表示設定
表示設定
目次 目次




第34話 まるで意味が分からんぞ

ー/ー



「ところでコリウスくんはどうして極上蜜(ローヤルゼリー)が欲しかったのれすか?」
 たった一本の瓶を大切そうにしまおうとしているコリウスを見て、ミモザが不思議そうな顔で訊ねる。

 極上蜜は希少なものではあるが、何のために使うつもりなのか。

「兄上のためです。ボクの兄上は今、病に冒されていて……食事も喉を通らない有様。だから少しでも栄養の高いものをと思い、極上蜜の噂を知ったのです」

 ふむ、ちょっと納得しかけたが、もっとマシなものもあったのではないか?
 確かに極上蜜は栄養価の高い代物だが、希少かつ高級品だ。兄のために命を賭けてまで手に入れたかったということなのだろうか。

 このコリウスを見ていると、ただただ世間知らずなだけのような気もしてくる。

「偉いでしゅねぇ……お兄しゃんのためにわざわざ……」
 まあ、ミモザが感動しているから良しとしよう。
 他人の事情に首を突っ込んでも仕方ない。

「ミモザさん、ミモザのお姉さん。今日は本当にここまで連れてきていただいて、本当に、本当に、ありがとうございます! これできっと兄上の病も治ります!」
 まだ肩の荷を下ろすには早いが、感謝の気持ちは伝わる。

 しょうがない。最後まで送り届けてやるとするか。
 ここまで来て蜂の餌になったのでは後味も悪いだろうしな。

「あ、あ、あれ……、なんか揺れてまふ?」
 ミモザの言葉でふと気付く。足下が妙にフラつく。
 こんなところで地震か? 木の上だからバランスが悪いのか?

 ゴゴゴゴと揺れが次第に大きくなっていく。
 まさか崩れるということはないだろうが、尋常ではない。

「お姉さん! アレは!?」
 コリウスに言われるままに振り返る。そこには白いプールがあった。それは知っている。そこから極上蜜を取ったのだから。

 蜜の水面に波紋が広がり、ズズズと何かが移動しているのが見えた。
 一体何か? 蜜の中に何がいたか? それは我も自分の目で確認したばかりだ。

 波紋が大きくなり、ソレがせり上がってくる。
 ザバァと水面を割るようにして巨大なソレが姿を現した。

「まずい……最悪のタイミングだ」

 白く巨大な物体。手足のついたソレは、グググと震え上がり、こちらの方へと蜜を泳ぐようにして向かってくる。
 そうしている間にも白い物体は輪郭が見る見るうちにハッキリしてくる。まさに今この瞬間も高速で成長しているようだった。

「じょ、女王蜂……れしゅ……」

 そう、目の前に現れたのはこれまで見てきたどの巨大蜂(ビッグホーネット)よりも、そして天井付近をブンブン飛び回っているどの巨大蜂よりも、もっと巨大な存在。極大女王蜂(クイーンホーネット)だ。

 極大女王蜂は、その羽をピンと伸ばし、羽ばたく。
 ブゥーンブゥーンなどという生やさしいものじゃない。
 何枚もの羽が織りなすソレは突風だ。

 身体についた極上蜜を全部振り払い、目の前にいるのはもうさっきまで幼虫だったとは思えない、完全なる成虫へと変貌を遂げた蜂だった。

 女王蜂は、他の蜂と比べて成長が著しく早いとは聞いていたが、巨大蜂だとこんなにも早いなんて。こんなん反則じゃんか! インチキ! インチキ!

 何がまずいって、成虫になった女王蜂は肉食で、しかも成長するためにエネルギーを消耗するからハラペコなのだ。
 栄養満点な極上蜜に浸かっているだけでは飽き足らず、他の巨大蜂どもにも指令を出して、餌を持ってこさせる。

 つまりどういうことかって、極大女王蜂が最も獰猛なタイミングで、目の前に美味しそうな餌が三つも並んでいるということだ。

「ひゃあああああぁぁぁ!!」
「ミモザっ!?」
 極大女王蜂の地鳴りと、突風に煽られ、ミモザが足を滑らせてしまう。
 そしてそのまま勢い余って、目の前の極上蜜のプールにドブンと落ちる。

