一話 クズ
ー/ー クズ
社会の底辺でくすぶっているゴミと言われる存在。
社会の底辺でくすぶっているゴミと言われる存在。
クズ
社会に弾かれ、どこにも馴染めない価値のない残骸。
社会に弾かれ、どこにも馴染めない価値のない残骸。
クズ
社会の歯車にもなれない、命の宿った廃棄物。
社会の歯車にもなれない、命の宿った廃棄物。
クズ
普通にすら手の届かない、哀れで醜い汚れた野良犬。
根本樹は壁にもたれながら、ビルの隙間に映る澄んだ空を眺めていた。
青空の美しさは、路傍で枯れたクズを一層見窄らしく見せる。
痣だらけの顔、血の付いたシワだらけのTシャツ、ゴミが散乱した路地裏。
傍から見たら一目で最下層の人間と分かるだろう。
汚れた姿がクズにはよく似合うから。
青空の美しさは、路傍で枯れたクズを一層見窄らしく見せる。
痣だらけの顔、血の付いたシワだらけのTシャツ、ゴミが散乱した路地裏。
傍から見たら一目で最下層の人間と分かるだろう。
汚れた姿がクズにはよく似合うから。
どこで間違ったのか、何がいけなかったのか、二十二年の人生を振り返ってもダメな部分しか思い出せず、考えることも止めたくなった。
瞳を染める青は、自分の愚かさと醜さを装飾しているようで嫌悪すら抱く。
意味もなく生まれ、意味もなく死んでいく一生。
紙屑と変わらない心臓が、今日も規則正しく動く。
瞳を染める青は、自分の愚かさと醜さを装飾しているようで嫌悪すら抱く。
意味もなく生まれ、意味もなく死んでいく一生。
紙屑と変わらない心臓が、今日も規則正しく動く。
樹の頭の中に、この一ヶ月間のことが走馬灯のように流れ始めた。
汚れた野良犬の視点で描かれる、ゴミ以下の拙い物語。
真っ当な人間では見れない景色が、脳内で鮮明に映し出されてゆく。
――一ヶ月前
汚れた野良犬の視点で描かれる、ゴミ以下の拙い物語。
真っ当な人間では見れない景色が、脳内で鮮明に映し出されてゆく。
――一ヶ月前
三万もの人間を収容できる会場は、先ほどまでの熱気が完全に失われ、今は草臥れた男たちが淡々と作業をしていた。
今日は人気バンドのコンサートがあったらしい。
床に落ちた紙吹雪、豪華絢爛なセット。
幻想的な一夜の余韻は、むさ苦しい男たちによって現実へと戻されていく。
樹は無数に並べられたスタッキングチェアを重ね、近くにある台車に積み上げる。
撤去作業は今日が始めてだ。
昨日登録した派遣会社に勧められ、よく分からないまま会場まで足を運んだ。
この場には数百人ほどおり、身分ごとにヘルメットの色が違う。
現場で指示を出す人は白。樹たち派遣は黄色をかぶっていた。
「バイト君」
派遣が指示をもらうときはそう呼ばれる。
一人一人の名前を覚えられるわけもないので仕方ない。今日だけの人間も多数いる。
だが見下されているように感じたため、樹は少しばかり苛立っていた。
「金もらってんだろ。ぼさっとすんな」
椅子を全部片し終わり手持ち無沙汰になっていると、白いヘルメットをかぶった男性が怒声を響かせてきた。
椅子を片付けてと言われたが、その後のことは何も聞かされてない。
初めての現場で作業説明もろくに受けていないのに、なんで怒鳴られないといけないのか。理不尽な言葉に苛立ちが加速する。
「バイト君、手空いてるならこっち来て」
ステージの方に視線を移すと、白いヘルメットをかぶった別の男性が手招きしていた。
樹は歩いてそちらに向かうと、再び怒鳴られる。
「ちんたらすんな。早く来い」
一瞬で煮えたぎった怒りが拳を握らせた。
樹は歩く速度を変えずにステージへと向かう。
「てめえ日本語分からねえのか! 走れって言ってんだよ」
会場に怒号が響くと、周りの目がステージへと集まる。
