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空の色

ー/ー



 高田未衣菜(たかだみいな)は今、青々とした広ーい芝生に敷き物を敷き、寝っ転がっている。
 陽の光が目映くて目を閉じる。「ウーン」と、森林から流れ来る美しい空気を、胸いっぱい吸い込んでは吐き出す優しい呼吸。
「サーイコ~」

 今日はオフィスがお休みの土曜日。都心にある会社で、毎日パソコンに向かって仕事をしている未衣菜にとって、オアシスのようなひと時だ。時々この公園にやって来ては、こんな風にゴロゴロしてそよ風を感じている。
 2カ月前にお誕生日を迎え30才になった。
 今は4月。花々の季節。
 一緒に暮らしているママからは「良い人いないの? 早く結婚しちゃいなさいよ」だなんて、うるさく言われている。未衣菜はそんなお節介は右から左へ聞き流している。
 今日は口うるさいママも居ない、ダメ出しが趣味の上司も居ない、素敵な一人を満喫している!

「ン………しょ」起き上がり、握ってきたおむすびにパクつき始める未衣菜。小ぶりなおむすびを3つこしらえてきた。1つは焼き鮭、それと梅干しとツナマヨだ。お料理は大好き、家事もこまめにこなす未衣菜。
(ママには黙っているけど……あたしの夢は、お嫁さんよ?)
 でも『結婚』なんて、ヒトにつべこべ言われる話じゃないもの。未衣菜は白無垢・綿帽子が……夢。

「ン。腹ごしらえ完了。歩こうかな」
 未衣菜は持参した花柄の敷き物をバサッ、バサッと払った後、たたんでリュックに入れた。

 テクテク、テクテク……。木漏れ日が気持ちイイ。桜が満開の丘が見えてきた。
(あ!)
 未衣菜が見つけたのは丘のてっぺんにある扉。「そういえば、『フォトジェニックプレイス・桜』とかなんとか、公園の入り口にのぼりが立っていたわ」
 ピンクのお花とお花の中に、空色の扉が魅惑の風貌で存在している。

 タタタタタ! と未衣菜はそこまで駈けて行った。
「ウフフ。あたしは写真なんて撮らないけどさ♪」

 空色の扉を開けると、バックの咲き誇る満開の桜が扉のカタチに収まるのだ。
(去年も見たわ。みんな、その扉を開け、そこに立って一緒に来ている人に写真を撮ってもらっていた)
 未衣菜は、(いいな~)と……人一人居ない桜の丘の扉を前にし想った。(あたしも素敵な彼が出来たらここへ一緒に来るわ)

 未衣菜はいつの間に空色の扉のノブを手にしていた。キュッと右にひねる。
 
 ドアがあいた。

! ……。
(そんなバカな……)扉が開いた向こうに、満開に咲いている桜が見えない。そんな筈はない。だってこのドアは、ドア枠と扉だけ、という簡素な造りだ。奥行きなど無いのだし。
 でも……未衣菜の目の前に今あるドアの中の光景というのは、雪の精、舞い落ちる東京のオフィス街だ。未衣菜が通っている会社近くだ。

(あ! 誰かがやって来た)
 なんとなく……身をかがめ、扉の縁を持ち、体をこちら側に隠れるようにする未衣菜。振り向いてキョロキョロすると、扉のこちらはさっきと何ら景色は変わらない。麗らかな春の丘に、桜の木々が生々しいほどに芳香を放っている。
 違うのは、このドアの向こうだけ。

