせつ)ではあったが、初めて呉に明確なダメージを叩き込んだのだ。
 あまりのことに、脳は理解できずに、ただ喀血するのみ。呉も千尋も、窮地に追い詰められた灰崎の、急激な成長に脳が追いついていなかったのだ。
 呉はその場からほんの少し後ずさるだけであったのだが、目に見えてダメージが増えていたのだ。身体の外側ではなく、体の内側による衝撃を叩き込んだために、これまで勝機の見えない戦いに希望が見えてきたのだ。
 どれほど肉体を鍛えていようと、内側はそう簡単に鍛えられないものであった。
「――まさか。まさかここまでとは思っていませんでした。ある意味、私の見立ては正しかったのでしょうね……灰崎廉治(ハイザキ レンジ)
「何がどうだか、ってのはまだよく分かってねえが……何となく理解できた。俺は……あらゆる事象から『見る力』が秀でてんだな。じゃあなかったら……ただ『見た』だけの技術を今自分でモノに出来るわけは無ェ」
「それと……『学ぶ力』です。通常ならば言って聞かせて、そこからただひたすらにやって見せて、実践させるところまでやらねば形にすらならないものが、貴方の場合……言って聞かせてやる時点で貴方の学びは終わっている。それをすぐに形に出来るからこそ、それ以降がほぼいらないものになっているのです。」
 究極の付け焼刃、見るだけで少ない反復練習をすれば、全てを(こな)せる。大人でありながら、極限まで吸収力に秀でた存在。それこそが、灰崎廉治という男の異常性であった。
「だから――私は貴方に目を付けた。成長性の塊である貴方と戦いたいと、死合(しあ)いたいと……そう思ったのです。善吉様の指示など、そんなことは関係なしに、今この時を待ち望んでいたのですよ」
「――ありがとう、とでも言えばいいかよ」
「いえ。別に礼など要りません。私が望む物はあくまで……成長した貴方との純粋な殺し合いですから」
 そう語ると、呉はなんとメリケンサックを辺りに放り投げた。それと共に上半身のTシャツも自身で破り捨て、気を充実させそこまで力の入っていない構えを取る。心臓部は、先ほど灰崎が発勁を叩き込んだのもあり、若干凹んでいた。
 千尋はそこまで深刻に考えていなかったものの、灰崎はその技術をなまじ習得したがために、眼前の脅威がさらにレベルが上がったことに気が付いたのだ。

「――お前、まさか……同じ土俵に立たせるために、俺に感覚で会得させたのか――化勁(かけい)を……!?」
「命の危機に何度も瀕した時、当人はより高みへ成長する。それは漫画の世界だろうが現実世界だろうが変わりはしない、永遠不変の法則です。つまるところ……『ご名答』です」



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 しれっと、かつての自分の痛みを覗かれたようなむず痒さを感じていたが、灰崎自身相対する存在が、そこまで悪い存在には思えなかった。
 ただ、強さを愚直に追い求め続ける、ストイックな|求道者《ぐどうしゃ》。生まれる国が少しずれていたら、きっと狐川ではなく呉を好敵手に据えるのではないか、そういった『|if《もしも》』を信じてしまうほどであった。
「――アンタ、善吉の野郎をそれでも慕ってんのな。それは……何事も有言実行だったからか」
「そうですね。この現代、口だけの|政治家《ブタ》だの、やることなすこと全てが中途半端な|権力者《クズ》がのさばっています。途中でトカゲの尻尾きりと言わんばかりに、自分だけが助かろうとします。ですが……善吉様は多額の資材と金を投じ、策を講じて徹底的に追い詰めました。言うことなど誰にでもできますが、そこからちゃんとやって見せたのは……頂点に立つ者として実にふさわしいのですよ」
 この場に立つ存在の二人が、元々一つの組織、その頂点に立った存在。呉は|流浪の獣《リウラン・ショウ》、灰崎は二代目として受け継ぐ形にはなったが、王漣組の頂点に立った。言ったことを行動する、その単純に見える行いを実際に実行するのには、中々様々な要因が重なり難しいものがある。『有言実行』を行える存在は、実際そう多くないのだ。
 さらに、頂点に立つ者として必要なものは力だけではない。そこに大切なのは、当人の『カリスマ性』。それがあったからこそ、底なしの外道であるはずの善吉にも人は付いてくる。仕事とプライベートを分け、さらに当人が底抜けの頭脳と力、カリスマ性を持つ有能であるからこそ、新生山梨支部は並の支部よりも人員がいない中それ以上の活躍を見せるのだ。
「――私は、これからどんなことがあろうとあの方に付いていきます。例えそれが茨の道であっても、あの人は私の|低迷期《どんぞこ》を支えてくださった存在。だからどのようなことだって出来るのです」
「……対象こそ違えど……その気持ちは痛いほどわかる。俺も……縦社会と言える極道社会を生きてきた。親が黒と言えば、どんな純白も黒に変わる。望む物あれば、それをノータイムで持ってこれる奴ほど、のし上がれる。どんな間違ったことをしようとな。だが……ウチの|組長《せんだい》は違った」
 どこまで行っても古臭い、昔ながらの極道。今のなりふり構わず弱者から搾取し続けるような、極道の皮を被ったヤクザではない。弱者救済を謳い、徹底的に居場所のない存在をグレーな世界でありながら救い続けた。その漢気に、灰崎は心を打たれたからこそ、大恩があるからこそ、間違っている間違っていない抜きに、呉の言いたいことが痛いほど分かるのだ。
