第8話 軟弱男が不意に見せる正義感がちょっといいなと思ったり
ー/ー なぎ倒された家屋が痛々しく見えた。私の判断ミスなのだろうか。
そんな風に自分を責めるのを堪え、先を急ぐ。
今も地鳴りとともに何かが破壊され続けている音が耳に届く。
姿を視認できたのは存外、早かった。
二軒先の距離、先ほどの個体とは異なるイノシシが猛進している。
とてもではないが、私の足で追い付ける距離ではない。
見ている間にもまた一軒、二軒と家屋が積み木のように崩されていく。
まずいと思っても、それ以上は足は速くならない。
あの方角は教会だ。
あのままイノシシが真っ直ぐ突き進めば間違いなくぶち当たる。
追いつくわけがない。せめて、別の場所に避難していてくれ。そう願うばかり。
「おおおいっ! こっちだあぁ! おおおいっ!」
向こうの方で誰かが声を挙げている。誰だ。私は咄嗟にそちらの方へ向く。
走りながら見上げると誰かが少し高い屋根の上に登り、布切れを振り回していた。
ひょっとしなくても、あのイノシシに向かって言っているのだろうか。
片手は旗のように布を振り回し、片手は石を投げつけ。
おそらく誘導しているつもりのようだが、暴走しているイノシシには意味がない。
そんなことくらい、分かりそうなものなのだが、何をやっているのだろう。
イノシシの暴走に気が動転しているのかとも思った。
だが、私はイノシシの進行方向に走りながらも、屋根の上の人物をよく見た。
「――マベル!?」
見間違いかと思った。屋根の上で大声をあげていたのは、あのマベルだった。
自分の上着を脱いで旗の代わりにしてイノシシに向かって叫ぶ。
しかしやはり、イノシシはその程度では誘導されない。
マベルのいる方角からは逸れて、教会の方へとまっしぐらだ。
「バカな……、イノシシの気が逸れたとしても、それじゃお前が……」
マベルの上っている建物は木造だ。丸太のバリケードなんかよりずっと脆い。
それで本当にイノシシが誘導されたら家屋ごと粉砕されるだろう。
誰かにおとり役を頼まれたのか? だが、周囲には誰もいない。これも独断か。
「待て、待てええっ! おおおいっ!」
あいつは一体何を考えているのか。屋根を飛び乗っていき移動する。
イノシシが向かってくる方角へと近付いていく。
武器も持たずに、死ぬ気なのかアイツは。
隣の屋根に飛び移るだけでも鈍い。体力がなさすぎだろう。
戦闘経験がないといっていたのもウソではないらしい。それくらいは見てとれた。
だからこそ、なおのこと私は驚き、血の気が引く思いだった。
ドドドドとイノシシがマベルの近くまでやってくる。
あの距離なら家屋も横をすり抜ける程度だろう。
マベルがイノシシに追突されることはない――そう思った矢先だ。
「――え?」
何が起きたのか。私は思わず足が止まりそうになった。
マベルが、向こうの方へと跳んでいったから。
私の視点からも、私の記憶からも、その先には建物がない。
屋根から飛び降りたのかと思った。イノシシが通り過ぎるのに?
ハッとして、私は心臓がキュゥっとなった。
目を逸らさずイノシシが通過していくのをその目で見て、マベルの姿を確認した。まさかと思った。猛進するイノシシの背中に、マベルが乗っていたから。
「アイツは、バカなのか? 武器も持たずに……」
マベルがやろうとしていたことは分かる。
教会にいかせないように、自分をおとりに誘導するつもりだったのだろう。
それが上手くいかなかったから、今度は自らイノシシの上に飛び乗ったと。
バカじゃないか。バカすぎる。そんなバカがいてたまるか。
「うおおおぉぉ、まがれぇぇ! とまれええぇっ!!」
イノシシの背中の毛皮を引っ張るようにして方向を変えようとする。
それでも変わらず、何か叩いている。さっき持っていた石か何かだろうか。
無茶にもほどがあるし、それでどうにかなる相手なわけがないだろう。
だが、イノシシがこのまま突き進めば、当然教会にぶち当たってしまう。
ズドドドドと足元が揺れ、私もまた躓きそうになるが、イノシシを追う。
「これでどうだああぁっ!!」
そのとき、私はマベルの方を見ていなかった。
だから何が起きたのかをよく理解できていなかった。
――グオオオォォォォオオオ!!
