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第3楽章〜メヌエット〜⑧

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「いっちょ噛み」とは、何事にも首を突っ込んだり、お節介や野次馬的な言動をしたりすることを意味するもので、上方(かみがた)地域特有の言葉とされる。主に、要領を得ないお節介な人や、専門家ではないのに専門的な意見を言う人、相手の迷惑を顧みずに余計なことを言う人など、ネガティブな意味で使われることも多いが、文脈によっては、新しいことや未経験のことにも興味本位で関わってみる「挑戦する力」を指すこともあるそうだ。

 日本を代表する飲料メーカーの創業者は、部下が未知の領域への挑戦を周囲に反対されると、「やってみなはれ、やらなわからしまへんで」と言っていたそうで、このエピソードをオレに教えてくれた鳳華先輩は、自分たちにわかりやすい例として、「いっちょ噛み」の功罪について説明するとき、自分の友人の名を挙げていた。

 そして、良くも悪くも「いっちょ噛み」な性格の寿先輩が、練習続きで単調になりがちな強化合宿中に発生した思わぬ騒動に、首を突っ込んで来ないはずもなく――――――。

「ん? ん? どした? どした?」

 ちょっとした人混みを作っていた食堂前の吹奏楽部のメンバーをかき分けながら進んできた上級生は、部外者の姿を発見すると、目を丸くしながら問いかける。

「おやおや、白草さんの登場とは驚きだ! みんなのカリスマちゃんが、こんな辺鄙な場所に来るなんて、いったいぜんたいどういう風の吹き回しだい?」

 まるで、江戸っ子のようなおどけた口調でたずねるが、彼女の発する言葉にしては珍しく、その内容には、どこかトゲのようなものが含まれているように感じられた。

 ただ、そんな寿先輩が発する言葉の機微を知ってか知らずか、動画を配信するときのように、さわやかな笑みを浮かべたシロは、上級生の言葉に返答する。

「生徒会長さん、吹奏楽部の合宿現場に突然押しかけて申し訳ありません。ちょっと、黒田クンのようすが気になったので、立ち寄らせてもらいました。でも、ご迷惑にならないように、お昼の休憩が終わる前に、わたしたちは、退散しますね」

「うん、まあ、そうしてもらえるとありがたいかな? なにしろ、私たちは夏休み終盤の関西大会に向けて、気が抜けない時期だからね。白草さんも、お仕事をこなす身なら、私たちの置かれた状況をわかってくれるでしょう?」

 シロの営業スマイルに対して、ニッコリと笑顔で言葉を返す寿副部長。
 
 もしかすると、シロと桃華の争いに乗じて、また、なにか突飛なことを言い出すんじゃないか、と身構えていたオレは、来訪者を軽くあしらって立ち去らせようとする彼女の言動に、ホッと胸を撫で下ろす。それと同時に、自分に火の粉が降りかかりかねない、シロと桃華の()()()()という厄介事をあっさりと収めてくれたことに感謝して、心のなかで生徒会長に手を合わせる。

 ただ―――。

 余裕の笑みを浮かべていた生徒会長の表情は、シロが発した次の言葉で曇ってしまった。

「そうですね! じゃあ、要件を終えたら、わたしは帰りますので……ねぇ、クロ。今日の夜の予定は空いてる? 星空がキレイに見える場所を見つけたんだ。もし、予定が空いてるなら、一緒に夏の大三角を見に行かない?」

「いや、とくにコレと言った予定がある訳じゃないんだが……」

 桃華や壮馬がいる手前、二つ返事でシロの誘いに応じるわけにもいかず、言葉を濁すと、意外なところから反応があった。

「う〜ん、それは、ちょっと私たちが困るかな〜」

 ほおをかきながら、寿先輩が答える。
 想定外の方向からの返答に焦ったのか、シロは食って掛かるように、上級生に言葉を投げ返した。

「え? どうしてですか? 吹奏楽部の練習が終わったあとまで、広報部の活動が制限されるなんて変じゃないですか?」

「ん〜、これ、ホントは言っちゃいけなかったんだけど……合宿は今日が最後の夜だし、私たち3年生から合宿参加者に向けて、ささやかなサプライズ企画を用意してるんだよね〜。もちろん、()宿()()()()だから、密着取材に協力してくれた広報部も、その対象に入ってるよ」

