第33話 蜜です

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 さて、状況を確認するとしよう。
 ここは巨大蜂(ビッグホーネット)の巣の深部。そしてパーティは我とミモザとコリウスの三人。
 悲しいことに我の持っている魔石は全て使い果たしてしまった。
 使えそうなものとなるとコリウスの持っている安物の炎魔法の魔石くらい。

 このあと、どうするのかといえば、この巣の中を探索し、王室を目指す。
 そこには女王を育て上げるために特別に作られた極上蜜(ローヤルゼリー)が貯蔵されている。
 今回の目的はその極上蜜を持ち帰ることだ。

 幸いにも、この先にいる巨大蜂の多くは攻撃性のないものばかり。極上蜜を採集するのはさほど苦労はしないだろう。
 しかし、帰りはまたいずれかの出入り口を経由しなければならない。
 ともなれば、またあの門番の巨大蜂と鉢合わせになるわけだ。蜂だけに。

 もう交戦できるだけの魔石のストックはない。全力で逃げ切るしかない。
 行きはよいよい、帰りは怖いという奴だな。

「コリウスくん、怪我は大丈夫れすか?」
「はは、大丈夫ですよ。このくらい」
 先ほどからしきりにミモザが心配そうに声を掛ける。
 まさかこの小僧があの巨大蜂に立ち向かうとは我も予想していなかった。

 空中でブンブンと振り回された後、巨大蜂ごと床に叩きつけられて、どうにもフラついた様子だし、かなりのダメージを負ったことは確かだろう。
 毒針を打たれなかったのは不幸中の幸いか。うっかり巨大蜂の毒針に刺されようものなら立って歩くどころか、そのまま死を待つだけの状態だった。

「ミモザのために囮になってくれたことは感謝する。だが、これ以上無茶な真似はするなよ。助かったのは運が良かっただけだ」
「ええ、すみません。お姉さんには何度も助けてもらっちゃいましたね」
 まったくだ。ここにくるまで何回助けてやったと思っているんだ。

「お姉しゃん……ごめんなしゃい……あれだけ注意されたのに、わたし、肝心なところで転んでしまって……」
 シュンとした顔でミモザが言う。まだ身体のあちこちには転んだときについた蜜がベットリと残っており、甘い香りを放っている。情けない格好ではある。
 つい頭を撫でようとしたらニチャアと蜜に触れてしまった。

「まぁ……なんだ。こうやって生きているのだからいいだろう。気にするな」
「お姉さん、やっぱり妹さんには甘いんですね」
 やかましい、小僧。
 ミモザを守ろうとしていなかったら蜂の餌にしていたところだ。

 しかしまあ、困ったものだ。
 誰も戦えるものがいない状態で、蜂の巣のど真ん中とは。
 もう生きて帰れる保証もない。
 これ以上、厄介なことにならないことを祈るばかりだ。

「あ、広いところに出ましたよ」
 緊張感なくコリウスが言う。通路を抜けたらしい。
 入り口とは違い、ちょっと入り組んだ形状をした不思議な部屋だった。
 穴だらけの壁が衝立のように部屋中のあちこちにせり出している感じだ。

「うえっ……壁の中になんかいますよ!」
 見てみると、壁に空いた無数の穴の中に白い物体が蠢いていた。
「ああ、あれは巨大蜂の幼虫だな」
 ここで巨大蜂を育成しているというわけだ。
 あの穴の一つ一つが幼虫にとってのベッドの役割をしているのだろう。

「ここには育成係の巨大蜂が訪れる。幼虫に危害を加えなければ向こうも攻撃してこない。絶対に壁際には近づくなよ」
「は、はい」
 そうこうしているうちに、別の広い横穴からブゥーン、ブゥーンと巨大蜂が飛んでくる。お腹に何やら蜜を固めたようなものを抱え込んで、我らには意にも介さない様子で、幼虫の方へと向かい、その蜜らしきものを与えていた。

「大丈夫そうれすね……でも攻撃されないと分かっていても、ちょっと怖いでふ」
 さっきまであの巨大蜂に追いかけ回されていたからな。
「だが、目的のものも近くなってきたようだな」

