第2楽章〜アダージョ〜⑪
ー/ー 同日 午後4時〜
〜佐倉桃華の見解〜
「もう! なんでなの!?」
放送室に置かれたノートPCで、列車の乗換案内とローカルバスの時刻表を閲覧していたワタシは、声を上げて、頭を抱えたあと、テーブルに突っ伏す。
乗換案内の検索結果によると、明日の朝、午前7時に地元の石宮駅を出発すると、吹奏楽部の合宿が行われている白咲青少年の家の最寄り駅である、紀伊油良駅には午前10時13分に到着する予定になっている。
具体的には、こんな感じだ。
石宮(JR) 午前7:00 発
↓ 乗り換え
大阪 午前7:31 発
↓ 降車不要
和歌山 午前9:20 発
↓ 乗り換え
紀伊油良 午前10:13 着
ここまでは、良いんだけど――――――。
紀伊油良駅の駅前停留所から、合宿所のある白咲海洋公園方面に向かうバスの出発時間は、午前10時10分。
大阪方面からの列車は、このバスに間に合わない時間設定になっている。
自分たちが住んでいる街では考えられないことだけど、列車もバスも1時間に1本程度の運行で、この午前10時10分発のバスを逃すと、次の発車時刻は、午前11時48分となっている。
一方、この10時10分発のバスに乗るために、地元の駅を早めに出ようとすると、石宮駅を午前6時に出発しなければならない。それは、自宅での起床時間が午前5時より前になることを意味しているので、早朝に起きるのが苦手な自分にとって、それは避けたい出来事だった。
そして、どの列車を選ぶにしても、真夏の炎天下で、冷房設備すらないと予想される駅の改札口で1時間以上もバスの到着を待つ、というのは現実的でないと感じた。
(やっぱり、あとから一人で合宿取材に合流するなんて無謀なのかなぁ)
うなだれながら、机に臥せっていると、コンコン―――と、放送室のドアがノックされ上級生が入ってきた。
「あら、佐倉さん。作業は終わったはずなのに、まだ残っていたの?」
そう言いながら、室内に入って来たのは、つい1時間ほど前まで、ワタシが修正作業を行っていた開会式の映像や取材記録の最終確認を行ってくれた鳳華部長だった。
「あっ、鳳華部長。すみません、ちょっと、調べ物をしていて……すぐに片付けて帰ります」
放送室で、私的な調べ物をしていたことにバツの悪さを感じたワタシは、取りつくろうような笑みを浮かべながら、ノートPCのブラウザを閉じようとする。
ただ、一瞬、早く時刻表の画面に気付いた鳳華先輩は、ストレートな質問を投げかけてきた。
「あら? 吹奏楽部の合宿所について調べているの?」
白咲海岸という地名を見ただけで、核心に触れてくるカンの鋭さに驚きつつ、この人に隠し事をしても無駄だろう、と観念して、ワタシは率直に答えることにした。
「はい。実は、鳳華部長の許可をいただいて、ワタシも吹奏楽部の合宿取材に途中参加させてもらえないかと考えているんです。明日の朝に出発すれば、お昼前には合宿所に到着できるかなと思っていたんですけど……列車とバスの出発時刻が、なかなか合わなくて―――」
ワタシの返答に鳳華部長は、あきれたような表情になる。
「今日まで、ほぼ休み無しで取材を編集作業を続けていたのに、まだ活動するつもりなの?」
許可を取ろうとすれば、反対させれることはわかっていたけれど、やっぱり、鳳華先輩にこう言われると、ツラいものがある。
「はい、吹奏楽部のようすも気になるので……合宿所までは自費で行こうと思いますし、取材先には、ご迷惑にならないようにしますので……」
なんとか、部長の許可が降りるように、と言葉を絞り出しながら返答すると、鳳華先輩は、「仕方ないわね」と、ため息をついてから、優しい笑みを浮かべて、こう答えてくれた。
「黒田くんたちのことが気になりながら自宅に居るのもつまらないだろうし……せっかくだから、彼らを手伝ってあげて。吹奏楽部のメンバーと先生方には、私から伝えておくわ」
「え? えっと……別に、くろセンパイのことは関係なくてですね。ワタシは、今後のために吹奏楽部の合宿練習を見ておきたいな、と思っていて……」
しどろもどろになりながら答えると、
「わかったわ。今回は、そういうことにしておきましょう」
と、先輩は苦笑しながら、取材参加の許可を出してくれた。
「ありがとうございます! 今日は帰って、さっそく、明日の準備をします!」
そう言って、お礼の言葉を述べると、鳳華先輩は、ふたたび素の表情に戻って、たずね返してくる。
「ところで、合宿所までの交通手段はどうするの? さっき、列車とバスの出発時刻が、なかなか合わないと言ってなかったかしら」
「そ、それは自分でなんとかしますので……」
とっさに答えると、鳳華先輩は、ふたたび、「仕方ないわね……」と、軽いため息をついて、こんな提案をしてくれた。
「今回は、密着取材という名目もあるし、特別にタクシーチケットを使っても良いわ。向こうの駅にタクシーを呼んで、そこから合宿所に向かいなさい。女子部員一人で訪問するんだし、安全面を考慮しても、それが最善でしょう? 向こうの駅の列車の到着時刻を教えてもらえたら、私の方で、タクシーを手配するけど?」
「あ、ありがとうございます!」
タクシーの予約なんてしたことが無いワタシからすると、それは願ってもない申し出だった。
いざと言うときに頼りになる先輩に心から感謝しつつ、ますます尊敬の念が強くかったことを感じながら、ワタシは、すぐに帰宅して翌日の準備に取り掛かることにする。
だけど―――。
こんな風に、自分のことで、頭の中がいっぱいいっぱいになっていたので、健気な同級生と調子づいている上級生が、この日、どこの宿に泊まるのか確認することをすっかり忘れていた。
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