第42話 人間くさい

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 走り去ろうとするミモザに追いつくのは思う以上に簡単だった。何故って秒でドテっと転んだからだ。
 さすがに仕事明けで疲労困憊の状態のミモザでは体力の限界だったらしい。

「ほへぇ~……」
 石畳にへたり込んで動けそうにないミモザを取り押さえる。傍から見たら押し倒したように見られそうだ。

「ご、誤解だ。何処まで話を聞いたのか知らんが、誤解だ!」
 一体どの辺りから話を聞かれたんだ? なんかちょっと聞かれたらまずいレベルの話もしてしまったような気がする。くそ、油断しすぎたな。

「フィーしゃんがぁ……勇者しゃまに……恋してるなんてぇ……」
「はっ?」
「らって、顔を見る度に胸が疼くって……」
「誤解だっ!! 本気で誤解だぁ!!!!」
 その誤解だけは解かなくては。何が何でもその誤解だけは容認してはならん。
 後ろの方でダリアの笑い声が聞こえたような気がしたが、それどころではない。

 大体、なんでミモザがソレを聞いて逃げだそうとするのだ。
 何処かに行こうとするわけでもなし。

「フィーしゃんが王子しゃまとの結婚にぃ……乗り気じゃなかったのは……勇者しゃまに片想いひてらふわぁぁ……」
 ミモザの顔は分かりやすいくらい、とろんとしている。
 もはや疲れすぎて寝ぼけているのか。

 こっちの言葉も上手く聞こえていないどころか、ミモザの言葉もいつも以上に舌っ足らずで何を言っているのか分かりづらいぞ。

「フィーしゃんがぁ、王子しゃまと……勇者しゃまと……ふへぇぇ~……」
 って、おい。言っている傍から眠りこけてる!
 どんな夢を見ているんだ、ミモザ! おいっ!

「わたひぃ、おじゃまじゃないれふかぁ~……?」
 なんかふがふが言ってて聞き取れないぞ。これは完璧に寝言だ。

 どうにも、ミモザ的には我は勇者に片想いしてるのに王子にプロポーズされて困惑している乙女らしい。いや、そんなわけないからな。
 微塵もかすっておらぬからな!

「うぅ……っく……、ふぃ~しゃぁん……わらひおいれかにゃいれぇ……」
 もうミモザが何を言っているのかもう分からん。さっきまで笑っていたような気がするんだが、今は何だか泣いているみたいだ。
 ともかく、こんな道ばたでミモザを寝かせておくわけにはいかんな。

「おい、ダリア。ミモザを連れていくのを手伝え」
「恋する乙女のお願いとあらば、聞き入れましょう」
 誰が恋する乙女だ。何をコイツはニヤニヤしていやがるんだか。まったく……ミモザが起きたら色々と説明せねばなるまいな。
 何処から何処までを説明したものやら。

 ※ ※ ※

 それからよく分からない寝言を呟き続けるミモザを担ぎ込み、我の屋敷で手厚く介抱した後、なんやかんやでベッドに寝かせるにまで至る。
 何も知らなそうな無垢な寝顔は、なんと健やかなことだろう。

 もう少し身体を洗ってやるべきだったのだろうが、さすがに寝ているミモザを湯船に浸からすわけにもいかず、とりあえず身体を拭く程度で済ませている。
 仕事明けのミモザときたら、いつも相変わらず汚れにまみれておるしな。

「もうしばらくはそっと寝かせておこう」
 今回は何日くらい徹夜したのかも分からんし。
「りょーかい」
 で、ダリアはいつまでついてきているんだか。ここまでミモザを運んでくるために手伝ってもらった手前、追い返すタイミングを失ったとも言う。

