第六十八話:光の新秩序と教団の解体
ー/ー
聖女アリアの殉教から一夜が明け、盟約軍は帝都近郊の要衝地を占領した。ヒカルが打ち破ったのは、教団の物理的な防御結界だけでなく、彼自身の心に巣食う「人類への絶望」という名のトラウマだった。アリアの死は、ヒカルにとっての贖罪であり、新秩序創造への揺るぎない誓いとなった。
しかし、ヒカルの胸には、喜びとはかけ離れた、静かな苦痛が広がっていた。彼は、敵でありながら高潔な殉教を遂げたアリアの光を、真に打ち倒したかったわけではない。自らの優しさによって、アリアの純粋な信仰心を絶望へと追いやったという事実は、彼の心に重くのしかかる。
その静かな後悔を察知したのは、闇の特務機関長ヴァルキリアだった。彼女はヒカルの傍らに音もなく進み出ると、冷徹な瞳で告げた。
「契約者。貴様の『絆の共感者』は、死んだ聖女の光を、今も心の奥底で惜しんでいる。貴様の憎悪のトラウマは消えたが、『高潔な光を破壊した罪悪感』という新たな闇が生まれたのだな」
ヒカルは息を飲む。六龍姫の中で、彼の心の最も暗い部分を論理的な忠誠心で理解できるのは、ヴァルキリアだけだった。
「光を打ち砕いたことを悔やむな。貴様の優しさは、その脆い光を打ち砕くほど強靭だという証明だ。その罪の重さこそが、貴様の王権を絶対的なものにする。闇の王族(わたし)は、貴様の闇の影を、永遠に忠誠心で守り抜く。それが、私の貴方への愛なのだから」
ヴァルキリアの助言は、ヒカルの罪悪感を否定せず、それを王の強靭さへと転換させる冷徹な論理だった。ヒカルは彼女の孤高の忠誠心に頷き、帝都奪取後の統治へと意識を切り替える。
帝国の主力軍は、ヒカルが裏切りの罪で追放されてからわずか一年で帝国軍の最高幹部に上り詰めた仇敵カインの指示により帝都を捨てて東方へ逃走しており、残されたのは混乱する市民と、教団の残存兵だけだった。
ヒカルたち盟約軍は、カインを帝国の腐敗の象徴と見なしていた。ヒカルの軍団は、武力による制圧ではなく、秩序の回復と民衆の心の治癒という、最も困難な「統治」のフェーズへと移行した。
◇◆◇◆◇
聖騎士団が撤退した教団の本部施設に、純白の調和聖女ルーナと無垢なる浄化使アウラが、静かに進み入った。
教団の施設は、光の魔力が残るものの、憎悪が浄化されたことで、まるで魂を失ったかのような空虚な静寂に包まれていた。ルーナの目的は、この地の教団組織を解体し、聖女アリアの「純粋な信仰心」を継承する者を、新秩序の使徒として迎え入れることにあった。
「アウラ。この施設に、聖女アリア殿の妹君、クラリス殿がおられるはずです。彼女の信仰心は、まだ憎悪に汚されていないと感じます。彼女こそ、私たちの『光の新秩序』の灯火となるのでしょう」
ルーナの言葉を受け、アウラが冷静に魔力探知を行う。
「ルーナ様。確認しました。聖女アリア殿の妹、クラリス殿の魔力反応は、悲しみと純粋な信仰、そして僅かな憎悪の残滓。精神的な調律の対象として、最適です」
教団の奥深くで、姉の死を悼んでいたクラリスは、ルーナの光に包まれながらも、警戒心を露わにした。姉であるアリアを打ち破った竜族の王の軍勢に対し、彼女は複雑な感情を抱いていた。
「あなたがたが、姉さまの信仰を打ち砕いたのですか……」
ルーナは、その透き通るような白金の瞳でクラリスを見つめ、優しく微笑んだ。
「クラリス殿。貴女のお姉さまの信仰は、高潔でした。ですが、憎悪という名の鎖に繋がれていた。わたくしが望むのは、その純粋な信仰心を、王の『優しさによる共存の教え』へと調律し、人類の希望の光とすることです」
ルーナの光の治癒力は、クラリスの心に巣食う憎悪の残滓を、音もなく浄化していく。クラリスは、長年苦しめられていた憎悪の重荷から解放され、涙を流した。
「この安らぎは……姉さまが最後まで求めていた、真の光……」
クラリスは、ルーナの献身的な愛と、ヒカルの理念に心を打たれ、新秩序の使徒として、教団組織の解体と「光の新秩序」の布教に協力することを誓った。
ルーナは、教団の解体という最大の課題を解決すると共に、自らの存在価値をヒカルに証明した。彼女は司令部に戻るや否や、疲労困憊のヒカルに寄り添った。
