第18話 私たちは騎士でありたいと願うからこの場所に立っていた
ー/ー
上質な馬車に揺られて、私とマベルは今、アミトライン領の街道を移動していた。この旅の終着点は、もちろん、クレプリーズ家の屋敷だ。
どうしてこうなったとは今さら言うまい。
体調も万全となり、やっと頭の整理もついた。……数日を要したが。
私のパエデロス領と、マベルのアミトライン領が、長年の因縁に終止符を打って、ようやく手にした平穏は、あろうことか本物ではなかった。
虚偽で塗り固められた仮初めの栄光とやらを潰しに行く。それがこの旅の目的。
空は青く、澄み渡り、小鳥もさえずるようなひととき。
それとは裏腹に、私も、そしてマベルも、暴風の中に取り残されたような心境だ。穏やかでいられるはずがないのだ。
「リナリー、すまない。キミの手を借りずに済ませたかったが……」
「何度も言わせるな、マベル。この一件は、辺境伯の娘である私にも関わりがある。避けて通ることのできない問題だ。貴様一人に背負わせてたまるか」
いつまで経ってもマベルという男はお人好しが過ぎる。
それは心の内に秘めた、背徳感の致すところなのだろう。
事の発端は、数十年と遡らない。というか、私も生まれている時代だ。
パエデロス領の地に残されていた地下資源――言ってみれば、パエデロス資源が、アミトライン領の悪しき盗賊によって密輸されたことに始まる。
この時点ではパエデロス領にそんなダンジョンがあったことは周知されていない。
だから、アミトライン領の資源と誤認されたのは自然な流れだ。
採掘し尽くされて、とっくに涸れ果てたと思われたアミトライン領のダンジョンに未だこれほどの財宝が残されていたのかと希望を抱かされた。
人工建造物のダンジョンは人工魔脈で再生する鉱脈。放っておけばよかったのだ。それを、一攫千金狙った輩たちによって乱された。だから短い寿命がさらに縮んだ。
それでもなお、密輸されてきた財宝が市場を出回る。悪循環という奴だ。
アミトライン領のダンジョンの多くは言葉通りに潰れてしまった。
本来ならば、領主が何処かで歯止めを利かせなければならなかった。
そう、シロイ・クレプリーズは判断を誤ってしまった。
アミトライン領に資源があるのならこの土地はさらに豊かになると考えた。
だが、真実を知って絶望するしかなかった。
アミトライン領の経済を回していた資源の正体はパエデロス資源だったのだから。
シロイ・クレプリーズが、密輸の実態を掴んだ時点でもう既に手遅れ。
アミトライン領のダンジョンを領主の権限を持って封鎖しても意味がない。
裕福な土地となったアミトライン領はもはやパエデロス資源なしに回らない。
かといって、私腹を肥やした貴族たちを追放させることなどできない。
アミトライン領が資源のない涸れた領土とバレれば衰退するしかないから。
きっと、このときにシロイ・クレプリーズに悪魔が囁いたのだ。
パエデロス領の盗賊どもが、アミトライン領の資源を奪ったことにすればいい。
その大嘘が、今の私たちの時代に繋がっているというわけだ。
※ ※ ※
※ ※
※
「こんなに早く、ここに戻ってくることになるとはな」
私は馬車を降り、その屋敷を見上げていた。
アミトライン領の領主であるクレプリーズ家の屋敷。
裕福で、なんと雄大な屋敷なのだろう、とあのときは思っていた。
真実を知ってしまうと、ハリボテに見えてしまうのは何故だろう。
ここには妹リノンもいる。その息子のマロッカもいる。
マベルの弟のペウルもいるし――当然、シロイ・クレプリーズもいる。
「行くぞ、マベル。貴様も、本当の意味での騎士になりたいのだろう」
「……ああ、分かってる」
燻ぶっていたソレが確かな熱を持っているのを感じた。
あの軟弱ものなど、今は何処にもいない。
「マベル様、おかえりなさいませ。リナリー様も、ようこそおいでくださいました」
老齢の執事が出迎えてくれる。まだ何も知らない、というのは幸せだな。
その男に案内されるがまま、私たちは屋敷の中へと足を踏み入れる。
「父さんは、執務室か?」
「ええ、そうです。応接室までお呼びいたしましょうか?」
「いや、その必要はない。ボクたちが直接執務室に出向くよ」
「しかしそれは……」
老齢の執事が少々困った顔を見せる。それはそう。
