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第2楽章〜アダージョ〜⑬

ー/ー



 食堂で声をかけられてから、きっかり30分後―――。

 同室の竜司に、「ちょっと、外の空気を吸ってくる」と言ってから、ボクは宿舎を抜け出し、屋外炊飯場にやって来た。
 少し薄暗くなり始めた炊飯場には、紅野さんが待機していて、木製のベンチに腰掛けていた。

「紅野さん、お待たせ」

「あっ、黄瀬くん! ゴメンね、夜に呼び出しちゃって」

「いや、そのことはイイんだけどね……もしかしたら、今回、ボクは紅野さんの話を聞くことが出来る数少ない候補の一人かも知れないし」

 これは、さっきまでボクなりに考えていたことを言葉にしたつもりだ。

「そっか……そう言ってもらえると、気が楽になるかも。そうだね……たしかに、今日これから話すことは、黄瀬くん以外に相談できる人は居ないかも……」

「うん、貴重な役割だと思って聞かせてもらうよ……」

「ありがとう。それじゃあ、今回は、自分自身を含めてプライベートな話題になるから、たとえ話をさせてもらって良いかな?」

「わかったよ。じゃあ、紅野さんの考えていることを聞かせて」

「うん……私ね、昔から霊感が鈍くて、みんなが見える幽霊ってのが見えなかったんだ。小学校高学年の頃から、周りの女子たちは、色んな幽霊に夢中で、今日みたいな合宿や修学旅行の夜には、そのお話で盛り上がっていたんだけど……」

「うんうん、よくある話だよね」

「私は、そんな周りのお話を聞きながら、どうして、みんなそんなに幽霊話に夢中になるんだろう? って、不思議に思ってたの。それと同時に、いつか、自分にも幽霊が見えるのかな? 私の目の前に()()()()()があらわれるのかな? って、思っていたの」

「そっか……実は、ボクも紅野さんと同じように、いままで()()()()()()()()()()人間なんだよね。だから、どうして、みんなそんなに浮ついた話に夢中になるんだ? って感じる紅野さんの気持ちは良く分かるかも……」

「そう、なんだ……ゴメンね、わかりにくいたとえ話に付き合ってもらって」

 紅野さんは、そう言って謝るが、あえて慎重に言葉を選んで、わかりづらい話になるよりも、こうしたたとえ話の方がかえって、お互いに語りやすくなるというポジティブな効果はあると思う。

 彼女の言う幽霊や幽霊話が、何を意味するのか理解できれば、遠慮なく自分の意見を話すことができる。
 
「いや、ボクも、同じように幽霊が見えていなかったハズの親友が、今年の春休みに、急に幽霊話を始めて驚いたからね。自分のことじゃなくても、なぜだかわからないショックがあるんだよね、こう言うことって……」

「そう、なんだ……実は、私も最近―――もしかしたら、これが、みんなの言う幽霊が見えるってことなのかな? って経験があったんだ。でも、初めての経験だから、どうして良いかわからなくて……私は、どうすれば良いんだろう、って悩んでいるところなんだ」

 ついに、核心に迫る内容が来た……と、感じる。

 そりゃ、いくらたとえ話にして語ったところで、竜司本人には相談できないよな……と考えつつ。
 
 彼女の悩みにどう答えれば良いんだろう――――――?

 人生経験が足りないボクには、確信をもって、紅野さんに伝えられることは何もない。

 それでも、何も言わないよりは……と考えて、どうにか言葉をひねり出す。

「ボクは、幽霊なんて信じていないし、周りがどう言おうが、それが見えていなくたって、全く気にならないけど……紅野さんに幽霊が見えかけているなら、その気持ちを否定しなくても良いんじゃないかな? 上手く言えないけど、紅野さんがいま感じている想いを相手に伝えるのも悪くないと思う。ボクの見立てでは、紅野さんの目の前に居る幽霊らしき者は、そんなに悪いヤツじゃないと思うよ」

 ボクが、そう答えると、クラスメートは、ハッとした表情になり、そのあと、どこか、ホッとしたようにうつむき、

「そっか……黄瀬くんにそう言ってもらえるなら、ちょっと、勇気が出るな」

と、つぶやいた。

 しまった……これじゃ、結果的に彼女の気持ちを後押しすることになるじゃないか……。

 それでも、安堵するような表情を見せる紅野さんを見守りながら、こう考える。
 ボクにとって、彼女の想いが親友に伝わることで、デメリットはあるのだろうか、と――――――。

 これまで、竜司の周辺に起こる事態について、あまり深く考えてこなかったけれど、いずれ、親友が異性と交際を始めるとして、そのとき、自分にはどんな影響があるだろう?