 ここが幼虫を育てる部屋だとするならば、近くに王室があるはずだ。
 普通の小さな蜂がどうだったかは忘れたが、そこはまさに未来の女王蜂のためだけに設けられた個室。栄養満点な極上蜜を与えられ、すくすくと巨大に育った幼虫がいるから、一目見れば分かる。

 ブゥーン、ブゥーンと飛び交う育成係の巨大蜂たちの動きをよく観察する。
 この部屋もいくつかの通路に分岐しているが、きっと王室に向かう蜂もいる。

「……あれだ。アイツを追いかけるぞ」
 蜜の固まりのようなものを抱え込んだまま部屋から出ていく蜂を見つけた。
 ここで幼虫に与えないということは、他の蜂に与えるということだ。
 つまり、それが女王蜂の幼虫の可能性が高い。

「なるほど、あの先に極上蜜が……」
「行きましょう、コリウスくん」
「はい!」

 ※ ※ ※

 育成部屋から出て行った巨大蜂を追いかけて、通路を抜けた先、その部屋はあった。先ほどの部屋と比べるとがらんどうのように広い空間だ。
 これがまたよく反響してブブブゥーン、ブブブブブゥーンと羽音がまた喧しい。

 しかし、どうしたことだろう。
 だだっぴろい部屋は白い床があるだけで何もない。
 巨大蜂たちは集まっているようだが、ここは王室ではなかったのか?

 ふと見てみると、何匹もの巨大蜂が床に下りて、何やら持っていた蜜の固まりを自ら食べている。
 食べ終えた巨大蜂は口と思われる箇所から白く濁ったものを分泌し、床にぶちまけていた。
 傍から見ていると食べて咀嚼して吐いているようにしか見えない。

 何かおかしいと思えば、白い床だと思っていたものはプールだった。この広い部屋を敷き詰めるような白いソレは全部、極上蜜を貯め込んだプールだったのだ。
 よくよく目を凝らしてみれば、白く濁ったプールの中に、育成部屋で見たものとは明らかにサイズの違う幼虫が沈んでいた。

 既にこれまでに見てきたどの巨大蜂より巨大だ。
 間違いない。これで違うと言われたら逆に驚くぞ。
 アレが女王蜂の幼虫だ。

 なるほどな。こうやって貯め込んだ蜜を加工して極上蜜に変えて、未来の女王蜂のために捧げているというわけか。
 極上蜜の中に沈む幼虫の様はさながら、羊水に浸る胎児のようにも見える。

「蜜です。蜜です。蜜ですよ!」
 コリウスよ、そんなん言われなくても見れば分かる。我としては天井をブンブンブブブンと密になって飛び交っている巨大蜂の方が気になって仕方ないところだ。

「よし、ミモザ。採集だ」
「はい!」
 ミモザが背負っていた荷物の中から大きめの瓶を何本か取り出す。それを見てコリウスも慌てて自分の瓶を取り出してきた。
 慎重に、警戒していたつもりだったが、育成係の巨大蜂もこちらには関心のない様子で極上蜜を出していったら次々と速やかにまた何処かへと飛び立っていく。

 向こうもこんな調子だから、採集するだけなら思っていたよりも簡単だった。
 池や川から水を掬うのと大して変わらない。せっせせっせと瓶に入れ、あっという間に手持ちの瓶は極上蜜で一杯になる。

「うわ、極上蜜って酸っぱいんですね。てっきり物凄い甘いものかと」
 手についたソレを嘗めてコリウスが言う。
「ハチミツと違って女王蜂を育てるための栄養食れすからね。餌を食べた蜂しゃんが体内で作るという点は同じでふが、成分も栄養も味も全部違うものなんですよ。別名、王乳と呼ばれていて、これを食べた蜂は寿命が何倍も伸びるんれしゅよ」
 さすがはエルフ、いやさすがはミモザ。これに関することなら詳しいようだ。

「さて、十分な数は採れたか?」
「はい! あとは帰るだけれすね!」
 にこやかにミモザが返事をくれる。ああ、なんと眩しい笑顔だろうか。
 問題なのは、ここから無事に蜂の巣を脱出できるかどうかなのだが。


