夜明けの光が、帝都直前の広大な平原を照らし始めた。ヒカルが率いる六龍盟約軍は、聖女アリアの憎悪と信仰心を核とした、究極の光の防御結界(ジャッジメント・シールド)と、背後に控える十七万の大軍勢に直面していた。
ヒカルの「戦場の視覚化」の異能が捉えた結界の数値は、前回とは比較にならないほどの硬度を示している。五龍ユニゾンをもってしても、正面からの破壊は極めて困難だ。
(憎悪の結界は、憎悪を燃料とする。憎悪を力で打ち破ることはできない。だが、憎悪の核を浄化し、無力化することは可能だ!)
ヒカルは、司令部の中央で、五龍姫たちを前に、王の義務としての最終指令を下した。
「五龍姫! 全感情、完全調和! 五元ユニゾン、発動!」
紅蓮の激情竜姫レヴィアの瞳に、ヒカルへの愛の炎が燃え盛る。
「夫! 我の激情が、この結界の憎悪を焼き尽くすわ! 貴方の愛こそ、最高のユニゾンの燃料よ!」
蒼玉の理性竜姫アクアは、冷静な瞳で結界の構造的な弱点を瞬時に解析していた。
「御意。論理的に見て、この結界は憎悪という非論理的な感情に依存しているが故に、物理的な防御と精神的な浄化の複合攻撃に極めて弱い。私の理性的な愛が、ユニゾンの軌道を論理的に制御します!」
磐石の守護龍テラは、大地のような重厚な献身を込めた声で応じた。
「主《あるじ》の命は、わらわの命です。大地は、王の愛を護る礎となるわ」
疾風の遊撃竜姫セフィラは、軽やかに宙を舞う。
「最高の冒険の始まりだね、団長! 私の自由な風が、結界の隙間を探し、愛を運ぶよ!」
純白の調和聖女ルーナは、その透き通るような白金の瞳で聖女アリアの孤独な光を見据えた。
「ヒカル様。アリア殿の信仰心は純粋です。ですが、憎悪によって歪められています。私の光の調律が、その魂を救済します」
ヒカルの愛の指揮棒が振り下ろされると、五人の姫の愛の音色が、完璧な和音を奏でた。レヴィアの情熱(D音)、アクアの理性(F音)、テラの献身(E音)、セフィラの自由(B音)、ルーナの調和(C音)が融合し、五重奏(クインテット)という、緊張と美しさを内包した五の和音が完成する。
「五龍ユニゾン、五元絶対支配圏《クインテット・ドミニオン》発動!」
五属性の魔力が融合した巨大な光の柱が、聖女アリアの結界へと向かう。
五元ユニゾンの光が結界に衝突する瞬間、その巨大な防御壁は、ビクともしなかった。憎悪を燃料とする光の結界は、愛の奔流を増幅し、自らの硬度を高めるという、恐るべき防御機構を持っていたのだ。
「馬鹿な……! 五元ユニゾンですら、真正面からは突破できないだと!?」
紅蓮の激情竜姫レヴィアの激情がユニゾンの調律を乱し始める。その時、司令部に控えていた蒼玉の理性竜姫アクアと後方戦略総司令官シエルが、同時に論理的な奇策を発動させた。
「王よ! 結界の論理的な脆弱性を発見しました!」
アクアの冷静な声が響き渡る。
「憎悪の結界は、憎悪を燃料とするが故に、その基盤が物理的な浄化に極めて弱い!結界の防御エネルギーを維持するには、教団の魔力資源を限界まで浪費させている!憎悪の根源である『大地』を浄化すれば、結界の論理は崩壊します!」
「その通りです、王!」
シエルが、学術顧問エルダー・ソフスから得た古代の知識を即座に戦略に組み込む。
「賢者の知識と照合しました! 結界の魔力構成の核は、聖愛の統合和声《オムニア・チャリタス》の『生命の調律』によってのみ上書きできる!ルーナ様、テラ様、レヴィア様、アクア様、そしてセフィラ様! 五元ユニゾンの魔力を、究極の浄化和音へと変換してください!」
ヒカルは、二人の知恵の献身に感嘆し、即座に命令を下した。
「全龍姫! 五元ユニゾンの魔力を、聖愛の統合和声へと収束させろ! 聖女アリアの心を、憎悪の呪いから解放するのだ!」
ヒカルの指令を受け、五人の竜姫の魔力が、破壊的なブレスではない、究極の浄化ユニゾンへと収束した。
純白の調和聖女ルーナと磐石の守護龍テラが核となり、紅蓮の激情竜姫レヴィアの愛の熱意、蒼玉の理性竜姫アクアの浄化の論理、疾風の遊撃竜姫セフィラの広範囲への伝播という、五つの愛の形が融合する。
五つの音が重なったユニゾンは、長七の和音《メジャー・セブンス・コード》という、優しさと包容力に満ちた、宇宙の創造の響きを奏でた。
「聖愛の統合和声《オムニア・チャリタス》!」
ヒカルの「絆の共感者」が感知するユニゾンの安定度は、85%。これは、完璧な調和ではないが、極めて高い成功率を示す数値だ。
「長七の和音よ、憎悪の理を上書きせよ!」
ルーナの調律の光が、憎悪の結界の内部へと浸透していく。レヴィアの熱意(G音/トランペット)が憎悪の冷たさを打ち破り、アクアの理性(F音/クラリネット)が浄化のベクトルを正確に誘導し、セフィラの自由な風(B音/フルート)が光を広範囲に拡散する。テラの母性(E音/チェロ)が、憎悪の根源である大地を生命力で上書きした。