 たとえば、身近な存在である下級生の佐倉さんの場合。

 これは、広報部の部内にカップルが成立するということで、ボクにとっては、あまり居心地の良いものではなくなるかも知れない。もちろん、竜司や佐倉さんの性格からして、人前で堂々とイチャつくようなことはしないだろうけど、それでも、部内で交際するメンバーが居るということは、色々と気を使ったりすることになるんじゃないか、という懸念があるのは事実だ。

 次に、親友を盛大に振った白草さんの場合。

 これは、部内恋愛ということにはならないので、ボクにとって好きにしてくれれば良い、と結論を出すことが出来る。ただ、竜司のことを考えた場合、はたして、あのバイタリティーに満ち溢れた相手と対等に渡り合って交際を続けることが出来るのか、という心配はある。白草さんが、将来どんな職業を選ぶのかはわからないけど、今よりもっと注目度の高い存在になったりしたら、親友ならずとも、真っ当な恋人関係を維持することすら難しくなるだろう。竜司個人の感情を別にすれば、友人としては、白草四葉という存在を交際相手に選ぶことは、あまりオススメできる選択肢ではない。

 そうすると――――――。

 部活動としては、別の組織に属しながら、クラス委員同士として、お互いに信頼関係を構築できている紅野さんは、親友の交際相手として、かなり有望な相手なのではないか、と感じてしまう。
 あの生徒会長ほど積極的に後押ししようとまでは思わないけど、(彼女たちには申し訳ないが、)佐倉さんや白草さんと比べると、消去法という消極的な理由であったとしても、親友の交際相手としては、紅野さんという選択肢がベターだ、とそう結論付けられる。

