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第7話 いきなりモンスターが襲撃してくるなんて聞いてないけど

ー/ー



――グオオォォォォォ……。

 唐突に、そんな雄叫びが聞こえてきた。獰猛な獣のソレ。
 屋敷内だというのに、空気ごとビリビリと震えた。
 私には心当たりがあった。この近辺に縄張りが確認されているモンスターだ。

「な、なんだ? 何の音だ?」
地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)だ。まさかこの集落まで下りてくるとはな」

 マベルはあまり聞き馴染みがないらしい。しっくりとした顔をしていない。
 細かく説明している暇も惜しい。私は剣を携えて玄関へと急ぐ。
 だが、部屋を出る直前、振り向きざまに言い放った。

「マベル、貴様はここに待機していろ。相手はこの集落の民家程度なら跳ね飛ばせる巨体を持ったイノシシだ。戦闘経験のない貴様では相手にもならん」

 それだけ言い残し、マベルの返事も待たず玄関を飛び出した。
 日が落ちかけた赤い街並みが眼前に広がる。
 直後、緊急事態を告げる鐘の音がカンカンカンと集落中に響き渡った。
 あっという間に警戒態勢となり、夕闇の集落の人々は慌てて家に逃げ帰る。

 その代わりに、自警団たちがドドドと姿を現してきた。

「アイノナイト殿! 報告いたします! 地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)の咆哮を察知いたしました! 現在この集落に向かっている模様です!」
「報告いたします! 関所高台からの情報によると南南東からの揺れを確認!」
「報告いたします! 既に別動隊を出動、配備いたしました!」

 素晴らしい早さ。この判断の早さには感心する。
 半年ほど前にも出没して酷い被害を負ったのも記憶に新しいからもあるのだろう。

「よし、分かった。ここにいるものたちは待機。住民の避難と護衛を優先しろ!」
「はっ! 分かりました!」

 二つ返事で自警団たちが敬礼し、足並み揃えて持ち場に移動する。
 まだ逃げ遅れているものたちもいるだろう。それは彼らに任せることにしよう。

「私は今すぐ南南東に向かう。何かあったらすぐに報告しろ!」

 私は敬礼してすぐ踵を返し、南南東を目指した。
 この集落は、パエデロス領とアミトライン領を繋ぐ関所の真ん前にあるわけだが、壁で仕切られたこちら側――つまりパエデロス領の東にモンスターの巣窟がある。

 その関係上、関所の長い壁とは別に、いくつもの丸太で組み込まれたバリケードがこの集落の周辺の張り巡らされている。

 バリケードがあるなら警戒する必要がないと思うか?
 否、地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)のような大型のモンスターは平気で突き破ってくる。
 丸太数本くらいなら無傷で小枝のようにバキボキだ。
 マベルなど百人いても壁にすらならないだろう。

 奴は数か月に一度、季節の変わり目くらいに気性が荒くなる。
 昔は地震と勘違いされていたが、最近この集落の近くまで縄張り移動したらしく、とうとう集落にまで逸れてくる個体が出るようになってしまった。

 マベルもアミトライン領から何度もこのパエデロス領へ足を運んでいたようだが、さすがに地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)の情報までは知らなかったらしい。
 まあ、かくいう私も何年もこの集落にいて二回しか遭遇していないが。

「アイノナイト殿ぉー! お待ちしておりましたぁー!」
地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)の様子はどうだ? 姿を確認できたか?」

 南南東バリケードの木組みの高台の上から自警団が見下ろしながら敬礼する。
 それと同時に私も下から見上げながら声を張り上げ訊ねた。

「視認できていませんが! 前方の森が揺れています! 間もなくこちらに――」

 高台の自警団が言葉を続けようとしたそのとき、ズシズシ、ズドドという地鳴りが響き渡ってきた。地震のような揺れも感じる。報告を聞くまでもない。
 奴が近付いていることが明確に理解できた。

「投石の準備はできているか?」
「配備、完了しておりまぁーす!」

 悲鳴にも近い、泣きそうな、かつ間抜けな声で言う。実際怖いのだろう。
 高台にいるからといって安全圏ではないのだから。

 ズドドドドド、という地鳴りが刻一刻とこちらに向かってくる。
 その場にいる自警団たちは、投石機にしがみつくようにしてそのときを待つ。

「きたあぁぁ! 出たぞおおぉぉ!! 奴だああぁぁっ!!」

 自身の声もかき消すほどに、カンカンカンと高台の上から鐘を鳴らす。
 体ごと震わす空気の中、私は一人、バリケードの外側へと出た。

 夕焼けの夜の帳の境目。黄昏に染まる森の向こうから怒涛の勢いで突撃してくる、ソイツのシルエットをとうとう視認できた。
 それは自警団もほぼ同時だったに違いない。地面を震わす巨体が近付く。

