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彼女と私

ー/ー



「起きたんだ」
ボーっとしている私に話しかける夫。そうか、昼寝をしてたんだ。昼間に夫がいるってことは、今日夫は休日か。カレンダー通りに休日がやってくる夫だから土曜か日曜だけど、私の仕事がシフト制なせいか、そんなことはどうでもいい。寝ぼけているせいか、状況を把握するのに時間がかかる。
掃除しないと。
ふとそんな事を思うが、この絶妙な硬さのソファから動くのが面倒で、頭が起きるまでまたしばらくボーっと動かずにいる私。まだ小さな娘が、カラフルなブロックのおもちゃで遊んでいる。夫は対面キッチンの向こうで何やら作業をしている。夕食の仕込みでもしてくれてるのかな。夫は休日に少し手の込んだ料理を作るのが趣味だから、料理が苦手な私はいつも助かっている。

そろそろ動かないと。私も掃除しなきゃ。
元々こまめに掃除をしないし、散らかったままでもある程度平気な私と、私より更に散らかっていても平気な夫。そんな夫婦だから、休みの日に私が掃除をしなければ、家は荒れ放題。でも、今日はいつもより整っているようにも感じる。兎に角、まずは掃除機をかけよう。そう思い動き出そうとするが。
掃除機ってどこにあるっけ。
と、また動かなくなる私。まだ、寝ぼけてるのかもしれない。
やっとの思いで起き上がり、掃除する予定のリビングを見渡す。木の素材をふんだんに使った、暖かい雰囲気のインテリア。私はモノトーンカラーでかっこいい感じのインテリアが好きだけど、今の家はこういう感じ。
こんな家だったっけ。
急に目の前の景色を、知らない世界に感じる。しかし、一瞬感じた違和感も、やる事があるとすぐに気にならなくなる。
やるか。
独り言を言ったあとに、やっとの思いでソファから起き上がる。

起きた時は、外は明るくまだまだ時間があるように感じたけど、あっという間に暗くなり夕食も終わった。今日はリビングの掃除をしたくらいで、1日中家でのんびりしてたなー。こんな休日もいいよなー。と思いながら、またソファの上でダラダラ。明日のことなんて全然考えておらず、寝る準備しないと。と、目の前のやる事について考えるだけ。
「まやー。明後日は帰るの遅くなるからねー。」
夫が少し離れたところから話しかける。
じゃあ、明後日は夕飯別々か。そういうのはもうちょっと早くから言ってくれないと。いつもなら予定が分かった時点で教えてくれるんだけどな。まぁ、前々から分かったからって何かするわけじゃないんだけど。気持ちの問題というか。なんて1人で考えながら、夫に返事をしようとするが。
ん?まや?

呼ばれた名前に、昼間と同じような違和感を覚える。
私の名前?まや?
違う。私はまやじゃない。昼間にはスルーできた違和感も、流石に名前を間違えられたらスルーできない。夫は浮気をするタイプの男ではないと、私は信じているが、仮に浮気相手がいても、その人と呼び間違えたという感じでもない。ソファに座ってる自分の足をみてまた違和感。ショートパンツの部屋着を履いて、生足が見えている。これは、私ではない気がする。そもそも私達夫婦に、子どもは居なかった。今思うと全てに見覚えがない。

この身体は私のものではない。

気づいた。今になって気がづいた。昼間の違和感は寝ぼけていたからではなかった。夫はあまり変わっていないように見えるが、他のもの全てが記憶にない。状況がわからない。
それに気づいたら、急に彼女を、この状況を、後ろから見れるような視点になった。幽体離脱でもしたかのような、第三者からの視点という感じ。この状況を幽体離脱と言うのかは分からないけど、兎に角この状況を見つめていた。

2人が会話をしている。内容はよく分からない。音が聞こえないとか、意味が分からないわけではなく、頭にあまり入ってこないという感じ。未だ状況はわからないけど、見届けるしかなく見続ける。

いつの間にか遅い時間になっていたようで、いつの間にか子どもは寝かしつけられている。リビングには夫と彼女の2人。アパートに住んでいたようで、2人がリビングのすぐ隣の部屋に移動する。そこには小さなテーブルの上に、私の顔写真と焼き菓子などが置かれている。遺影とお供え物だろう。