「舐めてんのかよ、ガキ」
男の前に来ると、思いっきり頭を叩かれた。
衝撃がヘルメットを貫通し、痺れるような痛みが頭頂部に走る。
その瞬間、樹の我慢が限界を超えた。
握りしめた右手の拳には、感情を表すような血管がくっきりと浮かぶ。
「おい聞いてんのかよ! 舐めてるとぶっとば……」
樹の拳が、言葉を遮るように男の顔面を捉えた。
殴った感触がはっきりと右手に残っており、若干の熱を帯びている。
男は尻餅をつき、口を半開きにしながら樹を見上げた。
抑えきれなかった怒り。
静寂に包まれた会場。
周りの人間は手を止めて、唖然としながら樹を見ている。
「バイト、何やってんだ」
静けさを破るように、白いヘルメットをかぶった男たちが一斉に集まってきた。
だがお構いなしに、樹は倒れた男に近づいていく。
「やめろ」
数人の男に取り押さえられると、顔面を床に押し付けられて拘束された。
社会に迷い込んだ一匹の野良犬は、鎖に繋がれた犬たちにより鎮圧される。
「本当に申し訳ありませんでした」
「若い奴の躾けくらいちゃんとやってよ。派遣だからって言い訳では済まないよ」
「仰る通りでございます。本当に申し訳ありません」
騒動から一時間後、派遣会社の社員が現場へと駆けつけ、クライアントである設営会社の人間に頭を下げて謝っていた。
今はコンサート会場の地下駐車場におり、謝罪の声が鬱陶しいほど鼓膜に響く。
「ほら、根本くんも謝って」
社員に促され、樹は会釈程度に頭を下げた。
「君のせいで大事になってるんだよ。その自覚ある?」
樹は社員の言葉を無視し、小さく舌打ちをする。
「根本君だっけ? 今回は大目に見るけど、人として終わってるよ。もう二十歳超えてるでしょ? いい加減大人になりなよ」
社員が叱責すると、対面にいる設営会社の男は呆れた顔をしていた。
樹が殴った男の上司だと思われる。
「あいつもすげえ腹立ってるみたいだけど、こっちでなんとかするから。次は気をつけてよ」
「はい。今後は問題を起こさないよう努めて参りますので、これからもどうか宜しくお願いします」
社員は再度、深々と頭を下げる。
樹は90度に曲がる社員の背中を見て、腹立たしく思った。
世間的には殴った方が悪いのかもしれないが、殴られるようなことをしたのは向こうだ。
普通に言えば理解できるのに、わざわざ怒鳴って指示する必要はない。
完全に見下してるから、あんな言い方になるのだろう。
ましてや初めての仕事で分からないことも多い。動きが鈍るのは当然だ。
そして何より、先に相手が頭を叩いてきた。
なぜ向こうは許されて、自分だけが悪者になるのかが樹には理解できなかった。
「君も社会で生きてくなら我慢を覚えなよ。そんなんじゃ、どこに行ってもやっていけないから」
男はそう言って、建物の中へと戻っていった。
二人きりになると、社員の男性が樹に体を向ける。
「少しきつく言われたくらいで手を出すなんてどうかしてるよ。社会に出たらこれくらい当たり前だからね。その度に殴るの? 君みたいなどうしようもない人間は初めて見たよ。扱う側の立場も考えてほし……」
樹の苛立ちは顔に表れていた。
今にも手を出しそうな雰囲気に、社員は狼狽えながら後ずさる。
「もう、うちの会社から案件を出すことはないから。すぐに殴る野蛮な人間を送り出すわけにはいかないからね」
社員が捨て台詞を吐いて足早に去っていくと、樹は意味もなく宙を仰いだ。
腐った世界に自分の居場所などない。
そんなことを思いながら。
コンサート会場を後にし、自宅のある最寄り駅に着いた。
樹の自宅は繁華街を抜けた先にあり、駅から二十分ほど歩いた寂れた場所だ。