 ミモザは今、大量の極上蜜の入った瓶を背負っている。
 あのままでは沈んでしまう。
 そう思った瞬間には、我は既にプールに飛び込んでいた。

 蜜の中を潜り、沈んでいくミモザを見つける。
 口の中、強い酸味が走ってくるが、そんなことを気にしている暇もない。
 もがいてもがいて、ミモザに追いつき、荷物の肩紐を外して、抱きかかえる。

 せっかくの極上蜜が鞄ごと沈んでいってしまったが、それどころではない。
 ミモザを引き上げ、水面へと浮上する。

「ぷはぁ!!」
 水面からの眺めは最悪だ。
 天井いっぱいの巨大蜂と、極大女王蜂が見下ろしてきている。
 極上蜜にまみれてさぞかし美味そうに見えるのだろうな。

 ぎょろりとした目が皆、こちらに狙いを定めている。

「コリウス! 魔石はまだ持ってるか?」
 突風に煽られてよろめくコリウスに向かって叫ぶ。

「は、はい! 持ってますけど?」
「やむを得ない、今それをこっちに投げろっ!」

 安物の魔石で対処しきれるとは思えないが、目くらましでも何でもやらないことにはこのまま喰われてしまう。

「お姉さん! 受け取ってください!!」
「いいコントロールだ」
 手のひらサイズの魔石が良い具合に飛んでくる。それを片手でパシっとキャッチし、蜜の水面を立ち泳ぎしながらも気を集中させる。

生命纏う紅焔(サニーパーク)っ!」

 我が唱えたのは、炎の魔法。炎の魔力を秘めた魔石と親和性の高いもの。
 怯んだ隙にミモザを抱えて逃げよう。そのつもりでいた。

 が、どうしたことだろう。
 次の瞬間、眼前にまで迫ってきていた巨大蜂が一気に炎上する。
 もちろん、極大女王蜂もろともだ。

 炎の塊と化した巨大蜂どもが悶えて暴れ回り、ドスン、ゴスン、と壁や床に体当たりを繰り返し、中には極上蜜へと墜落するものも。
 それだけには留まらず、最悪なことに巣の壁にまで炎が引火し始める。

 ゴンゴン、ガンガン、ドスンドスンと暴れれば暴れるほどに壁は燃え、崩れ、崩壊していく。どうしてこんなことに。予想以上に炎が広がってしまった。
 一際大きい極大女王蜂など、他の巨大蜂をまとめて巻き込む勢いで縦横無尽に飛び回っている。あっという間に蜂の巣が火の海だ。

 崩壊して、亀裂が入った先にも炎を纏う巨大蜂は逃げ場を求めて飛び回る。恐ろしく引火が連鎖していく。この分では、この巣も全域が燃えてしまう。

「コリウス、お前も蜜の中に飛び込め!」
「は、はいぃぃぃ!」
 呆然としていたコリウスだったが、ザッブンと飛び込んでくる。
 幸いにも、極上蜜のプールは可燃性ではなかったようで、この中にいる限りは燃えそうにはなかったが、それでも目の前一面が炎に包まれ、このままでは焼け焦げてしまいそうだ。

 バリ、バリバリバリ、と羽音よりもけたたましい音が響く。
 壁も天井も裂けていく音だ。今度こそ巣が揺れていた。
 そしてそのときは存外、すぐに訪れた。

 ザザザザァァという水音。それと急激な流れる音。
 それとともに、蜜のプールに巨大な渦巻きが発生し、我も、ミモザも、コリウスも全員まとめて渦の中へと巻き込まれていく。

