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@64話 行方

ー/ー





 翌朝、まだ音色が起きる前に瑞稀は社長宅を訪れた。


 


「社長、昨日の件ですが……」


「ああ、夜光さんからは今朝早く連絡が来て、退職を願い出されたよ」


 


 コーヒーをカップに注ぎながら答えた一颯は、『お前も飲むか?』とばかりにコーヒーポットを掲げて見せる。瑞稀はそれに応えて勝手知ったる我が家のように食器棚からカップをだして、一颯の元へ置く。いつものスーパー特売品の豆だが挽きたてのいい匂いが部屋を満たしている。


 


「……そうですか……あんなことになるなんて、残念です」


「お前と二人で長いこと勤めてくれたもんなぁ。しかもこのタイミングは最悪だ」


「申し訳ありません……私にも責任があります。音色の退職理由は私が社長の耳に入れないよう夜光さんに頼んだんです」


 


 一颯は黙った。瑞稀が『音色』と呼び捨てにしたのも気付いている。しかし黙った理由はそれではない。『なぜ?』である。


 


「理由は……多分社長と同じです……」


「俺と? 同じ理由?」


 


 思い当たるのは『恋心』だ。しかしここでそれを認めるわけにはいかない。ここはまだ自宅……オフィスにいるわけでもタイムカードを切ったわけでもなく相手が親友だとしても、『好みの女だから雇った』と経営を担うものとして、社員に明かす訳にはいかない。




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 翌朝、まだ音色が起きる前に瑞稀は社長宅を訪れた。
「社長、昨日の件ですが……」
「ああ、夜光さんからは今朝早く連絡が来て、退職を願い出されたよ」
 コーヒーをカップに注ぎながら答えた一颯は、『お前も飲むか?』とばかりにコーヒーポットを掲げて見せる。瑞稀はそれに応えて勝手知ったる我が家のように食器棚からカップをだして、一颯の元へ置く。いつものスーパー特売品の豆だが挽きたてのいい匂いが部屋を満たしている。
「……そうですか……あんなことになるなんて、残念です」
「お前と二人で長いこと勤めてくれたもんなぁ。しかもこのタイミングは最悪だ」
「申し訳ありません……私にも責任があります。音色の退職理由は私が社長の耳に入れないよう夜光さんに頼んだんです」
 一颯は黙った。瑞稀が『音色』と呼び捨てにしたのも気付いている。しかし黙った理由はそれではない。『なぜ?』である。
「理由は……多分社長と同じです……」
「俺と? 同じ理由?」
 思い当たるのは『恋心』だ。しかしここでそれを認めるわけにはいかない。ここはまだ自宅……オフィスにいるわけでもタイムカードを切ったわけでもなく相手が親友だとしても、『好みの女だから雇った』と経営を担うものとして、社員に明かす訳にはいかない。