またバイトをクビになった。これで何度目だろう。
今まで働いてきた場所でも人間関係で上手くいかず、その度に仕事を変えてきた。
前はパチンコ屋で働いていたが、店長と反りが合わず一ヶ月で退職。
正確に言えば、蹴り飛ばしたらクビになった。
入社当初から上から目線の命令口調が気に食わず、ずっと腹を立てながら働いていた。
お金が必要だったので最初は我慢していたが、「お前みたいな社会不適合者」と言われ、堪忍袋の緒が切れる。
周りの従業員と馴染めなかったことや、愛想の無さからきてるのだろうが、嫌悪している人間に言わたことで感情のブレーキが効かなくなってしまった。
樹が喧嘩っ早いのは、今に始まったことではない。
高校では、態度が気に食わないと突っかかってきた先輩を殴り、入学一ヶ月で退学処分。
中退後に勤めたコンビニのアルバイトでは、箸を入れ忘れたことに怒ってきた客と揉め、その日の終業後にクビを告げられた。
それから職を転々とするも、どれも長く続かない。
組織や世の中に迎合できない社会不適合者。
自分でも分かっているが、それでも変えようとは思えなかった。
媚びへつらいながら生きたくはないし、見下されたまま黙っていることもしたくない。
腐った世の中に迎合するくらいなら、社不で構わない。
こんな考えになったのは、中学時代のある出来事からだった。
今も時々思い出すことがあり、その度に世の中の人間に嫌悪感を抱く。
中退後に勤めたコンビニのアルバイトでは、箸を入れ忘れたことに怒ってきた客と揉め、その日の終業後にクビを告げられた。
それから職を転々とするも、どれも長く続かない。
組織や世の中に迎合できない社会不適合者。
自分でも分かっているが、それでも変えようとは思えなかった。
媚びへつらいながら生きたくはないし、見下されたまま黙っていることもしたくない。
腐った世の中に迎合するくらいなら、社不で構わない。
こんな考えになったのは、中学時代のある出来事からだった。
今も時々思い出すことがあり、その度に世の中の人間に嫌悪感を抱く。
繁華街のメイン通りを抜け、小さな飲み屋が立ち並んだレトロな雰囲気の通りを歩いていると、前から三人組の男が来た。
酒が入っているのか、上機嫌に話しながら歩いている。
狭い道には店の看板などが出されているため、大人三人がギリギリ通れるくらいだ。
だが避けようとする素振りも見せず、三人組は横に広がりながら進んでくる。
男たちの腕には刺青が彫られていた。
ほとんどの人間は絡まれるのを恐れ、端に寄って避けるだろう。
今も樹がそうすると思っているから、悪びれもなく堂々と闊歩する。そう考えたら苛立ちが募った。
「どけよ」
正面まで来ると、真ん中の男が睨みを利かせてきた。
「お前がどけよ」
樹がそう言うと、もう二人の男たちが囲むようにして近づいてくる。
「舐めてんのかよ、クソガキ」
「調子乗ってると攫うぞ」
口から漂う酒の匂いが鼻腔をなぞった。それが苛立ちを前進させる。
「やってみろよ」
周りに樹たち以外の人間はいなかった。
でも今の樹にとって、人がいようがいまいが関係ない。
目の前の輩に道を譲るくらいなら、通報されても構わないと思った。
「やってやるよ」
真ん中の男が半袖の柄シャツを脱ぎ捨てると、左右にいる男たちが数歩下がった。
胸の辺りにはタンクトップからはみ出た和彫の龍が見える。
「ぶっ殺す」
男の拳が樹の顔に目掛けて飛んでくるが、上体を逸らして回避。
立て続けに、もう片方の拳が真っ直ぐ向かってきたが、クロスカウンターで相手の顔に拳を入れる。
男の膝は折れ曲がり、芯が抜けたように倒れ込んだ。
「なにしてくれんだ、コラ」
左側にいた男が怒声と共に右腕を振り回してくる。
