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神様より偉い人

ー/ー



 園美(そのみ)ちゃんが勤める弁当店『ときゑ(ときえ)』に今日もやって来た、長髪の男性。黒髪だ。

「ムー……ウ~ム、ムム―ゥ……」

 いつものことだ。彼は弁当を選ぶのに30分かかる。

(最近、この人よく来てくれるわね。それにしてもいつも長! 髪も悩む時間も長っ)
 玉子焼きを切りながら、長髪男性がメニューを決めるのを待っている園美。

 お昼時だ。そのうち、次々とお客様がやって来て、打ち切りになるメニューが増えていく。
(焦らないのだろうか、この男は)待ちかねて厨房へいったん下がった園美。園美が怪訝そうな表情で棚の影からじっとカウンターを見つめていると……あ!

玲利(れいり)ぃ~♡」園美のダーリン、植木職人の玲利がやって来た。
「園美! お疲れさま。」
「うん、玲利、今現場がここの近くなのね!」
「そうだよ。あ、ハラペコだぜ。オレね、唐揚げ弁当ちょうだい。玉子焼きは……! 克服したから入れてちょ」
「ハ~イ♪」
 訳あって、玲利は玉子が食べられなかった、それは園美も。しかしここで説明すると長くなるので端折らせて戴く。

「ム――――――……ン~」長髪の男性の心の葛藤は、傍から見るぶんには計り知れない。
 だって30分もどの弁当にするか決められないだなんて、相当の葛藤ではないか。

「ンー……ン~……ムムん~~」

 すると、カウンターに身を乗り出し、園美を呼びつける玲利。
「園美! そ・の・みっ!」小声だが必死で呼んでいる。
「ン、どうしたの? 玲利」タオルで手を拭きながら園美がカウンターへやって来た。
「ちょちょ、ちょっと」おいでおいでするような手つきで、園美の耳元を自分のほうへいざなった玲利。
 チラッ。玲利がお隣を見て、「この人、大丈夫なのかな? 気分でも悪いんじゃないか? ずっと唸ってる……」
 園美は真顔で「あ~、いつものことよ」と普通の声の大きさで言った。そして向き直し、「ネ~、お兄さん! いろいろ種類があるから迷っちゃいますよねー♪」明るく言う。

「うむ。人間の食べる物は旨すぎて迷うのじゃ」

『人間の?』『……のじゃ?』

「本来『葛藤』というものは、わしが愚かな人間達へ授けたものじゃ」
(『わし』『じゃ』って、この人中国地方の出身? にしても……)
 隣で聴いていた玲利が言い出した。
「あなたは人間じゃないのか?」

「そうじゃ」

 それを聞いて、たまらず園美は振り返り「店長、ちょっとあたし今忙しいから、あとはよろしく!」と言い「も、もしかして沙華(しゃか)やや子さんの、なんかの本に出てきた『神様より偉い人』っ?!」と長髪男性に問うた。

「うむ。バレたか」
「バ、バレたかって、あなたあっちこっち出没して、なにやってるんですか!」と玲利。

「エビフライ……ハンバーグ……。この胸を掻きむしるほどの葛藤に、今、わしは後悔を感じざるを得ない。葛藤などという代物をこしらえるんじゃなかったとな」

 店長の狛江(こまえ)さんが包丁を持ったまんま鬼の形相でカウンターへやって来た。
 こ、こわい!

「ちょっとぉ、髪の長い兄ちゃん! 何にすんだい、弁当は。忙しいんだよ、うちはね! 講釈垂れてる暇があったら考えな!」
 こ、こわすぎ、狛江さん。包丁、光ってるし。

「うむ」
「『うむ』なんていうメニュー、うちにはねーよ!」こ、狛江さん!

「スペシャルミックス弁当だ」
 神様より偉い長髪男性はなぜか腕を組み、瞳を閉じうつむきがち、という小粋なポーズで答えた。

 スペシャルミックス弁当なら『エビフライ』も『ハンバーグ』も入っている。

「あ。さっきエビフライが売り切れたとこです」と園美。
「な、ななな……なんだとっ、うぬぬぬぬ」
「お兄さん、てか、ぇ……と、神様より偉い人?! ハンバーグ弁当にすればいいんじゃないすか」と玲利。
「そ、そうだな」

 長髪神様より偉い人のせいで、厨房に戻った狛江さん一人が切り盛りしていた。その狛江さんが「ザンネーン! ハンバーグはそちらのお客さんで最後だよ」
 頭を掻きながら、すまなさそうにサラリーマン風の男性がレジ袋を手に一礼した。

(あ~あ)と思いつつ園美は言った。「あなた神様より偉いんだから、なんだってできるでしょう? お弁当を魔法で出すぐらい朝飯前じゃないの? 今は昼飯だけど(クスッ)」