領主が仕事中だというのに、いきなり押しかける来訪者などいるものか。
とはいえ、相手が実の息子なのだからダメだとも押し切れない。
「すまないが、不躾は承知の上。これは一刻も争う由々しき事態なのだ」
私も付け加えると、さすがに老齢の執事も折れてくる。
領主の息子と、隣の辺境伯の娘が並んでいて口を出せるわけがないだろう。
「……分かりました。くれぐれも失礼のないように」
などと言われるが――まさか私たちがそれどころではないことをしでかそうとは、想像だにしていないだろうな。教えていたら全力で止められるだろうから黙るが。
マベルを先頭にして、屋敷を突き進む。勝手知ったるは我が家だ。
私もその後ろをついていく。
老齢の執事は尋常ではない空気を感じてか、ついてはこなかった。
クレプリーズ家の屋敷の廊下を行き、二階へと上がり、突き当りの扉へ到達する。
重々しい感じから、よほどの重役の部屋なのだと察せられる。
この先にマベルの父、シロイ・クレプリーズがいるに違いない。
「父さん、入るよ」
マベルはその扉をノックをして、静かに開く。
執務室に相応しい、厳かな空気を感じる。
室内にあしらわれた調度品一つをとってみても、威厳を放つよう。
なるほど、これが代々騎士の血を引く名家、クレプリーズ家の領主の部屋か。
「――マベルか。今、ワシは忙しいのだ。後にしてくれぬか」
大きなデスクの向こう、その男は背もたれの大きな座って書類を処理していた。
こちらに向きなおろうともせず、忙しなく作業に没頭しているようだ。
白髪交じりの苦労人の顔をしている。彼がシロイ・クレプリーズか。
かつては騎士として名を馳せていた歴戦の強者の名残りも見える。
顔は似ていないが、何処か私の父を彷彿とさせるのは同じ領主だからだろうか。
当たり前の話ではあるが、どちらかといえばマベルによく似ている。
「今日は父さんに話があってきた。パエデロス資源についてだ」
眉が少しだけピクリとしたような気がする。
やはりシロイも、思い当たることがあるのだろう。
「何の話があるというのだ。くだらないごっこ遊びには付き合えん」
「父さんがこれまでずっと隠蔽してきたことを公表するといっているんだ」
マベルは臆せず突っ込んでいく。
さしものシロイも手を止めてこちらに向き直る。
そこでようやく、私が傍に立っていることにも気付いたのか、顔が険しくなる。
「なんだアイノナイトのお嬢さんではないか。息子の虚言癖に付き合う必要はない」
あくまでシロイは白を切るつもりでいるらしい。それも何処まで続くことか。
マベルの方も、冗談ではないことを表すように羊皮紙の束を懐から取り出す。
「行商人との交易記録も出揃っている。父さん、言い逃れはできないよ」
「そんなもの、いくらでも改竄できよう。愚かなお前にもな」
散々改竄してきた張本人に言われると無性に腹の立つ言い草だな。
ここまで厚顔無恥にならなければ今日までこうしては生きてはいないだろう。
それを思えば、この態度こそ当然とも言える。
「なあアイノナイトのお嬢さんや。そいつに一体何を吹き込まれたのかは知らんが、これ以上ワシの仕事の邪魔をするつもりなら領土間、ひいては国家間に亀裂が入る。ただちに止めさせるのが辺境伯の娘としての正しい振る舞いではないか?」
口調こそ穏やかだが、怒りが隠れており、喉元に歯を突き立てられているような強い殺気が込められているように錯覚する。
「悪いがシロイ・クレプリーズ殿。私とて手放しにマベルを信じたわけではない」
私もできる限り調べ、父の執務室からも輸出入の記録をどっさりと用意してきた。
その中には、前領主のオレロ・ヘマシタイトの手記も含まれる。
シロイがその立場を利用して、どれほど資産や資源を誤魔化そうとしたところで、実際に動いている金を消したり出したりなどという魔法は使えない。
なかったことをにすることはできても、あった事実を動かすことなど不可能だ。
まあ、とはいえ、ここまで調べるのは相当骨が折れたのだが。
どんだけ古い資料ひっくり返したと思ってるんだ。
何にせよ、アミトライン領とパエデロス領での膨大な情報に齟齬があるのならば、その整合性を取る過程で真実というものは姿を現すものだ。
「弁明できるのなら、聞かせてもらうぞ」
シロイの顔に怒りの滲み出た表情が見えている。
かなりの苛立ちが込み上げてきているのは間違いない。