「ヒカル様。わたくしは、教団の膿を浄化し、クラリス殿という『真の光の継承者』を得ました。この功績により、わたくしは、ヒカル様の魂の安寧を護る、精神的な支柱という特別な関係を独占する権利を要求いたします」
ルーナの愛は、もはや戦闘力や統治力だけでなく、「王の精神の安定」という、他の誰にも触れさせない領域の独占へと昇華していた。
◇◆◇◆◇
帝都近郊の占領地の中央広場で、ヒカルは聖女アリアの死を悼む儀式を執り行った後、六龍盟約軍の全兵士、そして集まった領民に対し、王としての最終的な訓示を与えた。
「聞け、盟約軍の兵士たちよ。そして、この地の民たちよ!」
ヒカルは、裏切りのトラウマを完全に克服した瞳で、憎悪と絶望を乗り越えた王の覚悟を宣言した。
「聖女アリア殿は、自らが信じる正義のために、高潔な殉教を遂げた。そして、私は宣言する。我々は本来は敵同士ではないのだ。理解しあえる友人になりたかった。それを阻む者、それが真の敵なのだ! そうだ! 我々の真の敵は、彼女の信仰心を悪用し、人類を戦乱へと導いた帝国の中に巣食う腐敗なのだ!」
ヒカルは、全軍に対し、過去の憎悪を未来の希望へと昇華させるよう、愛の指揮棒を振るうように命じた。
「我々は、これ以上復讐のために剣を振るわない。お前たちが抱く人間社会への敵意、その全てを、『優しさと絆』による新秩序創造への決意へと変えろ! 憎悪は、新秩序の創造の礎とはなり得ない!」
ルーナの光の治癒力が、訓示と共に全軍に放たれる。兵士たちは、聖女の死に対する憎悪ではなく、王の理念を支える献身と共存の希望に満たされていった。
その様子を司令部で見ていた最高戦略官アクアは、冷静な瞳に感嘆の色を宿した。
「王の訓示とルーナの広報戦は、論理的に見て、最強の戦略的優位性を持つわ。武力による占領ではなく、精神的な浄化による統治。カインの謀略は、この優しさという非合理な力の前には無力よ」
アクアは、ルーナの広報戦が、自分の理性的な戦略をも凌駕するほどの成功を収めたことを、戦略家として認めざるを得なかった。
しかし、紅蓮の激情竜姫レヴィアは、この展開に激しい嫉妬の炎を燃え上がらせた。
「ぎゃあああああああ! 許さないわよ、ルーナ! 貴様は王の精神的な支柱という、最も美味しい場所を独占しただけでなく、アクアまでその論理的な愛で籠絡したわね!」
レヴィアの激情的な嫉妬に対し、ルーナは静かに、しかし王妃としての覚悟を滲ませた言葉で反論した。
「レヴィア姉さま」
純粋無垢な光の姫の、その声音には、姉に対する敬意よりも、精神的調律者の絶対的な自信が勝っていた。アクアもテラも、他の誰よりも激情的なレヴィアに、ルーナがここまで踏み込むことに驚き、息を飲んだ。
「王の精神の安寧は、貴女の激情という名の熱量よりも、わたくしの調律の光という名の秩序によってこそ護られます。貴女のその激情的な愛は、しばしば王の心を乱すノイズとなりかねません。王の愛の核を真に護れるのは、誰よりも冷静で、誰よりも献身的な、このわたくしなのです」
ルーナの言葉は、レヴィアの愛の形そのものを「戦略的リスク」として断罪するものだった。
これは一触即発。ヒカルにとっては最も避けなければならない姉妹喧嘩である。
レヴィアの顔は、驚愕と屈辱で一瞬にして白熱した炎のように赤く染まった。妹であるルーナに、自らの愛の形を「ノイズ」として公衆の面前で断罪された屈辱は計り知れない。
「なっ……! ルーナ! 言わせておけば! この、この卑怯な偽りの調律者め、が! 貴様、誰に向かって口を利いている! 我の激情こそが、王の火力を生む、愛の主旋律だというのに、それをノイズだと!?」
「あら、レヴィア姉さま。少しは頭を冷やしてくださいましな」
レヴィアは激昂して炎の魔力を爆発させようとするが、ルーナの「調律の光」がそれをいち早く静かに包み込み、炎の奔流を寸前で鎮火させた。レヴィアは、ルーナの理が王の安寧を護っているという事実に、言葉を失い、悔しさに唇を噛みしめるしかなかった。
最高戦略官アクアは、その冷徹な仮面の下で、激しい焦燥を覚えていた。
(ば、馬鹿な……! ルーナが、私の理性的な愛の論理を超越し、レヴィアの愛の形そのものを戦略的リスクとして定義し、その地位を奪った……! 感情的な領域で、論理的に最も優位なポジションを確立しただと!?)
