「はい、どうぞ」
私は新聞を読む夫の前に朝食を並べる。
朝食は炊きたてごはんに焼鮭、わかめのお味噌汁に小さな納豆だ。
結婚してすぐに「朝食は和食で頼む」と言われてから、十三年。
私は毎朝面倒くさいと思いながらごはんを作っている。
夫が朝食を食べ始めたタイミングで、息子を起こす。
「悟ー早く朝ごはん食べなさーい」
私が呼びかけると「はーい」と息子のだるそうな返事があった。
私は台所に戻り、息子の分の食事をテーブルに並べた。
「おはよー」
ランドセルを持った息子がやって来て、すぐにごはんを食べはじめる。
夫は「おはよう」と返すだけで、新聞から目を離さない。
息子が挨拶してんだから、顔ぐらい見なさいよ!
心の中で怒鳴り、私はため息をつく。
ずっとこうだ。
夫は超エリートで、会社でも中々の地位を得ている。
それはすごいし、家計もおかげで辛くないし私が働きに出なくても普通に暮らしていけるけど。
夫から愛情を感じない。
だから私もだんだん夫への愛情が薄れて来ていると思う。
離婚……とまでは行かなくても、いつかは別居するかもしれない。
そう思うくらい、私の中には不満が満ちている。
「行ってくる」
新聞をたたみ、夫は家を出ていった。
私は無言で夫の食器をまとめ、台所に運ぶ。
「お母さん、もう行くね! 和真くんと待ち合わせするから!」
食事の半分も食べず、息子は立ち上がる。
「行ってらっしゃい、車に気を付けるのよ!」
「はーい」
息子が出ていく。
はぁ、朝から頑張って朝食を作っても、毎日のように残される。
夕飯は残さず食べるし、夫は残さないから、不味いとかではなさそうだけど。
地味にへこむ。
テーブルを片付け、私は自分の朝食を食べる。
息子の残した物とわかめのお味噌汁。
食べ終わったらすぐに片付けて。
毎日こんな感じだ。
一通り朝の片付けが終わった私は、洗濯機を回してからソファに座る。
ここからは私の時間だ。
携帯を持ち、画面をつけると、ロック画面の上部にとある通知が来ていた。
通知には『えりママさんからメッセージが来ています』と書かれている。
SNSサイトからの通知だった。
これが毎日の楽しみ。
五年前から始めたSNS。
このえりママさんとの出会いは三年前。
私が映画の感想をブログに書いたら、えりママさんもその映画を観たとコメントをくれたのだ。
それから何度か交流をしている内に、とっても仲良くなった。
私はさっそくえりママさんのメッセージを読む。
『おはようなつっぴさん、今日は寒いね。
こんなに寒いと洗濯物干すとき手が冷えちゃうよねぇ、洗濯終わったら温かい紅茶でも飲んでまったりしてね!』
なつっぴ、それは私が使ってるニックネームだ。
やっぱり、えりママさんは優しいなぁ。
ほぼ毎日、えりママさんは朝の挨拶をしてくれる。
私はすぐさま返事を書く。
『えりママさんおはよう!
本当に最近寒いよね、気遣ってくれるのはえりママさんくらいだわ、夫も息子も何も言ってくれないの。
そういえば、夫が会社で貰ってきた高い紅茶があったなぁ、夫に内緒で飲んじゃおう!』
私が返すと、すぐにえりママさんからの返信がくる。
『旦那さんと息子さん、相変わらずだねぇ、美味しい紅茶、飲んじゃえ飲んじゃえ♪』
と、返ってきた。
私はすぐに。
『ありがとう、えりママさんはこれからお仕事だよね!
今日も頑張ってね!』
と返した。
えりママさんは仕事をしている。
旦那さんが主夫で、家事をやっているそうだ。
えりママさんはよく、旦那さんを褒めている。
『旦那はいつも私を支えてくれる』
『最高の旦那だよ』
『いつも有難うだわ』
そんなことをよく話してくれた。
お子さんもいて、お子さんの可愛いところの話もしていた。
私の夫と息子も、感謝してくれていたら……。
って、無理だよねぇ。
なんて考えていると、えりママさんからの返事が来た。
『有難う!なつっぴさんも、今日も頑張ってね』
と。
あー、やっぱりえりママさん大好き!
このSNSでの繋がりが、私の心の支えになっている。
そんな日々を送っていたある日のこと。
この日も夫と息子を送り出して朝の家事を終わらせた。
今日はえりママさんから朝の挨拶が来てるかな?
わくわくしながら携帯をつける。
しかし、メッセージは無かった。
今朝は忙しかったかな?
メッセージが来ない日はたまにあるから、特別気にしないけれど。
えりママさんは働いているから、仕方ないのだ。
そういう時は私の方からメッセージを送るようにしている。
今日はなんて送ろう?
とにかく仕事が一段落つく頃にメッセージを見るだろうから『お仕事お疲れ様』は入れなきゃね。
『お仕事お疲れ様!
すっかり冬だね、今日から夫にマフラー着けて出勤させたよ。
寒いからえりママさんも体に気を付けてね!』
メッセージを書いて、私は送信する。
あとはお昼まで暇だし、ひと息つくか。
と、その時。
ブーブー、と音がした。
携帯が振動する音だ。
「え? どこ?」
私は慌てて立ち上がり、音の主を探す。
するとソファに置いていたクッションの裏から携帯が出てきた。
夫の携帯だ。
「やだぁ、忘れて行ったの?」
ため息をつく。
会社に届けた方がいいのかな?
そう思いながら携帯を持つと、パッと画面がついた。
ロック画面の上部に表示された通知を見て、私は固まる。
『なつっぴさんからメッセージが来ています』
……え?
これって……?
えりママさんの正体が、夫?
ということは……えりママさんが褒めちぎってる旦那って……。
途端に私の顔が赤くなる。
私はそっと携帯をクッションの下に戻す。
知らないふりをしておこう。
ちょっとだけ、夫への愛情がわいてきたある日の出来事だった。