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第35話 もうやめて、我のレベルはとっくに0よ

ー/ー



 全身に風がビュービューと当たる。
 それが心地いいなどと言っている余裕は微塵もない。蜂の死骸やら、極上蜜やら、色んなものと一緒に、地面に向かって絶賛落下中だ。

 真上などもっと悲惨だ。
 燃え上がる蜂どもが縦横無尽に飛び交い、燃えさかる巨大な巣が今にも崩れんばかり。ぼんやりしていられない。

高速突き抜ける加速(ジェット・ワールド)!」
 一か八か、その魔法を詠唱する。魔石もなければ魔力の残っていない我が唱えたところで何も起こりようがないはずだが――

「うわああああぁぁぁぁぁ!!!!」
 さっきから叫んでばかりだな、コリウス。
 まあ、無理もない。我と我の抱きかかえるミモザ、そしてコリウスの身体はまとめて落下方向とは異なる真横、空に向かってぶっ飛んでいったのだから。

 方向が切り替わったことで、蜂どもの死骸とも、流れ落ちる極上蜜とも、果てや頭上から燃え落ちる巣の残骸とも大きく距離を離すことができた。

 それにしてもだ。我に魔力が残っているのか……?
 どうしてだかは分からないが、魔法が使えることには変わりない。
 ともかく、頭上から降ってくる蜂の巣からは無事に回避することができたのだからよしとするべきか。

 後ろを見てみると、既にあの巨木が遠い。
 燃え落ちる巨大な蜂の巣と、燃えながら悶えている巨大蜂(ビッグホーネット)の群れ、そしてすっかりこんがり焼けてしまった極大女王蜂(クイーンホーネット)の姿がよく見えた。

穏やかなる孤高の風(ブローインウィンド)
 そう唱えると、我の周囲に風が巻き起こり、ふわりと包み込む。どうやら本当に魔力が残っているらしい。
 空を吹っ飛ぶほどの加速は停止し、そのままゆっくりと落下していった。

 ※ ※ ※

「はぁ……はひぃ……、し、死ぬかと思いましたぁ……」
 地上に着くなり、地面にへたり込んでコリウスが言う。

「ふむ……魔力が尽きたと思っていたのだがな」
「極上蜜の中に入ったから、回復したとかじゃないですか?」
 生きた心地のしてなさそうな顔をしながら息を整え、コリウスはすっくりと立ち上がる。またスゥーっと軽く深呼吸だ。

 回復するも何も、レベル0でいくら回復したところで魔力が増えるとは到底思えないのだが。

 一先ず、気を失っているミモザをそっと地面に置き、例のメガネを掛けてみる。
 丁度近場に川が流れていたので水面を眺め、自身を映してみた。

【フィーさん】(亜人かな?)
 ≪LV:53≫
 ≪HP:1264/1264≫
 ≪MP:211/839≫
 ≪状態:健康≫

 なんかよく分からん数値が見えているのだが、これはどういうことだ?
 いつの間に我はこんなにレベルが……。

 そこで今さらのようにハッと気付いた。
 そういえば巨大蜂をかなりの数倒してきていたんだった。
 その数は百匹よりも多いことは間違いない。

 ということは、とどのつまり、巨大蜂を倒しているうちにバカみたいに経験値を稼ぎまくっていたから自然とレベルが上がっていて、極上蜜に浸かったときに一気に魔力を回復した、とそういうことになるのか?

 というか、最終的には極大女王蜂もこんがりと焼き上げてしまったしな。
 なるほどな。かなりの強敵だったが、そら百匹まとめて倒せばそうもなるか。

「ああぁー……さすがに今度こそ死ぬと思ったわ」
 メガネを外し、地べたに尻をつく。身体中から空気が抜けていくみたいに途方もない脱力感に襲われる。

「しっかし、せっかく生き残ったというのに極上蜜を持ち帰れんとはな」
 あの分だと焼けた巣ごと地面に落ちてしまっただろうし、熱に弱い極上蜜はもう使い物にならないだろうな。一体、我、何しにきたん?