アクアは、ルーナのその戦略的知性に、戦慄と共に新たな嫉妬の炎を燃やす。
磐石の守護龍テラは、穏やかな微笑みを保ったまま、ルーナを一瞥した。
(ルーナ……。精神の安寧は貴女の独占領域だけど、その論理的な優位性で、私の肉体的安寧の独占領域にまで侵食しようというのか。でも、母性の愛は、秩序という名の支配には屈しません……)
テラの心には、静かな宣戦布告の音が鳴り響いていた。
疾風の遊撃竜姫セフィラは、このシリアスな王妃争奪戦の進化に目を輝かせた。
「わーい! ルーナ、大胆だね! 愛の形にまでケチをつけ合うなんて、最高の冒険だよ! でもね、ボクの自由な愛は、誰にもノイズなんて言わせないぞー!」
セフィラの無邪気な声が、張り詰めた空気を打ち砕き鎮静させたのだった。
ヒカルは内心胸をなでおろすのだった。
(久しぶりに肝を冷やしたぞ……。ルーナもその容姿からは想像できないくらいの独占欲を持っている。忘れかけていたが、彼女も竜の姫の一人なんだな……)
この激しい愛の衝突を、ヒカルの傍らに控えていた幼馴染のリリア・シャイニングが、静かな愛の瞳で見つめていた。
(ヒカル様は、ついに過去の絶望を乗り越えられた。ルーナ様の献身的な愛は、ヒカル様の優しさを人類と竜族の間に橋渡しする、真の絆の証明です)
リリアは、ルーナの献身的な愛を、人間と竜族の共存という希望の光として見守るのだった。
【第69話へ続く】
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
聖女アリアの殉教から一夜が明け、盟約軍は帝都近郊の要衝地を占領した。ヒカルが打ち破ったのは、教団の物理的な防御結界だけでなく、彼自身の心に巣食う「人類への絶望」という名のトラウマだった。アリアの死は、ヒカルにとっての贖罪であり、新秩序創造への揺るぎない誓いとなった。
しかし、ヒカルの胸には、喜びとはかけ離れた、静かな苦痛が広がっていた。彼は、敵でありながら高潔な殉教を遂げたアリアの光を、真に打ち倒したかったわけではない。自らの優しさによって、アリアの純粋な信仰心を絶望へと追いやったという事実は、彼の心に重くのしかかる。
その静かな後悔を察知したのは、闇の特務機関長ヴァルキリアだった。彼女はヒカルの傍らに音もなく進み出ると、冷徹な瞳で告げた。
「契約者。貴様の『絆の共感者』は、死んだ聖女の光を、今も心の奥底で惜しんでいる。貴様の憎悪のトラウマは消えたが、『高潔な光を破壊した罪悪感』という新たな闇が生まれたのだな」
ヒカルは息を飲む。六龍姫の中で、彼の心の最も暗い部分を論理的な忠誠心で理解できるのは、ヴァルキリアだけだった。
「光を打ち砕いたことを悔やむな。貴様の優しさは、その脆い光を打ち砕くほど強靭だという証明だ。その罪の重さこそが、貴様の王権を絶対的なものにする。闇の王族(わたし)は、貴様の闇の影を、永遠に忠誠心で守り抜く。それが、私の貴方への愛なのだから」
ヴァルキリアの助言は、ヒカルの罪悪感を否定せず、それを王の強靭さへと転換させる冷徹な論理だった。ヒカルは彼女の孤高の忠誠心に頷き、帝都奪取後の統治へと意識を切り替える。
帝国の主力軍は、ヒカルが裏切りの罪で追放されてからわずか一年で帝国軍の最高幹部に上り詰めた仇敵カインの指示により帝都を捨てて東方へ逃走しており、残されたのは混乱する市民と、教団の残存兵だけだった。
ヒカルたち盟約軍は、カインを帝国の腐敗の象徴と見なしていた。ヒカルの軍団は、武力による制圧ではなく、秩序の回復と民衆の心の治癒という、最も困難な「統治」のフェーズへと移行した。
◇◆◇◆◇
聖騎士団が撤退した教団の本部施設に、純白の調和聖女ルーナと無垢なる浄化使アウラが、静かに進み入った。
