第41話 もっと仲良くしようよ

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 リンゴーン、リンゴーンとチャペルの鐘の音が鳴り響く。
 空はこの上なく快晴、ハトたちが清々しく羽を広げ、飛んでいく姿がよく見えた。

 白いウェディングドレスに身を包んだ我はブーケを手に、紅い絨毯の上を歩いて行く。ふと横を見上げれば、レッドアイズ国のソレノス王子が歯を見せて笑う。

「結婚、おめでとう~」
「フィー、お幸せに~」

 参列者たちからは祝福の言葉と、ライスシャワーを浴びせられる。
 幸せの絶頂とは、こういうときのことを言うのかもしれない。

――ん? あれ?

 優しい笑顔に見守られ、今日という日が何と素晴らしい日か、実感させられる。
 そうだ、今日は待ちに待った我とソレノス王子の結婚式。

――いや、ちょっと待て。なんだこれは。

 我は、今一度、参列者の方に目を向ける。そして見つけた。
 太陽に照らされる小麦のような明るい金髪のその娘を。

「フィーしゃん……とうとう結婚してしまうのれふね……」

 舌っ足らずの娘が涙声になりながらも、こちらの方をそっと見つめる。
 笑顔を見せていたが、それはとても苦い顔に見えた。

「どうした、なんでそんなに悲しそうな顔をしている?」
「悲しくなんてないでふよ。だって、お二人の結婚は嬉しいのれすから。でも、フィーしゃんは王子しゃまと一緒になることを選んだ……」

 顔を俯かせて、言葉が嗚咽に紛れる。

「もうわたしとは一緒にいられないれしゅよね。さようなら、フィーしゃん」
 それだけ言うと、踵を返し、参列者の人混みの中へと、消えていく。

――ま、待て。

「お、おい、何処に行くんだ!」

 追いかけようとするも、王子が我の腕を組んでいるから動けない。
 いや、いやだ。待ってくれ。行かないでくれ。

「ミモザああああぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 ……ガバッと目を覚ます。

 ここは我の屋敷の我の寝室、そして我のベッドの上だった。
 どうやら夢だったらしい。窓の外は明るく、小鳥のさえずりも聞こえる。

 なんという夢を見てしまったのだ、我は。
 顔から火が吹き出そうなくらい熱い。

 バカげておる。我があんな王子と結婚するわけなかろうが。
 ぁー、心臓がまだバクバクいっている。

「お嬢様、いかがなさいましたか?」
 ドタドタと慌てた様子の使用人が我の部屋に飛び込んでくる。

「な、なんでもない……少し夢見心地が悪かっただけだ」
 我とあろうものが、使用人にこんな醜態を晒してしまうとは。情けないにもほどがあるだろうが。寝汗もヤバい。
 今日は横にミモザが寝ていなくてよかった。

 今頃ミモザは店の工房で汗を流している頃だろうか。
 どうせまた寝ないでせっせと魔具を作っているに違いない。

 夢のように現実のミモザもそう考えているかどうかなんて知りようもない話だが、むしろ我と王子の結婚に関しては好意的に考えている節はある。

 なんといっても我にせよ、ミモザにせよ、そう結婚と縁があるわけでもないしな。何処かで憧れを抱いているのだろうな。

 だからといって、我は結婚などせんぞ。絶対にだ。

 ※ ※ ※

「フィー、どしたの? 朝の散歩?」
 気晴らしに外に出てみれば、真っ先に出会ったのはダリアだった。
 一体どういう偶然だ。まあ、コイツも街を巡回している身なのだから、会うこと自体はそう不思議でもないが。

「散歩するのがそんなに珍しいか?」
「珍しくはないけど、今日は付き人もいないんだね」
 本当はボディガードくらい付けておくべきだったのだろうが、今朝の夢のこともあって一人になりたかったのが本音だ。