 クラスメートと二人きりの屋外炊飯場でそんなことを考えていると、ボクのスマホが鳴動し、意外な人物から、LANEのメッセージが届いていた。


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 食堂で声をかけられてから、きっかり30分後―――。
 同室の竜司に、「ちょっと、外の空気を吸ってくる」と言ってから、ボクは宿舎を抜け出し、屋外炊飯場にやって来た。
 少し薄暗くなり始めた炊飯場には、紅野さんが待機していて、木製のベンチに腰掛けていた。
「紅野さん、お待たせ」
「あっ、黄瀬くん! ゴメンね、夜に呼び出しちゃって」
「いや、そのことはイイんだけどね……もしかしたら、今回、ボクは紅野さんの話を聞くことが出来る数少ない候補の一人かも知れないし」
 これは、さっきまでボクなりに考えていたことを言葉にしたつもりだ。
「そっか……そう言ってもらえると、気が楽になるかも。そうだね……たしかに、今日これから話すことは、黄瀬くん以外に相談できる人は居ないかも……」
「うん、貴重な役割だと思って聞かせてもらうよ……」
「ありがとう。それじゃあ、今回は、自分自身を含めてプライベートな話題になるから、たとえ話をさせてもらって良いかな?」
「わかったよ。じゃあ、紅野さんの考えていることを聞かせて」
「うん……私ね、昔から霊感が鈍くて、みんなが見える幽霊ってのが見えなかったんだ。小学校高学年の頃から、周りの女子たちは、色んな幽霊に夢中で、今日みたいな合宿や修学旅行の夜には、そのお話で盛り上がっていたんだけど……」
「うんうん、よくある話だよね」
「私は、そんな周りのお話を聞きながら、どうして、みんなそんなに幽霊話に夢中になるんだろう? って、不思議に思ってたの。それと同時に、いつか、自分にも幽霊が見えるのかな? 私の目の前に|素《・》|敵《・》|な《・》|幽《・》|霊《・》があらわれるのかな? って、思っていたの」
「そっか……実は、ボクも紅野さんと同じように、いままで|幽《・》|霊《・》|を《・》|見《・》|た《・》|こ《・》|と《・》|が《・》|無《・》|い《・》人間なんだよね。だから、どうして、みんなそんなに浮ついた話に夢中になるんだ? って感じる紅野さんの気持ちは良く分かるかも……」
「そう、なんだ……ゴメンね、わかりにくいたとえ話に付き合ってもらって」
 紅野さんは、そう言って謝るが、あえて慎重に言葉を選んで、わかりづらい話になるよりも、こうしたたとえ話の方がかえって、お互いに語りやすくなるというポジティブな効果はあると思う。
 彼女の言う幽霊や幽霊話が、何を意味するのか理解できれば、遠慮なく自分の意見を話すことができる。
「いや、ボクも、同じように幽霊が見えていなかったハズの親友が、今年の春休みに、急に幽霊話を始めて驚いたからね。自分のことじゃなくても、なぜだかわからないショックがあるんだよね、こう言うことって……」
「そう、なんだ……実は、私も最近―――もしかしたら、これが、みんなの言う幽霊が見えるってことなのかな? って経験があったんだ。でも、初めての経験だから、どうして良いかわからなくて……私は、どうすれば良いんだろう、って悩んでいるところなんだ」
 ついに、核心に迫る内容が来た……と、感じる。
 そりゃ、いくらたとえ話にして語ったところで、竜司本人には相談できないよな……と考えつつ。
 彼女の悩みにどう答えれば良いんだろう――――――?
 人生経験が足りないボクには、確信をもって、紅野さんに伝えられることは何もない。
 それでも、何も言わないよりは……と考えて、どうにか言葉をひねり出す。
「ボクは、幽霊なんて信じていないし、周りがどう言おうが、それが見えていなくたって、全く気にならないけど……紅野さんに幽霊が見えかけているなら、その気持ちを否定しなくても良いんじゃないかな? 上手く言えないけど、紅野さんがいま感じている想いを相手に伝えるのも悪くないと思う。ボクの見立てでは、紅野さんの目の前に居る幽霊らしき者は、そんなに悪いヤツじゃないと思うよ」
 ボクが、そう答えると、クラスメートは、ハッとした表情になり、そのあと、どこか、ホッとしたようにうつむき、
「そっか……黄瀬くんにそう言ってもらえるなら、ちょっと、勇気が出るな」
と、つぶやいた。
 しまった……これじゃ、結果的に彼女の気持ちを後押しすることになるじゃないか……。
 それでも、安堵するような表情を見せる紅野さんを見守りながら、こう考える。
 ボクにとって、彼女の想いが親友に伝わることで、デメリットはあるのだろうか、と――――――。
 これまで、竜司の周辺に起こる事態について、あまり深く考えてこなかったけれど、いずれ、親友が異性と交際を始めるとして、そのとき、自分にはどんな影響があるだろう?
 たとえば、身近な存在である下級生の佐倉さんの場合。
 これは、広報部の部内にカップルが成立するということで、ボクにとっては、あまり居心地の良いものではなくなるかも知れない。もちろん、竜司や佐倉さんの性格からして、人前で堂々とイチャつくようなことはしないだろうけど、それでも、部内で交際するメンバーが居るということは、色々と気を使ったりすることになるんじゃないか、という懸念があるのは事実だ。
 次に、親友を盛大に振った白草さんの場合。
 これは、部内恋愛ということにはならないので、ボクにとって好きにしてくれれば良い、と結論を出すことが出来る。ただ、竜司のことを考えた場合、はたして、あのバイタリティーに満ち溢れた相手と対等に渡り合って交際を続けることが出来るのか、という心配はある。白草さんが、将来どんな職業を選ぶのかはわからないけど、今よりもっと注目度の高い存在になったりしたら、親友ならずとも、真っ当な恋人関係を維持することすら難しくなるだろう。竜司個人の感情を別にすれば、友人としては、白草四葉という存在を交際相手に選ぶことは、あまりオススメできる選択肢ではない。
 そうすると――――――。
 部活動としては、別の組織に属しながら、クラス委員同士として、お互いに信頼関係を構築できている紅野さんは、親友の交際相手として、かなり有望な相手なのではないか、と感じてしまう。
 あの生徒会長ほど積極的に後押ししようとまでは思わないけど、(彼女たちには申し訳ないが、)佐倉さんや白草さんと比べると、消去法という消極的な理由であったとしても、親友の交際相手としては、紅野さんという選択肢がベターだ、とそう結論付けられる。
 クラスメートと二人きりの屋外炊飯場でそんなことを考えていると、ボクのスマホが鳴動し、意外な人物から、LANEのメッセージが届いていた。