第9話 どんな顔をしたらいいのか分からなくてモヤモヤするなど
ー/ー
関所前のパエデロス領の集落は、復興作業で慌ただしい様相を見せていた。
アミトラインの支援があったこと、元がボロいあばら家だらけだったこともあり、以前よりも町らしく立派になった気がしないでもない。
倒壊した家屋も更地にしてレンガ造りの家まで立ち並ぼうとしている。
これはこれとして良い傾向ではあるようには思うのだが、住民も単純じゃない。
日頃からアミトライン領の栄えている状況をよく知っている住民からしてみれば、どうしてこれまでそれができなかったのかという訴えも少なくない。
自警団がいながらイノシシの侵入を許してしまったことも非難の嵐だ。
貧困に喘いでいる中、これが実現できた背景には、領土間の友好が深く関わる。
領主の父だって、別に無能だったわけじゃない。資金繰りを長いことやり続けて、それが今回の件で前倒しになっただけだ。
素直に理解を得られるとは思っていなかったが、逆に評価を下げる結果になるとは誰が予測できただろうか。
決して、自警団たちに落ち度がなかったとは言い難いが、自然災害みたいなものを撃退できた功績を、もう少しくらい賞賛してくれてもいいのではないだろうか。
一方で、アミトライン領側、特にマベルの評価は青天井だ。
支援もしてくれたわけだし、マベル自身、体を張ってイノシシに立ち向かった。
すっかり英雄のようになってしまっている。
密かにパエデロス領へ物資の支援していたマベルの認知度も広まっていたようで、今回それがより明るみになってしまったことも強い。
誇り高き騎士マベル・クレプリーズの寛大な心遣いのおかげで助かったのだと。
ちょっと前まで暴漢の標的になっていた男とはとても思えん。
地鳴りの巨猪の脅威をいち早く察知して二頭も討伐した私たちの立場は一体。
ここ数週間でアイノナイト家の評価も地に落ちたものだ。
悪いことは何もしていないのにどうしてこうなるのだろうな。
そして、当のマベルは何をしているのかというと――……。
「マベル、お見舞いにきてやったぞ」
「ああ、リナリー。もうそんなに悪くないから大丈夫だよ」
修繕されたばかりの診療所の一室、ベッドに腰を掛けるマベルに声を掛けた。
全身打撲と筋肉痛で少しの間だけ入院していたのだ。
包帯はすっかり取れたようだったが、一時はそれなりに酷かった。
暴漢に襲われてボッコボコにされたその日に、集落中を駆けずり回った挙句に、イノシシの背に飛び乗って振り落とされたりしたわけで。
戦闘経験のない男には相当堪えたのだろう。無理が祟ってこの様だ。
命に別状がなかったのが幸いだが、この程度の怪我で入院する騎士もいまい。
「街並みも見ている間にも変わってきたね」
「……そうだな。これもアミトライン、ひいてはクレプリーズ家の支援のおかげだ」
実際のところ、診療所の窓から見える景色は荒れたボロ家の通りだったのだが、瓦礫や残骸も片付き、家々の形が整えられている最中だ。
「マベル。貴様の支援が実を結んだ結果だな」
「……ボクのやったことなんて、大したことじゃないよ」
弱々しく、謙遜にもならないくらい、自虐的に呟く。
なんともモヤモヤする言いぐさだ。言いたい言葉も募る。
だが、どうしたものか、マベルを前にすると色々な言葉が瓦解してしまう。
「ところでマベル。退院したら何をするつもりだ? また、パエデロス領を巡って、施しをしていくのか?」
もっと違うことを言いたかった。
聞きたいことがあったのに、どうでもいいことを聞いてしまう。
「今回ボクは少々目立ちすぎてしまったみたいだ。父さんも許してくれないだろう。しばらく身を潜めるつもりでいるよ」
私にはマベルが何を言っているのかがよく分からない。
父が許してくれない?
勝手にアミトライン領からパエデロス領に施しをした件のことを言っているのか?
