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再婚三年目の危機はバーボンの香りと共に去る

ー/ー



 ある金曜日の朝のことだった。

「家の中でもちゃんとした格好をしなさい!」と妻の紗枝が娘の愛花を叱る声が壁越しに聞こえた。

「何が悪いのよ!」と愛花。

「下品でしょ!」と紗枝。

「なによ! 自分のことを棚に上げて!」と愛花。

「そんなみだらな格好は許さないわよ! それから普通にふるまって挨拶しなさい。あの人はあなたのお父さんなのよ」と紗枝。「でないと、家から追い出すわよ!」

 雄一郎はまたかと思った。義理の娘の愛花はこの春、大学生になってから化粧が濃くなり、服装が派手になった。難しい年ごろだから仕方がない。対応には気をつけよう、と雄一郎は思った。


 三年前、雄一郎は勤めていた大手電機会社をリストラされて失業した。同時に離婚し、仕方なく実家に帰ってきた。近所の大型電気店で店員として働いていたとき、幼馴染の紗枝と娘の愛花が客として来店した。

 紗枝とは高校卒業から二十年ぶりの再会だった。高校時代、二人は同じ軽音部で活動していた。卒業後、雄一郎は東京の大学に進学し、紗枝は地元に残ってすぐに結婚した。紗枝は数年前に離婚していた。

 すぐに雄一郎と紗枝は意気投合した。娘の愛花は雄一郎のことが気に入ったようだった。ほどなく雄一郎と紗枝は結婚した。

 
 雄一郎は朝食を食べながら、うっと声を上げた。今しがた着信したメールを開いたら、妻が知らない男とラブホテルから出てくる様子の写真が添付されていたからだ。送信者の名前が紗枝だったので、知らないアドレスだったが思わず開いてしまった。

 浮気のことは薄々感づいていたが、証拠を突き付けられて胸が苦しくなった。

 それとほぼ同時に「お父さん、おはよう」と言って、義理の娘の愛花が不機嫌そうにダイニングルームに入ってきた。

「ああ、おはよう」と雄一郎はしどろもどろになりながら返事をした。

「どうしたの、携帯握りしめて?」と愛花。

「何でもないんだ」と雄一郎は取り繕った。

「変なメールは開けない方がいいよ」と愛花。

「そうだな」と雄一郎。 


 愛花が朝食を食べ終わって立ち上がり、「行ってきます」と言って出ていった。

 しばらくして、またメールの着信があった。先ほどのアドレスからのメールだった。恐る恐る開けると「今夜八時に達川駅前の公園入口に来い」と書かれていた。

 送り付けた人物の意図が分からない。


 雄一郎は仕事を終えてから指示通りに達川駅前の公園入口で立っていると、後ろから腕を掴まれた。

 栗色の長い髪の女だった。赤い野球帽をかぶってマスクをしているので顔が分からない。

 雄一郎は腕を組まれ、女に引っ張られて歩き出した。二人はラブホテル街に向かった。信号のない四辻で女は立ち止った。十分ほど時間がたった後、女は雄一郎のわきを肘でつついた。

 二人ずれの男女が向かいから歩いてくると、一つ手前の交差点で曲がった。栗色の髪の女は雄一郎と腕を組んだまま、カップルを追った。

 カップルの女の方は妻の紗枝だった。街灯の光で男の顔がちらりと見えた。写真で見たことのある、紗枝の元夫のようだった。しばらく尾行した。

 二人はラブホテルに入った。栗色の髪の女はカップルの後ろから、看板の入るアングルで写真を撮った。

 雄一郎はよたよたとへたり込んだ。「出張のはずだ、出張のはずなのに」とつぶやいた。

 栗色の髪の女は雄一郎の腕をつかんで立たせると大通りまで一緒に歩き、タクシーを捕まえた。女は雄一郎を先にタクシーに乗せると、雄一郎の家の住所を運転手に伝え、自分も乗り込んだ。

 タクシーの中で雄一郎は拳を握りしめながら、涙をこらえた。栗色の髪の女が背中をさすった。

 タクシーが家の前に着くと、栗色の髪の女が支払いをして、二人はタクシーを降りた。女が家の中についてきたが、雄一郎は気にしなかった。キッチンに入ると、棚からジャックダニエルの瓶を取り出し、栓を開け、口をつけてごくごくと飲んだ。ふうと一息つくと、ダイニングテーブルの椅子に座った。

