表示設定
表示設定
目次 目次




月の人

ー/ー



月明かりに照らされる教会の入口
少し肌寒い満月の夜
散歩から戻った司祭が見つけたのは
美しい輝きを持つ黒髪の赤子
まだ生まれてほんの数ヶ月と言ったところか
誰がこんなとこに置いていったのかと辺りを見回すが
赤子の親はすでに立ち去ったあとなのだろう

この国ではあまり見ない髪色
司祭は髪色に驚きつつも、月に照らされ
キラキラと浮かび上がる神の子の印
「天上の祝福を受けた赤子よ。
そなたをミラと名付けよう。」
司祭は赤子を引き取り育てることを決めた


ミラは神の子と呼ばれ大切に愛されて育つが
一方で髪色のせいで本当に神の子なのか、不気味な黒い髪、魔女、悪魔の子と蔑まれ
一部の修道女から忌み嫌われていた

ミラは朝起きると礼拝堂で皆と共に祈りを捧げ
食堂で朝食を取る
修道女から手渡される食事はカビの生えたパンと冷めた腹下しの薬草入りスープ
他の子達は、焼きたてのパンに
信者から分けてもらった野菜や肉の温かいスープ
最初の頃は、酷い扱いに隠れて泣いたが
さすがに毎日同じものを出されたら慣れてきて
(私の分だけ別に作るとか手間でしょ。私のためにありがとう。)と思うようになった

朝食のあとは教会の掃除をする。
ミラは掃除の時間が好きだった
唯一、自由に外に出られる時間だったからだ
室内での掃除はミラにとっては地獄
ぞうきんを洗った水を頭からかけられ
ほうきでぶたれ、ゴミは片付けなきゃと
くずかごに入れられたりと散々な目に合わされる
だったらと、自ら墓地の掃除をと名乗り出た

掃除をしながら、草花を観察することが好きで
司祭から内緒でもらったたくさんの紙とインクで
毎日毎日、少しずつ絵を描いて何に使えるか書き留めていた。
本当は教会から認められた一部の者しか薬を作ることは許されないが
彼女はそれを知っていても好奇心を抑えることはできず
紙の束をノートのように綴り、間には密かに薬草を挟んで乾燥させている

彼女は墓地の掃除を行いながら
探索をし、新しい発見を楽しむ
今日は忘れ去られた十字架を何本か拾いあげ、井戸で洗い
司祭から特別に与えられた部屋に隠しておく。
薬草を煎じる時に使う乳棒の変わりにするのだ


掃除が終わり、お昼前のお祈りをする
ミラは誰も座らない1番後ろの席で
お祈りするふりをして、薬草の調合を考える
あの花と葉を組み合わせたらどんな効果が出るかな。
あれとあれならこうなるかも!と
早く試してみたい!と高ぶる気持ちを抑え
お祈りの時間を過ごす。


ミラには昼食はない。
「悪魔に食べさせるものはないよ!」
と、食堂から追い出される。
修道女は、司祭が出かけていると
いつも以上にミラに辛くあたる
悔しくて涙が出てくることもあるけれど
こういう時は部屋に戻り、薬草の調合に没頭する。
みなは昼食が終わると教会の敷地内で自由な時間を過ごす
もちろん、修道女の監視の下。


ミラは薬草の入った袋を引っ付かみ
修道女に見つからぬよう
石の上を歩いて足音を殺し一気に走り出す
草むらを走り、教会が見えないところまでくると、息を整えて歩く。
薬草がないかと探しながら

近くの村に着くと
人気のない路地に入る
「教会の娘がこんなところで何をしている!」
後ろから声をかけられドキッとする
恐る恐る振り返ると
「ヨハン!!もう驚いたじゃない!」
ミラより少し年上の少年がニコッと笑顔を見せる
「今日はどう?必要なものはある?」
「ばぁちゃんが最近眠れないって言うんだ
よく眠れる薬はあるか?」

ヨハンとミラの話し声に
物陰から村人たちが出てくる
「よー聖女さま!」
大柄な男性が声をかける
「腰が痛くてな、効くやつくれや!」
老婆からは「最近咳が酷くてな…」
村人たちは口々に自分の症状を訴える

「順番に聞くわ。
ヨハンのおばあさまには、よく眠れる薬。
あなたは腰の痛みね。
おばあちゃんは咳に効く薬草ね。」
と、村人たちに薬を渡していく

「いつも悪いねぇ。」とお辞儀をしながら
老婆は去っていく。
彼女は薬の買えない人達に自分で煎じた薬を配っている
1人でも多くの人を助けたい
その思いから

全員に薬を渡し終えると、日が暮れ始めている
「いけない!早く戻らないと!」
来た道を急いで戻り、部屋に薬袋を投げ入れ
礼拝堂へこそっと入っていく。
司祭さまが視線をミラに向け
うなずく
修道女には睨まれる。

夕食の前に、修道女に服の襟をひっぱられ
司祭に見えないところで
説教される
「また夜のお祈りをサボって!ただでさえお前は目につくのに!ルールすら守れないのかい!」
お腹を1発殴られ
ミラはお腹を押さえうずくまる
「本当に!司祭様のお気に入りだからって調子に乗るんじゃないよ!お前は夕食抜きだ!」と吐き捨て
気が済んだのか修道女はニコニコと
食堂へ戻っていく。
「ミラは、お腹が痛いそうで夕食はいらないそうです。」
司祭にそう告げると、修道女はミラへ目を向け返事をするよう睨みつける

「お腹が痛いので
食事は食べられません。申し訳ございません。」と司祭へ謝罪する。
さっさと背を向け部屋へ戻ろうとすると
「あとでスープを持っていかせるからゆっくりお休み」と司祭から声をかけられ
その優しさに涙ぐみながら
「いえ、スープも食べられません。申し訳ございません。」と振り返ることなく答え部屋へと向かう

ただ、ミラも馬鹿ではない。
このチャンスを逃さず、教会の裏にある
薬草園へ忍びこみ少しずつバレないように
薬草を摘んで、早足で部屋へ戻る
ミラにとって薬草の調合が安らぎなのだ

それから数年が経ち、ミラは16歳になっていた
輝く黒髪は腰まで伸びており、相変わらず
天上の祝福を受けている
幼い時の栄養不足で小柄なままだが
薬草の知識も増え、治せる病気やケガも増えていた。

ミラは修道女になることを拒んでいたが
司祭から神の子と大切にされていたため
追い出されずに済んでいた。
自ら進んで孤児たちの世話をし、自由時間には
村へ行き薬を配る毎日
ミラは、教会を出て村で暮らすべきかもしれないと考え始めた。
私が教会を出ればこの部屋は他の子たちが
使える
そうしたら教会の狭い部屋に押し込まれず
少しは広々と心地よく過ごせるかもしれないと思ったのだ

何よりミラはもっと自由に生きたかったのだ
修道女に虐められることもなく
神の子と呼ばれることなく。ただのミラとして
自由に。

司祭さまに話そう
村で暮らしたいと、教会を出たいと。

教会内にある司祭の部屋へ行き、ノックをしようと
扉の前に立つと
中から呻き声が聞こえてくる

ミラは聞き間違いだと思い、呼吸を整え
手を伸ばすと
また呻き声…
(なんの声…?獣でもいるのかしら?)