 未衣菜はこの不思議体験に恐怖心を感じた。(絶対にこのドアの枠の向こうへは行かないわ)帰って来れなくなるような気がする。

 こっそりと冬の東京の風景を見守っていると、一つの傘を仲睦まじく差し……つまり、相合傘でやって来るカップル。

(来た!)
 彼らにはこの扉がまるで見えていないかのようだ。

(え?!)
 傘の中に居る女性は、自分のコートを着ている未衣菜自身だった。コートを着た未衣菜の肩を抱いているカッコいい男性は、逢ったこともない人。

(もしかして?! これ……未来っ!?)
 未衣菜は興味津々。しまいには扉のそばに敷き物を敷き、残っていたツナマヨ握りを出して、ほおばりながら見物を始めた。

 急に景色が変わった。1回こちらに、強い照明を当てられるかのように白っぽく強烈な光が向けられた。数十秒し、そっと目を開けてみた。

(あ! 綿帽子だわっ)
 次は結婚式のシーンだ。(ママもいるっ! お相手は?)……先ほどの『カッコイイ男の人』だ。

(これが未来なら、言うことないんだけどな~)いつの間に恐怖心が薄らいできて、おにぎりを食べ終えた未衣菜は、水筒のお茶を飲みながらそう思った。

 またもパッ! と強く白い光が光った。
 お次のシーンは……季節は秋。楓の紅葉した美しい並木道を子どもと手を繋ぎ、こちらへ向かって歩いてくる女性。
(まさか)
 未衣菜の予想は当たり、その女性は自分だった。4才ぐらいの愛らしい女の子と嬉しそうにお散歩している。

(やっぱり、これって未来の世界なのかな……?)

 そう考えると、自分のこの先は幸せそうだな~とホッとする心地の未衣菜。

 そして再び、まっ白な光がパッと強く瞬いた。未衣菜は目を開けていられない。

 少しし目を開けた。

 お寺に喪服を着た人が多数集まっている。
(あ! このおじさん、名古屋のいとこ・ケンちゃんだわ、きっと!)
 ハンカチで涙を拭う中年男性を見つけ、未衣菜はそう思う。
 
 先ほどまで、音を伴わなかったドアの向こうの、この不可思議極まる風景。
 今ははっきりとお坊さんの読経が耳に届く。

 (誰のお葬式だろう)

 未衣菜は祭壇に目をやった。

 ハッ! ……。誰でもない、未衣菜の写真が黒いリボンで飾られ、黒ぶちに収まっている。
「ママ! ママ! 嫌だよ~! ママ、返事して!」
 棺のそばで泣きじゃくる女の子は、中学生だろうか。高校生にしては幼過ぎる。

 もしもこれが本当に、未来を見せているのだとしたら……。未衣菜は悪魔的な誘惑に勝てなかった。そうしなければ落ち着かなかった。

 喪服姿の人々の背中の向こう。遠くに見えていたはずの祭壇にある白木位牌に視線を向けると、カメラのズーム機能が働いたかのようにはっきりと見えた。

『令和二十五年五月六日没』

 いったい……自分が何をしたというのだろう? これが夢ならいいが。幻覚ならいいが。否、それはそれで問題なのだが。

 なんで未衣菜は自分の死亡年月日を知らされなきゃならないのかと、呪わしく感じた。17年後の死亡予告など要らない!

 何か、何か手掛かりを掴めたらと、美しい桜が春風に蠢く丘の上で、必死に、ドアの向こうの葬儀に来ている人々の会話に耳を傾ける。

「この度はご愁傷さまです、旦那様」(あれがあたしの夫なのね)声を掛けられた夫らしき人物は嗚咽し、言葉を絞り出すように「妻のために、ありがとうございます」と言った。
「未衣菜が先に逝くなんて!」ママが泣きわめいている。「うわぁああああっ!」「おばあちゃん!」未衣菜の娘であろう先程の女の子が、未衣菜のママを気丈にも慰めている。

(あんまりだわ、神様……いるのなら神様。どうして? あたしの早逝の未来なんて見せたの?)

              *

 未衣菜は変わってしまった。食が細くなり、物を滅多に喋らなくなった。
 ママは心配し、未衣菜を精神科やカウンセラーのもとへ連れて行った。しかし未衣菜は何も話そうとはしなかった。
 ママはじめ周囲の人達は、未衣菜にいったい何があったのか分からない。


 やがて、長い長い時間が過ぎて行った。
 ここに腰の折れ曲がった白髪の婦人が居る。
「おばあちゃん!」老女の耳が遠いのだろう。ポロシャツにトレーニングパンツを履いた若い女性が声を掛ける。
「おばあちゃん! 今日のご飯は肉じゃがでよろしいですか?!」またも大声だ。

 おばあちゃんには聴こえているのか、聴こえていないのか定かでないが、返事一つせず、庭の桜に見入っている。咲き乱れ、時々クルクル回りながら花びらが下りて来る。

「おばあちゃん! 高田未衣菜さん?! 聴こえていますか? 私ね、次のお年寄りのところへも行かなきゃなんないんですよ。だからね、に・く・じゃ・が、にしますよ?!」

 やっとこの耳の遠い婦人がうん、うん、と頷いた。

 未衣菜は空色の扉のお陰で生き永らえたのだろうか。心の病を発症した事で?
 未衣菜自身にも分からない事。



 