鼓膜が破けるんじゃないかという激しい咆哮。思わず私は耳を塞ぐ。
それでも全身をビリビリとさせるような震えに、怯んでしまいそうになった。
「アイツ……、マベルは一体何を……」
私はイノシシの進行していた方角を見た。どういうわけか、進路が変わっている。
というよりも、まるでデタラメに走り出していた。
足を踏み外したみたいに、右へ左へヨレヨレと動き、周囲の家屋にぶつかる。
少しだけスピードが落ちたようだった。蛇行している今なら追いつけるかも。
そう思い、私はイノシシにいる方へと方向を切り替える。
丁度その先は大通り。私のいる場所に向かってイノシシが突進してくる。
そのとき、ようやくしてマベルが何をしたのか理解した。
イノシシの眼球に目掛けて石を振り下ろしていたのだ。
何故分かったかって? イノシシの顔面にマベルがぶらさがっていたからだ。
イノシシの片目からは血が流れており、マベルの片腕も血で汚れていた。
必死にしがみついているが、今にも振り落とされそうになっている。
本当にバカ野郎すぎる。確かに、目を潰せばイノシシもバランスを崩すだろうが、自分がどうなるか考えなかったのか。
――もし、ここに私がいなかったらどうなっていたんだ。
震える足を止め、私は剣を構える。
そのまま真正面から迫りくるイノシシを回避するように跳躍。
剣を振り切り、急所を狙い、一閃。
私を素通りしていったイノシシは、マベルを載せたまま、数軒分の距離を走る。
だが、既によろめいていた足取りは次第にガクン、ガクンと落ちるように崩れた。
「ま、マベル! マベルぅぅ!!」
口から心臓を吐き出しかねない勢いで、私はイノシシの場所へ駆け込む。
振り落とされたのか、それとも自分で飛び降りたのか。
いずれにせよ、イノシシのやや後方で倒れていたマベルの姿を確認できた。
「おい、マベル! しっかりしろ! 大丈夫か?」
「ぅ、ぁぁ……、なんとかね」
上半身裸で、体中擦り傷だらけ。流血というほどの重傷はない。
いくつかの打撲は見られるが、奇跡的にも軽傷程度だろう。
腕にべっとりとついていた血も見てみたが、やはりこれはイノシシの返り血。
マベル自身にはそれほどの怪我は見られなかった。
「バカっ! なんて無茶なことを!」
「教会に、行かせるわけに、いかなかった。あれしか、方法も思いつかなかった」
息も絶え絶えに、途切れ途切れ言う。確かに、教会の方角からは外れた。
だが、私がここにいなかったら今ごろ、関所方面の壁にマベルごと叩きつけられてこんな無事じゃすまなかった。
「何考えてるんだ、全く……、待機してろと言ったのに、心配かけさせて……」
「ボクは、この通り大したことはない。他のみんなを見てやってくれないか」
思わず私は拳を握りしめたが、マベルの言う通りだった。
数十軒の家屋がまとめてなぎ倒されてしまったのは事実。
避難が遅れていた者、家に残っていた者がいたら大変だ。
「くっ……、あとで覚えてろ」
なんか悪態つくみたいに吐き捨ててしまった。
本当はもっと言いたいこともあったのに。
※ ※ ※
※ ※
※
それから、私は自警団を合流させ、住民たちの安否の確認を行った。
アミトライン領側からも何人か救援が来て一晩掛かりの騒動になってしまったが、無事に地鳴りの巨猪の討伐完了を確認。
自警団に多少の負傷者はいたものの、住民には負傷者も死傷者もなかった。
むしろ、一番の重傷者が軽傷のマベルだったことに驚いたくらいだ。
倒壊した家屋の木材をかき集めては簡易的なテントをこさえてキャンプを設営し、アミトライン領の手厚い支援もあって、穏やかな朝日を迎えることができた。
ここから復興はまたえらく骨が折れそうだが、元々貧困街。
家を建て直すこと自体は言うほどの労力もないだろう。
せいぜい私の父が少々資金繰りで頭を悩ますくらいで。
日が昇って間もなく、私は力尽きてキャンプの傍らで気を失うようにして寝入り、気が付いたときには昼過ぎを回っていた。
誰も起こしてくれなかったことに泣きそうにはなったが、気を遣われたらしい。
後で聞いた話だが、マベルは私の待機命令をその場で無視して自警団に飛び込み、一緒に避難誘導をしてまわっていたそう。通りで被害者が少なかったはずだ。
教会に住民たちを集めさせて、最後に誰か残っていないか見回りしていたところであのイノシシと遭遇し、あのような判断に及んだのだとか。
