初恋は……。

ー/ー



 次の日もその次の日も(みなと)は全く普通だった。まるで告白なんてイベントはまったく全然何にもちっともなかったかのよう。
 もしかして聞こえなかった? 大好きっていう修飾語は『湊きゅん』にじゃなく『ニンジン』にかかっちゃった?
 んなわけないでしょう。

 もう一度勇気のパワーがチャージされるまで、しばらくは普通でいよう。こんなドキドキばっかりしてたら心臓が持たない。


 

 普通でいよう、湊に聞こえていなかったのならかえって好都合ではないか。なかったことにしてしまおう。

 そんなことをずっと考えていた私は、数日後、熱を出した。おそらく知恵熱的な類のもので咳も出ないしクシャミも出ない、熱だけが高かったけれども、それだって昼過ぎにはスッと静まった。

「お母さん、町内会の役員定例会に行かなきゃないんだけど、一人で大丈夫? 寝てられる? なんか欲しい物とか食べたい物はある?」
 出かける直前まで、リンゴを剥こうか? 熱が下がってもちゃんと寝てなさいと口うるさく言っていた母が出て行ってしまうと、途端に家の中はしーんと静まり返った。鍵をかけるガチャリという音がなんとも物悲しい。


 眠くもないのにベッドに入っても考えるのは湊のことと、数日前の告白、『告白未遂』というか『告白もどき』というか……。
 でもあの時、精一杯振り絞った勇気をなかったことになんかしたくない。なかったことになんかできない!

 湊が帰ってきたら、今度こそちゃんと伝えよう。目を見つめて真剣に、『あなたが好きです』って。



 もう一度告白をする決意をしたらドキドキでまた熱が上がってしまいそうだった。もちろん気のせいだ。

 シャワーを浴びて、髪の毛を念入りにトリートメントする。少しでも可愛い私で告白したい。ドライヤーで髪を乾かす時も、甘い香りのヘアオイルをたっぷり使った。これはお姉ちゃんのとっておきのヘアオイルで前に拝借した時にはしこたま怒られた。姉よ許せ、一世一代の告白リベンジなんだ。


 部屋で服を選んでいると、ギィーっと油の足りない蝶番(ちょうつがい)の悲鳴が聞こえた、そしてその後バタンとドアが閉まる音が響いた。

 帰ってきた!
 湊が帰ってきた。
 ……ヤバい、ドキドキが止まらない。

 でももうこんな宙ぶらりんはイヤだ。
 ちゃんと告白して、幼なじみを卒業して、晴れて恋人同士になって、新しい二人になるんだ。


 役員定例会に行ったお母さんはまだ帰ってくる時間ではないけれども、念のため置き手紙を残して、ドアに鍵をかけた。『ちょっと出かけてきます』……場合によってはちょっとでは済まなくなるかも、そんなことを考えて、また赤くなる。


 深呼吸を二回して、目を瞑って集中する。湊の家の玄関のチャイムをゆっくりと押す。頭の中では我が家のチャイムと同じ音がピンポーンと鳴り響くのに、この家からは何の音も聞こえてこない。もう一度チャイムを押してみても、……やっぱりなんの音も鳴らない。チャイム、壊れてるのかな?

 ドアの蝶番(ちょうつがい)の油不足といい、チャイムといい……フルタイムで働く湊のお母さんは忙しくて、こんなことにまで手が回らないのかもしれない。
 あとでうちのお母さんに湊の家のチャイムが壊れていることを教えてあげなくっちゃ……大事な時なのに、当たり前みたいにそんなことを考えていた。


 ドアノブを捻ってみたらカチャッと音がして、鍵がかかっていないことに気付く。
 まったく不用心、泥棒が来たらどうするのよ、っていうか泥棒が家人と鉢合わせると居直り強盗のようになるから危険って、この間一緒にニュースを見たじゃない。


 うっかりの港をたしなめるべく、家に上がり込み、勝手知ったる部屋のドアに手をかける。
 勝手知ったるっていうか、マンションの隣同士で間取りも一緒だから子供部屋の場所も私と同じだ。


「ちょっと、湊、玄関のドア開いて、た、……よぉぉぉぉ、ご、ご、ごめ、ん!! ごめ、ごめんなさ、い!?」


 よくあるラブコメなんかだと、女の子が幼なじみの部屋を突然訪ねた時、男の子が、色々、セルフバーニング的な、ことを、している、それが王道の展開で、慌てて立ち上がった彼がつまづいたりなんかして、偶然が重なって彼女ベッドに押し倒してしまい……、そして二人は……。それが王道のお約束の展開だ。家に勝手に上がり込んだ時、そんな展開が脳裏をよぎらなかったかと言えばウソになる。そんな展開を期待したからこそ、そぉ〜っと家に上がり、部屋のドアを開けたのだ。