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 |高田未衣菜《たかだみいな》は今、青々とした広ーい芝生に敷き物を敷き、寝っ転がっている。
 陽の光が目映くて目を閉じる。「ウーン」と、森林から流れ来る美しい空気を、胸いっぱい吸い込んでは吐き出す優しい呼吸。
「サーイコ~」
 今日はオフィスがお休みの土曜日。都心にある会社で、毎日パソコンに向かって仕事をしている未衣菜にとって、オアシスのようなひと時だ。時々この公園にやって来ては、こんな風にゴロゴロしてそよ風を感じている。
 2カ月前にお誕生日を迎え30才になった。
 今は4月。花々の季節。
 一緒に暮らしているママからは「良い人いないの? 早く結婚しちゃいなさいよ」だなんて、うるさく言われている。未衣菜はそんなお節介は右から左へ聞き流している。
 今日は口うるさいママも居ない、ダメ出しが趣味の上司も居ない、素敵な一人を満喫している!
「ン………しょ」起き上がり、握ってきたおむすびにパクつき始める未衣菜。小ぶりなおむすびを3つこしらえてきた。1つは焼き鮭、それと梅干しとツナマヨだ。お料理は大好き、家事もこまめにこなす未衣菜。
(ママには黙っているけど……あたしの夢は、お嫁さんよ?)
 でも『結婚』なんて、ヒトにつべこべ言われる話じゃないもの。未衣菜は白無垢・綿帽子が……夢。
「ン。腹ごしらえ完了。歩こうかな」
 未衣菜は持参した花柄の敷き物をバサッ、バサッと払った後、たたんでリュックに入れた。
 テクテク、テクテク……。木漏れ日が気持ちイイ。桜が満開の丘が見えてきた。
(あ!)
 未衣菜が見つけたのは丘のてっぺんにある扉。「そういえば、『フォトジェニックプレイス・桜』とかなんとか、公園の入り口にのぼりが立っていたわ」
 ピンクのお花とお花の中に、空色の扉が魅惑の風貌で存在している。
 タタタタタ! と未衣菜はそこまで駈けて行った。
「ウフフ。あたしは写真なんて撮らないけどさ♪」
 空色の扉を開けると、バックの咲き誇る満開の桜が扉のカタチに収まるのだ。
(去年も見たわ。みんな、その扉を開け、そこに立って一緒に来ている人に写真を撮ってもらっていた)
 未衣菜は、(いいな~)と……人一人居ない桜の丘の扉を前にし想った。(あたしも素敵な彼が出来たらここへ一緒に来るわ)
 未衣菜はいつの間に空色の扉のノブを手にしていた。キュッと右にひねる。
 ドアがあいた。
! ……。
(そんなバカな……)扉が開いた向こうに、満開に咲いている桜が見えない。そんな筈はない。だってこのドアは、ドア枠と扉だけ、という簡素な造りだ。奥行きなど無いのだし。
 でも……未衣菜の目の前に今あるドアの中の光景というのは、雪の精、舞い落ちる東京のオフィス街だ。未衣菜が通っている会社近くだ。
(あ! 誰かがやって来た)
 なんとなく……身をかがめ、扉の縁を持ち、体をこちら側に隠れるようにする未衣菜。振り向いてキョロキョロすると、扉のこちらはさっきと何ら景色は変わらない。麗らかな春の丘に、桜の木々が生々しいほどに芳香を放っている。
 違うのは、このドアの向こうだけ。
 未衣菜はこの不思議体験に恐怖心を感じた。(絶対にこのドアの枠の向こうへは行かないわ)帰って来れなくなるような気がする。
 こっそりと冬の東京の風景を見守っていると、一つの傘を仲睦まじく差し……つまり、相合傘でやって来るカップル。
(来た!)
 彼らにはこの扉がまるで見えていないかのようだ。
(え?!)
 傘の中に居る女性は、自分のコートを着ている未衣菜自身だった。コートを着た未衣菜の肩を抱いているカッコいい男性は、逢ったこともない人。
(もしかして?! これ……未来っ!?)
 未衣菜は興味津々。しまいには扉のそばに敷き物を敷き、残っていたツナマヨ握りを出して、ほおばりながら見物を始めた。
 急に景色が変わった。1回こちらに、強い照明を当てられるかのように白っぽく強烈な光が向けられた。数十秒し、そっと目を開けてみた。
(あ! 綿帽子だわっ)