「――だから、俺が止めなきゃあいけねえんだ。同じ黒の世界で生きてきた存在だからこそ、俺が止めるんだよ。今んところ敵う見込みはねえけどな」
「……言ってくれるじゃあないですか。ですが……私の見込み通りですよ……本当に!!」
 深く踏み込んで、瞬時に懐に潜り込む呉。殺気が見えた瞬間に身を翻すも、その灰崎の学びを殺すために、アッパーカットではなく直角に曲がるストレートを叩き込まんとしていたのだ。
 死が迫る中、灰崎の心臓は高鳴った。自分のこれまでの常識を覆す一撃が、今まさに迫っていた。
 だが――そこでどこかから声が聞こえたのだ。
『――――私を、頼れ。お前様』
 その声の正体が何なのか、一切理解できなかったものの、その必死の一撃に……灰崎は手をかざしにかかる。
 そのまま無対策のまま行ったら、腕は圧倒的力により|拉《ひしゃ》げる。
 だから、その力を最大限『殺せば』、受け入れられると踏んだのだ。
 咄嗟に力を足に込め、盛大に音を鳴らすほど踏み込んで両手で拳を受け止めたのだ。
 その結果、一切の被害なく、五体満足なまま拳を受け止められたのだ。
「嘘!? あれだけの拳を受け止めることが出来るだなんて……」
「少々不格好ではありますが……ただの|感覚《センス》で――|化勁《かけい》を会得しましたか……!!」
 化勁とは、中国武術において相手の攻撃力を吸化、あるいは力の|向き《ベクトル》をコントロールする身法。あらゆる漫画やゲーム、あるいは現実世界において、それを扱う存在はいるものの、コントロールして局所的に扱える存在はそう居ない。競技としての格闘技内にも、「扱えはするが無自覚」など、そこまでの秀でた存在はいない。
 しかし、灰崎は今この時、自分の意識で、目で見て学んだ中国武術、その技法のひとつである化勁による防御術を行ったのだ。これまで拳は避ける一方であったが、呉の心が躍るほどの成長を遂げていたのだ。
 灰崎は戸惑っていたが、凶器じみた拳の対抗策が出来たと、一瞬で理解、笑って見せた。
 もはやどの拳がクリーンヒットしようと死んでしまう、その可能性以外見えない中で、放たれる拳の雨霰を、全て化勁の技術で殺していく。手練れの格闘家ですら限界がある中で、灰崎は立て続けに技術を吸収し、絶好調による|高揚《フロウ》状態にあったために、全て殺していく。
 そしてついに、契機が訪れる。
 拳を殺していく中で、徐々に相手の隙が見えてきていたのだ。
 最初はか細い糸のような導線であったが、それは次第に当人を縛る|首輪《リング》へ変貌。
 その瞬間に、頭や体でではなく、感覚で理解した灰崎は、拳の雨霰が降りやまぬ中、呉の心臓部に掌底を叩き込んだのだ。
 しかもそれはただの力で放たれた掌底ではなく、内なる整った力である|勁《けい》を放つ、「|発勁《はっけい》」であったのだ。
 誰か高名な存在に習ったわけではなく、ただ見て|倣《なら》っただけのため、未熟であり|稚拙《ちせつ》ではあったが、初めて呉に明確なダメージを叩き込んだのだ。
 あまりのことに、脳は理解できずに、ただ喀血するのみ。呉も千尋も、窮地に追い詰められた灰崎の、急激な成長に脳が追いついていなかったのだ。
 呉はその場からほんの少し後ずさるだけであったのだが、目に見えてダメージが増えていたのだ。身体の外側ではなく、体の内側による衝撃を叩き込んだために、これまで勝機の見えない戦いに希望が見えてきたのだ。
 どれほど肉体を鍛えていようと、内側はそう簡単に鍛えられないものであった。
「――まさか。まさかここまでとは思っていませんでした。ある意味、私の見立ては正しかったのでしょうね……|灰崎廉治《ハイザキ レンジ》」
「何がどうだか、ってのはまだよく分かってねえが……何となく理解できた。俺は……あらゆる事象から『見る力』が秀でてんだな。じゃあなかったら……ただ『見た』だけの技術を今自分でモノに出来るわけは無ェ」
「それと……『学ぶ力』です。通常ならば言って聞かせて、そこからただひたすらにやって見せて、実践させるところまでやらねば形にすらならないものが、貴方の場合……言って聞かせてやる時点で貴方の学びは終わっている。それをすぐに形に出来るからこそ、それ以降がほぼいらないものになっているのです。」
 究極の付け焼刃、見るだけで少ない反復練習をすれば、全てを|熟《こな》せる。大人でありながら、極限まで吸収力に秀でた存在。それこそが、灰崎廉治という男の異常性であった。
「だから――私は貴方に目を付けた。成長性の塊である貴方と戦いたいと、|死合《しあ》いたいと……そう思ったのです。善吉様の指示など、そんなことは関係なしに、今この時を待ち望んでいたのですよ」
「――ありがとう、とでも言えばいいかよ」
「いえ。別に礼など要りません。私が望む物はあくまで……成長した貴方との純粋な殺し合いですから」
 そう語ると、呉はなんとメリケンサックを辺りに放り投げた。それと共に上半身のTシャツも自身で破り捨て、気を充実させそこまで力の入っていない構えを取る。心臓部は、先ほど灰崎が発勁を叩き込んだのもあり、若干凹んでいた。
 千尋はそこまで深刻に考えていなかったものの、灰崎はその技術をなまじ習得したがために、眼前の脅威がさらにレベルが上がったことに気が付いたのだ。
「――お前、まさか……同じ土俵に立たせるために、俺に感覚で会得させたのか――|化勁《かけい》を……!?」
「命の危機に何度も瀕した時、当人はより高みへ成長する。それは漫画の世界だろうが現実世界だろうが変わりはしない、永遠不変の法則です。つまるところ……『ご名答』です」