 けれども私が見たのは、……。


 ベッドの上で、口付けを交わす湊と玲央(れおん)くんの姿だった。湊の両手がまるで愛しいものに触れるように玲央くんの両頬を包む。玲央くんの手が湊の背中をしっかりと抱きしめている。制服のジャケットがよれている。



 声にならない悲鳴をあげた。ネットスラング的に言えば「くぁwせdrftgyふじこlp」だ。発声は出来っこない。


麻紀(まき)? ……具合はもう大丈夫か?」
「ダダダダ、ダイ、ダイジョブ、ダヨ」

「ごめん、びっくりさせたよな」
「ビビビビ、ビツクリ、シタヨ、シタヨ」

「この間さ、お前、言ってくれたろ、オレに。あれで、オレも勇気、出さなきゃなって」
「ユユユ、ユウキ……ダス、ユウキ」

「今日さ、玲央に伝えたんだ、オレの気持ち」
「僕もずっと湊が好きで。でも湊はきっと浅倉(あさくら)さんのことが好きなんだろうなって思ってて、二人の間の絆みたいなものにずっと嫉妬してた」
「シトシトシトシト、シット?」

 湊の告白を受けて、大きく見開くはずだった私の目はキョロキョロと上下左右に動いた。両手で口を覆う……これは予定通り。

「麻紀ごめんな。玲央の話を沢山できるやつなんて、麻紀しかいないからさ、毎日楽しくて。でも麻紀の気持ちにも気付いてたから申し訳ない気持ちもあって、苦しかった」
「僕も、浅倉さんと湊が一緒に夕飯を食べたり、部屋でTVを一緒に観たって聞いて、苦しかった」
「ソ、ソウカ、ごめんね、なんか、その、おジャマしちゃって、……どうか、そのおシアワセに。あ、ミナト、部屋の鍵ちゃんとかけた方が、イイヨ、多分」

 もう何を言っているのか、何を言ったらいいのか分からなかった。

 どうやって自分の部屋に戻ったのか、その記憶すら途切れてしまって覚えていない。

 私は、失恋したんだろうか? ずっと私の背中を追いかけてきていた湊、私と同じ気持ちだと思っていたのに。

 湊はとっくに私のことなんか追い越して、そして好きな人を見つけたんだ。玲央くんのことが好きだったんだ。好きな人の話がしたくて、いつも私の部屋にきていたんだ。……知らなかった。


