音色の脱力を感じ取った夜光は音色を床に組み伏せる。夜光の鼻息は荒い。
「春原さん、今も前の会社に借金の返済を迫られている……お金……お金が要るんですよね……いくらですか? お金出せば私とも付き合ってくれますよね? いくら出せば私とも遊んでくれますか?」
目を瞑っていた音色は、恐る恐る下から覗いてみる……夜光のその目はクレイジーだ。音色の心は恐怖に染まる。
「バカにしないでっっ!!」
音色が力いっぱい突き飛ばす。抵抗を諦めたと思っていた夜光は、油断で簡単に後方へと跳ね飛ばされた。その隙に立ち上がり距離を取る音色。部屋からの出口は夜光を越えたその後ろ側にあって、ピンチはまだ続く。
『秘書室』という性質上、社長室に近く設置されており、他の役員室や会議室を隔てており、他の業務部と離されている。余人が気軽に立ち寄るエリアではない。
ゆっくりと夜光が立ち上がる。屈辱の感情が目に宿っている。
(ス、スマホは?)
パンツのポケットを探るがスマホは手に当たらない。一瞬、ポケットに目を移す。その瞬間を待っていたかのように襲いかかる夜光。こういうのは熊と一緒だ、視線を切ってはいけなかった……。
「きゃあぁぁぁ……」
音色の叫びが秘書室のぶ厚い壁に呑み込まれていく……。
「私は横領のことを社長たちに報告してません……いいんですか?」
脅しだ……再び音色を脱力が蝕む。それを見て取った夜光は舌舐めずりしながらゆっくりと音色に近寄る。ギュッと目を閉じ顔を背けた音色の瞼の裏に、あのときと同じ夕の光が差し込む。ため息が良く似合う弱い陽……。
「それでは……いただきます」
夜光がその梟のように目を光らせた……。