「打て! 放て! 集落に入れさせるなぁ!」

 私の合図で自警団たちが掛け声とともに石を発射する。
 ドドドドドドと迫りくる巨大なイノシシに何発か命中するが、勢いは落ちない。
 怯んでいるようにも見えないが、だからといってこちらが怯むわけにはいかない。

 投石機の石も無限にあるわけではない。たった数発程度で打ち止めだ。
 そこから先は自警団も手投げの石と弓矢で応戦する。
 これも何発か当たり、何本か刺さるが、イノシシの足は止まらない。

 日は完全に落ち、闇の中から地鳴りとともに巨体が猛進してくる。

「ここから先へは――この私が通さない!」

 私は腰に携えた剣を、抜いた。
 ズドドドドドドと足をとられそうなほど揺れる地面を踏み込む。
 目と鼻の先。私なんかよりも数十倍の巨体が眼前にまで迫る。

 だが、私は決して怯まない。握りしめた剣を振りぬいて、高く跳躍。
 イノシシの体当たりを回避するとともに、一閃、斬りつける。

 刹那のひととき。私はイノシシの背後に着地する。
 振り向くと、イノシシはバリケードに頭から突っ込んでいくのが見えた。
 バキバキバキボキと、丸太がひしゃげていく。

 ……だが、途端に勢いを失い、イノシシは静止した。

 既に、地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)は絶命していたからだ。
 動かなくなったイノシシの様子を伺い、自警団たちがワッと声をあげる。

「や、やったああぁぁっ!!」
巨猪(ボア)が止まったぞおおおっ!!」
「アイノナイト殿! さすがはアイノナイト殿だぁぁぁあ!!」

 歓喜の声で空気がビリビリと震える。
 正直、自分でやっておいてなんだが、私自身も手が震えていた。
 怖くないわけがないだろう、あんなイノシシ。

 一応、以前にも地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)は討伐している。
 その際も自警団含めて複数人体制だったが、そのときに急所を把握していた。
 イノシシを解体するついでに何処が一番斬りやすいかを調べておいてよかった。

 あの経験がなかったら、誰が好き好んでイノシシの前に立つものか。
 ああ、まだ手足が震える……、ん? まだ震えていないか?

「ちょ、ちょっと待て! なんで、まだ地鳴りが止まっていないんだ?」

 私の一声に、自警団がハッとして制止する。
 歓声で震えていたわけじゃない。まだ、かすかにドドドと地鳴りが聞こえる。
 そんなはずはない。だって、地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)は今倒したはず。
 そこにあるのはもう動くことのないイノシシの死体のはずだ。

 カンカンカンと鐘の音が聞こえた。
 だが、それはこの近くではない。ここではない、かなりの遠くからだ。

「くっ、あの方角は北か!?」

 どうして私は地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)が一頭だけだと思い込んでいたのだろう。
 迂闊だった。よりにもよって、ここから正反対の方向とは。

「間に合うか? ――くぅ、馬を借りていくぞ!」

 私はすぐ近くの馬繋ぎ場で怯えていた馬一頭に飛び乗る。
 戸惑った様子を見せたが、手綱を握るとどうにか素直に走り出してくれた。

 向かう先は鐘の音が聞こえた集落北側。私の中で嫌な予感がしていた。
 そこは私の屋敷がある方角。
 マベルを待機させていた場所でもあり、何より子供たちのいる教会がある。

 あの教会は緊急の避難所にしていたはずだ。
 私はここにくる前、自警団たちに避難誘導を指示していた。
 それはつまり、避難に遅れていた者たちが教会に集められているということ。
 その中には勿論、シスターと子供たちも含まれるだろう。

 心臓が高鳴る。ビリビリと胸の奥が震えるのは地鳴りだけのせいじゃない。
 間に合うのか。そんな焦燥感に駆られ、手綱を強く握る。

 しかし、その判断は誤りだった。地面が大きく揺れ、馬がバランスを崩す。
 私は何をやっているのだろう。
 イノシシのせいで馬がまともに走れる状態じゃないのに、スピードを出させた。
 その結果、どうなるかなんて簡単に予測できたはずなのに。

 私の体は馬から振り落とされ、地面に叩きつけられる。
 咄嗟に受け身をとって体勢を整えるが、馬はそのまま明後日の方向へ走り去る。
 呼び戻すことはできない。そんな時間もない。

「くそ……、なんてことを」

 悪態をついている暇もない。私は自分の足で北側へと駆け出した。
 ドドドドドという揺れが近付いてくる。
 既に地鳴りの巨猪(ランブリング・ボア)は集落に侵入している。

