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第3楽章〜メヌエット〜⑩

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 吹奏楽部の現在のエースと言っても良い副部長のソロ演奏に続いて、次期エースと目されているクラスメートのサックスの音色も前日とは比べ物にならないほど良いモノになっていた。

 練習開始から、1時間半ほどが経った頃、小休憩に入る前に桜井先生が直々に、

「紅野さん、昨日に比べて格段に音色が良くなりましたね。後半も、その調子でお願いします」

と伝えたほどだ。

 サックスパートは、監督役のOB・OGがおらず、演奏の良し悪しや修正点などを具体的に伝える人がいない、ということもあるが、それでも、直接的に演奏の出来を誉めてもらえるのは異例のことだろう。

 そのことを自分のことのように嬉しく思いながら、休憩の間、椅子に腰掛けて映像の確認を行おうとすると、

「どう? イイ女に撮れてる?」

と、上級生から唐突に声をかけられた。

「そうですね、吹奏楽部は、美男美女が揃ってますから、撮影のしがいがありますよ。あっ、ルッキズムを助長するような発言は避けるべきなので、いまのはオフレコでお願いします」

「ふ〜ん、黒田くんは、相変わらず面白いことを言うな〜。で、どうだった? 私たちの演奏は?」

「素人目線ですが、昨日とは段違いに良い演奏だったと思います。いや、寿先輩のソロは、昨日も今日もスゴいと思いましたけど……」

 そう返答すると、上級生はニヤリと笑って、こんなことを言ってきた。

「そっか、そっか……まあ、キミの耳に免じて、今日のゴタゴタは大目に見ることにしよう。でも、ホントに聞きたかったのは、私の演奏のことじゃないんだな〜。ぶっちゃっけ、どうだった? 後輩ちゃんの演奏は?」

「紅野のソロですか? それこそ、昨日と段違いに良くなっていたと思いますよ。桜井先生も直接、彼女に言ってましたけど……個人的には、朗らかに歌っているような感じが良いな、と思いました。1年のとき、ソロの練習をしているところを取材させてもらってからなんですけど……オレ、彼女の奏でる音が好きなんですよ」

 オレが、そう答えると、寿先輩は、目を丸くして、「おぉ〜」と、大げさなリアクションを取ったあと周りを見渡し、一転して、小声で語りかけてくる。

「ねぇ、黒田くん。キミは、春休みに後輩ちゃんに告白して、玉砕してるよね?」

「うっ……はい、そのとおりです。それが、なにか?」

「その告白のときにさ、いまの言葉を彼女に伝えた?」

「えっ? いまの言葉って、なんですか?」

「なにって、『()()()()()()()()()()』ってことよ!」

「い、いや……あの時、そんなことは言ってないと思います。正確に覚えてる訳じゃありませんけど―――」

 そう返答すると、生徒会長兼吹奏楽部副部長は、「はあ〜」と盛大にため息をつく。

「黒田くん、そりゃ、モテないわけだ……」

「な、なんですか、急に!? 先輩だからって、ちょっと失礼じゃないですか?」

「いや、私は自分の信念に従って発言してるだけなんだけど……私の見立てが間違ってなければ、5ヶ月前に、さっきキミが言ったことを後輩ちゃんに伝えていたら、ワンチャン告白も成功してたね」

「えっ…………それって、どういうことですか……?」

「どうもこうも、言葉どおりの意味だけど? 自分が懸命に練習して奏でる音を好きと言ってもらえる。演奏者にとって、これ以上に感激することがあろうか? いやない(反語)! いわんや、親しい異性においておや」

「急に古典的な表現をつかうのは、やめてください。――――――けど、まあ、寿先輩の言いたいことは、なんとなくわかりました」

「そう? 物わかりの良い後輩を持つと、会話がスムーズに進んでイイね。さすが、鳳花が見込んだ男子だけはあるわ」

「はあ、ありがとうございます」

 オレが返答すると、これまでの会話に満足したのか、ニコリと笑った先輩は続けて問いかけてくる。

「ところでさ、もう一つ聞かせてもらってイイかな? これは、忖度(そんたく)なしに答えてほしいんだけど……黒田くん、キミは、私のサックスソロの音と後輩ちゃんのサックスソロの音、どっちが好き?」

