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第3楽章〜メヌエット〜⑨

ー/ー



 午後の練習が始まる前に、久川先生が指揮台の前に立ち、説明を行った。

「今日の午後の練習は、特別ギャラリーが見学してくれることになった。みんなも良く知っている生徒だ。これまでの練習の成果を発揮して、各自、恥ずかしくない演奏をするように! わかったな?」

「はい、わかりました!」

 いつものように、吹奏楽部のメンバーは声を揃えて返事をするが、それでも、その直後はザワザワと雑談する声が漏れてくる。

「四葉ちゃんだ! どうして、ここに居るのかな? わざわざ、合宿の練習を見に来たとか?」

「なんか、昨日まで近くでポスターの撮影をしてたらしいよ(ミンスタ)に投稿がアップされてたって」

 やはり、新学期開始から1学期が終わるまで、校内の注目を集めていただけのことはある。
 見学席にシロが座っているだけで、吹奏楽部員たちから漏れ聞こえて来る声は、ソワソワと落ち着きを欠くものになっていることがわかる。

 その状況を察したのだろうか、地に足がつかないようすの部員たちを落ち着かせるため、副部長が立ち上がって、こう告げた。

「みんな、久川先生の言ったこと理解できてる? 誰が見ていようと、私たちは、自分たちにできる精一杯の演奏をするだけ! わかってるよね?」

「は、はい!」

 突然のできごとだったからか、今度は、声は揃っていなかったが、それでも、部員たちの気を引き締める効果は、十分にあったようだ。

 寿先輩の言動に、さすがは、生徒会長を務めているだけはある……と感心するが、この先輩の立ち居振る舞いも含めて、すべて、久川先生の計算のうちだったんじゃないか、という気がする。
 
 実際、シロが吹奏楽部の練習を見学することに同意すると、彼女は、すぐに桜井先生やOB・OGの先輩方に話をつけに行き、部外者の見学許可を取り付けてくれた。
 久川先生が、どういった内容で交渉をしたのか詳しくはわからないのだが、なぜか先輩たちは、シロが見学に立ち会うことに好意的で、部外者の生徒にあれこれと楽曲の詳細を語ってくれている。

 さらに、宮野については、

「白草と違って、彼女が広報部のメンバーとして活動するなら、部長の花金(はながね)に確認の連絡を入れておいた方が良いんじゃないか?」

と、オレたちにアドバイスまでしてくれた。

 そのありがたい助言に従って、すぐに鳳花部長に通話アプリで連絡を取ると、

「そういうことなら仕方ないわね。宮野さんに活動する気持ちがあるなら、ここで経験を積んでもらいましょう。あと、当然のことだけど、これ以上、吹奏楽部のみんなに迷惑をかけないようにね」

と、部長は釘を差すように、広報部としての指針を示す。

 こうして、紆余曲折ありながら、午後の撮影の方針が決まると、壮馬、桃華、宮野と軽い打ち合わせを行って、オレたち広報部も取材活動に入った。

 久川先生は、「午後の練習前に、の経緯を部員に簡単に説明する」と、あらかじめ言っておいてくれたので、練習開始前からカメラを構えていたオレは、先生や副部長の短いスピーチを録画することができた。
 今季の吹奏楽部の活動として必要な映像素材になるかどうかは、編集権限を持つ壮馬の判断次第だが、強化合宿の想い出の一コマとしてなら、良い内容が撮影できたのではないか、と個人的には思う。

 オレ以外の撮影メンバーも、それぞれ、準備は整っているようだ。
 壮馬は、演奏者全員を一望できる指揮台のそばで、カメラを構えて、主にソロ奏者の演奏をメインに撮影を行う予定だ。
 一方、桃華と宮野は、遊撃部隊として演奏が終わるごとに立ち位置を変えて、色々な角度からの撮影を試みることになっている。

 そして、オレは、壮馬とは離れた場所である演奏者の脇手側から撮影する手筈だ。演奏者たちから見て右手側に立つオレの位置からは、指揮者の桜井先生とともに、サックスでソロを演奏する寿先輩と紅野の姿が良く見える。

 久川先生と寿先輩の言葉を受けて、指揮台に立つ桜井先生が、

「練習開始前に、二人からの貴重なお話があったので、私からは特に述べることはありません。各自のベストを尽くしてくれるものと信じています。では、行きましょう」

と、演奏準備に入る。

 その瞬間、寿先輩が隣に座る紅野に、なにやら、耳打ちをしている姿が目に入った。さらに、彼女たちの視線は、指揮者である桜井先生ではなく―――さらに、その先でパイプ椅子に腰掛けているオレたちのクラスメートに向けられている……ような気がした。

 オレが、そのことに気を取られているなか、打楽器の音が鳴り響き、『宝島』の演奏が始まった。

 あわてて、ビデオカメラを構え直し、ファインダー越しに演奏者たちの表情を確認する。

 シロというギャラリーが加わったことで、浮つきかけていた部員たちも、寿先輩の一言で落ち着きを取り戻したのか、前日以上に、真剣な表情で演奏に取り組んでいる。その固くなった演奏者たちの表情をやわらげるように、楽曲前半のサックスの演奏が始まった。

 前日のように、奏者たちを引っ張って行くような力強さだけでなく、どこか緊張をほぐすような軽快な音色は、緊迫感で固まっていたオレの身体の強張りまでもリラックスさせる効果があり、あらためて寿先輩のサックス奏者としての技量を感じ取るのに十分なものだった。


