第16話:初めてのケンカ、そして手料理(後編)
ー/ーユウキの部屋のドアが閉まる音を聞いてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
アキは、食卓に一人、立ち尽くしたまま動けずにいた。
目の前には、湯気を立てるカレイの煮付け。ユウキが、自分のために心を込めて作ってくれた、温かい料理。その料理が、アキのたった一言で、二人の間に深い溝を作ってしまった。
「…俺、何してるんだ」
アキは、自分の不甲斐なさに、唇を強く噛み締めた。
いつもそうだ。
ユウキは、自分のために、一生懸命気持ちを伝えてくれるのに、俺は、言葉を間違えてしまう。
どうすれば、この気持ちを伝えられるだろうか。
アキは、ふと、キッチンに目をやった。
シンクには、ユウキが使った後の調理器具がそのままになっている。そうだ。言葉で伝えられないなら、行動で示すしかない。アキは、意を決して、スマートフォンを取り出した。
「…カレイの煮付け…レシピ…」
彼は、慣れない手つきで、検索を始めた。
アキは、運行管理室では天才的な手腕を発揮するが、料理に関しては全くの素人だった。レシピの工程を読み進めるうちに、ユウキがどれほどの労力をかけてこの料理を作ったのか、アキには痛いほど分かった。
その時、アキの脳裏に、以前ユウキが使っていた調理ロボット、リズの姿が浮かんだ。リズを使えば、完璧な料理を簡単に作ることができるだろう。
けれども、アキはすぐにその考えを打ち消した。
「これは…俺が自分でやる」
アキは、冷蔵庫から食材を取り出し、包丁を握りしめた。
しかし、魚を捌くのは初めてで、カレイはぐちゃぐちゃになり、まな板の上は水浸しになった。調味料の分量を間違え、鍋からは焦げた匂いが立ち上る。
アキは、額に汗を浮かべながら、必死に料理と格闘した。
その頃、ユウキは、自分の部屋のベッドに顔をうずめていた。
アキに、ひどいことを言ってしまった。そんな後悔の気持ちが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。
「アキくんは…私の気持ちなんて、どうでもいいんでしょ…」
そう言ってしまった時の、アキの戸惑った顔が、脳裏に焼き付いている。
アキが本当にそう思っているわけではない。アキは、口下手で不器用なだけだ。
それは、ユウキが一番よく分かっているはずなのに。
どうして、あんなにひどいことを言ってしまったのだろう。
その時、ユウキのスマートフォンの画面が光った。ルナからのチャットだった。
『ユウキさん、こんばんは!今日は、カイがくれた、地球のクレープのレシピを試しました!…なんだか、少し焦げちゃいましたけど、美味しかったです!』
それに続いて、少し焦げたクレープの写真と、満面の笑みを浮かべたルナのスタンプが送られてきた。ユウキは、ルナの無邪気なチャットを見て、少しだけ心が和んだ。
ユウキは、ルナに、今日のケンカのことを少しだけ話した。
『アキくんと、ちょっとケンカしちゃったの。私が作った料理と、同じものを会社で食べちゃったみたいで…』
ユウキがそう送ると、すぐにルナから返信が来た。
『そうなんですか!でも、ユウキさんが作った料理は、世界に一つしかない、特別な料理ですよ!カイは、いつも不器用で、言葉も少ないですけど、私を心配してくれてるのが、私には分かります。アキさんも、きっと、ユウキさんの気持ち、分かってくれていますよ!』
ルナからの無邪気で温かい言葉に、ユウキの胸のつかえが少しだけ取れた。そうだ。アキは、言葉ではうまく伝えられないだけだ。
その時、リビングの方から、何か焦げ付くような匂いが漂ってきた。
「…え?何の匂い…?」
ユウキは、不審に思い、そっと部屋のドアを開けた。