「あ、あの、お姉さん! さっき落ちたときに、コレ……」
 そういってコリウスが差し出してきたのは、数本くらいの大きめの瓶。これは確かミモザが持ってきたものじゃないか。

「鞄はちょっと何処に行ったか分からないですけど、瓶だけは何とか」
 そうか、蜜のプールごと一緒に落ちてきたんだもんな。
 蜜の底に落ちたミモザの鞄からこぼれ落ちてきたのか。
 というか、よく空中にあった瓶を拾えたな、コリウス。

「でかしたぞ、コリウス!」
 思わず我はコリウスの頭を撫でていた。おっと、ついミモザのときの癖で。
 しかし、まんざらでもない笑顔を見せてくれる。

「えへへ……お姉さんのお役に立てて何よりです」
 ……別に、ドキっとはしてないぞ。

 想定していたよりも数は減ってしまったが、手ぶらで帰らずに済んだ。
 命もあるし、収穫もある。十分すぎるじゃないか。

「ボクもこの極上蜜を持ち帰ることができて、お姉さんには感謝しかありません」
 ほがらかな笑みを浮かべ、蜜たっぷりの瓶を掲げる。
 ぁー……今のでレベル下がったわぁ……、2レベルくらい下がったわぁ……。

 まったく、コイツには助けたり助けられたりと忙しなかったわ。
 感謝していいのかされていいのかどうかももはや分からん。

 ※ ※ ※

 それから、目を覚ましたミモザを連れ、無事に森を抜けることができた。
 途中、拾ったデカい葉っぱやらツタを上手いこと編み込んで即興で作った簡易な鞄の中には今日の収穫、極上蜜の瓶もたんまり。

 あれだけ準備をしてきたというのに、終わってみれば全部ゴリ押しで解決してしまったな。あんなにも一気に経験値稼ぎできるのも、瞬時に魔力を回復できるのも滅多にはないことだろうし、同じことは今後はないだろうが。

 日も傾き始めた頃合い、何とか馬車道まで下りてこれた。
 ここまで来ればそのうち馬車も通りかかってくる。
 それに乗ればパエデロスまで帰れるだろう。

「ミモザさん、お姉さん、もうボク、なんとお礼を言ったらいいか。本当にありがとうございます。このご恩は、本当に、本当に忘れませんから!」
 と、そろそろ何回目か覚えていないくらいのお礼の言葉を聞かされ、コリウスの眩しいくらいの笑顔と、その目に浮かぶ涙も見飽きてきた。
 もうやめて、我のレベルはとっくに0よ。

「いいえ、こちらこそ。コリウスくんのおかげで極上蜜も持ち帰ることができたんれすから。コリウスくんにもありがとうでふよ」
 このやり取りも何回めだ。

「お兄しゃんの具合が良くなって、今度パエデロスに来る機会があったら是非わたしのお店に来て下しゃいね」
「はい! 是非寄らせていただきます!」

 またコイツに会うのも正直我としては複雑なところだが、どうせパエデロスにいる限りは我も今みたいに大人の恰好をしておらんし、赤の他人は振る舞えるな。
 忘れかけていたがミモザの魔具で姿を誤魔化している意味があったというもの。

 何か聞かれてもどうとでも言い訳できるだろう。

「あ、馬車が来ましたよ」
 道すがら、馬がパッパカパッパカと走ってくる。三人揃って、おぉいおぉいと手を振りながら馬車を止めた。

「パエデロスまでだよぉ」
 手綱を握った無愛想な男が野太い声で言う。特に事情を話すわけでもなく、大体を察してくれる。やはり仕事柄、こういう輩も多いのだろう。

「ああ、よろしく頼む」
 多分、僅かにニコリと笑ったような気がする。それを了解と受け取り、我を含む三人は馬車へと乗り込んでいくのだった。

 ※ ※ ※

 馬車に揺られて小一時間。
 無事にパエデロスまでと辿り着き、無愛想な男に金貨をくれてやる。上機嫌にフフフと笑ったかと思えば、手綱を引き、馬の嘶きと共に去っていく。

「それでは、ボクは自分の街に帰ります。ここでお別れですね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「コリウスくん、また会いましょうねぇ」