「我だってこの身ぐらい守れるわ」
 とはいえ、そんなことを一から説明するのも癪だし、はぐらかす。

「悪い人にビビってたの、何処のどちら様でしたっけ?」
「そんな昔の話、忘れてしまったわ」
 結局、癪に障ることしか言えないのか、コイツは。

「ま、この街も治安が良くなってきたしね。そうやって安心して外を歩いてもらえるなら嬉しい限りよ」
 と、笑い飛ばされてしまった。
 確かに、以前よりも治安が良くなったのも事実で、ボディガードを付けなくても大丈夫そうだという謎の確信は何処かにあった気がする。

「はぁー……我もすっかり人間どもに毒されてしまったようだな」
「お褒めの言葉として受け取っておくわ、フィーお嬢様」
 ダリアがにんまり笑顔を見せてくる。

「我も力を失っていなければ今頃は勇者も打ち倒し、このパエデロスも手中に収めていたというのにな。そしてゆくゆくは世界を制圧するための拠点に――」
「ぶ、物騒なこと言わないでよ」
 冗談のつもりではないのだがな。

「大体さ、フィーって魔王というか、元魔王なのは知ってるんだけど、どうしてそんなに人間を憎んでるの? 大昔に人間に嫌なことでもされたの?」
「元魔王ゆーなっ! そんなことも知らん奴らに負けてしまったのか我は」
 人間たちと対立して長い歴史を束ねるうちにいつしか形骸化してしまったのかもしれんな。

「確か摂理がどうとか言ってたと思うんだけど、よく分かってないのよね」
 こんな奴に説明したところで理解されるような気もしない。

「元々、我みたいな存在は人間の誕生によって生み出されたようなものだ。人間の天敵となるべく異なる進化を遂げた亜種の人類のようなもの。キサマら人間が亜人と呼んでいるものだ」
「へぇー、亜人ってオーガとかゴブリンみたいのだけかと思ってた」
「それも含まれる。だが、より人類にとっての脅威となるべく進化した種だ」

「なんで?」
「やれやれ……、最近の人間どもはそんなことも学ばぬのか。嘆かわしい時代よ。人にせよ何にせよ、生物と呼ばれるものは環境に適した進化を遂げてきた。熱き地には熱き地の、寒き地には寒き地のな。ところが人間という、あらゆる土地に適応する知恵を持つものが現れてしまった。熱き地だろうが寒き地だろうが、海の果て山の果て、人間という存在は適応でき――」

「あー、はいはい。そういうのに対抗するべく進化したのね。分かった分かった」
「――って、まだ説明の途中だぞっ!」
「放っておいたら話が長くなりそうだったのでつい……」
 ぐぬぬ……、やはりコイツには説明しても無意味そうだな。

「でもま、ただそういう風に進化しただけって話でしょ? 別にそこまで人間を憎まなくてもいいじゃない。人間を捕食する生物ってわけでもないんだから」
 なんというジェネレーションギャップ。発想が打算的すぎる。

「アンタの言うように歴史の中で生物は環境に合わせて進化してきたんだから、アンタもまたこの環境に適応してもらわなきゃ。私もロータスもこうやって頑張ってるんだし、種族の壁を越えてもっと仲良くしようよ」
 上手くまとめようとするな。

「少なくともロータスとは仲良くしたくないわ!」

「まあ人間嫌いなのは分かったけどさ、ロータスにだけ妙に当たり強くない?」
「しょ、しょうがないだろう。我が何をされたと思っておるのだ。アイツの顔を見る度に我の胸がチクチクと疼くのだぞ……どう接しろというのか」
「あはは、顔を見る度に胸が疼くって、恋する乙女みたいね」
 冗談じゃない!

「え? フィーしゃん……?」
 不意に背後から聞こえる声に振り返る。そこにはミモザの姿があった。

「し、知りましぇんでした……まさかフィーしゃんがそんな……?」
 ん? どうした? まさか今の会話を聞かれて? 一体何処から?

