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八方美人

ー/ー



 私は八方美人だとよく揶揄される。
 幼少の頃から、他人の顔色を窺い、気分を害しないように接してきた結果だ。他人の何倍も精神をすり減らして、互いの関係が円滑になるようにしている。
 そんな努力もしないで、「八方美人」と馬鹿にする方がどうかしている。私からすれば、彼女たちは傍若無人な人間だ。繊細さの欠片もない、自己中心の塊だ。
 八方美人であろうと、私は後悔したことはない。私の気遣いや態度で、周りの人たちが幸せならそれでいい。
 ようやく掴んだ幸せ。私には三年半付き合っていた彼氏がいた。
「君の優しいところが好きだよ」
 いつも私を褒めてくれた彼だが、今はもう居ない。
 急転直下で、終わりを迎えた。何も気づいていない私が愚かだった。
「誰にでも笑顔を振りまいて欲しくない」
 彼曰く、愛想のよすぎる私は重荷になっていたらしい。八方美人が足を引っ張っていた。
「君とはもう付き合えない」
 そう告げられた時、私は引き留めることなく別れを選んだ。そろそろ結婚を考えていた時期だったが、ウェディングドレスは遠のいていった。

 *

「へえ。綺麗なマンションだね」
 最近仲良くなった友人が私の部屋を訪れた。彼女の名前は晴美(はるみ)。気さくで人当たりがよく、笑顔が眩しい女性だ。私と同類の八方美人タイプである。
「うん。いいでしょ。私も気に入っているんだ」
「ほんと、素敵」
 私は2LDKに住んでいる。結婚を視野に半年前に購入したものだ。ちょうど彼とお別れをする直前だった。
「何を飲む?」
「あっ。じゃあ、ビールで」
 リビングテーブルの椅子を促し、私たちは対面で座った。缶ビールで乾杯をする。
「労働のあとのビールは最高だね」
 晴美が言った。目の下には隈ができている。
「大変だったね。ポルターガイスト」
 彼女の住む賃貸マンションでは、最近心霊現象が起きていた。そのため、晴美は寝不足だったので、私のマンションで過ごすのはどうかと提案した。
「今夜は安心して眠れそうだよ。ここならポルターガイストはなさそうだし」
 晴美は安堵した表情だ。ビールが進む。
 酒宴は和やかに進んだ。仕事の愚痴、晴美の彼氏の話などを酒の肴にした。
 缶を三つ空けたところで、晴美は饒舌になっていた。寝不足のせいか、酔いが早く回っているようだ。いつもより更に陽気に見える。
「しかし、こんなイイ女を手放すなんて、あなたの元カレは何を考えているんだろうね」
「うん。私もそう思う」
 顔を見合わせて私たちは笑った。私は八方美人だ。話を合わせるのも上手い。
「どんな元カレだったの?」
「えー。それを聞く?」
 ほじくり返されたくない話題でも、私は八方美人なので、卒なく答える。
「うーん。ちょっとチャラいけど、基本的に良い人だったよ。仕事も真面目にやってたし」
「真面目な人は、他に目移りしないで、ちゃんと結婚してくれます」
 晴美が毒を吐く。私は八方美人だから愛想笑いをする。
「そうだよね。うん。でも、別れてよかったよ」
「そうだーそうだー」
 晴美はかなり酔ってきたようだ。
「あ、おつまみ、何かまだいる?」
「じゃあ、遠慮なく言うね。何か作ってもらえる?」
 私は八方美人だ。内心「遠慮しろよ」と思っていても、もてなす。冷蔵庫には何が残っていたかな。
「少し待っていてね」
 
 二十分後。調理を終えてリビングを見ると、晴美はテーブルに突っ伏して眠りこけていた。
「こんなところで寝ないでー」
 揺すってみたが起きない。深い眠りのようだ。
「移動するよ? 肩に捕まってね」
 私は晴美の肩を持ち、移動する。私は八方美人だ。ポルターガイストに見せかけて脅していた張本人だけれど、素知らぬふりで接することができる。
 
 ベランダに出た。夜風が気持ちいい。
 私は八方美人だ。カレを奪った相手でも、友人として接することができる。
「お疲れ様」
 私はつぶやくと、晴美を五階のベランダから地上へ落とした。