「ムー、ムー、うぬ~」悲しそうな長髪神より偉い人。
 葛藤してるまにチャンスを棒に振ることだってあるのだ。

「もう、オレは昼休憩が終わるから行きますけど、唐揚げ弁当も美味しいですよ! じゃ」と玲利。
「玲利~♡お仕事ふぁいとぉ!」
「うん(投げキッス)」お熱い二人だ。

「か……唐揚げ弁当」声の様子が変だなと、園美が神より偉い人を見ると、泣いていた。

「ったく。園美ちゃん! 唐揚げ1個多めに入れてやんなっ」
 眼光は鋭いが、心のあったかい狛江さんの粋な計らいさ。

「ぶわぁあああああ――――――ッ!」大泣きの長髪神様より偉い人。780円の弁当代を園美に渡し、レジ袋を受け取ると逃げるように走り去っていった。

 なんの涙だったのだろう。

 園美は狛江さんのことを前にもまして好きになった。





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 |園美《そのみ》ちゃんが勤める弁当店『|ときゑ《ときえ》』に今日もやって来た、長髪の男性。黒髪だ。
「ムー……ウ~ム、ムム―ゥ……」
 いつものことだ。彼は弁当を選ぶのに30分かかる。
(最近、この人よく来てくれるわね。それにしてもいつも長! 髪も悩む時間も長っ)
 玉子焼きを切りながら、長髪男性がメニューを決めるのを待っている園美。
 お昼時だ。そのうち、次々とお客様がやって来て、打ち切りになるメニューが増えていく。
(焦らないのだろうか、この男は)待ちかねて厨房へいったん下がった園美。園美が怪訝そうな表情で棚の影からじっとカウンターを見つめていると……あ!
「|玲利《れいり》ぃ~♡」園美のダーリン、植木職人の玲利がやって来た。
「園美! お疲れさま。」
「うん、玲利、今現場がここの近くなのね!」
「そうだよ。あ、ハラペコだぜ。オレね、唐揚げ弁当ちょうだい。玉子焼きは……! 克服したから入れてちょ」
「ハ~イ♪」
 訳あって、玲利は玉子が食べられなかった、それは園美も。しかしここで説明すると長くなるので端折らせて戴く。
「ム――――――……ン~」長髪の男性の心の葛藤は、傍から見るぶんには計り知れない。
 だって30分もどの弁当にするか決められないだなんて、相当の葛藤ではないか。
「ンー……ン~……ムムん~~」
 すると、カウンターに身を乗り出し、園美を呼びつける玲利。
「園美! そ・の・みっ!」小声だが必死で呼んでいる。
「ン、どうしたの? 玲利」タオルで手を拭きながら園美がカウンターへやって来た。
「ちょちょ、ちょっと」おいでおいでするような手つきで、園美の耳元を自分のほうへいざなった玲利。
 チラッ。玲利がお隣を見て、「この人、大丈夫なのかな? 気分でも悪いんじゃないか? ずっと唸ってる……」
 園美は真顔で「あ~、いつものことよ」と普通の声の大きさで言った。そして向き直し、「ネ~、お兄さん! いろいろ種類があるから迷っちゃいますよねー♪」明るく言う。
「うむ。人間の食べる物は旨すぎて迷うのじゃ」
『人間の?』『……のじゃ?』
「本来『葛藤』というものは、わしが愚かな人間達へ授けたものじゃ」
(『わし』『じゃ』って、この人中国地方の出身? にしても……)
 隣で聴いていた玲利が言い出した。
「あなたは人間じゃないのか?」
「そうじゃ」
 それを聞いて、たまらず園美は振り返り「店長、ちょっとあたし今忙しいから、あとはよろしく!」と言い「も、もしかして|沙華《しゃか》やや子さんの、なんかの本に出てきた『神様より偉い人』っ?!」と長髪男性に問うた。
「うむ。バレたか」
「バ、バレたかって、あなたあっちこっち出没して、なにやってるんですか!」と玲利。
「エビフライ……ハンバーグ……。この胸を掻きむしるほどの葛藤に、今、わしは後悔を感じざるを得ない。葛藤などという代物をこしらえるんじゃなかったとな」
 店長の|狛江《こまえ》さんが包丁を持ったまんま鬼の形相でカウンターへやって来た。
 こ、こわい!
「ちょっとぉ、髪の長い兄ちゃん! 何にすんだい、弁当は。忙しいんだよ、うちはね! 講釈垂れてる暇があったら考えな!」
 こ、こわすぎ、狛江さん。包丁、光ってるし。
「うむ」
「『うむ』なんていうメニュー、うちにはねーよ!」こ、狛江さん!
「スペシャルミックス弁当だ」
 神様より偉い長髪男性はなぜか腕を組み、瞳を閉じうつむきがち、という小粋なポーズで答えた。
 スペシャルミックス弁当なら『エビフライ』も『ハンバーグ』も入っている。
「あ。さっきエビフライが売り切れたとこです」と園美。
「な、ななな……なんだとっ、うぬぬぬぬ」
「お兄さん、てか、ぇ……と、神様より偉い人?! ハンバーグ弁当にすればいいんじゃないすか」と玲利。
「そ、そうだな」
 長髪神様より偉い人のせいで、厨房に戻った狛江さん一人が切り盛りしていた。その狛江さんが「ザンネーン! ハンバーグはそちらのお客さんで最後だよ」
 頭を掻きながら、すまなさそうにサラリーマン風の男性がレジ袋を手に一礼した。
(あ~あ)と思いつつ園美は言った。「あなた神様より偉いんだから、なんだってできるでしょう? お弁当を魔法で出すぐらい朝飯前じゃないの? 今は昼飯だけど(クスッ)」
「ムー、ムー、うぬ~」悲しそうな長髪神より偉い人。
 葛藤してるまにチャンスを棒に振ることだってあるのだ。
「もう、オレは昼休憩が終わるから行きますけど、唐揚げ弁当も美味しいですよ! じゃ」と玲利。
「玲利~♡お仕事ふぁいとぉ!」
「うん(投げキッス)」お熱い二人だ。
「か……唐揚げ弁当」声の様子が変だなと、園美が神より偉い人を見ると、泣いていた。
「ったく。園美ちゃん! 唐揚げ1個多めに入れてやんなっ」
 眼光は鋭いが、心のあったかい狛江さんの粋な計らいさ。
「ぶわぁあああああ――――――ッ!」大泣きの長髪神様より偉い人。780円の弁当代を園美に渡し、レジ袋を受け取ると逃げるように走り去っていった。
 なんの涙だったのだろう。
 園美は狛江さんのことを前にもまして好きになった。