 そうこうしているうちに、ミモザが踵を返し、その場から走り去ろうとする。
 まるでこれでは夢と同じ展開ではないか。

 いや、いやだ。待ってくれ。行かないでくれ。

「ミモザああああぁぁぁぁっっ!!!!!!」


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 リンゴーン、リンゴーンとチャペルの鐘の音が鳴り響く。
 空はこの上なく快晴、ハトたちが清々しく羽を広げ、飛んでいく姿がよく見えた。
 白いウェディングドレスに身を包んだ我はブーケを手に、紅い絨毯の上を歩いて行く。ふと横を見上げれば、レッドアイズ国のソレノス王子が歯を見せて笑う。
「結婚、おめでとう~」
「フィー、お幸せに~」
 参列者たちからは祝福の言葉と、ライスシャワーを浴びせられる。
 幸せの絶頂とは、こういうときのことを言うのかもしれない。
――ん? あれ?
 優しい笑顔に見守られ、今日という日が何と素晴らしい日か、実感させられる。
 そうだ、今日は待ちに待った我とソレノス王子の結婚式。
――いや、ちょっと待て。なんだこれは。
 我は、今一度、参列者の方に目を向ける。そして見つけた。
 太陽に照らされる小麦のような明るい金髪のその娘を。
「フィーしゃん……とうとう結婚してしまうのれふね……」
 舌っ足らずの娘が涙声になりながらも、こちらの方をそっと見つめる。
 笑顔を見せていたが、それはとても苦い顔に見えた。
「どうした、なんでそんなに悲しそうな顔をしている?」
「悲しくなんてないでふよ。だって、お二人の結婚は嬉しいのれすから。でも、フィーしゃんは王子しゃまと一緒になることを選んだ……」
 顔を俯かせて、言葉が嗚咽に紛れる。
「もうわたしとは一緒にいられないれしゅよね。さようなら、フィーしゃん」
 それだけ言うと、踵を返し、参列者の人混みの中へと、消えていく。
――ま、待て。
「お、おい、何処に行くんだ!」
 追いかけようとするも、王子が我の腕を組んでいるから動けない。
 いや、いやだ。待ってくれ。行かないでくれ。
「ミモザああああぁぁぁぁっっ!!!!!!」
 ……ガバッと目を覚ます。
 ここは我の屋敷の我の寝室、そして我のベッドの上だった。
 どうやら夢だったらしい。窓の外は明るく、小鳥のさえずりも聞こえる。
 なんという夢を見てしまったのだ、我は。
 顔から火が吹き出そうなくらい熱い。
 バカげておる。我があんな王子と結婚するわけなかろうが。
 ぁー、心臓がまだバクバクいっている。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
 ドタドタと慌てた様子の使用人が我の部屋に飛び込んでくる。
「な、なんでもない……少し夢見心地が悪かっただけだ」
 我とあろうものが、使用人にこんな醜態を晒してしまうとは。情けないにもほどがあるだろうが。寝汗もヤバい。
 今日は横にミモザが寝ていなくてよかった。
 今頃ミモザは店の工房で汗を流している頃だろうか。
 どうせまた寝ないでせっせと魔具を作っているに違いない。
 夢のように現実のミモザもそう考えているかどうかなんて知りようもない話だが、むしろ我と王子の結婚に関しては好意的に考えている節はある。
 なんといっても我にせよ、ミモザにせよ、そう結婚と縁があるわけでもないしな。何処かで憧れを抱いているのだろうな。
 だからといって、我は結婚などせんぞ。絶対にだ。
 ※ ※ ※
「フィー、どしたの? 朝の散歩?」
 気晴らしに外に出てみれば、真っ先に出会ったのはダリアだった。
 一体どういう偶然だ。まあ、コイツも街を巡回している身なのだから、会うこと自体はそう不思議でもないが。
「散歩するのがそんなに珍しいか?」
「珍しくはないけど、今日は付き人もいないんだね」
 本当はボディガードくらい付けておくべきだったのだろうが、今朝の夢のこともあって一人になりたかったのが本音だ。