 グシャドカドゴッ。木造の家々が轟音を立ててなぎ倒されていく。
 血の気が引いた。急がなくては。

 その方角に何があるのか知っているから。


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――グオオォォォォォ……。
 唐突に、そんな雄叫びが聞こえてきた。獰猛な獣のソレ。
 屋敷内だというのに、空気ごとビリビリと震えた。
 私には心当たりがあった。この近辺に縄張りが確認されているモンスターだ。
「な、なんだ? 何の音だ?」
「|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》だ。まさかこの集落まで下りてくるとはな」
 マベルはあまり聞き馴染みがないらしい。しっくりとした顔をしていない。
 細かく説明している暇も惜しい。私は剣を携えて玄関へと急ぐ。
 だが、部屋を出る直前、振り向きざまに言い放った。
「マベル、貴様はここに待機していろ。相手はこの集落の民家程度なら跳ね飛ばせる巨体を持ったイノシシだ。戦闘経験のない貴様では相手にもならん」
 それだけ言い残し、マベルの返事も待たず玄関を飛び出した。
 日が落ちかけた赤い街並みが眼前に広がる。
 直後、緊急事態を告げる鐘の音がカンカンカンと集落中に響き渡った。
 あっという間に警戒態勢となり、夕闇の集落の人々は慌てて家に逃げ帰る。
 その代わりに、自警団たちがドドドと姿を現してきた。
「アイノナイト殿! 報告いたします! |地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》の咆哮を察知いたしました! 現在この集落に向かっている模様です!」
「報告いたします! 関所高台からの情報によると南南東からの揺れを確認!」
「報告いたします! 既に別動隊を出動、配備いたしました!」
 素晴らしい早さ。この判断の早さには感心する。
 半年ほど前にも出没して酷い被害を負ったのも記憶に新しいからもあるのだろう。
「よし、分かった。ここにいるものたちは待機。住民の避難と護衛を優先しろ!」
「はっ! 分かりました!」
 二つ返事で自警団たちが敬礼し、足並み揃えて持ち場に移動する。
 まだ逃げ遅れているものたちもいるだろう。それは彼らに任せることにしよう。
「私は今すぐ南南東に向かう。何かあったらすぐに報告しろ!」
 私は敬礼してすぐ踵を返し、南南東を目指した。
 この集落は、パエデロス領とアミトライン領を繋ぐ関所の真ん前にあるわけだが、壁で仕切られたこちら側――つまりパエデロス領の東にモンスターの巣窟がある。
 その関係上、関所の長い壁とは別に、いくつもの丸太で組み込まれたバリケードがこの集落の周辺の張り巡らされている。
 バリケードがあるなら警戒する必要がないと思うか?
 否、|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》のような大型のモンスターは平気で突き破ってくる。
 丸太数本くらいなら無傷で小枝のようにバキボキだ。
 マベルなど百人いても壁にすらならないだろう。
 奴は数か月に一度、季節の変わり目くらいに気性が荒くなる。
 昔は地震と勘違いされていたが、最近この集落の近くまで縄張り移動したらしく、とうとう集落にまで逸れてくる個体が出るようになってしまった。
 マベルもアミトライン領から何度もこのパエデロス領へ足を運んでいたようだが、さすがに|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》の情報までは知らなかったらしい。
 まあ、かくいう私も何年もこの集落にいて二回しか遭遇していないが。
「アイノナイト殿ぉー! お待ちしておりましたぁー!」
「|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》の様子はどうだ? 姿を確認できたか?」
 南南東バリケードの木組みの高台の上から自警団が見下ろしながら敬礼する。
 それと同時に私も下から見上げながら声を張り上げ訊ねた。
「視認できていませんが! 前方の森が揺れています! 間もなくこちらに――」
 高台の自警団が言葉を続けようとしたそのとき、ズシズシ、ズドドという地鳴りが響き渡ってきた。地震のような揺れも感じる。報告を聞くまでもない。
 奴が近付いていることが明確に理解できた。
「投石の準備はできているか?」
「配備、完了しておりまぁーす!」
 悲鳴にも近い、泣きそうな、かつ間抜けな声で言う。実際怖いのだろう。
 高台にいるからといって安全圏ではないのだから。
 ズドドドドド、という地鳴りが刻一刻とこちらに向かってくる。
 その場にいる自警団たちは、投石機にしがみつくようにしてそのときを待つ。
「きたあぁぁ! 出たぞおおぉぉ!! 奴だああぁぁっ!!」
 自身の声もかき消すほどに、カンカンカンと高台の上から鐘を鳴らす。
 体ごと震わす空気の中、私は一人、バリケードの外側へと出た。
 夕焼けの夜の帳の境目。黄昏に染まる森の向こうから怒涛の勢いで突撃してくる、ソイツのシルエットをとうとう視認できた。