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 午後の練習が始まる前に、久川先生が指揮台の前に立ち、説明を行った。
「今日の午後の練習は、特別ギャラリーが見学してくれることになった。みんなも良く知っている生徒だ。これまでの練習の成果を発揮して、各自、恥ずかしくない演奏をするように! わかったな?」
「はい、わかりました!」
 いつものように、吹奏楽部のメンバーは声を揃えて返事をするが、それでも、その直後はザワザワと雑談する声が漏れてくる。
「四葉ちゃんだ! どうして、ここに居るのかな? わざわざ、合宿の練習を見に来たとか?」
「なんか、昨日まで近くでポスターの撮影をしてたらしいよ。《ミンスタ》に投稿がアップされてたって」
 やはり、新学期開始から1学期が終わるまで、校内の注目を集めていただけのことはある。
 見学席にシロが座っているだけで、吹奏楽部員たちから漏れ聞こえて来る声は、ソワソワと落ち着きを欠くものになっていることがわかる。
 その状況を察したのだろうか、地に足がつかないようすの部員たちを落ち着かせるため、副部長が立ち上がって、こう告げた。
「みんな、久川先生の言ったこと理解できてる? 誰が見ていようと、私たちは、自分たちにできる精一杯の演奏をするだけ! わかってるよね?」
「は、はい!」
 突然のできごとだったからか、今度は、声は揃っていなかったが、それでも、部員たちの気を引き締める効果は、十分にあったようだ。
 寿先輩の言動に、さすがは、生徒会長を務めているだけはある……と感心するが、この先輩の立ち居振る舞いも含めて、すべて、久川先生の計算のうちだったんじゃないか、という気がする。
 実際、シロが吹奏楽部の練習を見学することに同意すると、彼女は、すぐに桜井先生やOB・OGの先輩方に話をつけに行き、部外者の見学許可を取り付けてくれた。
 久川先生が、どういった内容で交渉をしたのか詳しくはわからないのだが、なぜか先輩たちは、シロが見学に立ち会うことに好意的で、部外者の生徒にあれこれと楽曲の詳細を語ってくれている。
 さらに、宮野については、
「白草と違って、彼女が広報部のメンバーとして活動するなら、部長の|花金《はながね》に確認の連絡を入れておいた方が良いんじゃないか?」
と、オレたちにアドバイスまでしてくれた。
 そのありがたい助言に従って、すぐに鳳花部長に通話アプリで連絡を取ると、
「そういうことなら仕方ないわね。宮野さんに活動する気持ちがあるなら、ここで経験を積んでもらいましょう。あと、当然のことだけど、これ以上、吹奏楽部のみんなに迷惑をかけないようにね」
と、部長は釘を差すように、広報部としての指針を示す。
 こうして、紆余曲折ありながら、午後の撮影の方針が決まると、壮馬、桃華、宮野と軽い打ち合わせを行って、オレたち広報部も取材活動に入った。
 久川先生は、「午後の練習前に、の経緯を部員に簡単に説明する」と、あらかじめ言っておいてくれたので、練習開始前からカメラを構えていたオレは、先生や副部長の短いスピーチを録画することができた。
 今季の吹奏楽部の活動として必要な映像素材になるかどうかは、編集権限を持つ壮馬の判断次第だが、強化合宿の想い出の一コマとしてなら、良い内容が撮影できたのではないか、と個人的には思う。
 オレ以外の撮影メンバーも、それぞれ、準備は整っているようだ。
 壮馬は、演奏者全員を一望できる指揮台のそばで、カメラを構えて、主にソロ奏者の演奏をメインに撮影を行う予定だ。
 一方、桃華と宮野は、遊撃部隊として演奏が終わるごとに立ち位置を変えて、色々な角度からの撮影を試みることになっている。
 そして、オレは、壮馬とは離れた場所である演奏者の脇手側から撮影する手筈だ。演奏者たちから見て右手側に立つオレの位置からは、指揮者の桜井先生とともに、サックスでソロを演奏する寿先輩と紅野の姿が良く見える。
 久川先生と寿先輩の言葉を受けて、指揮台に立つ桜井先生が、
「練習開始前に、二人からの貴重なお話があったので、私からは特に述べることはありません。各自のベストを尽くしてくれるものと信じています。では、行きましょう」
と、演奏準備に入る。
 その瞬間、寿先輩が隣に座る紅野に、なにやら、耳打ちをしている姿が目に入った。さらに、彼女たちの視線は、指揮者である桜井先生ではなく―――さらに、その先でパイプ椅子に腰掛けているオレたちのクラスメートに向けられている……ような気がした。
 オレが、そのことに気を取られているなか、打楽器の音が鳴り響き、『宝島』の演奏が始まった。
 あわてて、ビデオカメラを構え直し、ファインダー越しに演奏者たちの表情を確認する。
 シロというギャラリーが加わったことで、浮つきかけていた部員たちも、寿先輩の一言で落ち着きを取り戻したのか、前日以上に、真剣な表情で演奏に取り組んでいる。その固くなった演奏者たちの表情をやわらげるように、楽曲前半のサックスの演奏が始まった。
 前日のように、奏者たちを引っ張って行くような力強さだけでなく、どこか緊張をほぐすような軽快な音色は、緊迫感で固まっていたオレの身体の強張りまでもリラックスさせる効果があり、あらためて寿先輩のサックス奏者としての技量を感じ取るのに十分なものだった。