そうか。私は死んだのか。

顔写真は夫と 2 人で撮った写真を、私だけ写るように切り取られて加工されたもの。何も覚えてないけど、急なことだったのかな。
仏壇ではないため供養台とでも言うのか、小さなテーブルの上には、写真とお菓子の他にも、お線香やモコモコでうねうねしたピンクやオレンジのブーケが綺麗に整えて置かれている。私は花に詳しくないからそのブーケが何の花かは分からないけど、仏花用ではない事は分かる。多分私が好まないと思って、オシャレな花のブーケなのかな。ちゃんと私のことを考えて選んでくれてたなら嬉しい。実家の庭の隅に小さく咲いてた彼岸花がなんだか凛として綺麗で、彼岸花が好きだと夫には話してたんだけどなと、ふと昔の会話を思い出す。実際、仏壇に彼岸花は縁起が悪いって言われるし、遺影とともに飾られていたら確かに淋しい感じもするからしょうがないか。

恐らく、夫は彼女と再婚して子どもができた。今見ると、夫もいくらか老けたように見える。私が死んでから何年たったかはよく分からない。

なぜかこの状況を私は冷静に見ていられるし、受け入れている。いや、冷静に見ていられたわけではなく、実感が湧かないだけかもしれない。

2人が私の写真の前で座って、手を合わせ、何か話している。今日が命日なのか、これが日課なのかは分からない。

悲しい。

受け入れていると思ったが、ふとそんな感情が湧き上がってきた。前に、私がもし早く死んだら、夫に再婚していいよって言ってたから、いつか私が欲しかった子どももいて、幸せに暮らしてくれているのは凄く嬉しい。だから、彼女を恨んでいるとか、夫に裏切られたとか、そう言う想いは一切ない。
ただ、その未来が自分では作れなかったことが悲しい。

これが夢ならいいのにな。

そう思いながら、段々と眠くなるような、世界が遠ざかるような感覚になる。

「おはよ。全然起きないから心配したよ。やっと目、覚めたの。」
「ごめん!おはよう。」
目が覚めると、旦那が寝室に入ってきたところだった。
そう言ってリビングに向かう旦那。私も追うようにリビングへ向かう。
リビングに行くと、来月で3歳になる娘に先にご飯を食べさせてくれている。普段の家事はほとんど私がしているけど、こういう時に何も言わずに動いてくれるの本当に助かる。まだ眠さが残る私のために、旦那が朝食を用意してくれている。ボーっとしながら何気なく旦那に声をかける。