そっと扉に耳を当て、声の主を確かめる
「う…おぉ…」

(聞いた事あるような…)
もう一度、今度はしっかり耳を押し当て
確かめる

「あぁ…いぃ…おぉぉ…ぐぅぅぅ」

驚いたミラは教会の裏に周り
窓からそっと覗き込む

修道女が司祭に跨り腰を振り乱していた。

司祭と修道女が姦通していたのだ。
(そんな…司祭さま…)
神の教えを説くものの姦通は死に値する
信仰心がないミラですら、長い時間お祈りや礼拝をしていれば知っていることだった

ミラは動揺し、その場で静かに吐いた

報告した方がいいのだろう
だが、ミラは育ててもらった恩がある
隠し通さなければ…

口を拭ってその場を離れる
音を立てないように
足音を殺して

部屋に戻ったミラはまだ心臓の鼓動が激しく
治まる気配がない

「そろそろ薬を配りに行く時間ね。」
無理やり落ち着かせ
いつも通りの日常を送る
(私は何も見なかった。いつも通り。何も変わらない。いつもの1日。)


ミラはたくさんの薬袋を持ち
村へ出かける

いつもの路地裏へ着くと
「ヨハン!みんな!
今日の薬を持ってきたわ!」
普段と変わらぬ1日にしようと
意気込むと声が大きくなってしまう

聖女さま、聖女さまとみんなが集まり
症状を聞き薬を配る
いつものおだやかな日常。
(大丈夫、いつも通り。)

だが、良くないことは立て続けに起こるもの
ミラがいつもよりも大きな声でみなに声をかけてしまったため
教会の信者に薬を配るとこを見られてしまった
運の悪いことにミラを忌み嫌っている
ヨシュアとテレサ夫妻だった。
「ねぇ、ヨシュア。あれは悪魔の子じゃないかい?」
「おぉ…ミラちゃん、今日も可愛いねぇ
こんなところで何してるんだろうねぇテレサ」

テレサはミラに見惚れるヨシュアに苛立ちながら、
「あれは異端だよ!!分からないのかい!」とヨシュアを蹴りあげる
「痛いよぉ。テレサ〜」
蹴りあげられた所をさすりながら
「いくらミラちゃんでも異端は見逃せないねぇ。」
「司祭さまにお伝えしないと!」
と夫妻は、ミラに気づかれないように
教会へ向かう。

「司祭さま!」
テレサは嬉しそうに声をかける
ヨシュアが
「ミラさまが!ミラさまが!」
と慌てた顔で続ける

「ミラがどうかしたのか?」
夫妻の正反対の表情に戸惑いを見せつつ
話を聞く

「ミラが村人に薬を配っておりました!
あの様子だと1度や2度ではないでしょう!
やはりアレは悪魔の子だったんですよ!」
テレサは大嫌いな女を罰することができる!と嬉しそうに話す
「ミラさまは、魔女です。あんなに可愛いのにもったいない…」
ヨシュアが悲しそうな表情で続ける

司祭は目を見開き
「それは真か!?信じられん…」
驚きと戸惑いに考えがまとまらず
「1日時間をもらえるかな?真偽を確かめたい。」

「そんな…私たちはこの目で見たんですよ!」
とテレサは必死に訴えるが
「確かに見たんだろう。疑っているわけではない。だが、ミラに薬の知識はないはずだ…」
司祭は騒ぎ立てる夫妻を追い返す
教会から出てきたテレサとヨシュアを
修道女が呼び止める
「どうしたんですか?今日は礼拝の日ではないでしょう?」

「ミラが!村で薬を配ってたんですよ!」
とテレサ
「まぁ!!なんてこと!やっぱりあの子は悪魔の子だったのね!」
修道女は驚きと喜びの表情を浮かべる
「シスター、ミラさまはどうなるんでしょう」
とヨシュアは残念そうに尋ねると
「きっと、魔女裁判にかけられることでしょう。」と続けにっこりと微笑みかける
-------------------------
司祭は、ミラの部屋を訪ね
「ミラ、話がある。」
扉をノックして声をかけるが返答はない。
「ミラ?入るぞ…」

部屋中に広がる薬の匂い
綺麗に整えられているが、木の乳鉢、十字架の乳棒がいくつも重なっていた

「これまで大切に育ててやったのに、神に背くとは何事か!!私を騙しておって!!悪魔め!」
司祭はミラを愛していたため
裏切りを許せず、肩を震わせ怒りの表情に染まる
怒りを抑えられぬ司祭は部屋に戻り出かける支度をする
「司祭さま、どうされました?」
修道女が司祭の部屋の前で声をかける
ミラの悪しき行いを怒りのまま話し、
「公爵さまの元へ報告に行く。このことは口外しなように。」
と命じた。

修道女は司祭の前では何食わぬ顔で
「分かりました。」
と返事をしておきながら
司祭の姿が見えなくなると
笑みをこぼし、外に呼び止めておいたテレサとヨシュアに嬉しそうに告げた
「やはり魔女裁判になりそうです。口外するなと司祭さまより指示がありましたのでこのことは"内密に"」
修道女は司祭の言いつけを守らず
テレサにみなに広めるよう目配せをした

テレサとヨシュアは
「わかりました!」
と返事をし
急ぎ村へ戻ると信者たちにミラが魔女だと
話したのだ
ミラは、魔女裁判にかけられるだろうと
村中に広めたのだ
路地裏の村人たちの耳にも
ミラの噂は聞こえてきた

ヨハンは、ミラを助けようと路地裏の仲間に持ちかける
逃走ルート、ミラを隠せる場所
それぞれが知恵を絞り早急に行動に移す

ヨハンは教会へ走り
孤児たちにミラの居場所を聞く
ミラの部屋に案内され、扉を叩き
「ミラ!おい聖女!大変なんだ!助けてくれ!」
あまりの勢いに慌てて寝巻きのまま
ミラは扉を開けた
「ヨハン!?あなたが私を聖女って呼ぶなんて珍しいわね、どうしたの!?」

「そんなことどうだっていい!けが人がいるんだ!!急いで来てくれ!」
血相変えたヨハンを見て
只事ではないと、ミラは薬袋と布切れを引っ付かみヨハンに付いていく

「ミラ!急いでくれ!」
ヨハンに腕を捕まれ足を早める

「どこまで行くのよ!?
こっちは村の方角ではないでしょ!
ヨハン!?」

ミラの呼びかけにも答えず
ヨハンは村の外れにある森の中へ
ぐんぐんとミラを引っ張っていく
古小屋が見えてくる
けが人はどこにいるの!?

------
「公爵様に至急お伝えしたいことがございます。」
司祭は公爵邸の前で衛兵に謁見許可を求める
「司祭様ようこそいらっしゃいました。
公爵さまより司祭様はいつでもお通しするよう言われております。
どうぞ中へ」
公爵邸の中庭へ案内される司祭
中庭では騎士たちが訓練を行っている
司祭を見た公爵は
「アストリウス!」
茶髪をひとつに束ねた背の高い顔立ちの整った
1人の騎士を呼び同席させる

「司祭さま、本日はどのようなご要件で?」
公爵は静かに問いかける
「公爵さま、私の教会に魔女が紛れておりました。ミラという娘です。」
公爵は驚きもせず
「ふむ。ミラとは司祭さまが可愛がっておられた神の子のことですか?」

「はい、そうです
恥ずかしながら、魔女であると見破ることができず先程信者からの報告で騙されていたと知りました。」

「ほう、それで魔女であるとは
どういうことですか?」

「薬を…禁忌である薬の調合を行い
村で配っておりました。」

「そうですか。しかし司祭さまを欺けるほどの
賢さを持っているなら、薬の調合は間違いなのでは?」
ジッと司祭の目を見つめ嘘なら許さぬ。と圧をかける
「いえ、ミラの部屋にはこれらがあり
草の汁がまだ乾いてない状態でした。」

