【使用人】我らがフィーお嬢様

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 とある辺境の地にその街はあった。

 一昔前は、ほんの一握りの冒険者たちが未開の地を開拓するために作られた拠点程度のものだったが、その周辺にダンジョンが多く発見されて以来、噂を聞きつけて多くの人たちが集まるようになり、いつの間にか街にまで発展していた。

 ダンジョン攻略で一山当てようと考えた冒険者たち、その冒険者のおこぼれを頂戴しようと目論む行商人たち、はたまたそんな連中を面白がって集まってきた貴族や富豪崩れの者たちなど、様々な理由でこの街は人で溢れかえるようになる。

 その街の名は、誰が付けたかパエデロス。

 未だ独自の文化や風習の混交する発展途上の街、パエデロスが抱え込んでいる問題は数知れない。

 ライバルに蹴落とされ野心を失った冒険者たちやら、商売に失敗して路頭を彷徨う行商人たちやら、発展途上の街の不便さに飽きて使用人や従者を捨てて去っていく金持ちたちなど、思うようにいかなかった連中は街の治安を掻き乱すばかり。

 ひとたび街を歩けば強盗に襲われ、浮浪者が徘徊し、何とも酷い有様だった。

 そんな発展途上の街パエデロスに、あるとき大きな屋敷が建った。
 近隣住民はこう思っただろう。
 また何処ぞの阿呆な貴族の道楽が始まったのか、と。

 ところが、その屋敷が建てられてからパエデロスに大きな変革が訪れた。
 何やらその館の主は類を見ないほどの富豪らしく、景気よく金をばらまいて経済を回しているのだという。

 そして、そんな噂もあっという間に広まり、パエデロスでは知らない人はいなくなる。あれは謎のご令嬢フィー様の屋敷だと。

 ※ ※ ※

「フィーお嬢様って、一体何者なんですか?」
 新人メイドのチコリーはその広いキッチンで皿を洗いながら質問を口にする。
 謎のご令嬢の噂を聞きかじった程度しか知らないのだろう。

「物凄いお金持ちってことしか知りませんわ。口より手を動かしなさいチコリー」
 先輩メイドがキッと答える。

「あ、はい……こちらの皿は終わりました」
 おずおずと洗い終えた皿を並べ、チコリーは萎縮する。

「あのお方は、ご両親もいないそうですわ」
 先輩メイドが手元の皿を丁寧に拭き拭きしながら答えを返す。

「フィーお嬢様、あのお年でお一人なのですか?」
 チコリーはそそくさと次の皿を持ってきて、洗い始める。
「ええ、おそらくは没落した貴族に捨てられた身なのでしょうね。このような街にいるのですから。爵位もないそうですし」
 てっきり何処か遠くの貴族かと思っていたチコリーはただただ驚く。こんな治安の悪い街にその身一つで暮らしているとは。

「ですが、フィーお嬢様は決して一人ではありませんよ」
「ミモザ様、でしたっけ。あの方も一体……貴族ではないようですが」
「ミモザ様はフィーお嬢様の親友ですわ。それ以上のことは存じ上げません」
 きっぱりと先輩メイドは答える。

「時折フィーお嬢様もミモザ様と共に何処かへ出掛けられているようですが……」
「ああ、それでしたら魔具店のことでしょうね」
「マグテン……ですか?」
「お嬢様は兼ねてからミモザ様の作り出す魔具にご執心でして、そのための仕入れも助力しているのですよ。時には自らダンジョン探索することもあったとか」
「え? お嬢様が自らダンジョンに?」
「まあ、詳しいことは存じ上げませんが、誰か腕の立つ者を雇っているとか、いないとか……」
 やはり謎が多いのか、答えもあまり要領を得ないものばかりだ。