樹は屈んで避けた後、腹に拳を打ち込み、流れるように顔面に拳を喰らわせた。
男は鼻を抑えながら地面で悶え、指の隙間からは血が流れる。
もう一人の男に目をやると、ファイティングポーズをとってきた。だが表情は完全に怯えており、顔の前に上げた腕も震えている。
男は鼻を抑えながら地面で悶え、指の隙間からは血が流れる。
もう一人の男に目をやると、ファイティングポーズをとってきた。だが表情は完全に怯えており、顔の前に上げた腕も震えている。
「やるんだったら加減しないけど」
「な、なめんじゃねえぞ。来るならただじゃ済まねえぞ」
言葉とは裏腹に声は震えており、少しずつだが、すり足で後ずさっている。
樹は脅かすように詰め寄るふりをすると、男はすぐさま逃げていった。
「おい」
樹が去ろうとすると、最初に殴った男が呼び止めてきた。
男は立とうとするが足元がふらつき、飲み屋の壁にぶつかって膝を地面に付ける。
「てめえの顔、覚えたからな」
殺気を宿した視線をぶつけてくるが、樹は流すように背中を向けた。
その際、大衆居酒屋の入り口に貼られていた紙が視界に入る。
『アルバイト募集! 時給1100円〜 年齢・経験不当 アットホーム 即日採用 正社員雇用あり 大衆居酒屋・六助』
手書きの文字を頭の中に仕舞い込み、樹はこの場を後にした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
クズ
社会の底辺でくすぶっているゴミと言われる存在。
社会の底辺でくすぶっているゴミと言われる存在。
クズ
社会に弾かれ、どこにも馴染めない価値のない残骸。
社会に弾かれ、どこにも馴染めない価値のない残骸。
クズ
社会の歯車にもなれない、命の宿った廃棄物。
社会の歯車にもなれない、命の宿った廃棄物。
クズ
普通にすら手の届かない、哀れで醜い汚れた野良犬。
根本樹は壁にもたれながら、ビルの隙間に映る澄んだ空を眺めていた。
青空の美しさは、路傍で枯れたクズを一層見窄らしく見せる。
痣だらけの顔、血の付いたシワだらけのTシャツ、ゴミが散乱した路地裏。
傍から見たら一目で最下層の人間と分かるだろう。
汚れた姿がクズにはよく似合うから。
青空の美しさは、路傍で枯れたクズを一層見窄らしく見せる。
痣だらけの顔、血の付いたシワだらけのTシャツ、ゴミが散乱した路地裏。
傍から見たら一目で最下層の人間と分かるだろう。
汚れた姿がクズにはよく似合うから。
どこで間違ったのか、何がいけなかったのか、二十二年の人生を振り返ってもダメな部分しか思い出せず、考えることも止めたくなった。
瞳を染める青は、自分の愚かさと醜さを装飾しているようで嫌悪すら抱く。
意味もなく生まれ、意味もなく死んでいく一生。
紙屑と変わらない心臓が、今日も規則正しく動く。
瞳を染める青は、自分の愚かさと醜さを装飾しているようで嫌悪すら抱く。
意味もなく生まれ、意味もなく死んでいく一生。
紙屑と変わらない心臓が、今日も規則正しく動く。
樹の頭の中に、この一ヶ月間のことが走馬灯のように流れ始めた。
汚れた野良犬の視点で描かれる、ゴミ以下の拙い物語。
真っ当な人間では見れない景色が、脳内で鮮明に映し出されてゆく。
汚れた野良犬の視点で描かれる、ゴミ以下の拙い物語。
真っ当な人間では見れない景色が、脳内で鮮明に映し出されてゆく。
――一ヶ月前
三万もの人間を収容できる会場は、先ほどまでの熱気が完全に失われ、今は草臥れた男たちが淡々と作業をしていた。
今日は人気バンドのコンサートがあったらしい。
床に落ちた紙吹雪、豪華絢爛なセット。
幻想的な一夜の余韻は、むさ苦しい男たちによって現実へと戻されていく。