「あのさー、供養台に飾るお花ってさ、彼岸花じゃ駄目かな?」


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「起きたんだ」 ボーっとしている私に話しかける夫。そうか、昼寝をしてたんだ。昼間に夫がいるってことは、今日夫は休日か。カレンダー通りに休日がやってくる夫だから土曜か日曜だけど、私の仕事がシフト制なせいか、そんなことはどうでもいい。寝ぼけているせいか、状況を把握するのに時間がかかる。
掃除しないと。
ふとそんな事を思うが、この絶妙な硬さのソファから動くのが面倒で、頭が起きるまでまたしばらくボーっと動かずにいる私。まだ小さな娘が、カラフルなブロックのおもちゃで遊んでいる。夫は対面キッチンの向こうで何やら作業をしている。夕食の仕込みでもしてくれてるのかな。夫は休日に少し手の込んだ料理を作るのが趣味だから、料理が苦手な私はいつも助かっている。
そろそろ動かないと。私も掃除しなきゃ。
元々こまめに掃除をしないし、散らかったままでもある程度平気な私と、私より更に散らかっていても平気な夫。そんな夫婦だから、休みの日に私が掃除をしなければ、家は荒れ放題。でも、今日はいつもより整っているようにも感じる。兎に角、まずは掃除機をかけよう。そう思い動き出そうとするが。
掃除機ってどこにあるっけ。
と、また動かなくなる私。まだ、寝ぼけてるのかもしれない。
やっとの思いで起き上がり、掃除する予定のリビングを見渡す。木の素材をふんだんに使った、暖かい雰囲気のインテリア。私はモノトーンカラーでかっこいい感じのインテリアが好きだけど、今の家はこういう感じ。
こんな家だったっけ。
急に目の前の景色を、知らない世界に感じる。しかし、一瞬感じた違和感も、やる事があるとすぐに気にならなくなる。
やるか。
独り言を言ったあとに、やっとの思いでソファから起き上がる。
起きた時は、外は明るくまだまだ時間があるように感じたけど、あっという間に暗くなり夕食も終わった。今日はリビングの掃除をしたくらいで、1日中家でのんびりしてたなー。こんな休日もいいよなー。と思いながら、またソファの上でダラダラ。明日のことなんて全然考えておらず、寝る準備しないと。と、目の前のやる事について考えるだけ。
「まやー。明後日は帰るの遅くなるからねー。」
夫が少し離れたところから話しかける。
じゃあ、明後日は夕飯別々か。そういうのはもうちょっと早くから言ってくれないと。いつもなら予定が分かった時点で教えてくれるんだけどな。まぁ、前々から分かったからって何かするわけじゃないんだけど。気持ちの問題というか。なんて1人で考えながら、夫に返事をしようとするが。
ん?まや?
呼ばれた名前に、昼間と同じような違和感を覚える。
私の名前?まや?
違う。私はまやじゃない。昼間にはスルーできた違和感も、流石に名前を間違えられたらスルーできない。夫は浮気をするタイプの男ではないと、私は信じているが、仮に浮気相手がいても、その人と呼び間違えたという感じでもない。ソファに座ってる自分の足をみてまた違和感。ショートパンツの部屋着を履いて、生足が見えている。これは、私ではない気がする。そもそも私達夫婦に、子どもは居なかった。今思うと全てに見覚えがない。
この身体は私のものではない。
気づいた。今になって気がづいた。昼間の違和感は寝ぼけていたからではなかった。夫はあまり変わっていないように見えるが、他のもの全てが記憶にない。状況がわからない。
それに気づいたら、急に彼女を、この状況を、後ろから見れるような視点になった。幽体離脱でもしたかのような、第三者からの視点という感じ。この状況を幽体離脱と言うのかは分からないけど、兎に角この状況を見つめていた。
2人が会話をしている。内容はよく分からない。音が聞こえないとか、意味が分からないわけではなく、頭にあまり入ってこないという感じ。未だ状況はわからないけど、見届けるしかなく見続ける。
いつの間にか遅い時間になっていたようで、いつの間にか子どもは寝かしつけられている。リビングには夫と彼女の2人。アパートに住んでいたようで、2人がリビングのすぐ隣の部屋に移動する。そこには小さなテーブルの上に、私の顔写真と焼き菓子などが置かれている。遺影とお供え物だろう。
そうか。私は死んだのか。
顔写真は夫と 2 人で撮った写真を、私だけ写るように切り取られて加工されたもの。何も覚えてないけど、急なことだったのかな。
仏壇ではないため供養台とでも言うのか、小さなテーブルの上には、写真とお菓子の他にも、お線香やモコモコでうねうねしたピンクやオレンジのブーケが綺麗に整えて置かれている。私は花に詳しくないからそのブーケが何の花かは分からないけど、仏花用ではない事は分かる。多分私が好まないと思って、オシャレな花のブーケなのかな。ちゃんと私のことを考えて選んでくれてたなら嬉しい。実家の庭の隅に小さく咲いてた彼岸花がなんだか凛として綺麗で、彼岸花が好きだと夫には話してたんだけどなと、ふと昔の会話を思い出す。実際、仏壇に彼岸花は縁起が悪いって言われるし、遺影とともに飾られていたら確かに淋しい感じもするからしょうがないか。
恐らく、夫は彼女と再婚して子どもができた。今見ると、夫もいくらか老けたように見える。私が死んでから何年たったかはよく分からない。
なぜかこの状況を私は冷静に見ていられるし、受け入れている。いや、冷静に見ていられたわけではなく、実感が湧かないだけかもしれない。
2人が私の写真の前で座って、手を合わせ、何か話している。今日が命日なのか、これが日課なのかは分からない。
悲しい。
受け入れていると思ったが、ふとそんな感情が湧き上がってきた。前に、私がもし早く死んだら、夫に再婚していいよって言ってたから、いつか私が欲しかった子どももいて、幸せに暮らしてくれているのは凄く嬉しい。だから、彼女を恨んでいるとか、夫に裏切られたとか、そう言う想いは一切ない。
ただ、その未来が自分では作れなかったことが悲しい。
これが夢ならいいのにな。
そう思いながら、段々と眠くなるような、世界が遠ざかるような感覚になる。
「おはよ。全然起きないから心配したよ。やっと目、覚めたの。」
「ごめん!おはよう。」
目が覚めると、旦那が寝室に入ってきたところだった。
そう言ってリビングに向かう旦那。私も追うようにリビングへ向かう。
リビングに行くと、来月で3歳になる娘に先にご飯を食べさせてくれている。普段の家事はほとんど私がしているけど、こういう時に何も言わずに動いてくれるの本当に助かる。まだ眠さが残る私のために、旦那が朝食を用意してくれている。ボーっとしながら何気なく旦那に声をかける。
「あのさー、供養台に飾るお花ってさ、彼岸花じゃ駄目かな?」