「うわああああぁぁぁぁぁ!!!! お姉さぁああん!!!!」

 どうやら亀裂がとうとう巣の底にまで走ってしまったようだ。
 穴が空いて、蜜が流れ出し、それに巻き込まれた我らも下に落ちていく。

 眩しい光が見えた。外に出てしまったようだ。
 しかし、この蜂の巣は巨木の上にあった。ということは、どういうことになるかというと――――……

「お、お、おち、落ちるぅぅぅう!!!!」

 真下は森、真上は大火事。これなぁ~んだ?
 なんて言っている場合ではない。
 このままでは三人まとめて地面に激突してしまうではないか。

 例えものの見事に着地できたとしても、真上からは燃えた巣の残骸が落ちてくる。何がどうなって、どうしてこうなった。まるで意味が分からんぞ。




みんなのリアクション

「ところでコリウスくんはどうして極上蜜《ローヤルゼリー》が欲しかったのれすか?」
 たった一本の瓶を大切そうにしまおうとしているコリウスを見て、ミモザが不思議そうな顔で訊ねる。
 極上蜜は希少なものではあるが、何のために使うつもりなのか。
「兄上のためです。ボクの兄上は今、病に冒されていて……食事も喉を通らない有様。だから少しでも栄養の高いものをと思い、極上蜜の噂を知ったのです」
 ふむ、ちょっと納得しかけたが、もっとマシなものもあったのではないか?
 確かに極上蜜は栄養価の高い代物だが、希少かつ高級品だ。兄のために命を賭けてまで手に入れたかったということなのだろうか。
 このコリウスを見ていると、ただただ世間知らずなだけのような気もしてくる。
「偉いでしゅねぇ……お兄しゃんのためにわざわざ……」
 まあ、ミモザが感動しているから良しとしよう。
 他人の事情に首を突っ込んでも仕方ない。
「ミモザさん、ミモザのお姉さん。今日は本当にここまで連れてきていただいて、本当に、本当に、ありがとうございます! これできっと兄上の病も治ります!」
 まだ肩の荷を下ろすには早いが、感謝の気持ちは伝わる。
 しょうがない。最後まで送り届けてやるとするか。
 ここまで来て蜂の餌になったのでは後味も悪いだろうしな。
「あ、あ、あれ……、なんか揺れてまふ?」
 ミモザの言葉でふと気付く。足下が妙にフラつく。
 こんなところで地震か? 木の上だからバランスが悪いのか?
 ゴゴゴゴと揺れが次第に大きくなっていく。
 まさか崩れるということはないだろうが、尋常ではない。
「お姉さん! アレは!?」
 コリウスに言われるままに振り返る。そこには白いプールがあった。それは知っている。そこから極上蜜を取ったのだから。
 蜜の水面に波紋が広がり、ズズズと何かが移動しているのが見えた。
 一体何か? 蜜の中に何がいたか? それは我も自分の目で確認したばかりだ。
 波紋が大きくなり、ソレがせり上がってくる。
 ザバァと水面を割るようにして巨大なソレが姿を現した。
「まずい……最悪のタイミングだ」
 白く巨大な物体。手足のついたソレは、グググと震え上がり、こちらの方へと蜜を泳ぐようにして向かってくる。
 そうしている間にも白い物体は輪郭が見る見るうちにハッキリしてくる。まさに今この瞬間も高速で成長しているようだった。
「じょ、女王蜂……れしゅ……」
 そう、目の前に現れたのはこれまで見てきたどの巨大蜂《ビッグホーネット》よりも、そして天井付近をブンブン飛び回っているどの巨大蜂よりも、もっと巨大な存在。極大女王蜂《クイーンホーネット》だ。
 極大女王蜂は、その羽をピンと伸ばし、羽ばたく。
 ブゥーンブゥーンなどという生やさしいものじゃない。
 何枚もの羽が織りなすソレは突風だ。
 身体についた極上蜜を全部振り払い、目の前にいるのはもうさっきまで幼虫だったとは思えない、完全なる成虫へと変貌を遂げた蜂だった。
 女王蜂は、他の蜂と比べて成長が著しく早いとは聞いていたが、巨大蜂だとこんなにも早いなんて。こんなん反則じゃんか! インチキ! インチキ!
 何がまずいって、成虫になった女王蜂は肉食で、しかも成長するためにエネルギーを消耗するからハラペコなのだ。
 栄養満点な極上蜜に浸かっているだけでは飽き足らず、他の巨大蜂どもにも指令を出して、餌を持ってこさせる。