「なんだい、キミたちフィーお嬢様のことを知りたいのかい?」
 キッチンに現れてズケズケと会話に割って入ったのは若い執事だった。

「あら、あなたは何か知ってらっしゃるのかしら?」
 ツンと突き放すような態度で言い放ち、皿拭きを優先する。

「フフン。フィーお嬢様は路頭に彷徨う私を拾ってくれた恩人さ。キミたちは斡旋所経由から来たのだろう? この私はフィーお嬢様に直接見初められたのさ」
 いけすかない顔を浮かべる若執事は、絡むように言葉を続ける。どうも自分の世界に酔っているような調子が見受けられる。

「いやぁ痺れてしまったよ。前の主は貴族被れの悪趣味な男だったものでね。フィーお嬢様にお声を掛けられたときには天使が降臨なさったかと思ったくらいだよ」
「で、それで? フィーお嬢様の何をご存じなんですの?」
 先輩メイドのこれでもかというくらいのキッとした睨みを、若執事はものともしないように返す。

「フィーお嬢様は天使ということさ。あれだけの財力を持ち、惜しみなく我々のために使ってくれるのだからね。おぉフィーお嬢様、嗚呼我らがフィーお嬢様」
 よほど前の雇い主には酷い扱いを受けていたらしい。

「フィーお嬢様は天使なのですか?」
 キョトンとした顔でチコリーが訊ねる。自分の手が止まっていることにハッと気付き、次の皿を手にとった。

「人間という種族ではない、のは確かだろうね」
 若執事の思いもよらない言葉に、思わずチコリーは皿を落としかける。
「フィーお嬢様は、人間ではない……?」

「キミ、フィーお嬢様のお姿を見たことはあるのだろう? 月の如き美しき銀の髪、血の如く紅きあの瞳。紛れもなく人間ならざる存在だよ。エルフではないと思うのだが、きっとまだ知らぬ亜人か、そのハーフだろうね」

「だからどうだと言うのかしら? フィーお嬢様が人間であろうとなかろうと、私たちの主であるということに変わりませんわ」
 とうとう先輩メイドも皿拭きの手を止めて若執事の方に向き直る。
 あたかも、自分の主の正体に気付いていなかったことを誤魔化すかのように。

「そうさ、あの尊き存在をお守りすることこそが、我々の使命。権威を持たない亜人など他所では迫害されてしまうからね。我らがフィーお嬢様は、この身に代えてでも不埒な輩の手に掛からぬようにするのさ」
 若執事としては同調しているつもりなのだろうが、自分の言葉に陶酔しすぎて先輩メイドからは分かりやすいくらいにドン引きされる。二歩は退いた。

「何を隠そう、私はフィーお嬢様のボディガードを勤めさせていただいたこともあるのさ。あの小さく可愛らしい手を、この手で繋ぎ、お守りしてきた。そうさ、私はフィーお嬢様に必要とされている!」
 さすがにテンションが上がりすぎて気色が悪くなってきたのか、チコリーもやや引き、洗い終えた皿を移動させつつも、若干距離を置いた水場で次の皿を洗う。

「私だって、あのフィーお嬢様のお体を洗って差し上げたこともありますわよ! あのつややかな柔肌をこの手で、それはもう丹念に! こう! こうっ!!」
 先輩メイドも若執事と何を張り合っているのか、声を荒げ始める。そして強調するように手元の皿をこれでもかと撫で回して見せる。
 やけに下の方を集中して磨いているようにも見えたが気のせいだろう。
 とりあえずチコリーはもう一歩ズレた。

「フィーお嬢様は、皆様に慕われているのですね」
 半笑いでチコリーが遠目に声を飛ばす。

「ええ、ええ、勿論ですとも」
「フフフン、それは当然さ」
 この二人は仲が良いのか悪いのか、息ぴったりに意見を合わせてくる。

「私も元々は奴隷としてこの街に連れてこられた身。前のご主人様に捨てられてからは生きることに精一杯でした。この仕事を紹介されたときは正直不安でしたし、また捨てられるのかもしれないとも思いましたが――」
 皿を水にザブザブとつけながら、ほんのり笑みを浮かべ、続ける。

