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第32話 襲いくる悪意

ー/ー



 ブラナの死でふさぎ込んでいるクロナの元に、新たな魔の手が忍び寄る。

「なんという不気味な森だ」

「かなり強い魔物がうろついている場所だからな。ブラナのやつはここなら安全だろうと、この森の奥の山の中腹に拠点をひとつ持ってたってわけよ。人の寄り付かない安全な場所ってことでな」

「なるほど」

 ホッパーに連れられて、クロナの兄であるシュヴァルツが国境の山脈にあるブラナの拠点のひとつに向かってきていた。
 元々腕の立つシュヴァルツとはいえ、このような場所での実戦は初めてだ。
 襲いくる魔物に、最初こそ腰が引けていた。だが、ホッパーの戦いを見ている間に、すっかりその恐怖心は振り払われており、山が近くなる頃にはしっかりと魔物を倒せるようになっていた。

「さすがは天才といわれるコークロッチヌス家の嫡男だな。こいつは俺もうかうかしてられねえや」

 シュヴァルツの剣の腕前に、ホッパーはいつ追い抜かれるかという危機感を覚えたようだった。

 遅いくる魔物たちを撃退しながら、シュヴァルツとホッパーは山脈に構えているブラナのアジトへと確実に近付いている。
 だが、近くにまで近付いた時、ホッパーはシュヴァルツを止める。

「さっさと妹のふりをしていた魔族を倒したいのは分かる。だが、ここまで消耗している以上、今すぐ突入しても配下の蟲どもに返り討ちにされるだけだろう」

「だが、どうしたらいいというのだ。一刻でも早く、あの魔族をこの手で葬り去りたいというのに……」

「焦りは禁物だ」

 そう言いながら、ホッパーは何かを始めている。

「何をしているんだ」

「このアジトの中は狭い通路が続いている。だから、こうやってやつらをあぶり出すのさ」

 草木を集めて入口の前に置き、それに魔法で火を放つ。
 どうやら、洞窟の中のクロナたちをいぶり出すつもりのようだ。

「魔族がこんなこと程度で出てくるものなのか?」

「まあ、見ておいてくれよ」

 ホッパーが自信たっぷりに言うものだから、シュヴァルツはその様子をじっと見つめている。
 こんなことで魔族が外に出てくるのか、シュヴァルツは半信半疑だった。

 ホッパーが入口で火を焚き始めてからしばらくのことだった。

『何か焦げ臭いな』

「えっ、これは……?」

『た、大変だ、聖女様』

「どうかしましたか?」

 見回りに向かっていたスチールアントが慌てて戻ってきた。

『ここの入口で、火を燃やしている連中がいる。どうやら、煙でこの中を満たすつもりらしい』

「なんということを……」

 さすがにクロナは驚くしかなかった。

『参ったものだ。ここは出口はひとつしかない。となると、敵の目の前に出ていくしかないということか』

 さすがのアサシンスパイダーも、困っているようである。
 それもそうだ。このアジトに向けて煙を放っている連中は、このアジトに通じる森の中の魔物たちを退治してきた相手だからだ。となれば、クロナの眷属となったとはいえ、自分でも対処できるかどうかわからないのである。
 だが、このままここに滞在してしては、煙に巻かれてしまう。出るも残るも危険な状態となっていたのだ。

「ブラナを置いてはいけません。ブラナは私の大切な人なのです。最後まで忠義を見せて、果ててくれたのです。私に、見捨てることなど……」

 クロナは蟲たちの説得にも動こうとしない。だが、段々とアジトの中には煙が充満し始めている。

『聖女様、このままでは危険です。一か八か、打って出るしかありませんぞ!』

 アサシンスパイダーが叫んでいる。

 その時だった。

 バリッ!