 突然の寿先輩の言葉に、玄関ホールに集まって来ていた吹奏楽部の部員たちが一斉にざわめく。

「えっ? いまサプライズ企画って言わなかった?」
「さすが、3年生! やっぱり、なにかしてくれるんじゃないか、と思ってたんだ!」

 宿泊所の玄関ホールが、一気に喧騒に包まれるなか、それでも、シロは、

「うっ……でも―――」

と、食い下がろうとする。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたのか、吹奏楽部の顧問のひとりである久川先生がやって来た。

「どうした? 休憩中とは言え、なにを騒がしくしているんだ、おまえたちは……?」

 部員たちの喧騒を鎮めようとする顧問に、ことの一部始終を見ていた早見部長が経緯を説明する。

「ふむ……そう言うことか……」

 静かになった玄関ホールで、部長さんの言葉にうなずきながら、久川先生は、シロにたずねた。

「白草、午後は何か予定はあるのか?」

「いえ、特には……夜に備えて、泊まっているペンションに戻ろうと思っていますけど」

「それなら、吹奏楽部の演奏を見学して行かないか? そうすれば、短時間とは言え白草も宮野も合宿参加者になる。そして、夜は()宿()()()()が対象のサプライズ企画にも参加してもらったらどうだ? 白草のオススメスポット程ではないかも知れんが、この宿舎の広場から見える星空もなかなかのものだぞ?」