教団の施設は、光の魔力が残るものの、憎悪が浄化されたことで、まるで魂を失ったかのような空虚な静寂に包まれていた。ルーナの目的は、この地の教団組織を解体し、聖女アリアの「純粋な信仰心」を継承する者を、新秩序の使徒として迎え入れることにあった。
「アウラ。この施設に、聖女アリア殿の妹君、クラリス殿がおられるはずです。彼女の信仰心は、まだ憎悪に汚されていないと感じます。彼女こそ、私たちの『光の新秩序』の灯火となるのでしょう」
ルーナの言葉を受け、アウラが冷静に魔力探知を行う。
「ルーナ様。確認しました。聖女アリア殿の妹、クラリス殿の魔力反応は、悲しみと純粋な信仰、そして僅かな憎悪の残滓。精神的な調律の対象として、最適です」
教団の奥深くで、姉の死を悼んでいたクラリスは、ルーナの光に包まれながらも、警戒心を露わにした。姉であるアリアを打ち破った竜族の王の軍勢に対し、彼女は複雑な感情を抱いていた。
「あなたがたが、姉さまの信仰を打ち砕いたのですか……」
ルーナは、その透き通るような白金の瞳でクラリスを見つめ、優しく微笑んだ。
「クラリス殿。貴女のお姉さまの信仰は、高潔でした。ですが、憎悪という名の鎖に繋がれていた。わたくしが望むのは、その純粋な信仰心を、王の『優しさによる共存の教え』へと調律し、人類の希望の光とすることです」
ルーナの光の治癒力は、クラリスの心に巣食う憎悪の残滓を、音もなく浄化していく。クラリスは、長年苦しめられていた憎悪の重荷から解放され、涙を流した。
「この安らぎは……姉さまが最後まで求めていた、真の光……」
クラリスは、ルーナの献身的な愛と、ヒカルの理念に心を打たれ、新秩序の使徒として、教団組織の解体と「光の新秩序」の布教に協力することを誓った。
ルーナは、教団の解体という最大の課題を解決すると共に、自らの存在価値をヒカルに証明した。彼女は司令部に戻るや否や、疲労困憊のヒカルに寄り添った。
「ヒカル様。わたくしは、教団の膿を浄化し、クラリス殿という『真の光の継承者』を得ました。この功績により、わたくしは、ヒカル様の魂の安寧を護る、精神的な支柱という特別な関係を独占する権利を要求いたします」
ルーナの愛は、もはや戦闘力や統治力だけでなく、「王の精神の安定」という、他の誰にも触れさせない領域の独占へと昇華していた。
◇◆◇◆◇
帝都近郊の占領地の中央広場で、ヒカルは聖女アリアの死を悼む儀式を執り行った後、六龍盟約軍の全兵士、そして集まった領民に対し、王としての最終的な訓示を与えた。
「聞け、盟約軍の兵士たちよ。そして、この地の民たちよ!」
ヒカルは、裏切りのトラウマを完全に克服した瞳で、憎悪と絶望を乗り越えた王の覚悟を宣言した。
「聖女アリア殿は、自らが信じる正義のために、高潔な殉教を遂げた。そして、私は宣言する。我々は本来は敵同士ではないのだ。理解しあえる友人になりたかった。それを阻む者、それが真の敵なのだ! そうだ! 我々の真の敵は、彼女の信仰心を悪用し、人類を戦乱へと導いた帝国の中に巣食う腐敗なのだ!」
ヒカルは、全軍に対し、過去の憎悪を未来の希望へと昇華させるよう、愛の指揮棒を振るうように命じた。
「我々は、これ以上復讐のために剣を振るわない。お前たちが抱く人間社会への敵意、その全てを、『優しさと絆』による新秩序創造への決意へと変えろ! 憎悪は、新秩序の創造の礎とはなり得ない!」
ルーナの光の治癒力が、訓示と共に全軍に放たれる。兵士たちは、聖女の死に対する憎悪ではなく、王の理念を支える献身と共存の希望に満たされていった。
その様子を司令部で見ていた最高戦略官アクアは、冷静な瞳に感嘆の色を宿した。
「王の訓示とルーナの広報戦は、論理的に見て、最強の戦略的優位性を持つわ。武力による占領ではなく、精神的な浄化による統治。カインの謀略は、この優しさという非合理な力の前には無力よ」
