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059

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 千代エービルを出ようとエントランスに向かったところ、守衛室の前で立ち止まってしまった。小雨が降っている。さっきまでは晴れていたのに。

『困りましたね……』

 雪枝は透明な自動ドアを二つ挟み、ぼんやりと外を眺める。

「こんにちは」

 急に声をかけられた。

「残念だったわね。あなたたちには期待してたんだけど」

 大和兎だった。言葉とは裏腹にとても機嫌が良さそうである。

 本日SNOWは正式にバビロンレコード新規レーベルプロジェクトから外れることになり、雪枝は代表で簡単な手続きに来たのだ。

「あら、小糠雨。傘無いなら一緒に入っていく? ちょっと小さいかな」

 兎は手提げから折り畳みの傘を取り出した。雪枝は丁重にお断りする。

「しかし、あなたたちと入れ替わりのあのVtuber。まさか、ああくるとは思わなかったわ」
「ですね……。ⅤtuberではなくVirtualArtistと名乗っておられるようですが」

 SNOWの参加が取り止めになり、代わりにプロジェクトに入ったVアーティスト『SMILEはっく』の中身はもちろん四季と紅葉であった。

 四季の足が完治するまでにはもう少しかかるようだが、この形ならすぐにでも活動に入ることが出来た。

 ちなみに、一応はっくの中身は世間的には秘密である。

 犯人ではなし、殺人に関することだけなら姉妹はむしろ被害者側で、裏さえ探られなければ問題なかろうということで、見切り発車した。

 一つ『Ⅴ』というクッションを挟むことによって、みな各々で勝手に色々〝察〟してくれて、今のところは何の問題も起こっていない。

 千代エーとしては四季(と紅葉)がプロジェクトに戻ってくれること自体には大歓迎であったのだが、あいにく契約は解除されていた。

 今ではフリーランスになっており『SMILEはっく』としてヨネプロとエージェント契約を結んでいる。

 こうなるまでには相当色々が事が拗れたのだが、主に長尾伊都と兵藤千里の尽力・暗躍のおかげでどうにかなったらしい。

 本人たちが『千代エーの社員に姉妹を殺されたのがトラウマになった』と主張したのも効いたようである。

「良かったの? これで」
「良かったもどうしたも……私たちは何か主張出来る立場にはありませんよ」

「濡れるわよ」

 背中から声をかけられたが、雪枝はかまわずビルの外に出ようとした。

「あなたたちって、いったい何してるの?」

 雪枝の足が止まる。

「何、とは?」
「スゥちゃんに四季のロッカーから妙な物を取って来させたでしょう?」
「妙な物、とはなんでしょう?」
「靴とスケッチブック」

 雪枝は振り返ってニッコリ微笑んだ。

「仰っている意味がわかりません」

「……そう。私、紅葉がビルから出るのにも手貸したりしたのよ。少しだけどね」

 挑発だ。わかっていても聞きそうになる。

 紙魚達夫が犯人だと知っていたのか?