終わってみれば、マベルには感謝してもし足りないことでいっぱいだった。
殴り倒したい気持ちもあったはずなのに、全部弾けてしまった気分だ。
そんな風に自分を責めるのを堪え、先を急ぐ。
今も地鳴りとともに何かが破壊され続けている音が耳に届く。
姿を視認できたのは存外、早かった。
二軒先の距離、先ほどの個体とは異なるイノシシが猛進している。
とてもではないが、私の足で追い付ける距離ではない。
見ている間にもまた一軒、二軒と家屋が積み木のように崩されていく。
まずいと思っても、それ以上は足は速くならない。
あの方角は教会だ。
あのままイノシシが真っ直ぐ突き進めば間違いなくぶち当たる。
追いつくわけがない。せめて、別の場所に避難していてくれ。そう願うばかり。
「おおおいっ! こっちだあぁ! おおおいっ!」
向こうの方で誰かが声を挙げている。誰だ。私は咄嗟にそちらの方へ向く。
走りながら見上げると誰かが少し高い屋根の上に登り、布切れを振り回していた。
ひょっとしなくても、あのイノシシに向かって言っているのだろうか。
片手は旗のように布を振り回し、片手は石を投げつけ。
おそらく誘導しているつもりのようだが、暴走しているイノシシには意味がない。
そんなことくらい、分かりそうなものなのだが、何をやっているのだろう。
イノシシの暴走に気が動転しているのかとも思った。
だが、私はイノシシの進行方向に走りながらも、屋根の上の人物をよく見た。
「――マベル!?」
見間違いかと思った。屋根の上で大声をあげていたのは、あのマベルだった。
自分の上着を脱いで旗の代わりにしてイノシシに向かって叫ぶ。
しかしやはり、イノシシはその程度では誘導されない。
マベルのいる方角からは逸れて、教会の方へとまっしぐらだ。
「バカな……、イノシシの気が逸れたとしても、それじゃお前が……」
マベルの上っている建物は木造だ。丸太のバリケードなんかよりずっと脆い。
それで本当にイノシシが誘導されたら家屋ごと粉砕されるだろう。
誰かにおとり役を頼まれたのか? だが、周囲には誰もいない。これも独断か。
「待て、待てええっ! おおおいっ!」
あいつは一体何を考えているのか。屋根を飛び乗っていき移動する。
イノシシが向かってくる方角へと近付いていく。
武器も持たずに、死ぬ気なのかアイツは。
隣の屋根に飛び移るだけでも鈍い。体力がなさすぎだろう。
戦闘経験がないといっていたのもウソではないらしい。それくらいは見てとれた。
だからこそ、なおのこと私は驚き、血の気が引く思いだった。
ドドドドとイノシシがマベルの近くまでやってくる。
あの距離なら家屋も横をすり抜ける程度だろう。
マベルがイノシシに追突されることはない――そう思った矢先だ。
「――え?」
何が起きたのか。私は思わず足が止まりそうになった。
マベルが、向こうの方へと跳んでいったから。
私の視点からも、私の記憶からも、その先には建物がない。
屋根から飛び降りたのかと思った。イノシシが通り過ぎるのに?
ハッとして、私は心臓がキュゥっとなった。
目を逸らさずイノシシが通過していくのをその目で見て、マベルの姿を確認した。まさかと思った。猛進するイノシシの背中に、マベルが乗っていたから。
「アイツは、バカなのか? 武器も持たずに……」
マベルがやろうとしていたことは分かる。
教会にいかせないように、自分をおとりに誘導するつもりだったのだろう。
それが上手くいかなかったから、今度は自らイノシシの上に飛び乗ったと。
バカじゃないか。バカすぎる。そんなバカがいてたまるか。
「うおおおぉぉ、まがれぇぇ! とまれええぇっ!!」
イノシシの背中の毛皮を引っ張るようにして方向を変えようとする。
それでも変わらず、何か叩いている。さっき持っていた石か何かだろうか。
無茶にもほどがあるし、それでどうにかなる相手なわけがないだろう。
だが、イノシシがこのまま突き進めば、当然教会にぶち当たってしまう。
ズドドドドと足元が揺れ、私もまた躓きそうになるが、イノシシを追う。
「これでどうだああぁっ!!」
そのとき、私はマベルの方を見ていなかった。
だから何が起きたのかをよく理解できていなかった。
――グオオオォォォォオオオ!!