次のエピソードへ進む 第34話 まるで意味が分からんぞ


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 さて、状況を確認するとしよう。
 ここは巨大蜂《ビッグホーネット》の巣の深部。そしてパーティは我とミモザとコリウスの三人。
 悲しいことに我の持っている魔石は全て使い果たしてしまった。
 使えそうなものとなるとコリウスの持っている安物の炎魔法の魔石くらい。
 このあと、どうするのかといえば、この巣の中を探索し、王室を目指す。
 そこには女王を育て上げるために特別に作られた極上蜜《ローヤルゼリー》が貯蔵されている。
 今回の目的はその極上蜜を持ち帰ることだ。
 幸いにも、この先にいる巨大蜂の多くは攻撃性のないものばかり。極上蜜を採集するのはさほど苦労はしないだろう。
 しかし、帰りはまたいずれかの出入り口を経由しなければならない。
 ともなれば、またあの門番の巨大蜂と鉢合わせになるわけだ。蜂だけに。
 もう交戦できるだけの魔石のストックはない。全力で逃げ切るしかない。
 行きはよいよい、帰りは怖いという奴だな。
「コリウスくん、怪我は大丈夫れすか?」
「はは、大丈夫ですよ。このくらい」
 先ほどからしきりにミモザが心配そうに声を掛ける。
 まさかこの小僧があの巨大蜂に立ち向かうとは我も予想していなかった。
 空中でブンブンと振り回された後、巨大蜂ごと床に叩きつけられて、どうにもフラついた様子だし、かなりのダメージを負ったことは確かだろう。
 毒針を打たれなかったのは不幸中の幸いか。うっかり巨大蜂の毒針に刺されようものなら立って歩くどころか、そのまま死を待つだけの状態だった。
「ミモザのために囮になってくれたことは感謝する。だが、これ以上無茶な真似はするなよ。助かったのは運が良かっただけだ」
「ええ、すみません。お姉さんには何度も助けてもらっちゃいましたね」
 まったくだ。ここにくるまで何回助けてやったと思っているんだ。
「お姉しゃん……ごめんなしゃい……あれだけ注意されたのに、わたし、肝心なところで転んでしまって……」
 シュンとした顔でミモザが言う。まだ身体のあちこちには転んだときについた蜜がベットリと残っており、甘い香りを放っている。情けない格好ではある。
 つい頭を撫でようとしたらニチャアと蜜に触れてしまった。
「まぁ……なんだ。こうやって生きているのだからいいだろう。気にするな」
「お姉さん、やっぱり妹さんには甘いんですね」
 やかましい、小僧。
 ミモザを守ろうとしていなかったら蜂の餌にしていたところだ。
 しかしまあ、困ったものだ。
 誰も戦えるものがいない状態で、蜂の巣のど真ん中とは。
 もう生きて帰れる保証もない。
 これ以上、厄介なことにならないことを祈るばかりだ。
「あ、広いところに出ましたよ」
 緊張感なくコリウスが言う。通路を抜けたらしい。
 入り口とは違い、ちょっと入り組んだ形状をした不思議な部屋だった。
 穴だらけの壁が衝立のように部屋中のあちこちにせり出している感じだ。
「うえっ……壁の中になんかいますよ!」
 見てみると、壁に空いた無数の穴の中に白い物体が蠢いていた。
「ああ、あれは巨大蜂の幼虫だな」
 ここで巨大蜂を育成しているというわけだ。
 あの穴の一つ一つが幼虫にとってのベッドの役割をしているのだろう。
「ここには育成係の巨大蜂が訪れる。幼虫に危害を加えなければ向こうも攻撃してこない。絶対に壁際には近づくなよ」
「は、はい」
 そうこうしているうちに、別の広い横穴からブゥーン、ブゥーンと巨大蜂が飛んでくる。お腹に何やら蜜を固めたようなものを抱え込んで、我らには意にも介さない様子で、幼虫の方へと向かい、その蜜らしきものを与えていた。
「大丈夫そうれすね……でも攻撃されないと分かっていても、ちょっと怖いでふ」