 私は八方美人だ。警察が来ても、事故を装う演技くらいできる。


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 私は八方美人だとよく揶揄される。
 幼少の頃から、他人の顔色を窺い、気分を害しないように接してきた結果だ。他人の何倍も精神をすり減らして、互いの関係が円滑になるようにしている。
 そんな努力もしないで、「八方美人」と馬鹿にする方がどうかしている。私からすれば、彼女たちは傍若無人な人間だ。繊細さの欠片もない、自己中心の塊だ。
 八方美人であろうと、私は後悔したことはない。私の気遣いや態度で、周りの人たちが幸せならそれでいい。
 ようやく掴んだ幸せ。私には三年半付き合っていた彼氏がいた。
「君の優しいところが好きだよ」
 いつも私を褒めてくれた彼だが、今はもう居ない。
 急転直下で、終わりを迎えた。何も気づいていない私が愚かだった。
「誰にでも笑顔を振りまいて欲しくない」
 彼曰く、愛想のよすぎる私は重荷になっていたらしい。八方美人が足を引っ張っていた。
「君とはもう付き合えない」
 そう告げられた時、私は引き留めることなく別れを選んだ。そろそろ結婚を考えていた時期だったが、ウェディングドレスは遠のいていった。
 *
「へえ。綺麗なマンションだね」
 最近仲良くなった友人が私の部屋を訪れた。彼女の名前は晴美《はるみ》。気さくで人当たりがよく、笑顔が眩しい女性だ。私と同類の八方美人タイプである。
「うん。いいでしょ。私も気に入っているんだ」
「ほんと、素敵」
 私は2LDKに住んでいる。結婚を視野に半年前に購入したものだ。ちょうど彼とお別れをする直前だった。
「何を飲む?」
「あっ。じゃあ、ビールで」
 リビングテーブルの椅子を促し、私たちは対面で座った。缶ビールで乾杯をする。
「労働のあとのビールは最高だね」
 晴美が言った。目の下には隈ができている。
「大変だったね。ポルターガイスト」
 彼女の住む賃貸マンションでは、最近心霊現象が起きていた。そのため、晴美は寝不足だったので、私のマンションで過ごすのはどうかと提案した。
「今夜は安心して眠れそうだよ。ここならポルターガイストはなさそうだし」
 晴美は安堵した表情だ。ビールが進む。
 酒宴は和やかに進んだ。仕事の愚痴、晴美の彼氏の話などを酒の肴にした。
 缶を三つ空けたところで、晴美は饒舌になっていた。寝不足のせいか、酔いが早く回っているようだ。いつもより更に陽気に見える。
「しかし、こんなイイ女を手放すなんて、あなたの元カレは何を考えているんだろうね」
「うん。私もそう思う」
 顔を見合わせて私たちは笑った。私は八方美人だ。話を合わせるのも上手い。
「どんな元カレだったの?」
「えー。それを聞く?」
 ほじくり返されたくない話題でも、私は八方美人なので、卒なく答える。
「うーん。ちょっとチャラいけど、基本的に良い人だったよ。仕事も真面目にやってたし」
「真面目な人は、他に目移りしないで、ちゃんと結婚してくれます」
 晴美が毒を吐く。私は八方美人だから愛想笑いをする。
「そうだよね。うん。でも、別れてよかったよ」
「そうだーそうだー」
 晴美はかなり酔ってきたようだ。
「あ、おつまみ、何かまだいる?」
「じゃあ、遠慮なく言うね。何か作ってもらえる?」
 私は八方美人だ。内心「遠慮しろよ」と思っていても、もてなす。冷蔵庫には何が残っていたかな。
「少し待っていてね」
 二十分後。調理を終えてリビングを見ると、晴美はテーブルに突っ伏して眠りこけていた。
「こんなところで寝ないでー」
 揺すってみたが起きない。深い眠りのようだ。
「移動するよ? 肩に捕まってね」
 私は晴美の肩を持ち、移動する。私は八方美人だ。ポルターガイストに見せかけて脅していた張本人だけれど、素知らぬふりで接することができる。
 ベランダに出た。夜風が気持ちいい。
 私は八方美人だ。カレを奪った相手でも、友人として接することができる。
「お疲れ様」
 私はつぶやくと、晴美を五階のベランダから地上へ落とした。
 私は八方美人だ。警察が来ても、事故を装う演技くらいできる。