 次は結婚式のシーンだ。(ママもいるっ! お相手は?)……先ほどの『カッコイイ男の人』だ。
(これが未来なら、言うことないんだけどな~)いつの間に恐怖心が薄らいできて、おにぎりを食べ終えた未衣菜は、水筒のお茶を飲みながらそう思った。
 またもパッ! と強く白い光が光った。
 お次のシーンは……季節は秋。楓の紅葉した美しい並木道を子どもと手を繋ぎ、こちらへ向かって歩いてくる女性。
(まさか)
 未衣菜の予想は当たり、その女性は自分だった。4才ぐらいの愛らしい女の子と嬉しそうにお散歩している。
(やっぱり、これって未来の世界なのかな……?)
 そう考えると、自分のこの先は幸せそうだな~とホッとする心地の未衣菜。
 そして再び、まっ白な光がパッと強く瞬いた。未衣菜は目を開けていられない。
 少しし目を開けた。
 お寺に喪服を着た人が多数集まっている。
(あ! このおじさん、名古屋のいとこ・ケンちゃんだわ、きっと!)
 ハンカチで涙を拭う中年男性を見つけ、未衣菜はそう思う。
 先ほどまで、音を伴わなかったドアの向こうの、この不可思議極まる風景。
 今ははっきりとお坊さんの読経が耳に届く。
 (誰のお葬式だろう)
 未衣菜は祭壇に目をやった。
 ハッ! ……。誰でもない、未衣菜の写真が黒いリボンで飾られ、黒ぶちに収まっている。
「ママ! ママ! 嫌だよ~! ママ、返事して!」
 棺のそばで泣きじゃくる女の子は、中学生だろうか。高校生にしては幼過ぎる。
 もしもこれが本当に、未来を見せているのだとしたら……。未衣菜は悪魔的な誘惑に勝てなかった。そうしなければ落ち着かなかった。
 喪服姿の人々の背中の向こう。遠くに見えていたはずの祭壇にある白木位牌に視線を向けると、カメラのズーム機能が働いたかのようにはっきりと見えた。
『令和二十五年五月六日没』
 いったい……自分が何をしたというのだろう? これが夢ならいいが。幻覚ならいいが。否、それはそれで問題なのだが。
 なんで未衣菜は自分の死亡年月日を知らされなきゃならないのかと、呪わしく感じた。17年後の死亡予告など要らない!
 何か、何か手掛かりを掴めたらと、美しい桜が春風に蠢く丘の上で、必死に、ドアの向こうの葬儀に来ている人々の会話に耳を傾ける。
「この度はご愁傷さまです、旦那様」(あれがあたしの夫なのね)声を掛けられた夫らしき人物は嗚咽し、言葉を絞り出すように「妻のために、ありがとうございます」と言った。
「未衣菜が先に逝くなんて!」ママが泣きわめいている。「うわぁああああっ!」「おばあちゃん!」未衣菜の娘であろう先程の女の子が、未衣菜のママを気丈にも慰めている。
(あんまりだわ、神様……いるのなら神様。どうして? あたしの早逝の未来なんて見せたの?)
              *
 未衣菜は変わってしまった。食が細くなり、物を滅多に喋らなくなった。
 ママは心配し、未衣菜を精神科やカウンセラーのもとへ連れて行った。しかし未衣菜は何も話そうとはしなかった。
 ママはじめ周囲の人達は、未衣菜にいったい何があったのか分からない。
 やがて、長い長い時間が過ぎて行った。
 ここに腰の折れ曲がった白髪の婦人が居る。
「おばあちゃん!」老女の耳が遠いのだろう。ポロシャツにトレーニングパンツを履いた若い女性が声を掛ける。
「おばあちゃん! 今日のご飯は肉じゃがでよろしいですか?!」またも大声だ。
 おばあちゃんには聴こえているのか、聴こえていないのか定かでないが、返事一つせず、庭の桜に見入っている。咲き乱れ、時々クルクル回りながら花びらが下りて来る。
「おばあちゃん! 高田未衣菜さん?! 聴こえていますか? 私ね、次のお年寄りのところへも行かなきゃなんないんですよ。だからね、に・く・じゃ・が、にしますよ?!」
 やっとこの耳の遠い婦人がうん、うん、と頷いた。
 未衣菜は空色の扉のお陰で生き永らえたのだろうか。心の病を発症した事で?
 未衣菜自身にも分からない事。


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