リビングのドアを開けると、そこには、真っ黒に焦げ付いたフライパンと、粉まみれになったアキの姿があった。
アキは、真っ黒になった何かを、焦った顔で皿に乗せようとしている。
「ア、アキくん!何してるの!?」
ユウキが駆け寄ると、アキは、ハッとした顔で振り返った。彼の手には、原型を留めないほどに焦げ付いた、真っ黒な物体があった。
それは、どう見ても、食べ物には見えなかった。
「…ユウキ」
アキは、そう言って、焦げ付いた物体を、ユウキに差し出した。
「これ…ユウキが…作ってくれたカレイの煮付けに…俺が、ありがとうって、ちゃんと言えなかったから…」
アキは、顔を真っ赤にして、そう呟いた。
ユウキは、その言葉を聞いて、アキの不器用な優しさに、胸がいっぱいになった。アキは、言葉で謝罪を伝えられない代わりに、不器用ながらも、料理で自分の気持ちを伝えようとしてくれたのだ。
ユウキは、焦げ付いた物体を、そっとアキの手から受け取ると、アキに抱きついた。
「バカ…アキくん…」
ユウキは、そう言って、アキの背中に顔をうずめて、泣き出した。
「…ごめん、ユウキ。俺…不器用で…」
アキは、ユウキの頭を優しく撫でた。
「知ってるよ…でも、ありがとう」
ユウキは、そう言って、アキの腕の中で、静かに泣いた。
その後、ユウキは、アキの背中に顔をうずめたまま、小さな声で尋ねた。
「ねぇ…リズ…使わなかったの?」
アキは、ユウキの質問に、一瞬だけ言葉を詰まらせた。そして、ユウキの頭を撫でていた手を止めると、静かに、そして力強く答えた。
「…それじゃ、意味ないだろ」
ユウキは、その言葉を聞いて、アキの胸に、さらに強く顔をうずめた。
二人のケンカは、温かい手料理と、不器用な愛の言葉によって、静かに終わりを告げた。
そして、二人の絆は、この小さなケンカを通して、さらに深く、強く結びついたのだった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
ユウキの部屋のドアが閉まる音を聞いてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
アキは、食卓に一人、立ち尽くしたまま動けずにいた。
目の前には、湯気を立てるカレイの煮付け。ユウキが、自分のために心を込めて作ってくれた、温かい料理。その料理が、アキのたった一言で、二人の間に深い溝を作ってしまった。
「…俺、何してるんだ」
アキは、自分の不甲斐なさに、唇を強く噛み締めた。
いつもそうだ。
ユウキは、自分のために、一生懸命気持ちを伝えてくれるのに、俺は、言葉を間違えてしまう。
どうすれば、この気持ちを伝えられるだろうか。
アキは、ふと、キッチンに目をやった。
シンクには、ユウキが使った後の調理器具がそのままになっている。そうだ。言葉で伝えられないなら、行動で示すしかない。アキは、意を決して、スマートフォンを取り出した。
「…カレイの煮付け…レシピ…」
彼は、慣れない手つきで、検索を始めた。
アキは、運行管理室では天才的な手腕を発揮するが、料理に関しては全くの素人だった。レシピの工程を読み進めるうちに、ユウキがどれほどの労力をかけてこの料理を作ったのか、アキには痛いほど分かった。
その時、アキの脳裏に、以前ユウキが使っていた調理ロボット、リズの姿が浮かんだ。リズを使えば、完璧な料理を簡単に作ることができるだろう。
けれども、アキはすぐにその考えを打ち消した。
「これは…俺が自分でやる」
アキは、冷蔵庫から食材を取り出し、包丁を握りしめた。
しかし、魚を捌くのは初めてで、カレイはぐちゃぐちゃになり、まな板の上は水浸しになった。調味料の分量を間違え、鍋からは焦げた匂いが立ち上る。
アキは、額に汗を浮かべながら、必死に料理と格闘した。