 それは自警団もほぼ同時だったに違いない。地面を震わす巨体が近付く。
「打て! 放て! 集落に入れさせるなぁ!」
 私の合図で自警団たちが掛け声とともに石を発射する。
 ドドドドドドと迫りくる巨大なイノシシに何発か命中するが、勢いは落ちない。
 怯んでいるようにも見えないが、だからといってこちらが怯むわけにはいかない。
 投石機の石も無限にあるわけではない。たった数発程度で打ち止めだ。
 そこから先は自警団も手投げの石と弓矢で応戦する。
 これも何発か当たり、何本か刺さるが、イノシシの足は止まらない。
 日は完全に落ち、闇の中から地鳴りとともに巨体が猛進してくる。
「ここから先へは――この私が通さない!」
 私は腰に携えた剣を、抜いた。
 ズドドドドドドと足をとられそうなほど揺れる地面を踏み込む。
 目と鼻の先。私なんかよりも数十倍の巨体が眼前にまで迫る。
 だが、私は決して怯まない。握りしめた剣を振りぬいて、高く跳躍。
 イノシシの体当たりを回避するとともに、一閃、斬りつける。
 刹那のひととき。私はイノシシの背後に着地する。
 振り向くと、イノシシはバリケードに頭から突っ込んでいくのが見えた。
 バキバキバキボキと、丸太がひしゃげていく。
 ……だが、途端に勢いを失い、イノシシは静止した。
 既に、|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》は絶命していたからだ。
 動かなくなったイノシシの様子を伺い、自警団たちがワッと声をあげる。
「や、やったああぁぁっ!!」
「|巨猪《ボア》が止まったぞおおおっ!!」
「アイノナイト殿! さすがはアイノナイト殿だぁぁぁあ!!」
 歓喜の声で空気がビリビリと震える。
 正直、自分でやっておいてなんだが、私自身も手が震えていた。
 怖くないわけがないだろう、あんなイノシシ。
 一応、以前にも|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》は討伐している。
 その際も自警団含めて複数人体制だったが、そのときに急所を把握していた。
 イノシシを解体するついでに何処が一番斬りやすいかを調べておいてよかった。
 あの経験がなかったら、誰が好き好んでイノシシの前に立つものか。
 ああ、まだ手足が震える……、ん? まだ震えていないか?
「ちょ、ちょっと待て! なんで、まだ地鳴りが止まっていないんだ?」
 私の一声に、自警団がハッとして制止する。
 歓声で震えていたわけじゃない。まだ、かすかにドドドと地鳴りが聞こえる。
 そんなはずはない。だって、|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》は今倒したはず。
 そこにあるのはもう動くことのないイノシシの死体のはずだ。
 カンカンカンと鐘の音が聞こえた。
 だが、それはこの近くではない。ここではない、かなりの遠くからだ。
「くっ、あの方角は北か!?」
 どうして私は|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》が一頭だけだと思い込んでいたのだろう。
 迂闊だった。よりにもよって、ここから正反対の方向とは。
「間に合うか? ――くぅ、馬を借りていくぞ!」
 私はすぐ近くの馬繋ぎ場で怯えていた馬一頭に飛び乗る。
 戸惑った様子を見せたが、手綱を握るとどうにか素直に走り出してくれた。
 向かう先は鐘の音が聞こえた集落北側。私の中で嫌な予感がしていた。
 そこは私の屋敷がある方角。
 マベルを待機させていた場所でもあり、何より子供たちのいる教会がある。
 あの教会は緊急の避難所にしていたはずだ。
 私はここにくる前、自警団たちに避難誘導を指示していた。
 それはつまり、避難に遅れていた者たちが教会に集められているということ。
 その中には勿論、シスターと子供たちも含まれるだろう。
 心臓が高鳴る。ビリビリと胸の奥が震えるのは地鳴りだけのせいじゃない。
 間に合うのか。そんな焦燥感に駆られ、手綱を強く握る。
 しかし、その判断は誤りだった。地面が大きく揺れ、馬がバランスを崩す。
 私は何をやっているのだろう。
 イノシシのせいで馬がまともに走れる状態じゃないのに、スピードを出させた。
 その結果、どうなるかなんて簡単に予測できたはずなのに。
 私の体は馬から振り落とされ、地面に叩きつけられる。
 咄嗟に受け身をとって体勢を整えるが、馬はそのまま明後日の方向へ走り去る。
 呼び戻すことはできない。そんな時間もない。
「くそ……、なんてことを」
 悪態をついている暇もない。私は自分の足で北側へと駆け出した。
 ドドドドドという揺れが近付いてくる。
 既に|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》は集落に侵入している。
 グシャドカドゴッ。木造の家々が轟音を立ててなぎ倒されていく。
 血の気が引いた。急がなくては。
 その方角に何があるのか知っているから。