「どうやらフィーお嬢様は、私が思う以上に素晴らしいお方のようですね」
 チコリーは確信を持って、そう言った。


次のエピソードへ進む 第33話 蜜です


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 とある辺境の地にその街はあった。
 一昔前は、ほんの一握りの冒険者たちが未開の地を開拓するために作られた拠点程度のものだったが、その周辺にダンジョンが多く発見されて以来、噂を聞きつけて多くの人たちが集まるようになり、いつの間にか街にまで発展していた。
 ダンジョン攻略で一山当てようと考えた冒険者たち、その冒険者のおこぼれを頂戴しようと目論む行商人たち、はたまたそんな連中を面白がって集まってきた貴族や富豪崩れの者たちなど、様々な理由でこの街は人で溢れかえるようになる。
 その街の名は、誰が付けたかパエデロス。
 未だ独自の文化や風習の混交する発展途上の街、パエデロスが抱え込んでいる問題は数知れない。
 ライバルに蹴落とされ野心を失った冒険者たちやら、商売に失敗して路頭を彷徨う行商人たちやら、発展途上の街の不便さに飽きて使用人や従者を捨てて去っていく金持ちたちなど、思うようにいかなかった連中は街の治安を掻き乱すばかり。
 ひとたび街を歩けば強盗に襲われ、浮浪者が徘徊し、何とも酷い有様だった。
 そんな発展途上の街パエデロスに、あるとき大きな屋敷が建った。
 近隣住民はこう思っただろう。
 また何処ぞの阿呆な貴族の道楽が始まったのか、と。
 ところが、その屋敷が建てられてからパエデロスに大きな変革が訪れた。
 何やらその館の主は類を見ないほどの富豪らしく、景気よく金をばらまいて経済を回しているのだという。
 そして、そんな噂もあっという間に広まり、パエデロスでは知らない人はいなくなる。あれは謎のご令嬢フィー様の屋敷だと。
 ※ ※ ※
「フィーお嬢様って、一体何者なんですか?」
 新人メイドのチコリーはその広いキッチンで皿を洗いながら質問を口にする。
 謎のご令嬢の噂を聞きかじった程度しか知らないのだろう。
「物凄いお金持ちってことしか知りませんわ。口より手を動かしなさいチコリー」
 先輩メイドがキッと答える。
「あ、はい……こちらの皿は終わりました」
 おずおずと洗い終えた皿を並べ、チコリーは萎縮する。
「あのお方は、ご両親もいないそうですわ」
 先輩メイドが手元の皿を丁寧に拭き拭きしながら答えを返す。
「フィーお嬢様、あのお年でお一人なのですか?」
 チコリーはそそくさと次の皿を持ってきて、洗い始める。
「ええ、おそらくは没落した貴族に捨てられた身なのでしょうね。このような街にいるのですから。爵位もないそうですし」
 てっきり何処か遠くの貴族かと思っていたチコリーはただただ驚く。こんな治安の悪い街にその身一つで暮らしているとは。
「ですが、フィーお嬢様は決して一人ではありませんよ」
「ミモザ様、でしたっけ。あの方も一体……貴族ではないようですが」
「ミモザ様はフィーお嬢様の親友ですわ。それ以上のことは存じ上げません」
 きっぱりと先輩メイドは答える。
「時折フィーお嬢様もミモザ様と共に何処かへ出掛けられているようですが……」
「ああ、それでしたら魔具店のことでしょうね」
「マグテン……ですか?」
「お嬢様は兼ねてからミモザ様の作り出す魔具にご執心でして、そのための仕入れも助力しているのですよ。時には自らダンジョン探索することもあったとか」
「え? お嬢様が自らダンジョンに?」
「まあ、詳しいことは存じ上げませんが、誰か腕の立つ者を雇っているとか、いないとか……」
 やはり謎が多いのか、答えもあまり要領を得ないものばかりだ。
「なんだい、キミたちフィーお嬢様のことを知りたいのかい?」
 キッチンに現れてズケズケと会話に割って入ったのは若い執事だった。