樹は無数に並べられたスタッキングチェアを重ね、近くにある台車に積み上げる。
撤去作業は今日が始めてだ。
昨日登録した派遣会社に勧められ、よく分からないまま会場まで足を運んだ。
この場には数百人ほどおり、身分ごとにヘルメットの色が違う。
現場で指示を出す人は白。樹たち派遣は黄色をかぶっていた。
今日は人気バンドのコンサートがあったらしい。
床に落ちた紙吹雪、豪華絢爛なセット。
幻想的な一夜の余韻は、むさ苦しい男たちによって現実へと戻されていく。
樹は無数に並べられたスタッキングチェアを重ね、近くにある台車に積み上げる。
撤去作業は今日が始めてだ。
昨日登録した派遣会社に勧められ、よく分からないまま会場まで足を運んだ。
この場には数百人ほどおり、身分ごとにヘルメットの色が違う。
現場で指示を出す人は白。樹たち派遣は黄色をかぶっていた。
「バイト君」
派遣が指示をもらうときはそう呼ばれる。
一人一人の名前を覚えられるわけもないので仕方ない。今日だけの人間も多数いる。
だが見下されているように感じたため、樹は少しばかり苛立っていた。
一人一人の名前を覚えられるわけもないので仕方ない。今日だけの人間も多数いる。
だが見下されているように感じたため、樹は少しばかり苛立っていた。
「金もらってんだろ。ぼさっとすんな」
椅子を全部片し終わり手持ち無沙汰になっていると、白いヘルメットをかぶった男性が怒声を響かせてきた。
椅子を片付けてと言われたが、その後のことは何も聞かされてない。
初めての現場で作業説明もろくに受けていないのに、なんで怒鳴られないといけないのか。理不尽な言葉に苛立ちが加速する。
椅子を片付けてと言われたが、その後のことは何も聞かされてない。
初めての現場で作業説明もろくに受けていないのに、なんで怒鳴られないといけないのか。理不尽な言葉に苛立ちが加速する。
「バイト君、手空いてるならこっち来て」
ステージの方に視線を移すと、白いヘルメットをかぶった別の男性が手招きしていた。
樹は歩いてそちらに向かうと、再び怒鳴られる。
樹は歩いてそちらに向かうと、再び怒鳴られる。
「ちんたらすんな。早く来い」
一瞬で煮えたぎった怒りが拳を握らせた。
樹は歩く速度を変えずにステージへと向かう。
樹は歩く速度を変えずにステージへと向かう。
「てめえ日本語分からねえのか! 走れって言ってんだよ」
会場に怒号が響くと、周りの目がステージへと集まる。
「舐めてんのかよ、ガキ」
男の前に来ると、思いっきり頭を叩かれた。
衝撃がヘルメットを貫通し、痺れるような痛みが頭頂部に走る。
その瞬間、樹の我慢が限界を超えた。
握りしめた右手の拳には、感情を表すような血管がくっきりと浮かぶ。
衝撃がヘルメットを貫通し、痺れるような痛みが頭頂部に走る。
その瞬間、樹の我慢が限界を超えた。
握りしめた右手の拳には、感情を表すような血管がくっきりと浮かぶ。
「おい聞いてんのかよ! 舐めてるとぶっとば……」
樹の拳が、言葉を遮るように男の顔面を捉えた。
殴った感触がはっきりと右手に残っており、若干の熱を帯びている。
男は尻餅をつき、口を半開きにしながら樹を見上げた。
抑えきれなかった怒り。
静寂に包まれた会場。
周りの人間は手を止めて、唖然としながら樹を見ている。
殴った感触がはっきりと右手に残っており、若干の熱を帯びている。
男は尻餅をつき、口を半開きにしながら樹を見上げた。
抑えきれなかった怒り。
静寂に包まれた会場。
周りの人間は手を止めて、唖然としながら樹を見ている。
「バイト、何やってんだ」
静けさを破るように、白いヘルメットをかぶった男たちが一斉に集まってきた。