「えっと……ソロの演奏、ですか……? オレには専門的なことはわからないですし、技術的には寿先輩の方が優れているかも知れませんが―――去年、吹奏楽部の取材をしたときに、彼女はこんなことを言ってたんです。『サックスは、クラリネットやフルートなどの木管セクションと、トランペットやトロンボーンなどの金管セクションの音色を繋ぐ架け橋として機能し、バンド全体の音色をまとめる重要な役割を担ってる』って。『だから、私も演奏だけじゃなくて、クラブの中で、そんな架け橋みたいな存在になれたら良い』って……すごく、彼女らしい考え方ですよね? だから……正直に言うと、オレは、寿先輩の演奏より、紅野の演奏の方が好きです」

 言葉を選びながら返答すると、上級生は、ふたたび、目を見開いて、「ほぉ〜」と言ったあと、ご満悦といった表情で、「ふんふん……そっか、そっか」と、言いながら笑顔でうなずく。

「うん、これで私の気持ちは確信に変わったわ。今日のサプライズ企画は楽しみにしておいて! そして、後輩ちゃんと二人きりになったら、いまキミが言ったことを彼女に伝えてあげてよ」

「えっ、なんですか、また急に……? 勝手に話を進められても困るんですけど―――」

「気にしない、気にしない! あとは、もう流れに身を任せるだけだって」

 そう言って、寿先輩は、オレの背中をポンと叩いて去っていく。
 自分の話したいことを好きなように話して、コチラの戸惑いはお構い無し、という相変わらずなようすには、困惑するしかない。

(あとは、流れに身を任せるだけって、どういうことだよ……)