 元はと言えば、コイツと余計な会話をしていたからミモザに要らぬ誤解を与えてしまったのだ。ミモザも半分寝ぼけていて混乱していたのもあるだろうか。

 何はともあれ、ダリアの背中をズイズイと押して、ミモザがすやすや眠っている部屋を後にする。起こさぬよう、気を配ってな。

「ミモザが目を覚ましたら直ぐに知らせろ。あと、湯浴みの準備もしておけ」
「かしこまりました、フィーお嬢様」
 指示を承った使用人たちがテキパキ、キビキビと動く。ここはもう任せておいていいだろう。
 部屋から離れて、人払いした場所へと移動する。

「ふぅ……、肝を冷やしたぞ」
「面白いことになりそうだったのに」
「まったく、我の正体がミモザにバレていたらどうするつもりだったのだ」
「ああ、そっちのことね。ごめんごめん」
 おどけてみせるが、我としてはあまりシャレにもなっていない。
 何せ、我の正体が魔王であることは勇者たち以外には秘密にしているのだから。

「別にミモザちゃんになら正体明かしてもいいような気もするんだけどね」
「おい、引き続き正体を隠すよう釘を刺した奴が言うセリフか?」
「あー、そんなことも言ったっけ」
 バラしたりしたらミモザが悲しむと言ってのけた張本人だろうが。

「お前、我が人間に対して何をしたのか忘れておるのではないか?」
「んー、そうなんだよね。私も色々と恨みはあったと思うんだけど、なんだか情が沸いちゃったのか、今のフィーは昔のフィーとは別物って感じがしちゃってさ」
 どういうつもりでそう言っているのかは知らんが、確かに今の我は力を失っていて人類の天敵などと呼ぶのもおこがましいのかもしれない。

 だからといって、過去の我がやってきたことは決して人間たちに容認されるようなことではないことも確かだろう。
 それこそ、ミモザに明かしてしまえばどうなってしまうことか。

「大体さ、アンタ、私が思っていた以上に人間くさいのよ。もっとこう目の前で悪逆非道なことでもしてくれたら吹っ切れるのに」
 なんか逆ギレされたのだが。それは我のせいなのか?

 ザコザコのよわよわのヘボヘボだから思うように動けなかったのと、下手に目立つと人間どもに何をされるのか分からなかったから自重していただけだ。

 もし我が以前のような力を持っていたならパエデロスに忍び込むとは言わず、街丸ごと火の海にだってしていたはず。それを人間くさいなどと言われるとは心外だ。

「はぁ~……身体も弱くなって心まで弱くなってしまったのかもしれぬな」
「アンタのこと、一から十まで許してるわけじゃないけどね。でもロータスに負けて力を失って、果てや魔王軍からも追放されたアンタを、いつまでも恨み続けられるかっていったら、私もそんな非情になれないっていうか」
「そんな哀れむような目で我を見るな」
 我は同情で生かされているのかと思うと心底情けなくなる。

「それに私だって、アンタほどじゃないけど沢山の命を奪ってきた。正義のためにって名目でね。それを正当化している以上、私もアンタのことを責められない」
 ふむ、そんな顔もできたのだな。もっとふざけた奴だとばかり思っていたが。

「フィー、アンタは嫌かもしれないけど、もう一度言うわ。私たちもっと仲良くしましょう。もうアンタは魔王じゃないの。だから対立する必要もないでしょ?」
 ダリアに何か言い返してやりたかったが、どうにも言葉が出てこない。
 もっとこう、ツンと突き放した言葉もあったはずなのだがな。
 そんな目で見られたら色々な感情も引っ込んでしまったわ。

「我も一応は停戦協定を結んだ身だ。相応の体面は保たせてもらうさ」
「まあ、天邪鬼(ツンデレ)
 ふん、何とでも言え。必要以上に仲良くする道理もないわ。

「ミモザちゃん相手だとデレデレなのは何でなのかねぇ……むしろちょっとベタベタしすぎなくらいなんだけど」
「そうか? 我としてはそうでもないつもりだが」
「そうでもあるって。いくら仲が良いって言ったって限度があるでしょうに」
 やれやれ……、ダリアが一体何を言っているのか我には分かりかねる。
 少なくとも確信を持って言えることは、ダリアとミモザでは比較にもならないということだ。