十字架の乳棒と、木の乳鉢、小さな麻袋に入った薬を公爵の前に差し出した

「ほう…。
アストリウス、魔女裁判を行う。
ミラという娘をひっ捕らえてまいれ。
逆らうものはその場で始末してよい。」
公爵は表情ひとつ変えず、静かに告げる

「承知いたしました。」
アストリウスと呼ばれる騎士も同様
表情を変えることなく自分の隊員15名を連れて
村へ向かう。
-------------

「ミラ、ごめんな。」
ヨハンは後ろからミラを殴打し、気絶させる
ミラが目覚めた時には、
月が上り周りには誰もおらず1人きり
静かで神秘的な森の中
月に古小屋が照らされる
なんて素敵なのかしら…

ミラは我に返り、ヨハンはどこ?
けが人はいないの?何があったの?
村に戻らなきゃ…
辺りを見回すと暗闇ばかり
これでは森の中を歩けない

今すぐに戻りたい気持ちを押さえ
小屋の中へ入る

不安に襲われるミラ
「なんで、ヨハン。
なんでこんなことするのよ。」
涙が溢れてくる。

ガサガサガサガサ
外で音がする。
恐怖が襲う。小屋の窓から外を
ゆっくり覗くと見覚えのある顔

路地裏の村人が1人
こちらへ向かってくる
ミラは急いで外へ飛びだし
「何があったの!?今手当するから!」
大怪我を負っている村人
明らかに助かる見込みはない。
だが、ミラは諦めずに止血薬を塗りたくり
布切れを体中に巻き付ける

「せ…いじょ……さ…ま
ご…ぶじで…な…によ…り
む…ら……へは……もどら…ない…で…く…だ……さ…」

息絶える村人
「なんでよ。なんであなたはこんなにボロボロなのに…なんで私の心配をしていたの…自分のことをもっと大切にしてよ…」
涙が溢れる
(村へ戻るななんて出来るわけないじゃない
何が起きてるの)

村人の足に刺さっている矢を見て
ミラは全てを察した
ヨハンが自分に嘘をついて
逃がしてくれたこと。
村人の最期の言葉から

「私を魔女だと思っているのね…
だからヨハンは私を聖女なんて呼んだのね。」


私1人の犠牲でみんなが救えたのになんで
息絶えた村人を抱きしめ
泣き続けるミラ

みんなが守ってくれた命
大切にしないと

小屋のそばに穴を掘り
村人を埋葬する
墓地の掃除で集めた十字架を刺す

主よ、この魂をお受けください
どうか安らかな眠りをお守りください

ミラはこんなに真剣に祈ったことはなかった

----------------
村では
騎士たちが路地裏の村人たちを
ミラを聖女と呼ぶものたちを
見つけ出し、逆らったものは次々と殺された
「ミラという名の娘はどこにいる?」
ヨハンの目の前に立ちはだかる
アストリウス

「知らねーよ!そんなに知りたきゃ自分で探せ!」
アストリウスに石を投げつける。

投げつけられた石を軽々と交わし
「そうか。」
剣を振り下ろすアストリウスに
「聖女さまの名を気安く呼ぶなー!」

後ろから農機具で立ち向かう村人
アストリウスの部下が斬りかかる
「団長、お怪我はありませんか?」
初めて人を殺したのだろう
手が震え、声を絞り出している

剣に付いたを振り払い、鞘に収める
アストリウスの足元にはヨハンが横たわる
「エミールか。あぁ、大事ない。」
とアストリウス


エミールと呼ばれた騎士は
人を殺してしまった罪悪感と恐怖で
思考が乱れた
(本当に必要な殺しだったのだろうか。
私は、なんて罪深いことを)
「エミール。配置に戻れ。」
「はい、団長!」
恐怖を感じ取られないように声を絞り出す
この罪悪感と恐怖が油断に繋がった
振り向いた途端、村人に斬り掛かられ
深手を負ったのだ

なんとか動く利き腕で村人を始末するも
エミールの心は耐えられなかった

アストリウスが村人の集団に
気を取られているうちに
森の中へ逃げ込んだ

(私には無理だ
人殺しなんて続けられない
ここから離れなければ)
森の奥へ奥へと止まることなく
逃げ進む

ふっと開けた場所に出た
小屋がある
あそこに隠れてやり過ごそう。
と、小屋に近づくと
黒髪の白い服を着た女が出てきた
魔女だ!確信した
剣を振りかざすエミール
だが、剣は彼女に届かず倒れ込む

「大丈夫ですか?」
駆け寄ってくる女
「魔女め、近づくな…」
エミールは気絶した

----------
朝日に照らされる白い服の女性
(聖女…?)
「あら、目が覚めました?
食事は取れますか?」
黒髪を1つに束ねた女が尋ねる
エミールは驚き、飛び起きた
魔女だと思っていた女に助けられたのだ
「なぜ、私を助けた。お前は魔女なのだろう。
なぜ殺さなかった。」

「そうね、私はあなた方にとっては
魔女に見えるかもしれません。
でも、傷を負ってる人を目の前にほっとくことは私にはできません。
それで?食事は取れますか?」
口調が強くなる

エミールの腹が鳴る
「お腹は空いてるのね。よかったわ。
これ食べてください。」
暖かいスープを差し出す

「騎士さまは、好き嫌いなさらないですよね?
木の実と薬草のスープです。
傷が早く治るよう作ってあります。
ちゃんと食べてくださいね!」

スープを受け取り、恐る恐る口へ運ぶ
おいしい…優しい味だ…寝込んだ時に作ってもらった、母のスープの味がする
涙が出てくる

「ありがとう。」
泣きながらスープを飲み干す
「食事が済んだら
もう少しお休みになってください。」
微笑む女
器を渡し、横になり眠りにつく
次に目覚めたのは
翌日の日の出前だった
女がいない
寝床から起き上がると
まだ傷は痛むが思ったほどではなかった
女を探しに外に出ると薬草を摘んでいるのを見つけた

「何か手伝おうか?」

「騎士さま、まだ傷が治ってないでしょう。
無理をしてはいけません。」

だが、こんなに世話になったのに
何もしないというのも…

「騎士さまは傷を治すことを優先なさってください。私は魔女ですよ。
言うこと聞かないと魔術で…」
と言いかけエミールの顔を見る
「昨日より顔色は良さそうですね。
ですが、寝床に戻ってください。」
エミールはしぶしぶ寝床へ向かおうとした時に
気がついた
私は助けてくれた女の名を知らないと
振り返り
「あなたの名前を教えてくれませんか?
私はエミールです。」

「ミラです。
寝床に戻ってください。
食事の用意をしますから」
エミールは彼女の優しさに触れ
ミラは魔女などではなく聖女なのだと理解した

大人しく寝床に戻り、休むエミール
------------
「公爵様、ただいま戻りました。
魔女はすでに逃げており、足取りを追っているところです。
15名で戦に向かいましたが
死者3名、逃亡者2名です。」

淡々と報告をするアストリウス

公爵はアストリウスを見ることなく
「逃亡者を探し出し始末せよ。
魔女も見つけ次第始末して構わん。
分かったら下がれ。」
と命令を下す

公爵にとっては、自分以外の命など軽い。
従わぬ者は死罪、禁忌を犯せば死罪
気に入らない者はすべて死罪
自分の手を汚すことなく、簡単に命を奪っていく

(権力とは醜い)
「承知いたしました。」
心の中では公爵を軽蔑し、避難するが
彼は騎士。公爵の命令には従う
頭を下げ、直ぐさま逃亡者を探しに出る


公爵家から支給された靴を履いた騎士を
探すのはアストリウスには容易なことだった。
2人分の靴跡は森へと続き、1名はすぐに見つかった。
出血量が多く、木にもたれかかって息絶えていた
もう1名の靴跡は途中までは追えたが
草が生い茂っており、足跡がわからなくなった