「それを見て、はい、その通り、と頷くとでも思うてか」
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どうしてこうなったとは今さら言うまい。
体調も万全となり、やっと頭の整理もついた。……数日を要したが。
私のパエデロス領と、マベルのアミトライン領が、長年の因縁に終止符を打って、ようやく手にした平穏は、あろうことか本物ではなかった。
虚偽で塗り固められた仮初めの栄光とやらを潰しに行く。それがこの旅の目的。
空は青く、澄み渡り、小鳥もさえずるようなひととき。
それとは裏腹に、私も、そしてマベルも、暴風の中に取り残されたような心境だ。穏やかでいられるはずがないのだ。
「リナリー、すまない。キミの手を借りずに済ませたかったが……」
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それは心の内に秘めた、背徳感の致すところなのだろう。
事の発端は、数十年と遡らない。というか、私も生まれている時代だ。
パエデロス領の地に残されていた地下資源――言ってみれば、パエデロス資源が、アミトライン領の悪しき盗賊によって密輸されたことに始まる。
この時点ではパエデロス領にそんなダンジョンがあったことは周知されていない。
だから、アミトライン領の資源と誤認されたのは自然な流れだ。
採掘し尽くされて、とっくに涸れ果てたと思われたアミトライン領のダンジョンに未だこれほどの財宝が残されていたのかと希望を抱かされた。
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アミトライン領のダンジョンの多くは言葉通りに潰れてしまった。
本来ならば、領主が何処かで歯止めを利かせなければならなかった。
そう、シロイ・クレプリーズは判断を誤ってしまった。
アミトライン領に資源があるのならこの土地はさらに豊かになると考えた。
だが、真実を知って絶望するしかなかった。
アミトライン領の経済を回していた資源の正体はパエデロス資源だったのだから。
シロイ・クレプリーズが、密輸の実態を掴んだ時点でもう既に手遅れ。
アミトライン領のダンジョンを領主の権限を持って封鎖しても意味がない。
裕福な土地となったアミトライン領はもはやパエデロス資源なしに回らない。
かといって、私腹を肥やした貴族たちを追放させることなどできない。
アミトライン領が資源のない涸れた領土とバレれば衰退するしかないから。
きっと、このときにシロイ・クレプリーズに悪魔が囁いたのだ。
パエデロス領の盗賊どもが、アミトライン領の資源を奪ったことにすればいい。
その大嘘が、今の私たちの時代に繋がっているというわけだ。
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「こんなに早く、ここに戻ってくることになるとはな」
私は馬車を降り、その屋敷を見上げていた。
アミトライン領の領主であるクレプリーズ家の屋敷。
裕福で、なんと雄大な屋敷なのだろう、とあのときは思っていた。
真実を知ってしまうと、ハリボテに見えてしまうのは何故だろう。
ここには妹リノンもいる。その息子のマロッカもいる。
マベルの弟のペウルもいるし――当然、シロイ・クレプリーズもいる。
「行くぞ、マベル。貴様も、本当の意味での騎士になりたいのだろう」
「……ああ、分かってる」
燻ぶっていたソレが確かな熱を持っているのを感じた。
あの軟弱ものなど、今は何処にもいない。
「マベル様、おかえりなさいませ。リナリー様も、ようこそおいでくださいました」
老齢の執事が出迎えてくれる。まだ何も知らない、というのは幸せだな。
その男に案内されるがまま、私たちは屋敷の中へと足を踏み入れる。
「父さんは、執務室か?」
「ええ、そうです。応接室までお呼びいたしましょうか?」
「いや、その必要はない。ボクたちが直接執務室に出向くよ」
「しかしそれは……」
老齢の執事が少々困った顔を見せる。それはそう。
領主が仕事中だというのに、いきなり押しかける来訪者などいるものか。
とはいえ、相手が実の息子なのだからダメだとも押し切れない。
「すまないが、不躾は承知の上。これは一刻も争う由々しき事態なのだ」