それは独断だったかもしれないが、今こうして助かっている声もある。
しかし、マベルの口ぶりは罪人の懺悔のようにも聞こえてしまう。
「身を潜める必要などあるか。街の声に耳を傾けてみろ。お前を称える声ばかりだ」
「それは一時的なものだよ、リナリー。本当の英雄はキミなのだから」
何か言い返したかった。なのに胸の内にチクリとしたものが刺さり言葉が出ない。ここのところ、ずっとこうだ。何かの病なのだろうか。
「ボクがしたことといえば、あの大きなイノシシをどうにか逸らした程度のことさ。リナリーのように撃退する力なんてなかった。感謝されるべきはキミのはずなのに」
屈託のない瞳が私に囁きかける。胸の高まりを感じる。
おかしい。何かおかしい。戦場で胸の高まりを感じたときは心地よさを覚えたが、それとは全く違う。この感覚はなんなのだろう。
「あ、あんなのは、知識があってこそだ。私だけの力ではない!」
どうして今、私は自分を否定するようなことを言ったのだろう。
分からない。もっと誇っていいことのはずだ。
住民たちには散々非難されたが、あれは私の功績。そう思っていたはずだろう?
「キミの謙遜も筋金入りだな、はは」
マベルが小さく笑う。
そんなはにかんだ顔で、胸がキュゥと苦しくなる。
ただのあどけないだけの顔じゃないか。何をそんな狼狽える必要がある。
「――ともかく、ボクは長居しすぎた。今日にはここを発つつもりだ」
「何、もう出るのか? まだ安静にしてもいいのではないか?」
ん? 私は何を言っているのだろう。
もうとっくにマベルも快復しているのは分かりきっている。
自分の足で歩けているし、安静も何もない。そんなの、素人目でも分かる。
どうしてわざわざ引き留めるようなことを……。
「優しいね、リナリーは。でも、これ以上甘えるわけにもいかないんだ」
そういってマベルが立ち上がる。
ひょろりとした青年に思えたが、こうして並んで立つと意外と身長も高いな。
鍛えれば見栄えするんじゃないか。……って、なんで見とれているのだ、私は。
「待っ――」
思わず慌ててマベルの手を引こうとしてしまう。
だが、その刹那、扉の方からバンと先に開かれる。
噛み合わない状況に、呆気にとられた私は一瞬硬直する。
扉の向こうからズイズイとやってきたのは、見覚えのある大柄な男だ。
「マベル兄貴! それに義姉上さまも!」
「ペ、ペウル、どうしてここに!?」
マベルの一声でハッとする。そうだ、マベルの弟のペウルだ。
そして、私の妹リノンの旦那でもある。本当にどうしてここにいるんだ。
「それはこっちが聞きたいね! 関所が襲撃にあったと聞いて、飛ばしてきたんだ。兄貴が復興を支援したとかなんとか、情報も錯綜しててビックリしたぜ」
ああ、そうか。さすがにアミトライン領主にも報せは届くか。
特にマベルが関わっているともなればなおのこと。
それにしたって早すぎる気がしないでもない。
汗だくのペウルを見れば、どれほど急いできたのかがよく分かる。
「まさかマベル兄貴がパエデロス領にいるなんてな。流石の父上も驚いていたぜ。誤報なんじゃないかってずっと疑ってた」
「父さんには……誤報のままにして黙っていててくれないか」
改めて見ると兄弟にしては体格も違うもんだ。どっちが兄かも分からない。
ヒョロヒョロの兄に対して、このムキムキの弟。鍛え方が違うんだろうな。
「黙っているわけにもいかんだろう、兄貴。パーティだっておじゃんにしたんだぜ。埋め合わせしないことには……、ああ、義姉上さま、すみません」
「い、いや、気にしないでいい。兄弟で話すこともあるだろう」
棒立ちしている私を見て、申し訳なさそうに言う。
まあ、状況が状況なだけに兄に突っかかるのも仕方のない話だ。
「……とにかく、兄貴、帰ってきてくれよ。俺の息子も見せたいんだ」
「いや、今、帰るわけには……」
ペウルがマベルの肩を抱く。傍から見ると恐喝されているみたいな光景だな。
マベルとしても、複雑な表情を浮かべている。そんなに帰りたくないのか。
理由は分からない。そもそも聞いても話してもくれなかった。
マベルはどうして私のお見合いパーティをすっぽかして逃げ出したのか。
私としてもマベルは一度アミトライン領に帰るべきだと思う。
それだけ状況を複雑にしたのだから。
「待て、ペウル。それなら私から話そう」
咄嗟に、私はペウルの肩に手を伸ばしていた。
マベルの困り果てた瞳が私の方へと向く。
「私とマベルはしばらく旅に出る。お見合いパーティから失踪するような軟弱男をそのまま帰すわけにはいかないからな。鍛えなおしてやるつもりだ」
「え?」
ん? 私は何を言っているのだ?