 つまりどういうことかって、極大女王蜂が最も獰猛なタイミングで、目の前に美味しそうな餌が三つも並んでいるということだ。
「ひゃあああああぁぁぁ!!」
「ミモザっ!?」
 極大女王蜂の地鳴りと、突風に煽られ、ミモザが足を滑らせてしまう。
 そしてそのまま勢い余って、目の前の極上蜜のプールにドブンと落ちる。
 ミモザは今、大量の極上蜜の入った瓶を背負っている。
 あのままでは沈んでしまう。
 そう思った瞬間には、我は既にプールに飛び込んでいた。
 蜜の中を潜り、沈んでいくミモザを見つける。
 口の中、強い酸味が走ってくるが、そんなことを気にしている暇もない。
 もがいてもがいて、ミモザに追いつき、荷物の肩紐を外して、抱きかかえる。
 せっかくの極上蜜が鞄ごと沈んでいってしまったが、それどころではない。
 ミモザを引き上げ、水面へと浮上する。
「ぷはぁ!!」
 水面からの眺めは最悪だ。
 天井いっぱいの巨大蜂と、極大女王蜂が見下ろしてきている。
 極上蜜にまみれてさぞかし美味そうに見えるのだろうな。
 ぎょろりとした目が皆、こちらに狙いを定めている。
「コリウス! 魔石はまだ持ってるか?」
 突風に煽られてよろめくコリウスに向かって叫ぶ。
「は、はい! 持ってますけど?」
「やむを得ない、今それをこっちに投げろっ!」
 安物の魔石で対処しきれるとは思えないが、目くらましでも何でもやらないことにはこのまま喰われてしまう。
「お姉さん! 受け取ってください!!」
「いいコントロールだ」
 手のひらサイズの魔石が良い具合に飛んでくる。それを片手でパシっとキャッチし、蜜の水面を立ち泳ぎしながらも気を集中させる。
「|生命纏う紅焔《サニーパーク》っ!」
 我が唱えたのは、炎の魔法。炎の魔力を秘めた魔石と親和性の高いもの。
 怯んだ隙にミモザを抱えて逃げよう。そのつもりでいた。
 が、どうしたことだろう。
 次の瞬間、眼前にまで迫ってきていた巨大蜂が一気に炎上する。
 もちろん、極大女王蜂もろともだ。
 炎の塊と化した巨大蜂どもが悶えて暴れ回り、ドスン、ゴスン、と壁や床に体当たりを繰り返し、中には極上蜜へと墜落するものも。
 それだけには留まらず、最悪なことに巣の壁にまで炎が引火し始める。
 ゴンゴン、ガンガン、ドスンドスンと暴れれば暴れるほどに壁は燃え、崩れ、崩壊していく。どうしてこんなことに。予想以上に炎が広がってしまった。
 一際大きい極大女王蜂など、他の巨大蜂をまとめて巻き込む勢いで縦横無尽に飛び回っている。あっという間に蜂の巣が火の海だ。
 崩壊して、亀裂が入った先にも炎を纏う巨大蜂は逃げ場を求めて飛び回る。恐ろしく引火が連鎖していく。この分では、この巣も全域が燃えてしまう。
「コリウス、お前も蜜の中に飛び込め!」
「は、はいぃぃぃ!」
 呆然としていたコリウスだったが、ザッブンと飛び込んでくる。
 幸いにも、極上蜜のプールは可燃性ではなかったようで、この中にいる限りは燃えそうにはなかったが、それでも目の前一面が炎に包まれ、このままでは焼け焦げてしまいそうだ。
 バリ、バリバリバリ、と羽音よりもけたたましい音が響く。
 壁も天井も裂けていく音だ。今度こそ巣が揺れていた。
 そしてそのときは存外、すぐに訪れた。
 ザザザザァァという水音。それと急激な流れる音。
 それとともに、蜜のプールに巨大な渦巻きが発生し、我も、ミモザも、コリウスも全員まとめて渦の中へと巻き込まれていく。
「うわああああぁぁぁぁぁ!!!! お姉さぁああん!!!!」
 どうやら亀裂がとうとう巣の底にまで走ってしまったようだ。
 穴が空いて、蜜が流れ出し、それに巻き込まれた我らも下に落ちていく。
 眩しい光が見えた。外に出てしまったようだ。
 しかし、この蜂の巣は巨木の上にあった。ということは、どういうことになるかというと――――……
「お、お、おち、落ちるぅぅぅう!!!!」
 真下は森、真上は大火事。これなぁ~んだ?
 なんて言っている場合ではない。
 このままでは三人まとめて地面に激突してしまうではないか。
 例えものの見事に着地できたとしても、真上からは燃えた巣の残骸が落ちてくる。何がどうなって、どうしてこうなった。まるで意味が分からんぞ。