 甲斐甲斐しくもお礼の言葉を繰り返し、繰り返し述べて、コリウスは自分の街へ向かうだろう馬車を探しに、街の中へ消えていった。


次のエピソードへ進む 第36話 ヤバいの出てきた


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 全身に風がビュービューと当たる。
 それが心地いいなどと言っている余裕は微塵もない。蜂の死骸やら、極上蜜やら、色んなものと一緒に、地面に向かって絶賛落下中だ。
 真上などもっと悲惨だ。
 燃え上がる蜂どもが縦横無尽に飛び交い、燃えさかる巨大な巣が今にも崩れんばかり。ぼんやりしていられない。
「|高速突き抜ける加速《ジェット・ワールド》!」
 一か八か、その魔法を詠唱する。魔石もなければ魔力の残っていない我が唱えたところで何も起こりようがないはずだが――
「うわああああぁぁぁぁぁ!!!!」
 さっきから叫んでばかりだな、コリウス。
 まあ、無理もない。我と我の抱きかかえるミモザ、そしてコリウスの身体はまとめて落下方向とは異なる真横、空に向かってぶっ飛んでいったのだから。
 方向が切り替わったことで、蜂どもの死骸とも、流れ落ちる極上蜜とも、果てや頭上から燃え落ちる巣の残骸とも大きく距離を離すことができた。
 それにしてもだ。我に魔力が残っているのか……?
 どうしてだかは分からないが、魔法が使えることには変わりない。
 ともかく、頭上から降ってくる蜂の巣からは無事に回避することができたのだからよしとするべきか。
 後ろを見てみると、既にあの巨木が遠い。
 燃え落ちる巨大な蜂の巣と、燃えながら悶えている巨大蜂《ビッグホーネット》の群れ、そしてすっかりこんがり焼けてしまった極大女王蜂《クイーンホーネット》の姿がよく見えた。
「|穏やかなる孤高の風《ブローインウィンド》」
 そう唱えると、我の周囲に風が巻き起こり、ふわりと包み込む。どうやら本当に魔力が残っているらしい。
 空を吹っ飛ぶほどの加速は停止し、そのままゆっくりと落下していった。
 ※ ※ ※
「はぁ……はひぃ……、し、死ぬかと思いましたぁ……」
 地上に着くなり、地面にへたり込んでコリウスが言う。
「ふむ……魔力が尽きたと思っていたのだがな」
「極上蜜の中に入ったから、回復したとかじゃないですか?」
 生きた心地のしてなさそうな顔をしながら息を整え、コリウスはすっくりと立ち上がる。またスゥーっと軽く深呼吸だ。
 回復するも何も、レベル0でいくら回復したところで魔力が増えるとは到底思えないのだが。
 一先ず、気を失っているミモザをそっと地面に置き、例のメガネを掛けてみる。
 丁度近場に川が流れていたので水面を眺め、自身を映してみた。
【フィーさん】(亜人かな?)
 ≪LV:53≫
 ≪HP:1264/1264≫
 ≪MP:211/839≫
 ≪状態:健康≫
 なんかよく分からん数値が見えているのだが、これはどういうことだ?
 いつの間に我はこんなにレベルが……。
 そこで今さらのようにハッと気付いた。
 そういえば巨大蜂をかなりの数倒してきていたんだった。
 その数は百匹よりも多いことは間違いない。
 ということは、とどのつまり、巨大蜂を倒しているうちにバカみたいに経験値を稼ぎまくっていたから自然とレベルが上がっていて、極上蜜に浸かったときに一気に魔力を回復した、とそういうことになるのか?
 というか、最終的には極大女王蜂もこんがりと焼き上げてしまったしな。
 なるほどな。かなりの強敵だったが、そら百匹まとめて倒せばそうもなるか。
「ああぁー……さすがに今度こそ死ぬと思ったわ」
 メガネを外し、地べたに尻をつく。身体中から空気が抜けていくみたいに途方もない脱力感に襲われる。
「しっかし、せっかく生き残ったというのに極上蜜を持ち帰れんとはな」
 あの分だと焼けた巣ごと地面に落ちてしまっただろうし、熱に弱い極上蜜はもう使い物にならないだろうな。一体、我、何しにきたん?
「あ、あの、お姉さん! さっき落ちたときに、コレ……」