マベルもきょとんとした顔を浮かべている。
「あ、あの、義姉上さま? それって……?」
「私の決めたことだ。文句はあるまい!」
その場が凍り付いたように感じられたのは、気のせいではないだろう。
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アミトラインの支援があったこと、元がボロいあばら家だらけだったこともあり、以前よりも町らしく立派になった気がしないでもない。
倒壊した家屋も更地にしてレンガ造りの家まで立ち並ぼうとしている。
これはこれとして良い傾向ではあるようには思うのだが、住民も|単純《バカ》じゃない。
日頃からアミトライン領の栄えている状況をよく知っている住民からしてみれば、どうしてこれまでそれができなかったのかという訴えも少なくない。
自警団がいながらイノシシの侵入を許してしまったことも非難の嵐だ。
貧困に喘いでいる中、これが実現できた背景には、領土間の友好が深く関わる。
領主の父だって、別に無能だったわけじゃない。資金繰りを長いことやり続けて、それが今回の件で前倒しになっただけだ。
素直に理解を得られるとは思っていなかったが、逆に評価を下げる結果になるとは誰が予測できただろうか。
決して、自警団たちに落ち度がなかったとは言い難いが、自然災害みたいなものを撃退できた功績を、もう少しくらい賞賛してくれてもいいのではないだろうか。
一方で、アミトライン領側、特にマベルの評価は青天井だ。
支援もしてくれたわけだし、マベル自身、体を張ってイノシシに立ち向かった。
すっかり英雄のようになってしまっている。
密かにパエデロス領へ物資の支援していたマベルの認知度も広まっていたようで、今回それがより明るみになってしまったことも強い。
誇り高き騎士マベル・クレプリーズの寛大な心遣いのおかげで助かったのだと。
ちょっと前まで暴漢の標的になっていた男とはとても思えん。
|地鳴りの巨猪《ランブリング・ボア》の脅威をいち早く察知して二頭も討伐した私たちの立場は一体。
ここ数週間でアイノナイト家の評価も地に落ちたものだ。
悪いことは何もしていないのにどうしてこうなるのだろうな。
そして、当のマベルは何をしているのかというと――……。
「マベル、お見舞いにきてやったぞ」
「ああ、リナリー。もうそんなに悪くないから大丈夫だよ」
修繕されたばかりの診療所の一室、ベッドに腰を掛けるマベルに声を掛けた。
全身打撲と筋肉痛で少しの間だけ入院していたのだ。
包帯はすっかり取れたようだったが、一時はそれなりに酷かった。
暴漢に襲われてボッコボコにされたその日に、集落中を駆けずり回った挙句に、イノシシの背に飛び乗って振り落とされたりしたわけで。
戦闘経験のない男には相当堪えたのだろう。無理が祟ってこの様だ。
命に別状がなかったのが幸いだが、この程度の怪我で入院する騎士もいまい。
「街並みも見ている間にも変わってきたね」
「……そうだな。これもアミトライン、ひいてはクレプリーズ家の支援のおかげだ」
実際のところ、診療所の窓から見える景色は荒れたボロ家の通りだったのだが、瓦礫や残骸も片付き、家々の形が整えられている最中だ。
「マベル。貴様の支援が実を結んだ結果だな」
「……ボクのやったことなんて、大したことじゃないよ」
弱々しく、謙遜にもならないくらい、自虐的に呟く。
なんともモヤモヤする言いぐさだ。言いたい言葉も募る。
だが、どうしたものか、マベルを前にすると色々な言葉が瓦解してしまう。
「ところでマベル。退院したら何をするつもりだ? また、パエデロス領を巡って、施しをしていくのか?」
もっと違うことを言いたかった。
聞きたいことがあったのに、どうでもいいことを聞いてしまう。
「今回ボクは少々目立ちすぎてしまったみたいだ。父さんも許してくれないだろう。しばらく身を潜めるつもりでいるよ」
私にはマベルが何を言っているのかがよく分からない。
父が許してくれない?
勝手にアミトライン領からパエデロス領に施しをした件のことを言っているのか?
それは独断だったかもしれないが、今こうして助かっている声もある。
しかし、マベルの口ぶりは罪人の懺悔のようにも聞こえてしまう。
「身を潜める必要などあるか。街の声に耳を傾けてみろ。お前を称える声ばかりだ」
「それは一時的なものだよ、リナリー。本当の英雄はキミなのだから」
何か言い返したかった。なのに胸の内にチクリとしたものが刺さり言葉が出ない。ここのところ、ずっとこうだ。何かの病なのだろうか。
「ボクがしたことといえば、あの大きなイノシシをどうにか逸らした程度のことさ。リナリーのように撃退する力なんてなかった。感謝されるべきはキミのはずなのに」
屈託のない瞳が私に囁きかける。胸の高まりを感じる。
おかしい。何かおかしい。戦場で胸の高まりを感じたときは心地よさを覚えたが、それとは全く違う。この感覚はなんなのだろう。
「あ、あんなのは、知識があってこそだ。私だけの力ではない!」
どうして今、私は自分を否定するようなことを言ったのだろう。
分からない。もっと誇っていいことのはずだ。
住民たちには散々非難されたが、あれは私の功績。そう思っていたはずだろう?