アクアは、ルーナの広報戦が、自分の理性的な戦略をも凌駕するほどの成功を収めたことを、戦略家として認めざるを得なかった。
しかし、紅蓮の激情竜姫レヴィアは、この展開に激しい嫉妬の炎を燃え上がらせた。
「ぎゃあああああああ! 許さないわよ、ルーナ! 貴様は王の精神的な支柱という、最も美味しい場所を独占しただけでなく、アクアまでその論理的な愛で籠絡したわね!」
レヴィアの激情的な嫉妬に対し、ルーナは静かに、しかし王妃としての覚悟を滲ませた言葉で反論した。
「レヴィア姉さま」
純粋無垢な光の姫の、その声音には、姉に対する敬意よりも、精神的調律者の絶対的な自信が勝っていた。アクアもテラも、他の誰よりも激情的なレヴィアに、ルーナがここまで踏み込むことに驚き、息を飲んだ。
「王の精神の安寧は、貴女の激情という名の熱量よりも、わたくしの調律の光という名の秩序によってこそ護られます。貴女のその激情的な愛は、しばしば王の心を乱すノイズとなりかねません。王の愛の核を真に護れるのは、誰よりも冷静で、誰よりも献身的な、このわたくしなのです」
ルーナの言葉は、レヴィアの愛の形そのものを「戦略的リスク」として断罪するものだった。
これは一触即発。ヒカルにとっては最も避けなければならない姉妹喧嘩である。
レヴィアの顔は、驚愕と屈辱で一瞬にして白熱した炎のように赤く染まった。妹であるルーナに、自らの愛の形を「ノイズ」として公衆の面前で断罪された屈辱は計り知れない。
「なっ……! ルーナ! 言わせておけば! この、この卑怯な偽りの調律者め、が! 貴様、誰に向かって口を利いている! 我の激情こそが、王の火力を生む、愛の主旋律だというのに、それをノイズだと!?」
「あら、レヴィア姉さま。少しは頭を冷やしてくださいましな」
レヴィアは激昂して炎の魔力を爆発させようとするが、ルーナの「調律の光」がそれをいち早く静かに包み込み、炎の奔流を寸前で鎮火させた。レヴィアは、ルーナの理が王の安寧を護っているという事実に、言葉を失い、悔しさに唇を噛みしめるしかなかった。
最高戦略官アクアは、その冷徹な仮面の下で、激しい焦燥を覚えていた。
(ば、馬鹿な……! ルーナが、私の理性的な愛の論理を超越し、レヴィアの愛の形そのものを戦略的リスクとして定義し、その地位を奪った……! 感情的な領域で、論理的に最も優位なポジションを確立しただと!?)
アクアは、ルーナのその戦略的知性に、戦慄と共に新たな嫉妬の炎を燃やす。
磐石の守護龍テラは、穏やかな微笑みを保ったまま、ルーナを一瞥した。
(ルーナ……。精神の安寧は貴女の独占領域だけど、その論理的な優位性で、私の肉体的安寧の独占領域にまで侵食しようというのか。でも、母性の愛は、秩序という名の支配には屈しません……)
テラの心には、静かな宣戦布告の音が鳴り響いていた。
疾風の遊撃竜姫セフィラは、このシリアスな王妃争奪戦の進化に目を輝かせた。
「わーい! ルーナ、大胆だね! 愛の形にまでケチをつけ合うなんて、最高の冒険だよ! でもね、ボクの自由な愛は、誰にもノイズなんて言わせないぞー!」
セフィラの無邪気な声が、張り詰めた空気を打ち砕き鎮静させたのだった。
ヒカルは内心胸をなでおろすのだった。
(久しぶりに肝を冷やしたぞ……。ルーナもその容姿からは想像できないくらいの独占欲を持っている。忘れかけていたが、彼女も竜の姫の一人なんだな……)
この激しい愛の衝突を、ヒカルの傍らに控えていた幼馴染のリリア・シャイニングが、静かな愛の瞳で見つめていた。
(ヒカル様は、ついに過去の絶望を乗り越えられた。ルーナ様の献身的な愛は、ヒカル様の優しさを人類と竜族の間に橋渡しする、真の絆の証明です)
リリアは、ルーナの献身的な愛を、人間と竜族の共存という希望の光として見守るのだった。
【第69話へ続く】