 雪枝は黙ってペコリと頭を下げ、自動ドアへ向かった。

「何か誤解してるみたい。私、あなた……あなたたちと仲良くなりたいの」
「仲良く出来るかどうかはわかりませんが、時々話すくらいならかまいませんよ」

 雪枝は再び、身体を兎に向けた。

「ただし条件があります」
「なにかしら?」

「数凪さんを〝スゥちゃん〟と呼ぶのを止めてください」

 雪枝は最早、目も顔も笑っていなかった。氷の矢のような視線を兎の眉間に突き込む。

「いいわよ。……ようやく素顔を見せてくれた」

 雪枝は返事をせず、雨がひどくなってきたビルの外に出た。

「おー、室長。ちょうどよかった」

 外には沙希と伊予がいた。

「なんか雨降りだしたじゃん? ちょうど私たちも用事があって近くにいてさ。コンビニで室長の分も買ってきたよ」

 ビニール傘を受け取り、天に向けて開く。

「……助かりました」

 雪枝は心底から二人に向かって笑ってみせた。
                            了


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 千代エービルを出ようとエントランスに向かったところ、守衛室の前で立ち止まってしまった。小雨が降っている。さっきまでは晴れていたのに。
『困りましたね……』
 雪枝は透明な自動ドアを二つ挟み、ぼんやりと外を眺める。
「こんにちは」
 急に声をかけられた。
「残念だったわね。あなたたちには期待してたんだけど」
 大和兎だった。言葉とは裏腹にとても機嫌が良さそうである。
 本日SNOWは正式にバビロンレコード新規レーベルプロジェクトから外れることになり、雪枝は代表で簡単な手続きに来たのだ。
「あら、小糠雨。傘無いなら一緒に入っていく? ちょっと小さいかな」
 兎は手提げから折り畳みの傘を取り出した。雪枝は丁重にお断りする。
「しかし、あなたたちと入れ替わりのあのVtuber。まさか、ああくるとは思わなかったわ」
「ですね……。ⅤtuberではなくVirtualArtistと名乗っておられるようですが」
 SNOWの参加が取り止めになり、代わりにプロジェクトに入ったVアーティスト『SMILEはっく』の中身はもちろん四季と紅葉であった。
 四季の足が完治するまでにはもう少しかかるようだが、この形ならすぐにでも活動に入ることが出来た。
 ちなみに、一応はっくの中身は世間的には秘密である。
 犯人ではなし、殺人に関することだけなら姉妹はむしろ被害者側で、裏さえ探られなければ問題なかろうということで、見切り発車した。
 一つ『Ⅴ』というクッションを挟むことによって、みな各々で勝手に色々〝察〟してくれて、今のところは何の問題も起こっていない。
 千代エーとしては四季(と紅葉)がプロジェクトに戻ってくれること自体には大歓迎であったのだが、あいにく契約は解除されていた。
 今ではフリーランスになっており『SMILEはっく』としてヨネプロとエージェント契約を結んでいる。
 こうなるまでには相当色々が事が拗れたのだが、主に長尾伊都と兵藤千里の尽力・暗躍のおかげでどうにかなったらしい。
 本人たちが『千代エーの社員に姉妹を殺されたのがトラウマになった』と主張したのも効いたようである。
「良かったの? これで」
「良かったもどうしたも……私たちは何か主張出来る立場にはありませんよ」
「濡れるわよ」
 背中から声をかけられたが、雪枝はかまわずビルの外に出ようとした。
「あなたたちって、いったい何してるの?」
 雪枝の足が止まる。
「何、とは?」
「スゥちゃんに四季のロッカーから妙な物を取って来させたでしょう?」
「妙な物、とはなんでしょう?」
「靴とスケッチブック」
 雪枝は振り返ってニッコリ微笑んだ。
「仰っている意味がわかりません」
「……そう。私、紅葉がビルから出るのにも手貸したりしたのよ。少しだけどね」
 挑発だ。わかっていても聞きそうになる。
 紙魚達夫が犯人だと知っていたのか?
 雪枝は黙ってペコリと頭を下げ、自動ドアへ向かった。
「何か誤解してるみたい。私、あなた……あなたたちと仲良くなりたいの」
「仲良く出来るかどうかはわかりませんが、時々話すくらいならかまいませんよ」
 雪枝は再び、身体を兎に向けた。
「ただし条件があります」
「なにかしら?」
「数凪さんを〝スゥちゃん〟と呼ぶのを止めてください」
 雪枝は最早、目も顔も笑っていなかった。氷の矢のような視線を兎の眉間に突き込む。
「いいわよ。……ようやく素顔を見せてくれた」
 雪枝は返事をせず、雨がひどくなってきたビルの外に出た。
「おー、室長。ちょうどよかった」
 外には沙希と伊予がいた。
「なんか雨降りだしたじゃん? ちょうど私たちも用事があって近くにいてさ。コンビニで室長の分も買ってきたよ」
 ビニール傘を受け取り、天に向けて開く。
「……助かりました」
 雪枝は心底から二人に向かって笑ってみせた。
                            了