「我だってこの身ぐらい守れるわ」
 とはいえ、そんなことを一から説明するのも癪だし、はぐらかす。
「悪い人にビビってたの、何処のどちら様でしたっけ?」
「そんな昔の話、忘れてしまったわ」
 結局、癪に障ることしか言えないのか、コイツは。
「ま、この街も治安が良くなってきたしね。そうやって安心して外を歩いてもらえるなら嬉しい限りよ」
 と、笑い飛ばされてしまった。
 確かに、以前よりも治安が良くなったのも事実で、ボディガードを付けなくても大丈夫そうだという謎の確信は何処かにあった気がする。
「はぁー……我もすっかり人間どもに毒されてしまったようだな」
「お褒めの言葉として受け取っておくわ、フィーお嬢様」
 ダリアがにんまり笑顔を見せてくる。
「我も力を失っていなければ今頃は勇者も打ち倒し、このパエデロスも手中に収めていたというのにな。そしてゆくゆくは世界を制圧するための拠点に――」
「ぶ、物騒なこと言わないでよ」
 冗談のつもりではないのだがな。
「大体さ、フィーって魔王というか、元魔王なのは知ってるんだけど、どうしてそんなに人間を憎んでるの? 大昔に人間に嫌なことでもされたの?」
「元魔王ゆーなっ! そんなことも知らん奴らに負けてしまったのか我は」
 人間たちと対立して長い歴史を束ねるうちにいつしか形骸化してしまったのかもしれんな。
「確か摂理がどうとか言ってたと思うんだけど、よく分かってないのよね」
 こんな奴に説明したところで理解されるような気もしない。
「元々、我みたいな存在は人間の誕生によって生み出されたようなものだ。人間の天敵となるべく異なる進化を遂げた亜種の人類のようなもの。キサマら人間が亜人と呼んでいるものだ」
「へぇー、亜人ってオーガとかゴブリンみたいのだけかと思ってた」
「それも含まれる。だが、より人類にとっての脅威となるべく進化した種だ」
「なんで?」
「やれやれ……、最近の人間どもはそんなことも学ばぬのか。嘆かわしい時代よ。人にせよ何にせよ、生物と呼ばれるものは環境に適した進化を遂げてきた。熱き地には熱き地の、寒き地には寒き地のな。ところが人間という、あらゆる土地に適応する知恵を持つものが現れてしまった。熱き地だろうが寒き地だろうが、海の果て山の果て、人間という存在は適応でき――」
「あー、はいはい。そういうのに対抗するべく進化したのね。分かった分かった」
「――って、まだ説明の途中だぞっ!」
「放っておいたら話が長くなりそうだったのでつい……」
 ぐぬぬ……、やはりコイツには説明しても無意味そうだな。
「でもま、ただそういう風に進化しただけって話でしょ? 別にそこまで人間を憎まなくてもいいじゃない。人間を捕食する生物ってわけでもないんだから」
 なんというジェネレーションギャップ。発想が打算的すぎる。
「アンタの言うように歴史の中で生物は環境に合わせて進化してきたんだから、アンタもまたこの環境に適応してもらわなきゃ。私もロータスもこうやって頑張ってるんだし、種族の壁を越えてもっと仲良くしようよ」
 上手くまとめようとするな。
「少なくともロータスとは仲良くしたくないわ!」
「まあ人間嫌いなのは分かったけどさ、ロータスにだけ妙に当たり強くない?」
「しょ、しょうがないだろう。我が何をされたと思っておるのだ。アイツの顔を見る度に我の胸がチクチクと疼くのだぞ……どう接しろというのか」
「あはは、顔を見る度に胸が疼くって、恋する乙女みたいね」
 冗談じゃない!
「え? フィーしゃん……?」
 不意に背後から聞こえる声に振り返る。そこにはミモザの姿があった。
「し、知りましぇんでした……まさかフィーしゃんがそんな……?」
 ん? どうした? まさか今の会話を聞かれて? 一体何処から?
 そうこうしているうちに、ミモザが踵を返し、その場から走り去ろうとする。
 まるでこれでは夢と同じ展開ではないか。
 いや、いやだ。待ってくれ。行かないでくれ。
「ミモザああああぁぁぁぁっっ!!!!!!」