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領主の息子と、隣の辺境伯の娘が並んでいて口を出せるわけがないだろう。
「……分かりました。くれぐれも失礼のないように」
などと言われるが――まさか私たちがそれどころではないことをしでかそうとは、想像だにしていないだろうな。教えていたら全力で止められるだろうから黙るが。
マベルを先頭にして、屋敷を突き進む。勝手知ったるは我が家だ。
私もその後ろをついていく。
老齢の執事は尋常ではない空気を感じてか、ついてはこなかった。
クレプリーズ家の屋敷の廊下を行き、二階へと上がり、突き当りの扉へ到達する。
重々しい感じから、よほどの重役の部屋なのだと察せられる。
この先にマベルの父、シロイ・クレプリーズがいるに違いない。
「父さん、入るよ」
マベルはその扉をノックをして、静かに開く。
執務室に相応しい、厳かな空気を感じる。
室内にあしらわれた調度品一つをとってみても、威厳を放つよう。
なるほど、これが代々騎士の血を引く名家、クレプリーズ家の領主の部屋か。
「――マベルか。今、ワシは忙しいのだ。後にしてくれぬか」
大きなデスクの向こう、その男は背もたれの大きな座って書類を処理していた。
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かつては騎士として名を馳せていた歴戦の強者の名残りも見える。
顔は似ていないが、何処か私の父を彷彿とさせるのは同じ領主だからだろうか。
当たり前の話ではあるが、どちらかといえばマベルによく似ている。
「今日は父さんに話があってきた。パエデロス資源についてだ」
眉が少しだけピクリとしたような気がする。
やはりシロイも、思い当たることがあるのだろう。
「何の話があるというのだ。くだらないごっこ遊びには付き合えん」
「父さんがこれまでずっと隠蔽してきたことを公表するといっているんだ」
マベルは臆せず突っ込んでいく。
さしものシロイも手を止めてこちらに向き直る。
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「なんだアイノナイトのお嬢さんではないか。息子の虚言癖に付き合う必要はない」
あくまでシロイは白を切るつもりでいるらしい。それも何処まで続くことか。
マベルの方も、冗談ではないことを表すように羊皮紙の束を懐から取り出す。
「行商人との交易記録も出揃っている。父さん、言い逃れはできないよ」
「そんなもの、いくらでも改竄できよう。愚かなお前にもな」
散々改竄してきた張本人に言われると無性に腹の立つ言い草だな。
ここまで厚顔無恥にならなければ今日までこうしては生きてはいないだろう。
それを思えば、この態度こそ当然とも言える。
「なあアイノナイトのお嬢さんや。そいつに一体何を吹き込まれたのかは知らんが、これ以上ワシの仕事の邪魔をするつもりなら領土間、ひいては国家間に亀裂が入る。ただちに止めさせるのが辺境伯の娘としての正しい振る舞いではないか?」
口調こそ穏やかだが、怒りが隠れており、喉元に歯を突き立てられているような強い殺気が込められているように錯覚する。
「悪いがシロイ・クレプリーズ殿。私とて手放しにマベルを信じたわけではない」
私もできる限り調べ、父の執務室からも輸出入の記録をどっさりと用意してきた。
その中には、前領主のオレロ・ヘマシタイトの手記も含まれる。
シロイがその立場を利用して、どれほど資産や資源を誤魔化そうとしたところで、実際に動いている金を消したり出したりなどという魔法は使えない。
なかったことをにすることはできても、あった事実を動かすことなど不可能だ。
まあ、とはいえ、ここまで調べるのは相当骨が折れたのだが。
どんだけ古い資料ひっくり返したと思ってるんだ。
何にせよ、アミトライン領とパエデロス領での膨大な情報に齟齬があるのならば、その整合性を取る過程で真実というものは姿を現すものだ。
「弁明できるのなら、聞かせてもらうぞ」
シロイの顔に怒りの滲み出た表情が見えている。
かなりの苛立ちが込み上げてきているのは間違いない。
「それを見て、はい、その通り、と頷くとでも思うてか」