アストリウスは、姿勢を低くし
草の倒れ方、葉を踏んだ跡を探す
ゆっくり確実に
風に乗って微かに血の匂いがした
(こちらか。)
葉に着いた血を見つけ、辿っていく
(かなり奥まで来てしまったな。今日は野宿か。)と足を止めずに進んでいくと
開けた場所に出た
満月の光を浴びる、輝く黒髪
目を奪われたが冷静さは失わなかった

小屋からエミールが出てきたのを
見逃さなかった
すぐさま剣を抜きエミールに振り下ろす
エミールを庇うように立ちはだかる黒髪
斬れなかった
始末しろと命令されているのに
身体が動かない。
ミラが叫ぶ
「この人を殺すことは許しません!
私が魔女です!私を斬ればよろしいのです!
エミールは、何も悪いことはしておりません!」

「団長!申し訳ありません!!
申し訳ありません!逃げたことに対する罪は償いましょう!しかし、この方は魔女ではありません!怪我をした私に手当をして下さり
食事を用意してくださいました!」
とガタガタと怯える身体をミラの前に差し出す

アストリウスは始末する対象が目の前にいるのに
動けなかった。
エミールだけであれば始末できただろう
しかし、彼女がいるとどうにも身体が言うことをきかない
彼女に血を見せたくないと感じるのだ
剣を鞘に納め

「エミール、お前を見逃そう。
公爵さまには死んだと報告しておく。
ただし、私の前に二度と姿を現すな。次はない。」
アストリウスは自分の行動に動揺しつつも
間違いではないと確信していた。

立ち去るアストリウス
「あ…」
気がつくと声が出ていたミラ

「よかったぁ〜」
とエミールが安堵の表情を浮かべるが
ミラは動揺していた
咄嗟の判断とはいえ剣の前に飛び出したこと
アストリウスに何かを感じたこと
行かないでと言いそうになってしまった
なぜかわからないが引き止めたたかったのだ

「聖女さま、団長に見つかってしまったのは
事実。今後も危険な目に合うかもしれません。
一緒に逃げましょう!」
と、エミールは急いで小屋に戻る
「ええ。」
ミラは動揺が収まらないまま荷物をまとめるが
小屋を出て歩き出そうとした時
「エミール、あなただけ逃げて
私は行けない。行っては行けない気がするの。」

「そんな、聖女さまを置いていくなんて…」
「いいから!早く逃げて!
いつ騎士さまが戻ってくるか分からないわ!
見逃すなんて言葉信じられないもの…」
本心ではない……だがエミールを犠牲にはできない。
私の当てにならない感覚で残ってもらうことはできない。

「聖女さま…
分かりました。では、私は先に行きます。聖女さまも逃げたくなったらすぐにでも逃げてください。
私はこの森の先にある海の街へ向かいますから。」

と、早足で歩き出すエミール
その背中を見送りながら
ミラは思う
(きっと、エミールに会うことはもうないわね。)
さよなら、エミール
私は行けないわ。

エミールが旅立ってから数時間後
満月がいちばん高いところに登った
小屋の外にイスを出し、月を見上げながら物思いにふけるミラ

ガサッと草の影から出てきたのはアストリウスだった。

驚いたような表情を見せた
「エミールは行ったのか?」

「はい、おひとりで行っていただきました。
見逃してくださるのではなかったのですか?」
いたずらに笑うミラ

ミラの隣に並ぶアストリウス
2人にはこの感情がなんなのかは分からないが
そばに寄り添うことに安らぎを覚える
何をするでもなく夜明けまで
2人は座ったりお茶を飲んだりして過ごした
会話はないが心地よい

「私は戻るよ。」とアストリウスは立ち上がり
ミラに会釈をして
公爵邸にある自宅へ戻って行った
ミラは何も言わず静かに見送る
きっとまた来てくれると信じながら

アストリウスは公爵邸に戻るなり
すぐさま逃げた騎士たちについて報告した

「2人とも逃げる道中で死んでいました。
死体の処理は動物たちがしてくれるでしょう。
魔女は見つかりませんでした。
見つかるまで探し続けます。」と
アストリウスは森の話はしなかった。
話したくなかったのだ。
何か大切なものを失ってしまうような気がして

公爵は「うむ。」と一言
「ご苦労だったアストリウス。戻っていいぞ。」

頭を下げ自室に戻り
この感情はなんなのかと考える
(今日が非番でよかった。この調子では
訓練で怪我をするかもしれないからな。)と
瞼を閉じ少し眠る
夢を見た。目の前には強い陽の光
光が眩しくて何がいるのかは見えないが手を伸ばした。
届かない。少しずつ離れていく光。
(行かないでくれ!頼む!待ってくれ!)
はっと目が覚めた。嫌な汗をかいた
外を見ると日が落ち始めている
身体を拭き顔を洗い、髪を整え
森へと向かう。

探し続けると公爵さまに約束したから森へ行くのだと自分に言い聞かせ
ミラの元へ足を運ぶ
ミラは決まって、「騎士さま
今日も来てくださったんですね!」と笑顔で出迎えてくれる
お茶を出され、ミラは薬草を摘んだり
破れた服を縫ったりして過ごしているのを
夜が明けるまで、ただ見つめる

そんな日を数ヶ月続けていたある日
公爵は
「もうよい。アストリウス。
探さずともよい。魔女は姿を消した。
また現れることがあれば捕えれば良い。」

「承知いたしました。」
と頭を下げ、訓練に戻るアストリウス

(そろそろか。)
アストリウスに決断の時が迫っていた
彼女に伝えなければな。

ミラの元へ足を運ぶアストリウス
満月がミラを照らす
ミラに初めて出会ったのも満月の夜だった
今日は3度目の満月

アストリウスは気持ちを抑えられず
ミラに口付けをする
受け入れるミラ
2人はそのまま寝床へ向かい
身体を重ねる
指先でそっとミラに触れる
言葉にすることはできない想いを
伝えるように
ロウソクの灯りに小さく照らされながら
2人は何度も何度も身体を重ねることで確認しあう

寝床で横になりながらゆっくりと口を開く
「私の名はアストリウスだ。
月の人、そなたに言わねばならぬことがある。」
苦しそうに声を絞り出す
ミラは察したように
「ええ、分かっています。
別れを伝えに来てくださったのでしょう。」
と。
「そうだ。すまない。」
と服を着るアストリウス

外で物音がする
ミラは急いで上着を羽織り
ドアに近づくと

騎士団が小屋に入ってきたのだ
「アストリウス団長
あなたを反逆罪で処刑する!
魔女を匿うなどあってはならない行為だ!」

アストリウスは察した
(尾行されていたのか。
今朝の公爵さまの言葉は私に向けられていたのか)

「魔女はこの場で始末して良いと
公爵様よりお達しがありました。」
「殺せ!」とミラに襲いかかる騎士たち

アストリウスがミラを抱きしめるように
庇い床に倒れる
「アストリウスさまー!!!」
涙が溢れ出る。
駆け寄ろうとするミラの両腕を騎士たちが
掴み後ろから剣で突き刺される
床に倒れたミラの手はアストリウスの手に重なり
「アストリウスさま…」
涙は流れ続ける
「月の人…そなたは美しい…」
優しい微笑みを浮かべる