「キミの謙遜も筋金入りだな、はは」
マベルが小さく笑う。
そんなはにかんだ顔で、胸がキュゥと苦しくなる。
ただのあどけないだけの顔じゃないか。何をそんな狼狽える必要がある。
「――ともかく、ボクは長居しすぎた。今日にはここを発つつもりだ」
「何、もう出るのか? まだ安静にしてもいいのではないか?」
ん? 私は何を言っているのだろう。
もうとっくにマベルも快復しているのは分かりきっている。
自分の足で歩けているし、安静も何もない。そんなの、素人目でも分かる。
どうしてわざわざ引き留めるようなことを……。
「優しいね、リナリーは。でも、これ以上甘えるわけにもいかないんだ」
そういってマベルが立ち上がる。
ひょろりとした青年に思えたが、こうして並んで立つと意外と身長も高いな。
鍛えれば見栄えするんじゃないか。……って、なんで見とれているのだ、私は。
「待っ――」
思わず慌ててマベルの手を引こうとしてしまう。
だが、その刹那、扉の方からバンと先に開かれる。
噛み合わない状況に、呆気にとられた私は一瞬硬直する。
扉の向こうからズイズイとやってきたのは、見覚えのある大柄な男だ。
「マベル兄貴! それに|義姉上《あねうえ》さまも!」
「ペ、ペウル、どうしてここに!?」
マベルの一声でハッとする。そうだ、マベルの弟のペウルだ。
そして、私の妹リノンの旦那でもある。本当にどうしてここにいるんだ。
「それはこっちが聞きたいね! 関所が襲撃にあったと聞いて、飛ばしてきたんだ。兄貴が復興を支援したとかなんとか、情報も錯綜しててビックリしたぜ」
ああ、そうか。さすがにアミトライン領主にも報せは届くか。
特にマベルが関わっているともなればなおのこと。
それにしたって早すぎる気がしないでもない。
汗だくのペウルを見れば、どれほど急いできたのかがよく分かる。
「まさかマベル兄貴がパエデロス領にいるなんてな。流石の父上も驚いていたぜ。誤報なんじゃないかってずっと疑ってた」
「父さんには……誤報のままにして黙っていててくれないか」
改めて見ると兄弟にしては体格も違うもんだ。どっちが兄かも分からない。
ヒョロヒョロの兄に対して、このムキムキの弟。鍛え方が違うんだろうな。
「黙っているわけにもいかんだろう、兄貴。パーティだっておじゃんにしたんだぜ。埋め合わせしないことには……、ああ、義姉上さま、すみません」
「い、いや、気にしないでいい。兄弟で話すこともあるだろう」
棒立ちしている私を見て、申し訳なさそうに言う。
まあ、状況が状況なだけに兄に突っかかるのも仕方のない話だ。
「……とにかく、兄貴、帰ってきてくれよ。俺の息子も見せたいんだ」
「いや、今、帰るわけには……」
ペウルがマベルの肩を抱く。傍から見ると恐喝されているみたいな光景だな。
マベルとしても、複雑な表情を浮かべている。そんなに帰りたくないのか。
理由は分からない。そもそも聞いても話してもくれなかった。
マベルはどうして私のお見合いパーティをすっぽかして逃げ出したのか。
私としてもマベルは一度アミトライン領に帰るべきだと思う。
それだけ状況を複雑にしたのだから。
「待て、ペウル。それなら私から話そう」
咄嗟に、私はペウルの肩に手を伸ばしていた。
マベルの困り果てた瞳が私の方へと向く。
「私とマベルはしばらく旅に出る。お見合いパーティから失踪するような軟弱男をそのまま帰すわけにはいかないからな。鍛えなおしてやるつもりだ」
「え?」
ん? 私は何を言っているのだ?
マベルもきょとんとした顔を浮かべている。
「あ、あの、義姉上さま? それって……?」
「私の決めたことだ。文句はあるまい!」
その場が凍り付いたように感じられたのは、気のせいではないだろう。