その頃、ユウキは、自分の部屋のベッドに顔をうずめていた。
アキに、ひどいことを言ってしまった。そんな後悔の気持ちが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。
「アキくんは…私の気持ちなんて、どうでもいいんでしょ…」
そう言ってしまった時の、アキの戸惑った顔が、脳裏に焼き付いている。
アキが本当にそう思っているわけではない。アキは、口下手で不器用なだけだ。
それは、ユウキが一番よく分かっているはずなのに。
どうして、あんなにひどいことを言ってしまったのだろう。
その時、ユウキのスマートフォンの画面が光った。ルナからのチャットだった。
『ユウキさん、こんばんは!今日は、カイがくれた、地球のクレープのレシピを試しました!…なんだか、少し焦げちゃいましたけど、美味しかったです!』
それに続いて、少し焦げたクレープの写真と、満面の笑みを浮かべたルナのスタンプが送られてきた。ユウキは、ルナの無邪気なチャットを見て、少しだけ心が和んだ。
ユウキは、ルナに、今日のケンカのことを少しだけ話した。
『アキくんと、ちょっとケンカしちゃったの。私が作った料理と、同じものを会社で食べちゃったみたいで…』
ユウキがそう送ると、すぐにルナから返信が来た。
『そうなんですか!でも、ユウキさんが作った料理は、世界に一つしかない、特別な料理ですよ!カイは、いつも不器用で、言葉も少ないですけど、私を心配してくれてるのが、私には分かります。アキさんも、きっと、ユウキさんの気持ち、分かってくれていますよ!』
ルナからの無邪気で温かい言葉に、ユウキの胸のつかえが少しだけ取れた。そうだ。アキは、言葉ではうまく伝えられないだけだ。
その時、リビングの方から、何か焦げ付くような匂いが漂ってきた。
「…え?何の匂い…?」
ユウキは、不審に思い、そっと部屋のドアを開けた。
リビングのドアを開けると、そこには、真っ黒に焦げ付いたフライパンと、粉まみれになったアキの姿があった。
アキは、真っ黒になった何かを、焦った顔で皿に乗せようとしている。
「ア、アキくん!何してるの!?」
ユウキが駆け寄ると、アキは、ハッとした顔で振り返った。彼の手には、原型を留めないほどに焦げ付いた、真っ黒な物体があった。
それは、どう見ても、食べ物には見えなかった。
「…ユウキ」
アキは、そう言って、焦げ付いた物体を、ユウキに差し出した。
「これ…ユウキが…作ってくれたカレイの煮付けに…俺が、ありがとうって、ちゃんと言えなかったから…」
アキは、顔を真っ赤にして、そう呟いた。
ユウキは、その言葉を聞いて、アキの不器用な優しさに、胸がいっぱいになった。アキは、言葉で謝罪を伝えられない代わりに、不器用ながらも、料理で自分の気持ちを伝えようとしてくれたのだ。
ユウキは、焦げ付いた物体を、そっとアキの手から受け取ると、アキに抱きついた。
「バカ…アキくん…」
ユウキは、そう言って、アキの背中に顔をうずめて、泣き出した。
「…ごめん、ユウキ。俺…不器用で…」
アキは、ユウキの頭を優しく撫でた。
「知ってるよ…でも、ありがとう」
ユウキは、そう言って、アキの腕の中で、静かに泣いた。
その後、ユウキは、アキの背中に顔をうずめたまま、小さな声で尋ねた。
「ねぇ…リズ…使わなかったの?」
アキは、ユウキの質問に、一瞬だけ言葉を詰まらせた。そして、ユウキの頭を撫でていた手を止めると、静かに、そして力強く答えた。
「…それじゃ、意味ないだろ」
ユウキは、その言葉を聞いて、アキの胸に、さらに強く顔をうずめた。
二人のケンカは、温かい手料理と、不器用な愛の言葉によって、静かに終わりを告げた。
そして、二人の絆は、この小さなケンカを通して、さらに深く、強く結びついたのだった。