 そういってコリウスが差し出してきたのは、数本くらいの大きめの瓶。これは確かミモザが持ってきたものじゃないか。
「鞄はちょっと何処に行ったか分からないですけど、瓶だけは何とか」
 そうか、蜜のプールごと一緒に落ちてきたんだもんな。
 蜜の底に落ちたミモザの鞄からこぼれ落ちてきたのか。
 というか、よく空中にあった瓶を拾えたな、コリウス。
「でかしたぞ、コリウス!」
 思わず我はコリウスの頭を撫でていた。おっと、ついミモザのときの癖で。
 しかし、まんざらでもない笑顔を見せてくれる。
「えへへ……お姉さんのお役に立てて何よりです」
 ……別に、ドキっとはしてないぞ。
 想定していたよりも数は減ってしまったが、手ぶらで帰らずに済んだ。
 命もあるし、収穫もある。十分すぎるじゃないか。
「ボクもこの極上蜜を持ち帰ることができて、お姉さんには感謝しかありません」
 ほがらかな笑みを浮かべ、蜜たっぷりの瓶を掲げる。
 ぁー……今のでレベル下がったわぁ……、2レベルくらい下がったわぁ……。
 まったく、コイツには助けたり助けられたりと忙しなかったわ。
 感謝していいのかされていいのかどうかももはや分からん。
 ※ ※ ※
 それから、目を覚ましたミモザを連れ、無事に森を抜けることができた。
 途中、拾ったデカい葉っぱやらツタを上手いこと編み込んで即興で作った簡易な鞄の中には今日の収穫、極上蜜の瓶もたんまり。
 あれだけ準備をしてきたというのに、終わってみれば全部ゴリ押しで解決してしまったな。あんなにも一気に経験値稼ぎできるのも、瞬時に魔力を回復できるのも滅多にはないことだろうし、同じことは今後はないだろうが。
 日も傾き始めた頃合い、何とか馬車道まで下りてこれた。
 ここまで来ればそのうち馬車も通りかかってくる。
 それに乗ればパエデロスまで帰れるだろう。
「ミモザさん、お姉さん、もうボク、なんとお礼を言ったらいいか。本当にありがとうございます。このご恩は、本当に、本当に忘れませんから!」
 と、そろそろ何回目か覚えていないくらいのお礼の言葉を聞かされ、コリウスの眩しいくらいの笑顔と、その目に浮かぶ涙も見飽きてきた。
 もうやめて、我のレベルはとっくに0よ。
「いいえ、こちらこそ。コリウスくんのおかげで極上蜜も持ち帰ることができたんれすから。コリウスくんにもありがとうでふよ」
 このやり取りも何回めだ。
「お兄しゃんの具合が良くなって、今度パエデロスに来る機会があったら是非わたしのお店に来て下しゃいね」
「はい! 是非寄らせていただきます!」
 またコイツに会うのも正直我としては複雑なところだが、どうせパエデロスにいる限りは我も今みたいに大人の恰好をしておらんし、赤の他人は振る舞えるな。
 忘れかけていたがミモザの魔具で姿を誤魔化している意味があったというもの。
 何か聞かれてもどうとでも言い訳できるだろう。
「あ、馬車が来ましたよ」
 道すがら、馬がパッパカパッパカと走ってくる。三人揃って、おぉいおぉいと手を振りながら馬車を止めた。
「パエデロスまでだよぉ」
 手綱を握った無愛想な男が野太い声で言う。特に事情を話すわけでもなく、大体を察してくれる。やはり仕事柄、こういう輩も多いのだろう。
「ああ、よろしく頼む」
 多分、僅かにニコリと笑ったような気がする。それを了解と受け取り、我を含む三人は馬車へと乗り込んでいくのだった。
 ※ ※ ※
 馬車に揺られて小一時間。
 無事にパエデロスまでと辿り着き、無愛想な男に金貨をくれてやる。上機嫌にフフフと笑ったかと思えば、手綱を引き、馬の嘶きと共に去っていく。
「それでは、ボクは自分の街に帰ります。ここでお別れですね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「コリウスくん、また会いましょうねぇ」
 甲斐甲斐しくもお礼の言葉を繰り返し、繰り返し述べて、コリウスは自分の街へ向かうだろう馬車を探しに、街の中へ消えていった。