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第20話_抱擁

ー/ー



カウンター席で、燈はコップの水を握りしめたまま、しばらく言葉を飲み込んでいた。
イナバはそんな燈を急かさず、ただにこにことした表情で寄り添っている。

やがて、燈の唇がふるりと震え、声が漏れる。
「私、頑張ってるつもりなんだけど……全然、うまくできてなくて……」

「選別された魂の案内とか……必死に覚えようとしてるんだけど……」

膝の上で握る手がきゅっと縮こまる。

「つきちゃん、仕事が早くて……でも、追い付けなくて……いつも、邪魔しちゃってる」

吐き出すたび、胸の奥の痛みがじわじわと広がる。
イナバはそっと燈の背中に手をまわし、指先で優しく円をえがくようにさすった。

「今日も怒られて……迷惑、かけたくないのに……嫌われたく、ないのに……!」

肩が小刻みに震え、涙がひと粒、ぽたりとテーブルに落ちた。

「ごめんねイナバちゃん……こんなことで泣いてちゃ、ダメだよね……」

イナバは一瞬眉を寄せ、その涙を指でそっとぬぐったあと、ふわっと笑って言った。

「あかりん、こっち向いて?」

しばらくためらい、燈は顔を向ける。
「……えっ?」

次の瞬間、イナバの手が後頭部をつかみ――
ぐいっと胸の中へ引き寄せた。

「ぶふぇえ!?」
燈の視界はいきなり黒一色。
鼻の横にふわふわした布、胸の柔らかい感触。
完全にイナバの抱擁に丸呑みされていた。

「よ~~しよしよし!よく頑張ったあかりん!!偉いぞ~~!!」
イナバは燈の髪をぐしゃぐしゃになるほど全力でなで始める。

「え、えと……イナバちゃん……?」

「あかりんは立派だよ。だって、あの『つきちゃん』に仕事を任されてるんでしょ?」

燈の目が揺れ、苦しげに口を開く。
「で、でも……私は……!」

イナバは燈の泣き顔を両手で包み、その額に自分の額を軽く合わせて言った。

「あのね、つきちゃんはあかりんを邪魔だなんて、迷惑してるだなんて思ってないはずだよ」

「もし本当にそう思ってるなら、仕事を任せたりなんてしないでしょ?」

背中を優しくさすりながら続ける。
「怒ってるんじゃなくて、期待をぶつけられてるだけ。ゆっくり、あかりんのペースでそれに答えてあげればいいんだ」

燈の肩がひくんと震え、瞳が涙でゆらゆら揺れた。
「それで……いいのかな……?」

「いいのいいの、あの子そういうの超不器用だからさ。冷たく感じるかもだけど、あかりんなら出来るって思ってるからこそだよ」

「それに引き換え、僕なんて『クソウサギ』呼ばわりだしさぁ……」
まるで自慢のように胸を張った瞬間――

燈の口元が思わずほころび、涙混じりの笑い声が漏れた。
「ふふっ……そうだね」

「あ~~笑ったなあかりん!!許さん!!」
イナバは燈の頭をわしっとつかみ、左右にぶんぶん揺らして全力抗議する。

軋んだ心に余裕が生まれた気がした。
言葉を吐き出すだけで、こんなにも気持ちが楽になるなんて。

「ありがとう……イナバちゃん」

ささやくような感謝に、イナバは手をひらひら振りながら答える。

「はいはい、どういたしまして」

それからイナバは急にぱぁっと表情を輝かせる。
「そうだ!この後出かける用事あるんだけど、一緒に来ない?」

「冥府に、ですか……?」

「そうそう!あんまり出歩いたことないでしょ?いろんなところ知っておいたほうが絶対いいよ!」

先ほどまで心を押し潰していた重苦しさは、もう影も形もなかった。
胸が期待でふわっと弾む。

「うん……行くよ!」

こうして――