だがお構いなしに、樹は倒れた男に近づいていく。
だがお構いなしに、樹は倒れた男に近づいていく。
「やめろ」
数人の男に取り押さえられると、顔面を床に押し付けられて拘束された。
社会に迷い込んだ一匹の野良犬は、鎖に繋がれた犬たちにより鎮圧される。
社会に迷い込んだ一匹の野良犬は、鎖に繋がれた犬たちにより鎮圧される。
「本当に申し訳ありませんでした」
「若い奴の躾けくらいちゃんとやってよ。派遣だからって言い訳では済まないよ」
「仰る通りでございます。本当に申し訳ありません」
騒動から一時間後、派遣会社の社員が現場へと駆けつけ、クライアントである設営会社の人間に頭を下げて謝っていた。
今はコンサート会場の地下駐車場におり、謝罪の声が鬱陶しいほど鼓膜に響く。
今はコンサート会場の地下駐車場におり、謝罪の声が鬱陶しいほど鼓膜に響く。
「ほら、根本くんも謝って」
社員に促され、樹は会釈程度に頭を下げた。
「君のせいで大事になってるんだよ。その自覚ある?」
樹は社員の言葉を無視し、小さく舌打ちをする。
「根本君だっけ? 今回は大目に見るけど、人として終わってるよ。もう二十歳超えてるでしょ? いい加減大人になりなよ」
社員が叱責すると、対面にいる設営会社の男は呆れた顔をしていた。
樹が殴った男の上司だと思われる。
樹が殴った男の上司だと思われる。
「あいつもすげえ腹立ってるみたいだけど、こっちでなんとかするから。次は気をつけてよ」
「はい。今後は問題を起こさないよう努めて参りますので、これからもどうか宜しくお願いします」
「はい。今後は問題を起こさないよう努めて参りますので、これからもどうか宜しくお願いします」
社員は再度、深々と頭を下げる。
樹は90度に曲がる社員の背中を見て、腹立たしく思った。
世間的には殴った方が悪いのかもしれないが、殴られるようなことをしたのは向こうだ。
普通に言えば理解できるのに、わざわざ怒鳴って指示する必要はない。
完全に見下してるから、あんな言い方になるのだろう。
ましてや初めての仕事で分からないことも多い。動きが鈍るのは当然だ。
そして何より、先に相手が頭を叩いてきた。
なぜ向こうは許されて、自分だけが悪者になるのかが樹には理解できなかった。
樹は90度に曲がる社員の背中を見て、腹立たしく思った。
世間的には殴った方が悪いのかもしれないが、殴られるようなことをしたのは向こうだ。
普通に言えば理解できるのに、わざわざ怒鳴って指示する必要はない。
完全に見下してるから、あんな言い方になるのだろう。
ましてや初めての仕事で分からないことも多い。動きが鈍るのは当然だ。
そして何より、先に相手が頭を叩いてきた。
なぜ向こうは許されて、自分だけが悪者になるのかが樹には理解できなかった。
「君も社会で生きてくなら我慢を覚えなよ。そんなんじゃ、どこに行ってもやっていけないから」
男はそう言って、建物の中へと戻っていった。
二人きりになると、社員の男性が樹に体を向ける。
二人きりになると、社員の男性が樹に体を向ける。
「少しきつく言われたくらいで手を出すなんてどうかしてるよ。社会に出たらこれくらい当たり前だからね。その度に殴るの? 君みたいなどうしようもない人間は初めて見たよ。扱う側の立場も考えてほし……」
樹の苛立ちは顔に表れていた。
今にも手を出しそうな雰囲気に、社員は狼狽えながら後ずさる。
今にも手を出しそうな雰囲気に、社員は狼狽えながら後ずさる。
「もう、うちの会社から案件を出すことはないから。すぐに殴る野蛮な人間を送り出すわけにはいかないからね」
社員が捨て台詞を吐いて足早に去っていくと、樹は意味もなく宙を仰いだ。