 凄まじい音が突然響き渡る。

「まったく、お嬢様の声のせいで、おちおち死んでもいられませんね」

「えっ?!」

 アサシンスパイダーが作り出した繭が、二つに裂けていた。その中から、聞いたことのある声が聞こえてくる。

「うそ……」

 ひょっこりと顔を出したのは、間違いなくブラナだった。ただ、その下半身はすっかり姿を変えてしまっていた。

「お嬢様の危機とあれば、地獄からでも駆けつけますよ。一度死んだせいか、邪神の支配も及ばないみたいで、すごくすっきりした気持ちですね」

 上半身をぐいぐいと捻っている。

「事情は聞こえてきたので把握しております。多分、やってきているのは傭兵ギルドのホッパーでしょう。あいつなら、私のアジトを知っていても不思議じゃありません。何度か連れてきていますしね」

「ブラナ……」

 異形の姿になってしまったとしても、ブラナが動いて喋っている姿に、クロナは感動してしまっている。口を押さえたまま、じっとブラナの姿を見ている。

「さて、お嬢様。ここから早く脱出することにしましょう。今の私たちでは、ホッパーたちの相手は厳しいですからね」

「たち?」

「ええ、シュヴァルツ坊ちゃまを連れてきているんですよ、あいつは。ホッパーはどうとでもなりますが、今の私ではシュヴァルツ坊ちゃまとまともに戦えるか分かりません。一度ここを放棄して、各地を転々としながら過ごすしかないでしょう」

「お兄様が……」

 クロナは顔を伏せてしまう。

「ごほごほっ……」

 いよいよ中に充満し始めた煙に、クロナは咳き込んでしまう。

「さて、説明は後ですね。こういうこともあろうかと、誰にも教えていないで入口があるんですよ。さあ、こちらです」

 ブラナが壁に手を突くと、壁が動いて通路が現れる。

「さあ、脱出しましょう、お嬢様」

 クロナは、差し出されたブラナの手を取ると、一緒にブラナのアジトから脱出していく。

(お兄様……。お願いだから、私を追いかけないで)