 目が溶けてしまうほど泣いた私の頭をお姉ちゃんはそっと撫でてくれた。
 


 ヘアオイルの無断借用の件は不問になった。……甘い香りが、苦い。






みんなのリアクション

 次の日もその次の日も|湊《みなと》は全く普通だった。まるで告白なんてイベントはまったく全然何にもちっともなかったかのよう。 もしかして聞こえなかった? 大好きっていう修飾語は『湊きゅん』にじゃなく『ニンジン』にかかっちゃった?
 んなわけないでしょう。
 もう一度勇気のパワーがチャージされるまで、しばらくは普通でいよう。こんなドキドキばっかりしてたら心臓が持たない。
 普通でいよう、湊に聞こえていなかったのならかえって好都合ではないか。なかったことにしてしまおう。
 そんなことをずっと考えていた私は、数日後、熱を出した。おそらく知恵熱的な類のもので咳も出ないしクシャミも出ない、熱だけが高かったけれども、それだって昼過ぎにはスッと静まった。
「お母さん、町内会の役員定例会に行かなきゃないんだけど、一人で大丈夫? 寝てられる? なんか欲しい物とか食べたい物はある?」
 出かける直前まで、リンゴを剥こうか? 熱が下がってもちゃんと寝てなさいと口うるさく言っていた母が出て行ってしまうと、途端に家の中はしーんと静まり返った。鍵をかけるガチャリという音がなんとも物悲しい。
 眠くもないのにベッドに入っても考えるのは湊のことと、数日前の告白、『告白未遂』というか『告白もどき』というか……。
 でもあの時、精一杯振り絞った勇気をなかったことになんかしたくない。なかったことになんかできない!
 湊が帰ってきたら、今度こそちゃんと伝えよう。目を見つめて真剣に、『あなたが好きです』って。
 もう一度告白をする決意をしたらドキドキでまた熱が上がってしまいそうだった。もちろん気のせいだ。
 シャワーを浴びて、髪の毛を念入りにトリートメントする。少しでも可愛い私で告白したい。ドライヤーで髪を乾かす時も、甘い香りのヘアオイルをたっぷり使った。これはお姉ちゃんのとっておきのヘアオイルで前に拝借した時にはしこたま怒られた。姉よ許せ、一世一代の告白リベンジなんだ。
 部屋で服を選んでいると、ギィーっと油の足りない|蝶番《ちょうつがい》の悲鳴が聞こえた、そしてその後バタンとドアが閉まる音が響いた。
 帰ってきた!
 湊が帰ってきた。
 ……ヤバい、ドキドキが止まらない。
 でももうこんな宙ぶらりんはイヤだ。
 ちゃんと告白して、幼なじみを卒業して、晴れて恋人同士になって、新しい二人になるんだ。
 役員定例会に行ったお母さんはまだ帰ってくる時間ではないけれども、念のため置き手紙を残して、ドアに鍵をかけた。『ちょっと出かけてきます』……場合によってはちょっとでは済まなくなるかも、そんなことを考えて、また赤くなる。
 深呼吸を二回して、目を瞑って集中する。湊の家の玄関のチャイムをゆっくりと押す。頭の中では我が家のチャイムと同じ音がピンポーンと鳴り響くのに、この家からは何の音も聞こえてこない。もう一度チャイムを押してみても、……やっぱりなんの音も鳴らない。チャイム、壊れてるのかな?
 ドアの|蝶番《ちょうつがい》の油不足といい、チャイムといい……フルタイムで働く湊のお母さんは忙しくて、こんなことにまで手が回らないのかもしれない。
 あとでうちのお母さんに湊の家のチャイムが壊れていることを教えてあげなくっちゃ……大事な時なのに、当たり前みたいにそんなことを考えていた。
 ドアノブを捻ってみたらカチャッと音がして、鍵がかかっていないことに気付く。
 まったく不用心、泥棒が来たらどうするのよ、っていうか泥棒が家人と鉢合わせると居直り強盗のようになるから危険って、この間一緒にニュースを見たじゃない。
 うっかりの港をたしなめるべく、家に上がり込み、勝手知ったる部屋のドアに手をかける。
 勝手知ったるっていうか、マンションの隣同士で間取りも一緒だから子供部屋の場所も私と同じだ。
「ちょっと、湊、玄関のドア開いて、た、……よぉぉぉぉ、ご、ご、ごめ、ん!! ごめ、ごめんなさ、い!?」
 よくあるラブコメなんかだと、女の子が幼なじみの部屋を突然訪ねた時、男の子が、色々、セルフバーニング的な、ことを、している、それが王道の展開で、慌てて立ち上がった彼がつまづいたりなんかして、偶然が重なって彼女ベッドに押し倒してしまい……、そして二人は……。それが王道のお約束の展開だ。家に勝手に上がり込んだ時、そんな展開が脳裏をよぎらなかったかと言えばウソになる。そんな展開を期待したからこそ、そぉ〜っと家に上がり、部屋のドアを開けたのだ。
 けれども私が見たのは、……。
 ベッドの上で、口付けを交わす湊と|玲央《れおん》くんの姿だった。湊の両手がまるで愛しいものに触れるように玲央くんの両頬を包む。玲央くんの手が湊の背中をしっかりと抱きしめている。制服のジャケットがよれている。
 声にならない悲鳴をあげた。ネットスラング的に言えば「くぁwせdrftgyふじこlp」だ。発声は出来っこない。
「|麻紀《まき》? ……具合はもう大丈夫か?」
「ダダダダ、ダイ、ダイジョブ、ダヨ」
「ごめん、びっくりさせたよな」
「ビビビビ、ビツクリ、シタヨ、シタヨ」
「この間さ、お前、言ってくれたろ、オレに。あれで、オレも勇気、出さなきゃなって」
「ユユユ、ユウキ……ダス、ユウキ」
「今日さ、玲央に伝えたんだ、オレの気持ち」
「僕もずっと湊が好きで。でも湊はきっと|浅倉《あさくら》さんのことが好きなんだろうなって思ってて、二人の間の絆みたいなものにずっと嫉妬してた」
「シトシトシトシト、シット?」
 湊の告白を受けて、大きく見開くはずだった私の目はキョロキョロと上下左右に動いた。両手で口を覆う……これは予定通り。
「麻紀ごめんな。玲央の話を沢山できるやつなんて、麻紀しかいないからさ、毎日楽しくて。でも麻紀の気持ちにも気付いてたから申し訳ない気持ちもあって、苦しかった」
「僕も、浅倉さんと湊が一緒に夕飯を食べたり、部屋でTVを一緒に観たって聞いて、苦しかった」
「ソ、ソウカ、ごめんね、なんか、その、おジャマしちゃって、……どうか、そのおシアワセに。あ、ミナト、部屋の鍵ちゃんとかけた方が、イイヨ、多分」
 もう何を言っているのか、何を言ったらいいのか分からなかった。
 どうやって自分の部屋に戻ったのか、その記憶すら途切れてしまって覚えていない。
 私は、失恋したんだろうか? ずっと私の背中を追いかけてきていた湊、私と同じ気持ちだと思っていたのに。
 湊はとっくに私のことなんか追い越して、そして好きな人を見つけたんだ。玲央くんのことが好きだったんだ。好きな人の話がしたくて、いつも私の部屋にきていたんだ。……知らなかった。
 目が溶けてしまうほど泣いた私の頭をお姉ちゃんはそっと撫でてくれた。
 ヘアオイルの無断借用の件は不問になった。……甘い香りが、苦い。


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