腐った世界に自分の居場所などない。
そんなことを思いながら。
腐った世界に自分の居場所などない。
そんなことを思いながら。
コンサート会場を後にし、自宅のある最寄り駅に着いた。
樹の自宅は繁華街を抜けた先にあり、駅から二十分ほど歩いた寂れた場所だ。
またバイトをクビになった。これで何度目だろう。
今まで働いてきた場所でも人間関係で上手くいかず、その度に仕事を変えてきた。
前はパチンコ屋で働いていたが、店長と反りが合わず一ヶ月で退職。
正確に言えば、蹴り飛ばしたらクビになった。
入社当初から上から目線の命令口調が気に食わず、ずっと腹を立てながら働いていた。
お金が必要だったので最初は我慢していたが、「お前みたいな社会不適合者」と言われ、堪忍袋の緒が切れる。
周りの従業員と馴染めなかったことや、愛想の無さからきてるのだろうが、嫌悪している人間に言わたことで感情のブレーキが効かなくなってしまった。
樹が喧嘩っ早いのは、今に始まったことではない。
樹の自宅は繁華街を抜けた先にあり、駅から二十分ほど歩いた寂れた場所だ。
またバイトをクビになった。これで何度目だろう。
今まで働いてきた場所でも人間関係で上手くいかず、その度に仕事を変えてきた。
前はパチンコ屋で働いていたが、店長と反りが合わず一ヶ月で退職。
正確に言えば、蹴り飛ばしたらクビになった。
入社当初から上から目線の命令口調が気に食わず、ずっと腹を立てながら働いていた。
お金が必要だったので最初は我慢していたが、「お前みたいな社会不適合者」と言われ、堪忍袋の緒が切れる。
周りの従業員と馴染めなかったことや、愛想の無さからきてるのだろうが、嫌悪している人間に言わたことで感情のブレーキが効かなくなってしまった。
樹が喧嘩っ早いのは、今に始まったことではない。
高校では、態度が気に食わないと突っかかってきた先輩を殴り、入学一ヶ月で退学処分。
中退後に勤めたコンビニのアルバイトでは、箸を入れ忘れたことに怒ってきた客と揉め、その日の終業後にクビを告げられた。
それから職を転々とするも、どれも長く続かない。
組織や世の中に迎合できない社会不適合者。
自分でも分かっているが、それでも変えようとは思えなかった。
媚びへつらいながら生きたくはないし、見下されたまま黙っていることもしたくない。
腐った世の中に迎合するくらいなら、|社不《しゃふ》で構わない。
こんな考えになったのは、中学時代のある出来事からだった。
今も時々思い出すことがあり、その度に世の中の人間に嫌悪感を抱く。
中退後に勤めたコンビニのアルバイトでは、箸を入れ忘れたことに怒ってきた客と揉め、その日の終業後にクビを告げられた。
それから職を転々とするも、どれも長く続かない。
組織や世の中に迎合できない社会不適合者。
自分でも分かっているが、それでも変えようとは思えなかった。
媚びへつらいながら生きたくはないし、見下されたまま黙っていることもしたくない。
腐った世の中に迎合するくらいなら、|社不《しゃふ》で構わない。
こんな考えになったのは、中学時代のある出来事からだった。
今も時々思い出すことがあり、その度に世の中の人間に嫌悪感を抱く。
繁華街のメイン通りを抜け、小さな飲み屋が立ち並んだレトロな雰囲気の通りを歩いていると、前から三人組の男が来た。
酒が入っているのか、上機嫌に話しながら歩いている。
狭い道には店の看板などが出されているため、大人三人がギリギリ通れるくらいだ。
だが避けようとする素振りも見せず、三人組は横に広がりながら進んでくる。
男たちの腕には刺青が彫られていた。
ほとんどの人間は絡まれるのを恐れ、端に寄って避けるだろう。
