第2楽章〜アダージョ〜⑫
ー/ー 同日 午後7時〜
〜黄瀬壮馬の見解〜
長かった吹奏楽部の午後の全体練習が終わり、ようやく夕食の時間になった。
この日の夕ご飯は、みんなで調理するカレーライス……ではなく、朝食や昼食と同じく大食堂に集まるスタイルだ。
この日の夕食のメニューは、トンカツ定食だった。
お昼の牛丼に続いて、肉好きのボクにとっては、嬉しいメニューだ。
オーソドックスなカツレツが1枚に、付け合わせには、スパゲティー、ミニトマトやレタスにキャベツの千切りが付いている。さらに、きんぴらゴボウの小鉢に、昼食と同じく味噌汁と香の物も付いてきて、ボリュームもたっぷりだ。
吹奏楽部のメンバーと違って、ボクや竜司は、午後の時間を演奏に費やした訳じゃないけど……。
吹奏楽部の顧問の先生やOB・OGの人たちが居る中での撮影には、気をつかうことが多く、いつもの取材撮影よりも、はるかに気疲れすることが多かった。
それだけに、夕食の時間は、ボクにとってココロ安らぐ時間になったわけなんだけど、それは、吹奏楽部の部員のみんなにとっても同じだったようで、
「は〜、ご飯が美味しい〜。癒やされる〜」
「ホント、それな。午後の練習キツかったもんね〜」
という声が、あちらこちらから聞こえる。
練習の緊張感から解き放たれ、素の表情の戻った部員たちの声を耳にしながら、
(しまった……今日の夕食時の日常風景も撮影しておくべきだった……)
と、少しだけ後悔した。
前日は、カレーの調理工程などもあったので、自分が野菜を切るとき以外は、カメラを回して、部員たちのカレー作りを撮影していたんだけど、今日は、午後の撮影のプレッシャーから解放された反動で、そこまで気が回らなかった。
ただ、食堂での夕食は、次の日にも予定されているので、
(まあ、夕飯の撮影は明日でも良いか……)
と、気持ちを切り替える。
明日は、本格的な練習としては最終日となるようだし、リラックスした夕食の時間に、合宿の感想を聞きながら動画の撮影をするのも悪くないかも知れない。
あとで、竜司に相談してみよう―――。
そう考えながら、食べ終わった食器を片付けて返却口に行こうとすると、
「ねぇ、黄瀬くん、ちょっと良いかな?」
と、ボクに声をかけてくる女子生徒がいた。
「えっと……どうしたの紅野さん? ボクに何か用?」
「うん……もし、このあと、時間が空いてたら、だけど……黄瀬くんに少し相談したいことがあって……」
「そうなんだ……」
そう応じながら、昨日の竜司に続いて、自分まで吹奏楽部のメンバーに呼び出されるなんて―――と感じつつ、
「ボクで良ければ、話を聞かせてもらうよ。紅野さんのお役に立てるかどうかわからないけど……」
と、苦笑まじりに返答する。
「ありがとう。それじゃ、30分後に、昨日の夜カレーを作った炊飯場で待ってる」
「わかったよ。それじゃ、またあとで」
笑顔で返事を返して、彼女を見送ったあとも、さて、紅野さんが語る内容に、自分は適応できるだろうか……という不安が募る。
これまでの彼女を取り巻く人たち(と言っても、ほぼ寿先輩のことだけど……)の動向から考えるに、紅野さんの頭を悩ませている要因を想像することは難しくない。
問題は、ボク自身が、そうした他人のお悩みについて、有効なアドバイスを出来るタイプではない、ということだ。
(どうして、ボクなんかに相談するんだろう? 相談するなら竜司の方が相応しいだろうに……)
と想いつつも、すぐに、思い返すことになった。
(いや、その親友の存在こそが、おそらく、いまの彼女の悩みのタネであって……)
だから、ボクが相談相手になるわけか……と、深いため息をつく。
同じクラスの女子生徒からのお悩み相談。さらに、その中身は、極めてプライベートなものであることが容易に想像され、その主な要因はあの強烈なキャラクターの生徒会長と、ボクの親友が占めているのだろう、ということが予想される。
(これ、初心者には荷が重すぎないか?)
あらためて、自分が置かれた立場を再認識し、
「ボクで良ければ、話を聞かせてもらうよ」
などというありきたりの言葉で、気軽に相談に乗ることを請け負った自身の軽率さを、今さらながらに後悔した。
本当なら、夕食後は、今日の午前と午後に撮影した映像を確認して、密着取材の映像記録の編集準備に入りたかったところなんだけど……。
どうやら、そのことは、いったん頭から離したほうが良さそうだ。
(今回ばかりは、いまの悩みや愚痴を竜司本人にぶつける訳にもいかないし……)
考えてみれば、これまで校内の色んな生徒と接点を持っている、その友人は、こうして、何人もの生徒からクラブ活動やプライベートに関する悩み相談を受けていたのかも知れない(ボクは、詳細を把握していないけど、例えば、同じクラスの緑川くんなんかもその一人である可能性は高い)。
人間関係の輪が広がると、背負うものも多くなるなぁ、と感じながら、ボクは、クラスメートの女子から持ちかけられる相談に備えることにした。
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