「馬鹿な……私の信仰が、浄化される!? この愛の和声に、なぜ憎悪が勝てない!?」
聖女アリアの結界は、憎悪の論理を完全に失い、音を立てて崩壊した。アリアは、ヒカルの「優しさが最強の力」という理念が、自らの信仰を打ち破ったという事実に、激しい動揺を覚える。
結界が浄化され、一瞬の静寂が訪れた。このわずかな隙こそ、盟約軍が武力で圧倒的優位に立つ唯一の機会だ。ヒカルは即座に、ヴァルキリアと六天将に最後の指令を下した。
「全軍! 聖騎士団の退却は追わない! ヴァルキリア! 六天将! 今が憎悪の鎖を断ち切る時だ! 聖女アリアの防御線中央を一点突破せよ!」
ヒカルの指令を受け、深淵の孤高竜姫ヴァルキリアの闇の特務機関が、その孤高の忠誠を爆発させた。
ヴァルキリアと漆黒の工作師シェイドが、闇の魔力を纏い、聖騎士団の中央へ音もなく突入する。その背後を、爆炎龍将軍フレア、空虚の斥候王ゼファー、不動の防衛将ガイア、そして無垢なる浄化使アウラが、圧倒的な武力で突き進む。
「フン。王の愛を証明するのは、私の闇の忠誠だ!」
ヴァルキリアの孤高の威圧感が、聖騎士団の戦意をさらに削ぐ。フレアの激情の炎、ゼファーの風の機動力、ガイアの土の重圧が、中央の防御線を容赦なく突破していく。
聖女アリアは、結界の崩壊と、六天将の猛攻に絶望的な状況を悟った。彼女は人類の希望を一身に背負う聖女の使命を放棄しなかった。
「ヒカル王よ……貴様の愛は、真実かもしれない。だが、人類は竜族の支配を許容しない! 高潔な殉教こそが、私の最後の聖戦だ!」
聖女アリアは、最後の力を振り絞り、自らの命を燃料として、帝国兵の退却を援護する光の壁を創造した。その光は、憎悪ではなく、人類を護るという純粋な信仰心に満ちており、ヴァルキリアの闇の魔力すらも一時的に押し留めるほどの強靭な意志を放っていた。
その光の中で、アリアは静かに目を閉じた。光の壁は、彼女の命の火が尽きるまで、盟約軍の猛攻を食い止め続けた。
「さらばだ、人類の希望よ……」
聖女アリアは、自らを犠牲にして、人類への裏切りのトラウマに苦しむヒカルの心を、その高潔な死をもって救済したのだ。
ヒカルは、その光の壁の前で、瞳から熱い涙を流した。
(アリア……貴女の信仰は、高潔であり、最期まで俺の優しさへの問いかけだった。憎悪の敵ではない。彼女は、自らの信じる正義と愛のために、命を投げ出したのだ……!)
一方で、ヒカルの人類から裏切りのトラウマは、聖女アリアの殉教という、高潔な人間の献身によって、不思議なことに完全に払拭されたのだった。彼の心には、敵ながら、アリアの武人の誇りへの畏敬の念と新たにこの勝利が本当に正しいのか、という疑問が残った。
◇◆◇◆◇
聖女アリアの光の壁が帝国軍の退却を援護する中、ヒカルは全軍に最後の指令を下した。
「全軍! 聖騎士団の退却は追わない! 聖愛の統合和声による大地再生で、聖女アリアの光の壁を維持せよ! これが、王の優しさの証明だ!」
その指令の直後、王室メイド隊が静かに活躍した。テラナ(土)が大地再生の魔力基盤を補強し、ルナリス(闇)が、混乱の中でDSW(対竜特化兵器)を無力化し、撤退戦線に投入されようとしていたDSWの残存部隊の破壊に成功。
そして、人類側の協力者、辺境12国連合総帥リヒターが率いる援軍が、王の指令を待たずに、混乱する聖騎士団の退却ルートを確保するように布陣した。
「総帥リヒター、行動開始! 竜の王の優しさは、人類の未来に必要不可欠だ! 帝国軍の退却ルートを確保せよ!」
人類軍の共闘は、新秩序の創造という王の理念が、現実の戦略となったことの証明だった。
戦闘終結後、ヒカルは、結界突破の功績を称えるべく、六龍姫と六天将を前に MVP裁定を行った。
「MVPは、純白の調和聖女ルーナと、蒼玉の理性竜姫アクアのジョイントMVP(共同最優秀貢献)とする!」
ヒカルの裁定に、レヴィアが悔しさに唇を噛む。
「ちっ……また地味な愛と、理性の論理的な愛の勝利か!」
ルーナは、純粋な献身が報われたことに、至福の光を放った。
「ヒカル様……! 貴方の優しさが、私の献身を MVPという最高の光の報酬で独占させてくれたのですね!」
アクアは、理性の仮面の下で情熱的な喜びを隠しきれない。
「王よ。私の理性が、王の理念を勝利に導いた。MVPは、私の知性への最高の賛辞です」
ヒカルは、二人の愛の献身と知恵を称え、王妃の義務としてのMVP報酬を許可した。
「MVP報酬は、王の魂の安息と、論理的な知性の独占を許可する! ルーナ、アクア! お前たちの愛の調律が、王の次の戦場への活路を開く!」
ヒカルは、聖女アリアの殉教という結果を乗り越え、人類社会への絶望という過去を乗り越えようとしていた。
そして、勢いを得た竜の盟約軍は、帝都直前の要衝を、無血開城に近い形で突破。物語は、帝都近郊の行政と復興への攻防へとシフトするのだった。
【第68話へ続く】