 さっきまであの巨大蜂に追いかけ回されていたからな。
「だが、目的のものも近くなってきたようだな」
 ここが幼虫を育てる部屋だとするならば、近くに王室があるはずだ。
 普通の小さな蜂がどうだったかは忘れたが、そこはまさに未来の女王蜂のためだけに設けられた個室。栄養満点な極上蜜を与えられ、すくすくと巨大に育った幼虫がいるから、一目見れば分かる。
 ブゥーン、ブゥーンと飛び交う育成係の巨大蜂たちの動きをよく観察する。
 この部屋もいくつかの通路に分岐しているが、きっと王室に向かう蜂もいる。
「……あれだ。アイツを追いかけるぞ」
 蜜の固まりのようなものを抱え込んだまま部屋から出ていく蜂を見つけた。
 ここで幼虫に与えないということは、他の蜂に与えるということだ。
 つまり、それが女王蜂の幼虫の可能性が高い。
「なるほど、あの先に極上蜜が……」
「行きましょう、コリウスくん」
「はい!」
 ※ ※ ※
 育成部屋から出て行った巨大蜂を追いかけて、通路を抜けた先、その部屋はあった。先ほどの部屋と比べるとがらんどうのように広い空間だ。
 これがまたよく反響してブブブゥーン、ブブブブブゥーンと羽音がまた喧しい。
 しかし、どうしたことだろう。
 だだっぴろい部屋は白い床があるだけで何もない。
 巨大蜂たちは集まっているようだが、ここは王室ではなかったのか?
 ふと見てみると、何匹もの巨大蜂が床に下りて、何やら持っていた蜜の固まりを自ら食べている。
 食べ終えた巨大蜂は口と思われる箇所から白く濁ったものを分泌し、床にぶちまけていた。
 傍から見ていると食べて咀嚼して吐いているようにしか見えない。
 何かおかしいと思えば、白い床だと思っていたものはプールだった。この広い部屋を敷き詰めるような白いソレは全部、極上蜜を貯め込んだプールだったのだ。
 よくよく目を凝らしてみれば、白く濁ったプールの中に、育成部屋で見たものとは明らかにサイズの違う幼虫が沈んでいた。
 既にこれまでに見てきたどの巨大蜂より巨大だ。
 間違いない。これで違うと言われたら逆に驚くぞ。
 アレが女王蜂の幼虫だ。
 なるほどな。こうやって貯め込んだ蜜を加工して極上蜜に変えて、未来の女王蜂のために捧げているというわけか。
 極上蜜の中に沈む幼虫の様はさながら、羊水に浸る胎児のようにも見える。
「蜜です。蜜です。蜜ですよ!」
 コリウスよ、そんなん言われなくても見れば分かる。我としては天井をブンブンブブブンと密になって飛び交っている巨大蜂の方が気になって仕方ないところだ。
「よし、ミモザ。採集だ」
「はい!」
 ミモザが背負っていた荷物の中から大きめの瓶を何本か取り出す。それを見てコリウスも慌てて自分の瓶を取り出してきた。
 慎重に、警戒していたつもりだったが、育成係の巨大蜂もこちらには関心のない様子で極上蜜を出していったら次々と速やかにまた何処かへと飛び立っていく。
 向こうもこんな調子だから、採集するだけなら思っていたよりも簡単だった。
 池や川から水を掬うのと大して変わらない。せっせせっせと瓶に入れ、あっという間に手持ちの瓶は極上蜜で一杯になる。
「うわ、極上蜜って酸っぱいんですね。てっきり物凄い甘いものかと」
 手についたソレを嘗めてコリウスが言う。
「ハチミツと違って女王蜂を育てるための栄養食れすからね。餌を食べた蜂しゃんが体内で作るという点は同じでふが、成分も栄養も味も全部違うものなんですよ。別名、王乳と呼ばれていて、これを食べた蜂は寿命が何倍も伸びるんれしゅよ」
 さすがはエルフ、いやさすがはミモザ。これに関することなら詳しいようだ。
「さて、十分な数は採れたか?」
「はい! あとは帰るだけれすね!」
 にこやかにミモザが返事をくれる。ああ、なんと眩しい笑顔だろうか。
 問題なのは、ここから無事に蜂の巣を脱出できるかどうかなのだが。