空母内に入り込んだ礼安たちは、甲板上ですぐさま三手に分かれた。ある地点へ先行する丙良を除き、礼安・加賀美ペアとエヴァ・綾部ペア、そして灰崎・千尋ペアに分かれた。その際に、加賀美が千尋に対してあるものを手渡した。それは、何と同じアタッシュケースであったのだ。
「加賀美ちゃん! そんな、悪いよ……」
「いえ、仮にも千尋さん、そして灰崎さんはこの中において一般人です。そんな方に生身で戦い続けろ、だなんて鬼畜なことは言いません。これら二つのアタッシュケースを用いて……どうか、生き延びてください」
一般人第一で動き続ける英雄学園の面子に、静かに頭を下げる千尋。皆と別れた後に、自分の持つアタッシュケースを黙ってもう一つ預ける灰崎。
「な、何で……?」
「俺には……英雄学園の学園長さんにカスタムしてもらった
自動短銃がある。それ持ってりゃあある程度生存力は上がるだろ。俺は
裏世界で生きてきた人間だからこそ……命の価値は少々軽い。だから――」
最後の一言を言いかけた時、乱暴にアタッシュケースを置いた千尋が、灰崎の頬を思い切り両手で引き延ばす。どうしてか理解できていない灰崎であったが、千尋は明らかに怒り心頭であった。
「今更、自分の命の価値がどうたらだとか、そういうことは絶対に言わない。灰崎君とまではいかないけれど、アタシも……似たようなものだから。渡されたとはいえ、一般人が人をあっさり昏倒させるほどの麻薬用いて嵌められる? 冗談言わないで、アタシもグレーな存在……訴えられたらすぐ負けちゃうくらいの
余罪はあると思っているから」
だからこその、罪滅ぼし。嵌める一歩手前まで行きかけた一般人もどきであるからこそ、灰崎のその言葉が彼女にとっての奮起のツボであった。
「――悪かったよ。何となくそんなこと言いそうな気はしたがよ……だが、アタッシュケースは千尋が持っとけ。価値云々じゃあなく、俺と千尋じゃあ、まず地力が違うんだからよ。俺のように場数踏んでいる訳じゃアねえ、だからこそ一般人でも地力が上げられるそれは持っておくに越したことはないだろ」
不器用な優しさを真正面から受け、どうも顔が赤くなってしまう千尋。そしてそんな千尋に疑問符を浮かべる灰崎。何ともまあちぐはぐであった。
そのまま、灰崎たちは三手に分かれ捜索する先の一つである、大船室一〇一号室へと入り込む。その『先』に待つ存在が放つ、圧倒的な
高圧を頼りに、何かしらの重要なもの、あるいは予想だにしない
強敵が待っているのだという確信があったからこそであった。
しかし、入り込んだその船室は異常なほどに広く、そして暗かった。
巨大潜水艦三つが合体し出来上がったから、という説明だけでは片付かないほどの、まるで闘技場のような雰囲気の大広間。権力を持った者が建設した、巨大な城のダンスフロア、とも表現できる。
天井には現在灯されていないものの豪華なシャンデリアが付いており、船であることを忘れてしまいそうなほどの広大なフィールド。人が数十人肩車しても天井に手は付けられないほどに、田舎から上京したての人間のように、上を見上げてしまう。
そしてそれは、今視認こそできていないものの……その場に敵が潜んでいることの表れでもあった。
その大部屋全体から発せられるのは、尋常でないほどの殺気。葉を隠すなら森の中と言わんばかりに、四方八方から殺気がこちらを刺してくるのだ。
「――気を付けろ、千尋。これまで相手してきたどいつよりも……格が上だ。何なら……甲板に出てきた奴の中の……一人だ」
「……分かってる。さっきから、吐き気が押し寄せてくる。それくらいに……ヤバいのがここにいる」
すぐさま二人は背中を合わせ、灰崎は自動短銃を構え、千尋は同時にアタッシュケースを『桂馬』の二丁拳銃という、一般人ではそう考えつかないほどのパワフルなスタイルへ切り替える。
四方八方を警戒しながら、じりじりと、中央へ寄っていく二人。しかし、一向に敵は現れない。冷や汗を掻き始める二人であったが、突如としてその緊張感がピークに達する。
唐突に、部屋全体に明かりが灯される。二人が真正面を向くと、そこには一つの作業机とキャスター付きの椅子のみ。実に質素な作業スペースの元に、それはいたのだ。
チーティングドライバーと一枚のライセンス以外乗せられていない豪華な机の上に、足を組みながらも腰掛ける、屈強な男。タイトな半袖Tシャツに黒のチノパン、ノーデザインのスリッポンを履く、非常に軽装かつ筋骨隆々の男であったのだ。片手に少し大きめのワイングラスを持ち、そのワインを静かに傾け、一息に飲み干す。
「――ようこそ、待っていましたよ。元王漣組二代目組長・
灰崎廉治と……教会入会後すぐ脱会した一般人・
神崎千尋。
裏に染まる、または染まった者同士、私は君たちを歓迎しましょう」
静かにその机から降りる、アジア圏生まれのような顔立ちの、切れ長の目をした男。まるでここに来ることが分かっていたかのように目を細め、妖しく笑うのみであった。そしてその顔を見た瞬間に、千尋は明らかに焦っていた。
「……アイツ、何でここにいるのよ」
「――というか、俺でも理解できるぜ、あの顔、そしてあの武芸者として名うての存在。
裏社会に出回っている手配書で……ずっと
高懸賞金な奴としてお触れが回ってる」
「「――
流浪の獣、その
総帥……
呉一颯!!」」
「ここは中国ではありません、日本です。だから日本人としての仮の名である……
呉一颯、そう呼んでくれませんか? その方が『らしい』ですから。それに、もう総帥ではないですから」