燈は、まだ知らない冥府の世界へと繰り出していくのだった。


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カウンター席で、燈はコップの水を握りしめたまま、しばらく言葉を飲み込んでいた。
イナバはそんな燈を急かさず、ただにこにことした表情で寄り添っている。
やがて、燈の唇がふるりと震え、声が漏れる。
「私、頑張ってるつもりなんだけど……全然、うまくできてなくて……」
「選別された魂の案内とか……必死に覚えようとしてるんだけど……」
膝の上で握る手がきゅっと縮こまる。
「つきちゃん、仕事が早くて……でも、追い付けなくて……いつも、邪魔しちゃってる」
吐き出すたび、胸の奥の痛みがじわじわと広がる。
イナバはそっと燈の背中に手をまわし、指先で優しく円をえがくようにさすった。
「今日も怒られて……迷惑、かけたくないのに……嫌われたく、ないのに……!」
肩が小刻みに震え、涙がひと粒、ぽたりとテーブルに落ちた。
「ごめんねイナバちゃん……こんなことで泣いてちゃ、ダメだよね……」
イナバは一瞬眉を寄せ、その涙を指でそっとぬぐったあと、ふわっと笑って言った。
「あかりん、こっち向いて?」
しばらくためらい、燈は顔を向ける。
「……えっ?」
次の瞬間、イナバの手が後頭部をつかみ――
ぐいっと胸の中へ引き寄せた。
「ぶふぇえ!?」
燈の視界はいきなり黒一色。
鼻の横にふわふわした布、胸の柔らかい感触。
完全にイナバの抱擁に丸呑みされていた。
「よ~~しよしよし!よく頑張ったあかりん!!偉いぞ~~!!」
イナバは燈の髪をぐしゃぐしゃになるほど全力でなで始める。
「え、えと……イナバちゃん……?」
「あかりんは立派だよ。だって、あの『つきちゃん』に仕事を任されてるんでしょ?」
燈の目が揺れ、苦しげに口を開く。
「で、でも……私は……!」
イナバは燈の泣き顔を両手で包み、その額に自分の額を軽く合わせて言った。
「あのね、つきちゃんはあかりんを邪魔だなんて、迷惑してるだなんて思ってないはずだよ」
「もし本当にそう思ってるなら、仕事を任せたりなんてしないでしょ?」
背中を優しくさすりながら続ける。
「怒ってるんじゃなくて、期待をぶつけられてるだけ。ゆっくり、あかりんのペースでそれに答えてあげればいいんだ」
燈の肩がひくんと震え、瞳が涙でゆらゆら揺れた。
「それで……いいのかな……?」
「いいのいいの、あの子そういうの超不器用だからさ。冷たく感じるかもだけど、あかりんなら出来るって思ってるからこそだよ」
「それに引き換え、僕なんて『クソウサギ』呼ばわりだしさぁ……」
まるで自慢のように胸を張った瞬間――
燈の口元が思わずほころび、涙混じりの笑い声が漏れた。
「ふふっ……そうだね」
「あ~~笑ったなあかりん!!許さん!!」
イナバは燈の頭をわしっとつかみ、左右にぶんぶん揺らして全力抗議する。
軋んだ心に余裕が生まれた気がした。
言葉を吐き出すだけで、こんなにも気持ちが楽になるなんて。
「ありがとう……イナバちゃん」
ささやくような感謝に、イナバは手をひらひら振りながら答える。
「はいはい、どういたしまして」
それからイナバは急にぱぁっと表情を輝かせる。
「そうだ!この後出かける用事あるんだけど、一緒に来ない?」
「冥府に、ですか……?」
「そうそう!あんまり出歩いたことないでしょ?いろんなところ知っておいたほうが絶対いいよ!」
先ほどまで心を押し潰していた重苦しさは、もう影も形もなかった。
胸が期待でふわっと弾む。
「うん……行くよ!」
こうして――
燈は、まだ知らない冥府の世界へと繰り出していくのだった。