2人の血が木目に沿って流れていき
もう離れないと約束を交わすように混ざり合い
2人は息絶えた

「来世は共に…」










みんなのリアクション

月明かりに照らされる教会の入口
少し肌寒い満月の夜
散歩から戻った司祭が見つけたのは
美しい輝きを持つ黒髪の赤子
まだ生まれてほんの数ヶ月と言ったところか
誰がこんなとこに置いていったのかと辺りを見回すが
赤子の親はすでに立ち去ったあとなのだろう
この国ではあまり見ない髪色
司祭は髪色に驚きつつも、月に照らされ
キラキラと浮かび上がる神の子の印
「天上の祝福を受けた赤子よ。
そなたをミラと名付けよう。」
司祭は赤子を引き取り育てることを決めた
ミラは神の子と呼ばれ大切に愛されて育つが
一方で髪色のせいで本当に神の子なのか、不気味な黒い髪、魔女、悪魔の子と蔑まれ
一部の修道女から忌み嫌われていた
ミラは朝起きると礼拝堂で皆と共に祈りを捧げ
食堂で朝食を取る
修道女から手渡される食事はカビの生えたパンと冷めた腹下しの薬草入りスープ
他の子達は、焼きたてのパンに
信者から分けてもらった野菜や肉の温かいスープ
最初の頃は、酷い扱いに隠れて泣いたが
さすがに毎日同じものを出されたら慣れてきて
(私の分だけ別に作るとか手間でしょ。私のためにありがとう。)と思うようになった
朝食のあとは教会の掃除をする。
ミラは掃除の時間が好きだった
唯一、自由に外に出られる時間だったからだ
室内での掃除はミラにとっては地獄
ぞうきんを洗った水を頭からかけられ
ほうきでぶたれ、ゴミは片付けなきゃと
くずかごに入れられたりと散々な目に合わされる
だったらと、自ら墓地の掃除をと名乗り出た
掃除をしながら、草花を観察することが好きで
司祭から内緒でもらったたくさんの紙とインクで
毎日毎日、少しずつ絵を描いて何に使えるか書き留めていた。
本当は教会から認められた一部の者しか薬を作ることは許されないが
彼女はそれを知っていても好奇心を抑えることはできず
紙の束をノートのように綴り、間には密かに薬草を挟んで乾燥させている
彼女は墓地の掃除を行いながら
探索をし、新しい発見を楽しむ
今日は忘れ去られた十字架を何本か拾いあげ、井戸で洗い
司祭から特別に与えられた部屋に隠しておく。
薬草を煎じる時に使う乳棒の変わりにするのだ
掃除が終わり、お昼前のお祈りをする
ミラは誰も座らない1番後ろの席で
お祈りするふりをして、薬草の調合を考える
あの花と葉を組み合わせたらどんな効果が出るかな。
あれとあれならこうなるかも!と
早く試してみたい!と高ぶる気持ちを抑え
お祈りの時間を過ごす。
ミラには昼食はない。
「悪魔に食べさせるものはないよ!」
と、食堂から追い出される。
修道女は、司祭が出かけていると
いつも以上にミラに辛くあたる
悔しくて涙が出てくることもあるけれど
こういう時は部屋に戻り、薬草の調合に没頭する。
みなは昼食が終わると教会の敷地内で自由な時間を過ごす
もちろん、修道女の監視の下。
ミラは薬草の入った袋を引っ付かみ
修道女に見つからぬよう
石の上を歩いて足音を殺し一気に走り出す
草むらを走り、教会が見えないところまでくると、息を整えて歩く。
薬草がないかと探しながら
近くの村に着くと
人気のない路地に入る
「教会の娘がこんなところで何をしている!」
後ろから声をかけられドキッとする
恐る恐る振り返ると
「ヨハン!!もう驚いたじゃない!」
ミラより少し年上の少年がニコッと笑顔を見せる
「今日はどう?必要なものはある?」
「ばぁちゃんが最近眠れないって言うんだ
よく眠れる薬はあるか?」
ヨハンとミラの話し声に
物陰から村人たちが出てくる
「よー聖女さま!」
大柄な男性が声をかける
「腰が痛くてな、効くやつくれや!」
老婆からは「最近咳が酷くてな…」
村人たちは口々に自分の症状を訴える
「順番に聞くわ。
ヨハンのおばあさまには、よく眠れる薬。
あなたは腰の痛みね。
おばあちゃんは咳に効く薬草ね。」
と、村人たちに薬を渡していく
「いつも悪いねぇ。」とお辞儀をしながら
老婆は去っていく。
彼女は薬の買えない人達に自分で煎じた薬を配っている
1人でも多くの人を助けたい
その思いから
全員に薬を渡し終えると、日が暮れ始めている
「いけない!早く戻らないと!」
来た道を急いで戻り、部屋に薬袋を投げ入れ
礼拝堂へこそっと入っていく。
司祭さまが視線をミラに向け
うなずく
修道女には睨まれる。
夕食の前に、修道女に服の襟をひっぱられ
司祭に見えないところで
説教される
「また夜のお祈りをサボって!ただでさえお前は目につくのに!ルールすら守れないのかい!」
お腹を1発殴られ
ミラはお腹を押さえうずくまる
「本当に!司祭様のお気に入りだからって調子に乗るんじゃないよ!お前は夕食抜きだ!」と吐き捨て
気が済んだのか修道女はニコニコと
食堂へ戻っていく。
「ミラは、お腹が痛いそうで夕食はいらないそうです。」
司祭にそう告げると、修道女はミラへ目を向け返事をするよう睨みつける
「お腹が痛いので
食事は食べられません。申し訳ございません。」と司祭へ謝罪する。
さっさと背を向け部屋へ戻ろうとすると
「あとでスープを持っていかせるからゆっくりお休み」と司祭から声をかけられ
その優しさに涙ぐみながら
「いえ、スープも食べられません。申し訳ございません。」と振り返ることなく答え部屋へと向かう
ただ、ミラも馬鹿ではない。
このチャンスを逃さず、教会の裏にある
薬草園へ忍びこみ少しずつバレないように
薬草を摘んで、早足で部屋へ戻る
ミラにとって薬草の調合が安らぎなのだ
それから数年が経ち、ミラは16歳になっていた
輝く黒髪は腰まで伸びており、相変わらず
天上の祝福を受けている
幼い時の栄養不足で小柄なままだが
薬草の知識も増え、治せる病気やケガも増えていた。
ミラは修道女になることを拒んでいたが
司祭から神の子と大切にされていたため
追い出されずに済んでいた。
自ら進んで孤児たちの世話をし、自由時間には
村へ行き薬を配る毎日
ミラは、教会を出て村で暮らすべきかもしれないと考え始めた。
私が教会を出ればこの部屋は他の子たちが
使える
そうしたら教会の狭い部屋に押し込まれず
少しは広々と心地よく過ごせるかもしれないと思ったのだ
何よりミラはもっと自由に生きたかったのだ
修道女に虐められることもなく
神の子と呼ばれることなく。ただのミラとして
自由に。
司祭さまに話そう
村で暮らしたいと、教会を出たいと。
教会内にある司祭の部屋へ行き、ノックをしようと
扉の前に立つと
中から呻き声が聞こえてくる
ミラは聞き間違いだと思い、呼吸を整え
手を伸ばすと
また呻き声…
(なんの声…?獣でもいるのかしら?)
そっと扉に耳を当て、声の主を確かめる
「う…おぉ…」
(聞いた事あるような…)
もう一度、今度はしっかり耳を押し当て
確かめる
「あぁ…いぃ…おぉぉ…ぐぅぅぅ」
驚いたミラは教会の裏に周り
窓からそっと覗き込む
修道女が司祭に跨り腰を振り乱していた。
司祭と修道女が姦通していたのだ。