 吹奏楽部の顧問の提案に、シロと宮野は顔を見合わせる。

「あの……良いんですか?」

 シロが、珍しく遠慮がちに顧問と幹部生徒に問いかけると、この騒動を大きくした副部長こそ不満を表明したものの、最後は、その彼女も部長さんの

「白草さんも、せっかく、ここまで来てくれたんだし、良いじゃない? それとも、白草さんを参加させられない理由でもあるの?」

と言う一言で、自身の意見に固執することは諦めたようだ。
 
 こうして、前日までと比べると、一気に見学席が賑やかになることが決まり、全体練習に突入することになった。


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「いっちょ噛み」とは、何事にも首を突っ込んだり、お節介や野次馬的な言動をしたりすることを意味するもので、|上方《かみがた》地域特有の言葉とされる。主に、要領を得ないお節介な人や、専門家ではないのに専門的な意見を言う人、相手の迷惑を顧みずに余計なことを言う人など、ネガティブな意味で使われることも多いが、文脈によっては、新しいことや未経験のことにも興味本位で関わってみる「挑戦する力」を指すこともあるそうだ。
 日本を代表する飲料メーカーの創業者は、部下が未知の領域への挑戦を周囲に反対されると、「やってみなはれ、やらなわからしまへんで」と言っていたそうで、このエピソードをオレに教えてくれた鳳華先輩は、自分たちにわかりやすい例として、「いっちょ噛み」の功罪について説明するとき、自分の友人の名を挙げていた。
 そして、良くも悪くも「いっちょ噛み」な性格の寿先輩が、練習続きで単調になりがちな強化合宿中に発生した思わぬ騒動に、首を突っ込んで来ないはずもなく――――――。
「ん? ん? どした? どした?」
 ちょっとした人混みを作っていた食堂前の吹奏楽部のメンバーをかき分けながら進んできた上級生は、部外者の姿を発見すると、目を丸くしながら問いかける。
「おやおや、白草さんの登場とは驚きだ! みんなのカリスマちゃんが、こんな辺鄙な場所に来るなんて、いったいぜんたいどういう風の吹き回しだい?」
 まるで、江戸っ子のようなおどけた口調でたずねるが、彼女の発する言葉にしては珍しく、その内容には、どこかトゲのようなものが含まれているように感じられた。
 ただ、そんな寿先輩が発する言葉の機微を知ってか知らずか、動画を配信するときのように、さわやかな笑みを浮かべたシロは、上級生の言葉に返答する。
「生徒会長さん、吹奏楽部の合宿現場に突然押しかけて申し訳ありません。ちょっと、黒田クンのようすが気になったので、立ち寄らせてもらいました。でも、ご迷惑にならないように、お昼の休憩が終わる前に、わたしたちは、退散しますね」
「うん、まあ、そうしてもらえるとありがたいかな? なにしろ、私たちは夏休み終盤の関西大会に向けて、気が抜けない時期だからね。白草さんも、お仕事をこなす身なら、私たちの置かれた状況をわかってくれるでしょう?」
 シロの営業スマイルに対して、ニッコリと笑顔で言葉を返す寿副部長。
 もしかすると、シロと桃華の争いに乗じて、また、なにか突飛なことを言い出すんじゃないか、と身構えていたオレは、来訪者を軽くあしらって立ち去らせようとする彼女の言動に、ホッと胸を撫で下ろす。それと同時に、自分に火の粉が降りかかりかねない、シロと桃華の|い《・》|さ《・》|か《・》|い《・》という厄介事をあっさりと収めてくれたことに感謝して、心のなかで生徒会長に手を合わせる。
 ただ―――。
 余裕の笑みを浮かべていた生徒会長の表情は、シロが発した次の言葉で曇ってしまった。
「そうですね! じゃあ、要件を終えたら、わたしは帰りますので……ねぇ、クロ。今日の夜の予定は空いてる? 星空がキレイに見える場所を見つけたんだ。もし、予定が空いてるなら、一緒に夏の大三角を見に行かない?」
「いや、とくにコレと言った予定がある訳じゃないんだが……」
 桃華や壮馬がいる手前、二つ返事でシロの誘いに応じるわけにもいかず、言葉を濁すと、意外なところから反応があった。
「う〜ん、それは、ちょっと私たちが困るかな〜」
 ほおをかきながら、寿先輩が答える。
 想定外の方向からの返答に焦ったのか、シロは食って掛かるように、上級生に言葉を投げ返した。
「え? どうしてですか? 吹奏楽部の練習が終わったあとまで、広報部の活動が制限されるなんて変じゃないですか?」
「ん〜、これ、ホントは言っちゃいけなかったんだけど……合宿は今日が最後の夜だし、私たち3年生から合宿参加者に向けて、ささやかなサプライズ企画を用意してるんだよね〜。もちろん、|合《・》|宿《・》|参《・》|加《・》|者《・》だから、密着取材に協力してくれた広報部も、その対象に入ってるよ」
 突然の寿先輩の言葉に、玄関ホールに集まって来ていた吹奏楽部の部員たちが一斉にざわめく。
「えっ? いまサプライズ企画って言わなかった?」
「さすが、3年生! やっぱり、なにかしてくれるんじゃないか、と思ってたんだ!」
 宿泊所の玄関ホールが、一気に喧騒に包まれるなか、それでも、シロは、
「うっ……でも―――」
と、食い下がろうとする。
 そこへ、騒ぎを聞きつけたのか、吹奏楽部の顧問のひとりである久川先生がやって来た。
「どうした? 休憩中とは言え、なにを騒がしくしているんだ、おまえたちは……?」
 部員たちの喧騒を鎮めようとする顧問に、ことの一部始終を見ていた早見部長が経緯を説明する。
「ふむ……そう言うことか……」
 静かになった玄関ホールで、部長さんの言葉にうなずきながら、久川先生は、シロにたずねた。
「白草、午後は何か予定はあるのか?」
「いえ、特には……夜に備えて、泊まっているペンションに戻ろうと思っていますけど」
「それなら、吹奏楽部の演奏を見学して行かないか? そうすれば、短時間とは言え白草も宮野も合宿参加者になる。そして、夜は|合《・》|宿《・》|参《・》|加《・》|者《・》が対象のサプライズ企画にも参加してもらったらどうだ? 白草のオススメスポット程ではないかも知れんが、この宿舎の広場から見える星空もなかなかのものだぞ?」
 吹奏楽部の顧問の提案に、シロと宮野は顔を見合わせる。
「あの……良いんですか?」
 シロが、珍しく遠慮がちに顧問と幹部生徒に問いかけると、この騒動を大きくした副部長こそ不満を表明したものの、最後は、その彼女も部長さんの
「白草さんも、せっかく、ここまで来てくれたんだし、良いじゃない? それとも、白草さんを参加させられない理由でもあるの?」
と言う一言で、自身の意見に固執することは諦めたようだ。
 こうして、前日までと比べると、一気に見学席が賑やかになることが決まり、全体練習に突入することになった。