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 走り去ろうとするミモザに追いつくのは思う以上に簡単だった。何故って秒でドテっと転んだからだ。
 さすがに仕事明けで疲労困憊の状態のミモザでは体力の限界だったらしい。
「ほへぇ~……」
 石畳にへたり込んで動けそうにないミモザを取り押さえる。傍から見たら押し倒したように見られそうだ。
「ご、誤解だ。何処まで話を聞いたのか知らんが、誤解だ!」
 一体どの辺りから話を聞かれたんだ? なんかちょっと聞かれたらまずいレベルの話もしてしまったような気がする。くそ、油断しすぎたな。
「フィーしゃんがぁ……勇者しゃまに……恋してるなんてぇ……」
「はっ?」
「らって、顔を見る度に胸が疼くって……」
「誤解だっ!! 本気で誤解だぁ!!!!」
 その誤解だけは解かなくては。何が何でもその誤解だけは容認してはならん。
 後ろの方でダリアの笑い声が聞こえたような気がしたが、それどころではない。
 大体、なんでミモザがソレを聞いて逃げだそうとするのだ。
 何処かに行こうとするわけでもなし。
「フィーしゃんが王子しゃまとの結婚にぃ……乗り気じゃなかったのは……勇者しゃまに片想いひてらふわぁぁ……」
 ミモザの顔は分かりやすいくらい、とろんとしている。
 もはや疲れすぎて寝ぼけているのか。
 こっちの言葉も上手く聞こえていないどころか、ミモザの言葉もいつも以上に舌っ足らずで何を言っているのか分かりづらいぞ。
「フィーしゃんがぁ、王子しゃまと……勇者しゃまと……ふへぇぇ~……」
 って、おい。言っている傍から眠りこけてる!
 どんな夢を見ているんだ、ミモザ! おいっ!
「わたひぃ、おじゃまじゃないれふかぁ~……?」
 なんかふがふが言ってて聞き取れないぞ。これは完璧に寝言だ。
 どうにも、ミモザ的には我は勇者に片想いしてるのに王子にプロポーズされて困惑している乙女らしい。いや、そんなわけないからな。
 微塵もかすっておらぬからな!
「うぅ……っく……、ふぃ~しゃぁん……わらひおいれかにゃいれぇ……」
 もうミモザが何を言っているのかもう分からん。さっきまで笑っていたような気がするんだが、今は何だか泣いているみたいだ。
 ともかく、こんな道ばたでミモザを寝かせておくわけにはいかんな。
「おい、ダリア。ミモザを連れていくのを手伝え」
「恋する乙女のお願いとあらば、聞き入れましょう」
 誰が恋する乙女だ。何をコイツはニヤニヤしていやがるんだか。まったく……ミモザが起きたら色々と説明せねばなるまいな。
 何処から何処までを説明したものやら。
 ※ ※ ※
 それからよく分からない寝言を呟き続けるミモザを担ぎ込み、我の屋敷で手厚く介抱した後、なんやかんやでベッドに寝かせるにまで至る。
 何も知らなそうな無垢な寝顔は、なんと健やかなことだろう。
 もう少し身体を洗ってやるべきだったのだろうが、さすがに寝ているミモザを湯船に浸からすわけにもいかず、とりあえず身体を拭く程度で済ませている。
 仕事明けのミモザときたら、いつも相変わらず汚れにまみれておるしな。
「もうしばらくはそっと寝かせておこう」
 今回は何日くらい徹夜したのかも分からんし。
「りょーかい」
 で、ダリアはいつまでついてきているんだか。ここまでミモザを運んでくるために手伝ってもらった手前、追い返すタイミングを失ったとも言う。
 元はと言えば、コイツと余計な会話をしていたからミモザに要らぬ誤解を与えてしまったのだ。ミモザも半分寝ぼけていて混乱していたのもあるだろうか。
 何はともあれ、ダリアの背中をズイズイと押して、ミモザがすやすや眠っている部屋を後にする。起こさぬよう、気を配ってな。