(そんな…司祭さま…)
神の教えを説くものの姦通は死に値する
信仰心がないミラですら、長い時間お祈りや礼拝をしていれば知っていることだった
ミラは動揺し、その場で静かに吐いた
報告した方がいいのだろう
だが、ミラは育ててもらった恩がある
隠し通さなければ…
口を拭ってその場を離れる
音を立てないように
足音を殺して
部屋に戻ったミラはまだ心臓の鼓動が激しく
治まる気配がない
「そろそろ薬を配りに行く時間ね。」
無理やり落ち着かせ
いつも通りの日常を送る
(私は何も見なかった。いつも通り。何も変わらない。いつもの1日。)
ミラはたくさんの薬袋を持ち
村へ出かける
いつもの路地裏へ着くと
「ヨハン!みんな!
今日の薬を持ってきたわ!」
普段と変わらぬ1日にしようと
意気込むと声が大きくなってしまう
聖女さま、聖女さまとみんなが集まり
症状を聞き薬を配る
いつものおだやかな日常。
(大丈夫、いつも通り。)
だが、良くないことは立て続けに起こるもの
ミラがいつもよりも大きな声でみなに声をかけてしまったため
教会の信者に薬を配るとこを見られてしまった
運の悪いことにミラを忌み嫌っている
ヨシュアとテレサ夫妻だった。
「ねぇ、ヨシュア。あれは悪魔の子じゃないかい?」
「おぉ…ミラちゃん、今日も可愛いねぇ
こんなところで何してるんだろうねぇテレサ」
テレサはミラに見惚れるヨシュアに苛立ちながら、
「あれは異端だよ!!分からないのかい!」とヨシュアを蹴りあげる
「痛いよぉ。テレサ〜」
蹴りあげられた所をさすりながら
「いくらミラちゃんでも異端は見逃せないねぇ。」
「司祭さまにお伝えしないと!」
と夫妻は、ミラに気づかれないように
教会へ向かう。
「司祭さま!」
テレサは嬉しそうに声をかける
ヨシュアが
「ミラさまが!ミラさまが!」
と慌てた顔で続ける
「ミラがどうかしたのか?」
夫妻の正反対の表情に戸惑いを見せつつ
話を聞く
「ミラが村人に薬を配っておりました!
あの様子だと1度や2度ではないでしょう!
やはりアレは悪魔の子だったんですよ!」
テレサは大嫌いな女を罰することができる!と嬉しそうに話す
「ミラさまは、魔女です。あんなに可愛いのにもったいない…」
ヨシュアが悲しそうな表情で続ける
司祭は目を見開き
「それは真か!?信じられん…」
驚きと戸惑いに考えがまとまらず
「1日時間をもらえるかな?真偽を確かめたい。」
「そんな…私たちはこの目で見たんですよ!」
とテレサは必死に訴えるが
「確かに見たんだろう。疑っているわけではない。だが、ミラに薬の知識はないはずだ…」
司祭は騒ぎ立てる夫妻を追い返す
教会から出てきたテレサとヨシュアを
修道女が呼び止める
「どうしたんですか?今日は礼拝の日ではないでしょう?」
「ミラが!村で薬を配ってたんですよ!」
とテレサ
「まぁ!!なんてこと!やっぱりあの子は悪魔の子だったのね!」
修道女は驚きと喜びの表情を浮かべる
「シスター、ミラさまはどうなるんでしょう」
とヨシュアは残念そうに尋ねると
「きっと、魔女裁判にかけられることでしょう。」と続けにっこりと微笑みかける
-------------------------
司祭は、ミラの部屋を訪ね
「ミラ、話がある。」
扉をノックして声をかけるが返答はない。
「ミラ?入るぞ…」
部屋中に広がる薬の匂い
綺麗に整えられているが、木の乳鉢、十字架の乳棒がいくつも重なっていた
「これまで大切に育ててやったのに、神に背くとは何事か!!私を騙しておって!!悪魔め!」
司祭はミラを愛していたため
裏切りを許せず、肩を震わせ怒りの表情に染まる
怒りを抑えられぬ司祭は部屋に戻り出かける支度をする
「司祭さま、どうされました?」
修道女が司祭の部屋の前で声をかける
ミラの悪しき行いを怒りのまま話し、
「公爵さまの元へ報告に行く。このことは口外しなように。」
と命じた。
修道女は司祭の前では何食わぬ顔で
「分かりました。」
と返事をしておきながら
司祭の姿が見えなくなると
笑みをこぼし、外に呼び止めておいたテレサとヨシュアに嬉しそうに告げた
「やはり魔女裁判になりそうです。口外するなと司祭さまより指示がありましたのでこのことは"内密に"」
修道女は司祭の言いつけを守らず
テレサにみなに広めるよう目配せをした
テレサとヨシュアは
「わかりました!」
と返事をし
急ぎ村へ戻ると信者たちにミラが魔女だと
話したのだ
ミラは、魔女裁判にかけられるだろうと
村中に広めたのだ
路地裏の村人たちの耳にも
ミラの噂は聞こえてきた
ヨハンは、ミラを助けようと路地裏の仲間に持ちかける
逃走ルート、ミラを隠せる場所
それぞれが知恵を絞り早急に行動に移す
ヨハンは教会へ走り
孤児たちにミラの居場所を聞く
ミラの部屋に案内され、扉を叩き
「ミラ!おい聖女!大変なんだ!助けてくれ!」
あまりの勢いに慌てて寝巻きのまま
ミラは扉を開けた
「ヨハン!?あなたが私を聖女って呼ぶなんて珍しいわね、どうしたの!?」
「そんなことどうだっていい!けが人がいるんだ!!急いで来てくれ!」
血相変えたヨハンを見て
只事ではないと、ミラは薬袋と布切れを引っ付かみヨハンに付いていく
「ミラ!急いでくれ!」
ヨハンに腕を捕まれ足を早める
「どこまで行くのよ!?
こっちは村の方角ではないでしょ!
ヨハン!?」
ミラの呼びかけにも答えず
ヨハンは村の外れにある森の中へ
ぐんぐんとミラを引っ張っていく
古小屋が見えてくる
けが人はどこにいるの!?
------
「公爵様に至急お伝えしたいことがございます。」
司祭は公爵邸の前で衛兵に謁見許可を求める
「司祭様ようこそいらっしゃいました。
公爵さまより司祭様はいつでもお通しするよう言われております。
どうぞ中へ」
公爵邸の中庭へ案内される司祭
中庭では騎士たちが訓練を行っている
司祭を見た公爵は
「アストリウス!」
茶髪をひとつに束ねた背の高い顔立ちの整った
1人の騎士を呼び同席させる
「司祭さま、本日はどのようなご要件で?」
公爵は静かに問いかける
「公爵さま、私の教会に魔女が紛れておりました。ミラという娘です。」
公爵は驚きもせず
「ふむ。ミラとは司祭さまが可愛がっておられた神の子のことですか?」
「はい、そうです
恥ずかしながら、魔女であると見破ることができず先程信者からの報告で騙されていたと知りました。」
「ほう、それで魔女であるとは
どういうことですか?」
「薬を…禁忌である薬の調合を行い
村で配っておりました。」
「そうですか。しかし司祭さまを欺けるほどの
賢さを持っているなら、薬の調合は間違いなのでは?」
ジッと司祭の目を見つめ嘘なら許さぬ。と圧をかける
「いえ、ミラの部屋にはこれらがあり
草の汁がまだ乾いてない状態でした。」
十字架の乳棒と、木の乳鉢、小さな麻袋に入った薬を公爵の前に差し出した
「ほう…。
アストリウス、魔女裁判を行う。
ミラという娘をひっ捕らえてまいれ。
逆らうものはその場で始末してよい。」
公爵は表情ひとつ変えず、静かに告げる
「承知いたしました。」