「あら、あなたは何か知ってらっしゃるのかしら?」
 ツンと突き放すような態度で言い放ち、皿拭きを優先する。
「フフン。フィーお嬢様は路頭に彷徨う私を拾ってくれた恩人さ。キミたちは斡旋所経由から来たのだろう? この私はフィーお嬢様に直接見初められたのさ」
 いけすかない顔を浮かべる若執事は、絡むように言葉を続ける。どうも自分の世界に酔っているような調子が見受けられる。
「いやぁ痺れてしまったよ。前の主は貴族被れの悪趣味な男だったものでね。フィーお嬢様にお声を掛けられたときには天使が降臨なさったかと思ったくらいだよ」
「で、それで? フィーお嬢様の何をご存じなんですの?」
 先輩メイドのこれでもかというくらいのキッとした睨みを、若執事はものともしないように返す。
「フィーお嬢様は天使ということさ。あれだけの財力を持ち、惜しみなく我々のために使ってくれるのだからね。おぉフィーお嬢様、嗚呼我らがフィーお嬢様」
 よほど前の雇い主には酷い扱いを受けていたらしい。
「フィーお嬢様は天使なのですか?」
 キョトンとした顔でチコリーが訊ねる。自分の手が止まっていることにハッと気付き、次の皿を手にとった。
「人間という種族ではない、のは確かだろうね」
 若執事の思いもよらない言葉に、思わずチコリーは皿を落としかける。
「フィーお嬢様は、人間ではない……?」
「キミ、フィーお嬢様のお姿を見たことはあるのだろう? 月の如き美しき銀の髪、血の如く紅きあの瞳。紛れもなく人間ならざる存在だよ。エルフではないと思うのだが、きっとまだ知らぬ亜人か、そのハーフだろうね」
「だからどうだと言うのかしら? フィーお嬢様が人間であろうとなかろうと、私たちの主であるということに変わりませんわ」
 とうとう先輩メイドも皿拭きの手を止めて若執事の方に向き直る。
 あたかも、自分の主の正体に気付いていなかったことを誤魔化すかのように。
「そうさ、あの尊き存在をお守りすることこそが、我々の使命。権威を持たない亜人など他所では迫害されてしまうからね。我らがフィーお嬢様は、この身に代えてでも不埒な輩の手に掛からぬようにするのさ」
 若執事としては同調しているつもりなのだろうが、自分の言葉に陶酔しすぎて先輩メイドからは分かりやすいくらいにドン引きされる。二歩は退いた。
「何を隠そう、私はフィーお嬢様のボディガードを勤めさせていただいたこともあるのさ。あの小さく可愛らしい手を、この手で繋ぎ、お守りしてきた。そうさ、私はフィーお嬢様に必要とされている!」
 さすがにテンションが上がりすぎて気色が悪くなってきたのか、チコリーもやや引き、洗い終えた皿を移動させつつも、若干距離を置いた水場で次の皿を洗う。
「私だって、あのフィーお嬢様のお体を洗って差し上げたこともありますわよ! あのつややかな柔肌をこの手で、それはもう丹念に! こう! こうっ!!」
 先輩メイドも若執事と何を張り合っているのか、声を荒げ始める。そして強調するように手元の皿をこれでもかと撫で回して見せる。
 やけに下の方を集中して磨いているようにも見えたが気のせいだろう。
 とりあえずチコリーはもう一歩ズレた。
「フィーお嬢様は、皆様に慕われているのですね」
 半笑いでチコリーが遠目に声を飛ばす。
「ええ、ええ、勿論ですとも」
「フフフン、それは当然さ」
 この二人は仲が良いのか悪いのか、息ぴったりに意見を合わせてくる。
「私も元々は奴隷としてこの街に連れてこられた身。前のご主人様に捨てられてからは生きることに精一杯でした。この仕事を紹介されたときは正直不安でしたし、また捨てられるのかもしれないとも思いましたが――」
 皿を水にザブザブとつけながら、ほんのり笑みを浮かべ、続ける。
「どうやらフィーお嬢様は、私が思う以上に素晴らしいお方のようですね」
 チコリーは確信を持って、そう言った。