流浪の獣。元は神奈川県に居城を構えた、大規模な中華マフィア。しかし元は地域密着型のマフィアであり、こちらからちょっかいを掛けない限り、基本的には結束の強い組織。それが世間一般的な認識であった。
だが、それは少し違っていた。実際は、強さを愚直に追い求める存在ばかりの徒党であった。
法外者ではあるが、
無法者ではないのだ。
だからこそ皆、
体躯がいい存在であったのだが、ある時を境にその皆の統合意識は一変していく。それこそ、元町・中華街での中華マフィア同士の抗争であった。
そこで圧倒的な戦果を挙げた呉以外は大したものではなく、当時総帥であった呉以外は同胞であるはずの在日中国人から軟弱者の扱いを受けた。呉はその声に酷く苛立っていたのだが、部下は半ば仕方のない声だと諦めていたのだ。
通常ならば、万人に限界は存在する。「限界はない」と決め鍛錬を重ねても、限界は確かに存在する。それが高い位置に存在するか、低い位置に存在するか、の違いであるだけ。根性論で語られた物事に、本当のことは存在しないのだ。
だが、呉に関しては文字通り生物としての力の限界が存在しない。当時はそう言われていた。それは、他でもなく部下よりも量も質も良いトレーニングを欠かさなかったからこそ。一般人相手に
恐喝るチンピラじみた行為を嫌っていたからこそ、そして
阿漕な商売を嫌っていたからこそ、余計なことをせず自分を高める行為に費やしていた結果、限界が存在しなかったのだ。
拠点を千葉県に移した後、次第に周りの部下と比べ温度差を感じていく中――そこに来栖善吉が現れた。本人が望むは、もはや意識の
乖離が起こった
流浪の獣、その戦略的買収であった。
(――一体何の用ですか。
流浪の獣そのものを買い取りたいだなんて。企業様が買収したいと思えるほど……今の組織は、もうかつてのストイックな姿は存在しません。腑抜けた輩がうじゃうじゃ存在します。それでも――この組織を欲するのですか)
(ええ、勿論。これはあくまでビジネス上の話ではありますが……私に全権を委任してくだされば、腑抜けた無能同然の彼らを……より『高み』へ登らせることが出来ます。ただ交換条件と言っては何ですが……私の元に就いて、その強靭な強さを振るっていただきたく思いまして)
最初、呉は日本人という存在を大して信用していなかった。これと言った反日感情が存在するわけではないが、結局「自分よりも弱い」という固定観念が存在したがために、その条件を飲むための一騎打ちを行うことになった。
結果だけ言うならば、呉は劣敗した。これ以上にないほどの大惨敗。それもそのはず、善吉自身が鍛えていることもあるのだが、その内に因子を宿しているからこそ。『手術』によって得たその力は、善吉を異常たらしめていたのだ。
(私が所属する母体組織は……『教会』というものです。しかし……私は『教会』自体をそこまで信用している訳ではないのです。いつか私は現在所属している組織を捨て――より上のステージへ進みたく思い、現在もこうして行動しています。どうか……貴方の力を、そして貴方が見限った部下の力を、十二分に活かせる私の元へ集め……私の下で働きませんか)
善吉の見た目は、いかにもと言ったビジネスマン。しかしそんな存在でも、こうして自分を優に超えるほどの強さを持てる。純度が高い力以外に、何かしらの気配を感じ取っていた。その時点から、呉の
探知能力は開花していた。内に眠る因子が『徳川家康』であることは認識していなかったものの、善吉の内部に禍々しい何かを感じていたのだ。
そこから、呉は善吉の元に下った。順番としては三番目。新生山梨支部の立ち上げのメンバーとして、組織全体の力を底上げしたのだ。
だが、それでも満たされない。高度な残虐性、そして暴力性がありながらも、強者としか戦いたくない、弱い者いじめを嫌う高尚かつ殊勝な精神性を持ち合わせていた呉にとって、完全に
修行の停滞期に入ったのだ。善吉の考えが、結局のところ千葉県の掌握出遭ったことを知っていたからこそ、その先に待つ戦いに心躍るものは英雄以外存在しないのだと、諦めていたのだ。
だが、少し前のこと。支部内に残っていたデータを閲覧していた時のこと、呉は衝撃を受けた。善吉率いる山梨支部と戦う存在の中で、一般人でありながらチーティングドライバーを用いながらも健闘し、自分の大切な存在と同じ見た目をしていた偽者であろうと打倒した、覚悟の決まった『
漢』が存在するではないか、と。
その存在こそ、灰崎廉治であった。
善吉があらゆる敵対存在の情報を収集していた中で、一番目を引かれた存在。多くの『大切』をあろうことか目の前で全て喪った中で、それでも尚前を向いて戦い続ける、その愚直さに心惹かれたのだ。あまりにもの鈍色の輝きに、「磨けば光る」という確信すら生まれてしまうほど。
もし時代が異なったのなら、組織が異なったとしても――自身は灰崎を『心の
戦友』に据えるだろう。それほどに、灰崎という『漢』に一目会って、彼と共に更なる『高み』に至りたいと考えていたのだ。
これほどの才能の原石は、今後そう現れない。だからこそ、心から
死合いたかったのだ。