アストリウスと呼ばれる騎士も同様
表情を変えることなく自分の隊員15名を連れて
村へ向かう。
-------------
「ミラ、ごめんな。」
ヨハンは後ろからミラを殴打し、気絶させる
ミラが目覚めた時には、
月が上り周りには誰もおらず1人きり
静かで神秘的な森の中
月に古小屋が照らされる
なんて素敵なのかしら…
ミラは我に返り、ヨハンはどこ?
けが人はいないの?何があったの?
村に戻らなきゃ…
辺りを見回すと暗闇ばかり
これでは森の中を歩けない
今すぐに戻りたい気持ちを押さえ
小屋の中へ入る
不安に襲われるミラ
「なんで、ヨハン。
なんでこんなことするのよ。」
涙が溢れてくる。
ガサガサガサガサ
外で音がする。
恐怖が襲う。小屋の窓から外を
ゆっくり覗くと見覚えのある顔
路地裏の村人が1人
こちらへ向かってくる
ミラは急いで外へ飛びだし
「何があったの!?今手当するから!」
大怪我を負っている村人
明らかに助かる見込みはない。
だが、ミラは諦めずに止血薬を塗りたくり
布切れを体中に巻き付ける
「せ…いじょ……さ…ま
ご…ぶじで…な…によ…り
む…ら……へは……もどら…ない…で…く…だ……さ…」
息絶える村人
「なんでよ。なんであなたはこんなにボロボロなのに…なんで私の心配をしていたの…自分のことをもっと大切にしてよ…」
涙が溢れる
(村へ戻るななんて出来るわけないじゃない
何が起きてるの)
村人の足に刺さっている矢を見て
ミラは全てを察した
ヨハンが自分に嘘をついて
逃がしてくれたこと。
村人の最期の言葉から
「私を魔女だと思っているのね…
だからヨハンは私を聖女なんて呼んだのね。」
私1人の犠牲でみんなが救えたのになんで
息絶えた村人を抱きしめ
泣き続けるミラ
みんなが守ってくれた命
大切にしないと
小屋のそばに穴を掘り
村人を埋葬する
墓地の掃除で集めた十字架を刺す
主よ、この魂をお受けください
どうか安らかな眠りをお守りください
ミラはこんなに真剣に祈ったことはなかった
----------------
村では
騎士たちが路地裏の村人たちを
ミラを聖女と呼ぶものたちを
見つけ出し、逆らったものは次々と殺された
「ミラという名の娘はどこにいる?」
ヨハンの目の前に立ちはだかる
アストリウス
「知らねーよ!そんなに知りたきゃ自分で探せ!」
アストリウスに石を投げつける。
投げつけられた石を軽々と交わし
「そうか。」
剣を振り下ろすアストリウスに
「聖女さまの名を気安く呼ぶなー!」
後ろから農機具で立ち向かう村人
アストリウスの部下が斬りかかる
「団長、お怪我はありませんか?」
初めて人を殺したのだろう
手が震え、声を絞り出している
剣に付いたを振り払い、鞘に収める
アストリウスの足元にはヨハンが横たわる
「エミールか。あぁ、大事ない。」
とアストリウス
エミールと呼ばれた騎士は
人を殺してしまった罪悪感と恐怖で
思考が乱れた
(本当に必要な殺しだったのだろうか。
私は、なんて罪深いことを)
「エミール。配置に戻れ。」
「はい、団長!」
恐怖を感じ取られないように声を絞り出す
この罪悪感と恐怖が油断に繋がった
振り向いた途端、村人に斬り掛かられ
深手を負ったのだ
なんとか動く利き腕で村人を始末するも
エミールの心は耐えられなかった
アストリウスが村人の集団に
気を取られているうちに
森の中へ逃げ込んだ
(私には無理だ
人殺しなんて続けられない
ここから離れなければ)
森の奥へ奥へと止まることなく
逃げ進む
ふっと開けた場所に出た
小屋がある
あそこに隠れてやり過ごそう。
と、小屋に近づくと
黒髪の白い服を着た女が出てきた
魔女だ!確信した
剣を振りかざすエミール
だが、剣は彼女に届かず倒れ込む
「大丈夫ですか?」
駆け寄ってくる女
「魔女め、近づくな…」
エミールは気絶した
----------
朝日に照らされる白い服の女性
(聖女…?)
「あら、目が覚めました?
食事は取れますか?」
黒髪を1つに束ねた女が尋ねる
エミールは驚き、飛び起きた
魔女だと思っていた女に助けられたのだ
「なぜ、私を助けた。お前は魔女なのだろう。
なぜ殺さなかった。」
「そうね、私はあなた方にとっては
魔女に見えるかもしれません。
でも、傷を負ってる人を目の前にほっとくことは私にはできません。
それで?食事は取れますか?」
口調が強くなる
エミールの腹が鳴る
「お腹は空いてるのね。よかったわ。
これ食べてください。」
暖かいスープを差し出す
「騎士さまは、好き嫌いなさらないですよね?
木の実と薬草のスープです。
傷が早く治るよう作ってあります。
ちゃんと食べてくださいね!」
スープを受け取り、恐る恐る口へ運ぶ
おいしい…優しい味だ…寝込んだ時に作ってもらった、母のスープの味がする
涙が出てくる
「ありがとう。」
泣きながらスープを飲み干す
「食事が済んだら
もう少しお休みになってください。」
微笑む女
器を渡し、横になり眠りにつく
次に目覚めたのは
翌日の日の出前だった
女がいない
寝床から起き上がると
まだ傷は痛むが思ったほどではなかった
女を探しに外に出ると薬草を摘んでいるのを見つけた
「何か手伝おうか?」
「騎士さま、まだ傷が治ってないでしょう。
無理をしてはいけません。」
だが、こんなに世話になったのに
何もしないというのも…
「騎士さまは傷を治すことを優先なさってください。私は魔女ですよ。
言うこと聞かないと魔術で…」
と言いかけエミールの顔を見る
「昨日より顔色は良さそうですね。
ですが、寝床に戻ってください。」
エミールはしぶしぶ寝床へ向かおうとした時に
気がついた
私は助けてくれた女の名を知らないと
振り返り
「あなたの名前を教えてくれませんか?
私はエミールです。」
「ミラです。
寝床に戻ってください。
食事の用意をしますから」
エミールは彼女の優しさに触れ
ミラは魔女などではなく聖女なのだと理解した
大人しく寝床に戻り、休むエミール
------------
「公爵様、ただいま戻りました。
魔女はすでに逃げており、足取りを追っているところです。
15名で戦に向かいましたが
死者3名、逃亡者2名です。」
淡々と報告をするアストリウス
公爵はアストリウスを見ることなく
「逃亡者を探し出し始末せよ。
魔女も見つけ次第始末して構わん。
分かったら下がれ。」
と命令を下す
公爵にとっては、自分以外の命など軽い。
従わぬ者は死罪、禁忌を犯せば死罪
気に入らない者はすべて死罪
自分の手を汚すことなく、簡単に命を奪っていく
(権力とは醜い)
「承知いたしました。」
心の中では公爵を軽蔑し、避難するが
彼は騎士。公爵の命令には従う
頭を下げ、直ぐさま逃亡者を探しに出る
公爵家から支給された靴を履いた騎士を
探すのはアストリウスには容易なことだった。
2人分の靴跡は森へと続き、1名はすぐに見つかった。
出血量が多く、木にもたれかかって息絶えていた
もう1名の靴跡は途中までは追えたが
草が生い茂っており、足跡がわからなくなった
アストリウスは、姿勢を低くし