鼓膜が破けるんじゃないかという激しい咆哮。思わず私は耳を塞ぐ。
それでも全身をビリビリとさせるような震えに、怯んでしまいそうになった。
「アイツ……、マベルは一体何を……」
私はイノシシの進行していた方角を見た。どういうわけか、進路が変わっている。
というよりも、まるでデタラメに走り出していた。
足を踏み外したみたいに、右へ左へヨレヨレと動き、周囲の家屋にぶつかる。
少しだけスピードが落ちたようだった。蛇行している今なら追いつけるかも。
そう思い、私はイノシシにいる方へと方向を切り替える。
丁度その先は大通り。私のいる場所に向かってイノシシが突進してくる。
そのとき、ようやくしてマベルが何をしたのか理解した。
イノシシの眼球に目掛けて石を振り下ろしていたのだ。
何故分かったかって? イノシシの顔面にマベルがぶらさがっていたからだ。
イノシシの片目からは血が流れており、マベルの片腕も血で汚れていた。
必死にしがみついているが、今にも振り落とされそうになっている。
本当にバカ野郎すぎる。確かに、目を潰せばイノシシもバランスを崩すだろうが、自分がどうなるか考えなかったのか。
――もし、ここに私がいなかったらどうなっていたんだ。
震える足を止め、私は剣を構える。
そのまま真正面から迫りくるイノシシを回避するように跳躍。
剣を振り切り、急所を狙い、一閃。
私を素通りしていったイノシシは、マベルを載せたまま、数軒分の距離を走る。
だが、既によろめいていた足取りは次第にガクン、ガクンと落ちるように崩れた。
「ま、マベル! マベルぅぅ!!」
口から心臓を吐き出しかねない勢いで、私はイノシシの場所へ駆け込む。
振り落とされたのか、それとも自分で飛び降りたのか。
いずれにせよ、イノシシのやや後方で倒れていたマベルの姿を確認できた。
「おい、マベル! しっかりしろ! 大丈夫か?」
「ぅ、ぁぁ……、なんとかね」
上半身裸で、体中擦り傷だらけ。流血というほどの重傷はない。
いくつかの打撲は見られるが、奇跡的にも軽傷程度だろう。
腕にべっとりとついていた血も見てみたが、やはりこれはイノシシの返り血。
マベル自身にはそれほどの怪我は見られなかった。
「バカっ! なんて無茶なことを!」
「教会に、行かせるわけに、いかなかった。あれしか、方法も思いつかなかった」
息も絶え絶えに、途切れ途切れ言う。確かに、教会の方角からは外れた。
だが、私がここにいなかったら今ごろ、関所方面の壁にマベルごと叩きつけられてこんな無事じゃすまなかった。
「何考えてるんだ、全く……、待機してろと言ったのに、心配かけさせて……」
「ボクは、この通り大したことはない。他のみんなを見てやってくれないか」
思わず私は拳を握りしめたが、マベルの言う通りだった。
数十軒の家屋がまとめてなぎ倒されてしまったのは事実。
避難が遅れていた者、家に残っていた者がいたら大変だ。
「くっ……、あとで覚えてろ」
なんか悪態つくみたいに吐き捨ててしまった。
本当はもっと言いたいこともあったのに。
※ ※ ※
※ ※
※
それから、私は自警団を合流させ、住民たちの安否の確認を行った。
アミトライン領側からも何人か救援が来て一晩掛かりの騒動になってしまったが、無事に地鳴りの巨猪の討伐完了を確認。
自警団に多少の負傷者はいたものの、住民には負傷者も死傷者もなかった。
むしろ、一番の重傷者が軽傷のマベルだったことに驚いたくらいだ。
倒壊した家屋の木材をかき集めては簡易的なテントをこさえてキャンプを設営し、アミトライン領の手厚い支援もあって、穏やかな朝日を迎えることができた。
ここから復興はまたえらく骨が折れそうだが、元々貧困街。
家を建て直すこと自体は言うほどの労力もないだろう。
せいぜい私の父が少々資金繰りで頭を悩ますくらいで。
日が昇って間もなく、私は力尽きてキャンプの傍らで気を失うようにして寝入り、気が付いたときには昼過ぎを回っていた。
誰も起こしてくれなかったことに泣きそうにはなったが、気を遣われたらしい。
後で聞いた話だが、マベルは私の待機命令をその場で無視して自警団に飛び込み、一緒に避難誘導をしてまわっていたそう。通りで被害者が少なかったはずだ。
教会に住民たちを集めさせて、最後に誰か残っていないか見回りしていたところであのイノシシと遭遇し、あのような判断に及んだのだとか。
終わってみれば、マベルには感謝してもし足りないことでいっぱいだった。
殴り倒したい気持ちもあったはずなのに、全部弾けてしまった気分だ。
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