「ミモザが目を覚ましたら直ぐに知らせろ。あと、湯浴みの準備もしておけ」
「かしこまりました、フィーお嬢様」
 指示を承った使用人たちがテキパキ、キビキビと動く。ここはもう任せておいていいだろう。
 部屋から離れて、人払いした場所へと移動する。
「ふぅ……、肝を冷やしたぞ」
「面白いことになりそうだったのに」
「まったく、我の正体がミモザにバレていたらどうするつもりだったのだ」
「ああ、そっちのことね。ごめんごめん」
 おどけてみせるが、我としてはあまりシャレにもなっていない。
 何せ、我の正体が魔王であることは勇者たち以外には秘密にしているのだから。
「別にミモザちゃんになら正体明かしてもいいような気もするんだけどね」
「おい、引き続き正体を隠すよう釘を刺した奴が言うセリフか?」
「あー、そんなことも言ったっけ」
 バラしたりしたらミモザが悲しむと言ってのけた張本人だろうが。
「お前、我が人間に対して何をしたのか忘れておるのではないか?」
「んー、そうなんだよね。私も色々と恨みはあったと思うんだけど、なんだか情が沸いちゃったのか、今のフィーは昔のフィーとは別物って感じがしちゃってさ」
 どういうつもりでそう言っているのかは知らんが、確かに今の我は力を失っていて人類の天敵などと呼ぶのもおこがましいのかもしれない。
 だからといって、過去の我がやってきたことは決して人間たちに容認されるようなことではないことも確かだろう。
 それこそ、ミモザに明かしてしまえばどうなってしまうことか。
「大体さ、アンタ、私が思っていた以上に人間くさいのよ。もっとこう目の前で悪逆非道なことでもしてくれたら吹っ切れるのに」
 なんか逆ギレされたのだが。それは我のせいなのか?
 ザコザコのよわよわのヘボヘボだから思うように動けなかったのと、下手に目立つと人間どもに何をされるのか分からなかったから自重していただけだ。
 もし我が以前のような力を持っていたならパエデロスに忍び込むとは言わず、街丸ごと火の海にだってしていたはず。それを人間くさいなどと言われるとは心外だ。
「はぁ~……身体も弱くなって心まで弱くなってしまったのかもしれぬな」
「アンタのこと、一から十まで許してるわけじゃないけどね。でもロータスに負けて力を失って、果てや魔王軍からも追放されたアンタを、いつまでも恨み続けられるかっていったら、私もそんな非情になれないっていうか」
「そんな哀れむような目で我を見るな」
 我は同情で生かされているのかと思うと心底情けなくなる。
「それに私だって、アンタほどじゃないけど沢山の命を奪ってきた。正義のためにって名目でね。それを正当化している以上、私もアンタのことを責められない」
 ふむ、そんな顔もできたのだな。もっとふざけた奴だとばかり思っていたが。
「フィー、アンタは嫌かもしれないけど、もう一度言うわ。私たちもっと仲良くしましょう。もうアンタは魔王じゃないの。だから対立する必要もないでしょ?」
 ダリアに何か言い返してやりたかったが、どうにも言葉が出てこない。
 もっとこう、ツンと突き放した言葉もあったはずなのだがな。
 そんな目で見られたら色々な感情も引っ込んでしまったわ。
「我も一応は停戦協定を結んだ身だ。相応の体面は保たせてもらうさ」
「まあ、天邪鬼《ツンデレ》」
 ふん、何とでも言え。必要以上に仲良くする道理もないわ。
「ミモザちゃん相手だとデレデレなのは何でなのかねぇ……むしろちょっとベタベタしすぎなくらいなんだけど」
「そうか? 我としてはそうでもないつもりだが」
「そうでもあるって。いくら仲が良いって言ったって限度があるでしょうに」
 やれやれ……、ダリアが一体何を言っているのか我には分かりかねる。
 少なくとも確信を持って言えることは、ダリアとミモザでは比較にもならないということだ。