草の倒れ方、葉を踏んだ跡を探す
ゆっくり確実に
風に乗って微かに血の匂いがした
(こちらか。)
葉に着いた血を見つけ、辿っていく
(かなり奥まで来てしまったな。今日は野宿か。)と足を止めずに進んでいくと
開けた場所に出た
満月の光を浴びる、輝く黒髪
目を奪われたが冷静さは失わなかった
小屋からエミールが出てきたのを
見逃さなかった
すぐさま剣を抜きエミールに振り下ろす
エミールを庇うように立ちはだかる黒髪
斬れなかった
始末しろと命令されているのに
身体が動かない。
ミラが叫ぶ
「この人を殺すことは許しません!
私が魔女です!私を斬ればよろしいのです!
エミールは、何も悪いことはしておりません!」
「団長!申し訳ありません!!
申し訳ありません!逃げたことに対する罪は償いましょう!しかし、この方は魔女ではありません!怪我をした私に手当をして下さり
食事を用意してくださいました!」
とガタガタと怯える身体をミラの前に差し出す
アストリウスは始末する対象が目の前にいるのに
動けなかった。
エミールだけであれば始末できただろう
しかし、彼女がいるとどうにも身体が言うことをきかない
彼女に血を見せたくないと感じるのだ
剣を鞘に納め
「エミール、お前を見逃そう。
公爵さまには死んだと報告しておく。
ただし、私の前に二度と姿を現すな。次はない。」
アストリウスは自分の行動に動揺しつつも
間違いではないと確信していた。
立ち去るアストリウス
「あ…」
気がつくと声が出ていたミラ
「よかったぁ〜」
とエミールが安堵の表情を浮かべるが
ミラは動揺していた
咄嗟の判断とはいえ剣の前に飛び出したこと
アストリウスに何かを感じたこと
行かないでと言いそうになってしまった
なぜかわからないが引き止めたたかったのだ
「聖女さま、団長に見つかってしまったのは
事実。今後も危険な目に合うかもしれません。
一緒に逃げましょう!」
と、エミールは急いで小屋に戻る
「ええ。」
ミラは動揺が収まらないまま荷物をまとめるが
小屋を出て歩き出そうとした時
「エミール、あなただけ逃げて
私は行けない。行っては行けない気がするの。」
「そんな、聖女さまを置いていくなんて…」
「いいから!早く逃げて!
いつ騎士さまが戻ってくるか分からないわ!
見逃すなんて言葉信じられないもの…」
本心ではない……だがエミールを犠牲にはできない。
私の当てにならない感覚で残ってもらうことはできない。
「聖女さま…
分かりました。では、私は先に行きます。聖女さまも逃げたくなったらすぐにでも逃げてください。
私はこの森の先にある海の街へ向かいますから。」
と、早足で歩き出すエミール
その背中を見送りながら
ミラは思う
(きっと、エミールに会うことはもうないわね。)
さよなら、エミール
私は行けないわ。
エミールが旅立ってから数時間後
満月がいちばん高いところに登った
小屋の外にイスを出し、月を見上げながら物思いにふけるミラ
ガサッと草の影から出てきたのはアストリウスだった。
驚いたような表情を見せた
「エミールは行ったのか?」
「はい、おひとりで行っていただきました。
見逃してくださるのではなかったのですか?」
いたずらに笑うミラ
ミラの隣に並ぶアストリウス
2人にはこの感情がなんなのかは分からないが
そばに寄り添うことに安らぎを覚える
何をするでもなく夜明けまで
2人は座ったりお茶を飲んだりして過ごした
会話はないが心地よい
「私は戻るよ。」とアストリウスは立ち上がり
ミラに会釈をして
公爵邸にある自宅へ戻って行った
ミラは何も言わず静かに見送る
きっとまた来てくれると信じながら
アストリウスは公爵邸に戻るなり
すぐさま逃げた騎士たちについて報告した
「2人とも逃げる道中で死んでいました。
死体の処理は動物たちがしてくれるでしょう。
魔女は見つかりませんでした。
見つかるまで探し続けます。」と
アストリウスは森の話はしなかった。
話したくなかったのだ。
何か大切なものを失ってしまうような気がして
公爵は「うむ。」と一言
「ご苦労だったアストリウス。戻っていいぞ。」
頭を下げ自室に戻り
この感情はなんなのかと考える
(今日が非番でよかった。この調子では
訓練で怪我をするかもしれないからな。)と
瞼を閉じ少し眠る
夢を見た。目の前には強い陽の光
光が眩しくて何がいるのかは見えないが手を伸ばした。
届かない。少しずつ離れていく光。
(行かないでくれ!頼む!待ってくれ!)
はっと目が覚めた。嫌な汗をかいた
外を見ると日が落ち始めている
身体を拭き顔を洗い、髪を整え
森へと向かう。
探し続けると公爵さまに約束したから森へ行くのだと自分に言い聞かせ
ミラの元へ足を運ぶ
ミラは決まって、「騎士さま
今日も来てくださったんですね!」と笑顔で出迎えてくれる
お茶を出され、ミラは薬草を摘んだり
破れた服を縫ったりして過ごしているのを
夜が明けるまで、ただ見つめる
そんな日を数ヶ月続けていたある日
公爵は
「もうよい。アストリウス。
探さずともよい。魔女は姿を消した。
また現れることがあれば捕えれば良い。」
「承知いたしました。」
と頭を下げ、訓練に戻るアストリウス
(そろそろか。)
アストリウスに決断の時が迫っていた
彼女に伝えなければな。
ミラの元へ足を運ぶアストリウス
満月がミラを照らす
ミラに初めて出会ったのも満月の夜だった
今日は3度目の満月
アストリウスは気持ちを抑えられず
ミラに口付けをする
受け入れるミラ
2人はそのまま寝床へ向かい
身体を重ねる
指先でそっとミラに触れる
言葉にすることはできない想いを
伝えるように
ロウソクの灯りに小さく照らされながら
2人は何度も何度も身体を重ねることで確認しあう
寝床で横になりながらゆっくりと口を開く
「私の名はアストリウスだ。
月の人、そなたに言わねばならぬことがある。」
苦しそうに声を絞り出す
ミラは察したように
「ええ、分かっています。
別れを伝えに来てくださったのでしょう。」
と。
「そうだ。すまない。」
と服を着るアストリウス
外で物音がする
ミラは急いで上着を羽織り
ドアに近づくと
騎士団が小屋に入ってきたのだ
「アストリウス団長
あなたを反逆罪で処刑する!
魔女を匿うなどあってはならない行為だ!」
アストリウスは察した
(尾行されていたのか。
今朝の公爵さまの言葉は私に向けられていたのか)
「魔女はこの場で始末して良いと
公爵様よりお達しがありました。」
「殺せ!」とミラに襲いかかる騎士たち
アストリウスがミラを抱きしめるように
庇い床に倒れる
「アストリウスさまー!!!」
涙が溢れ出る。
駆け寄ろうとするミラの両腕を騎士たちが
掴み後ろから剣で突き刺される
床に倒れたミラの手はアストリウスの手に重なり
「アストリウスさま…」
涙は流れ続ける
「月の人…そなたは美しい…」
優しい微笑みを浮かべる
2人の血が木目に沿って流れていき
もう離れないと約束を交わすように混ざり合い
2人は息絶えた
「来世は共に…」


おすすめ小説


おすすめ小説