 女はグラスに氷を入れ、瓶の液体を注いで雄一郎の前に置いた。雄一郎は何も言わずにグラスを持ち上げて一気にあおった。女はまた琥珀色の液体を注いだ。

 いつの間にかナッツやチーズの入った皿が置かれていた。雄一郎は涙をこすりながら、ひたすら琥珀色の液体をのどに流し込んだ。


 翌朝、目を覚ました雄一郎は、自分が寝室のベッドで寝ていることに気がついた。二日酔いで頭がキンキンと痛んだ。

 立ち上がろうとしたとき、床に赤い野球帽と栗色のウィグが落ちていることに気がついて、ぎくりとした。

 寝室のドアが開いた。Tシャツにショーツというラフな姿の愛花が立っていた。

「お父さん、飲みすぎよ」と言って、冷たい水の入ったグラスを雄一郎に渡した。

 雄一郎は水を一気に飲み干すと、グラスを愛花に返しながら「ありがとう」と言った。

 しばらく二人は無言で向かい合い、「昨夜は悪かったな」と雄一郎は気まずそうに言った。

「責任取ってね、お父さん」と言って、愛花は勝ち誇った笑顔を浮かべた。





みんなのリアクション

 ある金曜日の朝のことだった。
「家の中でもちゃんとした格好をしなさい!」と妻の紗枝が娘の愛花を叱る声が壁越しに聞こえた。
「何が悪いのよ!」と愛花。
「下品でしょ!」と紗枝。
「なによ! 自分のことを棚に上げて!」と愛花。
「そんなみだらな格好は許さないわよ! それから普通にふるまって挨拶しなさい。あの人はあなたのお父さんなのよ」と紗枝。「でないと、家から追い出すわよ!」
 雄一郎はまたかと思った。義理の娘の愛花はこの春、大学生になってから化粧が濃くなり、服装が派手になった。難しい年ごろだから仕方がない。対応には気をつけよう、と雄一郎は思った。
 三年前、雄一郎は勤めていた大手電機会社をリストラされて失業した。同時に離婚し、仕方なく実家に帰ってきた。近所の大型電気店で店員として働いていたとき、幼馴染の紗枝と娘の愛花が客として来店した。
 紗枝とは高校卒業から二十年ぶりの再会だった。高校時代、二人は同じ軽音部で活動していた。卒業後、雄一郎は東京の大学に進学し、紗枝は地元に残ってすぐに結婚した。紗枝は数年前に離婚していた。
 すぐに雄一郎と紗枝は意気投合した。娘の愛花は雄一郎のことが気に入ったようだった。ほどなく雄一郎と紗枝は結婚した。
 雄一郎は朝食を食べながら、うっと声を上げた。今しがた着信したメールを開いたら、妻が知らない男とラブホテルから出てくる様子の写真が添付されていたからだ。送信者の名前が紗枝だったので、知らないアドレスだったが思わず開いてしまった。
 浮気のことは薄々感づいていたが、証拠を突き付けられて胸が苦しくなった。
 それとほぼ同時に「お父さん、おはよう」と言って、義理の娘の愛花が不機嫌そうにダイニングルームに入ってきた。
「ああ、おはよう」と雄一郎はしどろもどろになりながら返事をした。
「どうしたの、携帯握りしめて?」と愛花。
「何でもないんだ」と雄一郎は取り繕った。
「変なメールは開けない方がいいよ」と愛花。
「そうだな」と雄一郎。 
 愛花が朝食を食べ終わって立ち上がり、「行ってきます」と言って出ていった。
 しばらくして、またメールの着信があった。先ほどのアドレスからのメールだった。恐る恐る開けると「今夜八時に達川駅前の公園入口に来い」と書かれていた。
 送り付けた人物の意図が分からない。
 雄一郎は仕事を終えてから指示通りに達川駅前の公園入口で立っていると、後ろから腕を掴まれた。
 栗色の長い髪の女だった。赤い野球帽をかぶってマスクをしているので顔が分からない。
 雄一郎は腕を組まれ、女に引っ張られて歩き出した。二人はラブホテル街に向かった。信号のない四辻で女は立ち止った。十分ほど時間がたった後、女は雄一郎のわきを肘でつついた。
 二人ずれの男女が向かいから歩いてくると、一つ手前の交差点で曲がった。栗色の髪の女は雄一郎と腕を組んだまま、カップルを追った。
 カップルの女の方は妻の紗枝だった。街灯の光で男の顔がちらりと見えた。写真で見たことのある、紗枝の元夫のようだった。しばらく尾行した。
 二人はラブホテルに入った。栗色の髪の女はカップルの後ろから、看板の入るアングルで写真を撮った。
 雄一郎はよたよたとへたり込んだ。「出張のはずだ、出張のはずなのに」とつぶやいた。
 栗色の髪の女は雄一郎の腕をつかんで立たせると大通りまで一緒に歩き、タクシーを捕まえた。女は雄一郎を先にタクシーに乗せると、雄一郎の家の住所を運転手に伝え、自分も乗り込んだ。
 タクシーの中で雄一郎は拳を握りしめながら、涙をこらえた。栗色の髪の女が背中をさすった。
 タクシーが家の前に着くと、栗色の髪の女が支払いをして、二人はタクシーを降りた。女が家の中についてきたが、雄一郎は気にしなかった。キッチンに入ると、棚からジャックダニエルの瓶を取り出し、栓を開け、口をつけてごくごくと飲んだ。ふうと一息つくと、ダイニングテーブルの椅子に座った。
 女はグラスに氷を入れ、瓶の液体を注いで雄一郎の前に置いた。雄一郎は何も言わずにグラスを持ち上げて一気にあおった。女はまた琥珀色の液体を注いだ。
 いつの間にかナッツやチーズの入った皿が置かれていた。雄一郎は涙をこすりながら、ひたすら琥珀色の液体をのどに流し込んだ。
 翌朝、目を覚ました雄一郎は、自分が寝室のベッドで寝ていることに気がついた。二日酔いで頭がキンキンと痛んだ。
 立ち上がろうとしたとき、床に赤い野球帽と栗色のウィグが落ちていることに気がついて、ぎくりとした。
 寝室のドアが開いた。Tシャツにショーツというラフな姿の愛花が立っていた。
「お父さん、飲みすぎよ」と言って、冷たい水の入ったグラスを雄一郎に渡した。
 雄一郎は水を一気に飲み干すと、グラスを愛花に返しながら「ありがとう」と言った。
 しばらく二人は無言で向かい合い、「昨夜は悪かったな」と雄一郎は気まずそうに言った。
「責任取ってね、お父さん」と言って、愛花は勝ち誇った笑顔を浮かべた。


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