今も樹がそうすると思っているから、悪びれもなく堂々と闊歩する。そう考えたら苛立ちが募った。
酒が入っているのか、上機嫌に話しながら歩いている。
狭い道には店の看板などが出されているため、大人三人がギリギリ通れるくらいだ。
だが避けようとする素振りも見せず、三人組は横に広がりながら進んでくる。
男たちの腕には刺青が彫られていた。
ほとんどの人間は絡まれるのを恐れ、端に寄って避けるだろう。
今も樹がそうすると思っているから、悪びれもなく堂々と闊歩する。そう考えたら苛立ちが募った。
「どけよ」
正面まで来ると、真ん中の男が睨みを利かせてきた。
「お前がどけよ」
樹がそう言うと、もう二人の男たちが囲むようにして近づいてくる。
「舐めてんのかよ、クソガキ」
「調子乗ってると攫うぞ」
「調子乗ってると攫うぞ」
口から漂う酒の匂いが鼻腔をなぞった。それが苛立ちを前進させる。
「やってみろよ」
周りに樹たち以外の人間はいなかった。
でも今の樹にとって、人がいようがいまいが関係ない。
目の前の輩に道を譲るくらいなら、通報されても構わないと思った。
でも今の樹にとって、人がいようがいまいが関係ない。
目の前の輩に道を譲るくらいなら、通報されても構わないと思った。
「やってやるよ」
真ん中の男が半袖の柄シャツを脱ぎ捨てると、左右にいる男たちが数歩下がった。
胸の辺りにはタンクトップからはみ出た和彫の龍が見える。
胸の辺りにはタンクトップからはみ出た和彫の龍が見える。
「ぶっ殺す」
男の拳が樹の顔に目掛けて飛んでくるが、上体を逸らして回避。
立て続けに、もう片方の拳が真っ直ぐ向かってきたが、クロスカウンターで相手の顔に拳を入れる。
男の膝は折れ曲がり、芯が抜けたように倒れ込んだ。
立て続けに、もう片方の拳が真っ直ぐ向かってきたが、クロスカウンターで相手の顔に拳を入れる。
男の膝は折れ曲がり、芯が抜けたように倒れ込んだ。
「なにしてくれんだ、コラ」
左側にいた男が怒声と共に右腕を振り回してくる。
樹は屈んで避けた後、腹に拳を打ち込み、流れるように顔面に拳を喰らわせた。
男は鼻を抑えながら地面で悶え、指の隙間からは血が流れる。
もう一人の男に目をやると、ファイティングポーズをとってきた。だが表情は完全に怯えており、顔の前に上げた腕も震えている。
男は鼻を抑えながら地面で悶え、指の隙間からは血が流れる。
もう一人の男に目をやると、ファイティングポーズをとってきた。だが表情は完全に怯えており、顔の前に上げた腕も震えている。
「やるんだったら加減しないけど」
「な、なめんじゃねえぞ。来るならただじゃ済まねえぞ」
「な、なめんじゃねえぞ。来るならただじゃ済まねえぞ」
言葉とは裏腹に声は震えており、少しずつだが、すり足で後ずさっている。
樹は脅かすように詰め寄るふりをすると、男はすぐさま逃げていった。
樹は脅かすように詰め寄るふりをすると、男はすぐさま逃げていった。
「おい」
樹が去ろうとすると、最初に殴った男が呼び止めてきた。
男は立とうとするが足元がふらつき、飲み屋の壁にぶつかって膝を地面に付ける。
男は立とうとするが足元がふらつき、飲み屋の壁にぶつかって膝を地面に付ける。
「てめえの顔、覚えたからな」
殺気を宿した視線をぶつけてくるが、樹は流すように背中を向けた。
その際、大衆居酒屋の入り口に貼られていた紙が視界に入る。
その際、大衆居酒屋の入り口に貼られていた紙が視界に入る。
『アルバイト募集! 時給1100円〜 年齢・経験不当 アットホーム 即日採用 正社員雇用あり 大衆居酒屋・六助』
手書きの文字を頭の中に仕舞い込み、樹はこの場を後にした。