 上級生の言葉に困惑しながら、ため息をつくが、そんな自分に対して、刺すような鋭い視線が注がれていることに、オレはまだ気づいていなかった。


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 吹奏楽部の現在のエースと言っても良い副部長のソロ演奏に続いて、次期エースと目されているクラスメートのサックスの音色も前日とは比べ物にならないほど良いモノになっていた。
 練習開始から、1時間半ほどが経った頃、小休憩に入る前に桜井先生が直々に、
「紅野さん、昨日に比べて格段に音色が良くなりましたね。後半も、その調子でお願いします」
と伝えたほどだ。
 サックスパートは、監督役のOB・OGがおらず、演奏の良し悪しや修正点などを具体的に伝える人がいない、ということもあるが、それでも、直接的に演奏の出来を誉めてもらえるのは異例のことだろう。
 そのことを自分のことのように嬉しく思いながら、休憩の間、椅子に腰掛けて映像の確認を行おうとすると、
「どう? イイ女に撮れてる?」
と、上級生から唐突に声をかけられた。
「そうですね、吹奏楽部は、美男美女が揃ってますから、撮影のしがいがありますよ。あっ、ルッキズムを助長するような発言は避けるべきなので、いまのはオフレコでお願いします」
「ふ〜ん、黒田くんは、相変わらず面白いことを言うな〜。で、どうだった? 私たちの演奏は?」
「素人目線ですが、昨日とは段違いに良い演奏だったと思います。いや、寿先輩のソロは、昨日も今日もスゴいと思いましたけど……」
 そう返答すると、上級生はニヤリと笑って、こんなことを言ってきた。
「そっか、そっか……まあ、キミの耳に免じて、今日のゴタゴタは大目に見ることにしよう。でも、ホントに聞きたかったのは、私の演奏のことじゃないんだな〜。ぶっちゃっけ、どうだった? 後輩ちゃんの演奏は?」
「紅野のソロですか? それこそ、昨日と段違いに良くなっていたと思いますよ。桜井先生も直接、彼女に言ってましたけど……個人的には、朗らかに歌っているような感じが良いな、と思いました。1年のとき、ソロの練習をしているところを取材させてもらってからなんですけど……オレ、彼女の奏でる音が好きなんですよ」
 オレが、そう答えると、寿先輩は、目を丸くして、「おぉ〜」と、大げさなリアクションを取ったあと周りを見渡し、一転して、小声で語りかけてくる。
「ねぇ、黒田くん。キミは、春休みに後輩ちゃんに告白して、玉砕してるよね?」
「うっ……はい、そのとおりです。それが、なにか?」
「その告白のときにさ、いまの言葉を彼女に伝えた?」
「えっ? いまの言葉って、なんですか?」
「なにって、『|彼《・》|女《・》|の《・》|奏《・》|で《・》|る《・》|音《・》|が《・》|好《・》|き《・》』ってことよ!」
「い、いや……あの時、そんなことは言ってないと思います。正確に覚えてる訳じゃありませんけど―――」
 そう返答すると、生徒会長兼吹奏楽部副部長は、「はあ〜」と盛大にため息をつく。
「黒田くん、そりゃ、モテないわけだ……」
「な、なんですか、急に!? 先輩だからって、ちょっと失礼じゃないですか?」
「いや、私は自分の信念に従って発言してるだけなんだけど……私の見立てが間違ってなければ、5ヶ月前に、さっきキミが言ったことを後輩ちゃんに伝えていたら、ワンチャン告白も成功してたね」
「えっ…………それって、どういうことですか……?」
「どうもこうも、言葉どおりの意味だけど? 自分が懸命に練習して奏でる音を好きと言ってもらえる。演奏者にとって、これ以上に感激することがあろうか? いやない(反語)! いわんや、親しい異性においておや」
「急に古典的な表現をつかうのは、やめてください。――――――けど、まあ、寿先輩の言いたいことは、なんとなくわかりました」
「そう? 物わかりの良い後輩を持つと、会話がスムーズに進んでイイね。さすが、鳳花が見込んだ男子だけはあるわ」
「はあ、ありがとうございます」
 オレが返答すると、これまでの会話に満足したのか、ニコリと笑った先輩は続けて問いかけてくる。
「ところでさ、もう一つ聞かせてもらってイイかな? これは、|忖度《そんたく》なしに答えてほしいんだけど……黒田くん、キミは、私のサックスソロの音と後輩ちゃんのサックスソロの音、どっちが好き?」
「えっと……ソロの演奏、ですか……? オレには専門的なことはわからないですし、技術的には寿先輩の方が優れているかも知れませんが―――去年、吹奏楽部の取材をしたときに、彼女はこんなことを言ってたんです。『サックスは、クラリネットやフルートなどの木管セクションと、トランペットやトロンボーンなどの金管セクションの音色を繋ぐ架け橋として機能し、バンド全体の音色をまとめる重要な役割を担ってる』って。『だから、私も演奏だけじゃなくて、クラブの中で、そんな架け橋みたいな存在になれたら良い』って……すごく、彼女らしい考え方ですよね? だから……正直に言うと、オレは、寿先輩の演奏より、紅野の演奏の方が好きです」
 言葉を選びながら返答すると、上級生は、ふたたび、目を見開いて、「ほぉ〜」と言ったあと、ご満悦といった表情で、「ふんふん……そっか、そっか」と、言いながら笑顔でうなずく。
「うん、これで私の気持ちは確信に変わったわ。今日のサプライズ企画は楽しみにしておいて! そして、後輩ちゃんと二人きりになったら、いまキミが言ったことを彼女に伝えてあげてよ」
「えっ、なんですか、また急に……? 勝手に話を進められても困るんですけど―――」
「気にしない、気にしない! あとは、もう流れに身を任せるだけだって」
 そう言って、寿先輩は、オレの背中をポンと叩いて去っていく。
 自分の話したいことを好きなように話して、コチラの戸惑いはお構い無し、という相変わらずなようすには、困惑するしかない。
(あとは、流れに身を任せるだけって、どういうことだよ……)
 上級生の言葉に困惑しながら、ため息をつくが、そんな自分に対して、刺すような鋭い視線が注がれていることに、オレはまだ気づいていなかった。