 身内と戦いたくないクロナは、真剣に願いながら暗い通路の中を走ったのだった。


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 ブラナの死でふさぎ込んでいるクロナの元に、新たな魔の手が忍び寄る。
「なんという不気味な森だ」
「かなり強い魔物がうろついている場所だからな。ブラナのやつはここなら安全だろうと、この森の奥の山の中腹に拠点をひとつ持ってたってわけよ。人の寄り付かない安全な場所ってことでな」
「なるほど」
 ホッパーに連れられて、クロナの兄であるシュヴァルツが国境の山脈にあるブラナの拠点のひとつに向かってきていた。
 元々腕の立つシュヴァルツとはいえ、このような場所での実戦は初めてだ。
 襲いくる魔物に、最初こそ腰が引けていた。だが、ホッパーの戦いを見ている間に、すっかりその恐怖心は振り払われており、山が近くなる頃にはしっかりと魔物を倒せるようになっていた。
「さすがは天才といわれるコークロッチヌス家の嫡男だな。こいつは俺もうかうかしてられねえや」
 シュヴァルツの剣の腕前に、ホッパーはいつ追い抜かれるかという危機感を覚えたようだった。
 遅いくる魔物たちを撃退しながら、シュヴァルツとホッパーは山脈に構えているブラナのアジトへと確実に近付いている。
 だが、近くにまで近付いた時、ホッパーはシュヴァルツを止める。
「さっさと妹のふりをしていた魔族を倒したいのは分かる。だが、ここまで消耗している以上、今すぐ突入しても配下の蟲どもに返り討ちにされるだけだろう」
「だが、どうしたらいいというのだ。一刻でも早く、あの魔族をこの手で葬り去りたいというのに……」
「焦りは禁物だ」
 そう言いながら、ホッパーは何かを始めている。
「何をしているんだ」
「このアジトの中は狭い通路が続いている。だから、こうやってやつらをあぶり出すのさ」
 草木を集めて入口の前に置き、それに魔法で火を放つ。
 どうやら、洞窟の中のクロナたちをいぶり出すつもりのようだ。
「魔族がこんなこと程度で出てくるものなのか?」
「まあ、見ておいてくれよ」
 ホッパーが自信たっぷりに言うものだから、シュヴァルツはその様子をじっと見つめている。
 こんなことで魔族が外に出てくるのか、シュヴァルツは半信半疑だった。
 ホッパーが入口で火を焚き始めてからしばらくのことだった。
『何か焦げ臭いな』
「えっ、これは……?」
『た、大変だ、聖女様』
「どうかしましたか?」
 見回りに向かっていたスチールアントが慌てて戻ってきた。
『ここの入口で、火を燃やしている連中がいる。どうやら、煙でこの中を満たすつもりらしい』
「なんということを……」
 さすがにクロナは驚くしかなかった。
『参ったものだ。ここは出口はひとつしかない。となると、敵の目の前に出ていくしかないということか』
 さすがのアサシンスパイダーも、困っているようである。
 それもそうだ。このアジトに向けて煙を放っている連中は、このアジトに通じる森の中の魔物たちを退治してきた相手だからだ。となれば、クロナの眷属となったとはいえ、自分でも対処できるかどうかわからないのである。
 だが、このままここに滞在してしては、煙に巻かれてしまう。出るも残るも危険な状態となっていたのだ。
「ブラナを置いてはいけません。ブラナは私の大切な人なのです。最後まで忠義を見せて、果ててくれたのです。私に、見捨てることなど……」
 クロナは蟲たちの説得にも動こうとしない。だが、段々とアジトの中には煙が充満し始めている。
『聖女様、このままでは危険です。一か八か、打って出るしかありませんぞ!』
 アサシンスパイダーが叫んでいる。
 その時だった。
 バリッ!
 凄まじい音が突然響き渡る。
「まったく、お嬢様の声のせいで、おちおち死んでもいられませんね」
「えっ?!」
 アサシンスパイダーが作り出した繭が、二つに裂けていた。その中から、聞いたことのある声が聞こえてくる。
「うそ……」
 ひょっこりと顔を出したのは、間違いなくブラナだった。ただ、その下半身はすっかり姿を変えてしまっていた。
「お嬢様の危機とあれば、地獄からでも駆けつけますよ。一度死んだせいか、邪神の支配も及ばないみたいで、すごくすっきりした気持ちですね」
 上半身をぐいぐいと捻っている。
「事情は聞こえてきたので把握しております。多分、やってきているのは傭兵ギルドのホッパーでしょう。あいつなら、私のアジトを知っていても不思議じゃありません。何度か連れてきていますしね」
「ブラナ……」
 異形の姿になってしまったとしても、ブラナが動いて喋っている姿に、クロナは感動してしまっている。口を押さえたまま、じっとブラナの姿を見ている。
「さて、お嬢様。ここから早く脱出することにしましょう。今の私たちでは、ホッパーたちの相手は厳しいですからね」
「たち?」
「ええ、シュヴァルツ坊ちゃまを連れてきているんですよ、あいつは。ホッパーはどうとでもなりますが、今の私ではシュヴァルツ坊ちゃまとまともに戦えるか分かりません。一度ここを放棄して、各地を転々としながら過ごすしかないでしょう」
「お兄様が……」
 クロナは顔を伏せてしまう。
「ごほごほっ……」
 いよいよ中に充満し始めた煙に、クロナは咳き込んでしまう。
「さて、説明は後ですね。こういうこともあろうかと、誰にも教えていないで入口があるんですよ。さあ、こちらです」
 ブラナが壁に手を突くと、壁が動いて通路が現れる。
「さあ、脱出しましょう、お嬢様」
 クロナは、差し出されたブラナの手を取ると、一緒にブラナのアジトから脱出していく。
(お兄様……。お願いだから、私を追いかけないで)
 身内と戦いたくないクロナは、真剣に願いながら暗い通路の中を走ったのだった。