第6話 女騎士として真剣勝負を挑んだ相手が戦闘経験ゼロだった
ー/ー
「――で、マベル。私としては色々と、本当色々と聞きたいことがある。というか、どれから話をしていくべきかすら迷っているのだが」
愛想笑いを見せるマベルを席につかせ、私は未だ整理が追い付いていなかった。
対するマベルも私の困惑っぷりを理解しているのか、あまり踏み込んでこない。
ええと、何から整理するべきなんだ?
ここは私の屋敷で、談話室で、お茶も淹れて――って、それはどうでもいい。
ああ、そうだ。マベル。マベル・クレプリーズの件だ。
数日前クレプリーズ家のパーティから失踪した長男が何故かパエデロス領にいた。
それで何故かパエデロス領に支援として何やらかんやらやっていた。
「まず、これを先に聞くべきだな。何故、貴様はパエデロス領に施しを?」
一応、父から調査を依頼された件だ。優先順位も高い。
この返答もかなり重要だ。支援はありがたいが、裏がないかを疑うのが普通だ。
「……ボクの独断だ。そこに他意はない。パエデロス領が貧困に喘いでいることは、ボクもよく知っているところだ。個人的な慈善事業でしかない」
うーむ、判断に困る。真っ直ぐ答えられてしまった。
もっともらしいといえばその通り。
隣のアミトライン領の領主の息子がパエデロス領を知らないはずがない。
善意だと言い切られてしまえばそれを否定することもできない。
端的に「裏があるだろ」と聞いて「そうです」なんてバカ正直に答えまい。
「独断とはいうが、お前の父も弟たちも何も知らせずにやっていたというのか」
「知らせず、は正確ではないね。関係を良好に保つために打診は以前からしていた。ただ、父には却下されてしまって……だからボクの意思で始めたことだ」
それはそれは殊勝な心掛けといいたいところだが、考えが甘すぎるのでは。
仮にも領主の意見、判断をないがしろにしてまで施しなどとは。
「よくもまあ隠し通せると思ったな」
「バレるのは見越していた。それでもできる限りの支援をしたかった。それだけさ」
肝の据わった瞳で言う。これが屈強な男のセリフならもう少し様になっていた。
肩から包帯巻かれたボロボロの姿では、子供の言い訳にさえ見えてしまうが。
しかし、ウソを言っているような口ぶりではない。
父の反対を押し切ってまで自分の意志を貫き通したのなら大した信念だ。
「支援を咎めるつもりはない。本当に悪意がないのなら、領主の娘として礼を言う。ただ、どうしてそこまでパエデロス領のことを想っている?」
この回答次第では、私も温厚の皮をいつまでも被っていられないぞ。
私は貧困を知っている。没落寸前から立て直すまでどれほど泥水を啜ったか。
クレプリーズのような名家に生まれ、財産が有り余っていたから分け与えたとか、そんな戯けたことを理由にしたらこの場で叩き切ってやる。
「それは……、すまない。答えることはできない」
まさかの回答拒否。私の殺気を察したか?
マベルは眉を曲げながら渋い顔を見せる。なんと要領を得ない態度だ。
よもや「貧乏な領だから施してやらなきゃ」とか思ってたんじゃないだろうな。
口を結んでしまったからには、これ以上突っ込んだことも言えまい。
首根っこ掴んででも聞き出したい気持ちを抑えつつ、次の質問を考える。
「……分かった。それならこれ以上は聞かない。だが、別のことを聞かせてもらう」
「別のこと?」
馬車で帰ってくる間も、ずっと私の脳裏に過ぎっていた、大きな疑問だ。
「先日、クレプリーズ家でパーティが開催したとき、どうして逃げ出した?」
私は無理やり妹に引っ張り出されてまでお見合いパーティに出席したというのに、肝心のマベルがいなくなったというのは未だに解せない。
結婚が嫌だったというのならそれは仕方ない。
私も同じ気持ちだったからソレを否定することができない。
パーティそのものが嫌だったというにしても文句は言えない。
私だって昔から貴族の交流会なんて好きじゃなかったし、妹に押し付けてきた。
「それは……、どんな答えなら許してくれるだろうか」
なんとも酷く弱々しい返しだった。なんでまた言葉を濁すのだろう。
そこまで答えにくいのか。
とはいえ「パーティをすっぽかしてパエデロス領に支援物資配ってました」なんて答えを面を切って言うには相当な度胸がいるか。
「マベルは、私が怒ると思っているのか?」
「……ボクは、キミとは釣り合わない男さ。ただそれだけのこと」
答えの意図が分からない。どういうつもりで言ったのだろう。
無性にモヤモヤする言い回しをしてきたな。
もっとハッキリ、さっきみたいに言えないものだろうか。
急にまたマベルが小さく見えてきた。臆病で、軟弱な、頼りない男に見える。
暴漢どもに襲われて、フラフラになるまでやられても、やりかえすこともしない。
やはり、とことん私の想像していたクレプリーズ家の長男とはイメージが違う。
自分の一番の本心だけ胸の奥にしまったまま出さないつもりか。
「なあ、マベル。私は貴様の心の内を知りたい。だから付き合ってくれ」
「付き合う? 何に?」
徐に私は立ち上がり、談話室の壁に掛けてあった剣を手に取る。
手入れの行き届いた仕上がりをしている。いつでもすぐに使えるくらい。
「剣を交える。騎士とはそうすることでお互いのことを知り合える。そうだろう?」
この方法で私は何人もの騎士と対話をしてきた。
新人騎士の訓練所で私を見下してきた教官とも何度も剣を交えてきた。
戦場でも私を快く思わない騎士団長とぶつかりあったことは何度もあった。
でも、私の意志と、実力の全てをぶつけ、理解しあってきたのだ。
私が騎士として成熟したのも剣を交えてきたからこそ。
だからマベルだって剣を交えればきっと本心を聞き出せるに違いない。
「……ボクは、その、それには応じられない」
「な、何故だ? 貴様は騎士の名家クレプリーズ家の長男だろ?」
差し出した剣を取ろうともせず、そっぽ向かれてしまった。
こんなことは初めてだ。
「まさか、私を女だと侮っているのか? そのつもりなら――」
「――違う。そうじゃないんだ」
マベルが両腕を組むようにして、自身の体を抱く。
何処か、怯えたような目つきを見せながら。
「ボクは……、ロクに剣を握ったことがないんだ……戦場にだって出たことはない」
は? 何それ? 何の冗談だ?
クレプリーズ家の長男だろ? 代々騎士の名家だろ?
騎士として名を馳せて財を成してきた騎士の中の騎士の家に生まれた男だろ?
弟のペウルは、それはそれは大柄で、屈強で、筋肉隆々だった。
遠くの戦場でもクレプリーズの名は何度と聞かされてきた。
いつか、剣を交えてみたいと、ずっと思っていた。それが、どういうことだ?
「ちょっと待て、手を見せてくれ」
「うっ」
半ば強引にマベルの手を引き、その手のひらを見る。
思いのほか、キレイな手をしている。剣を持つ者特有の豆も見当たらない。
一体この手は何なら持ったことがあるというのだろう。
あまりに信じられず、私はマベルの手の指先から指の間までまじまじと見た。
大きい手をしているが、それくらいで、これまであってきた騎士の誰とも違う。
これが……、これが男の手なのか?
「あの、そんなに触られるとボクも恥ずかしい、んだけど」
「わっ、あ、ああ、すまない!」
ハッとする。思わず端から端まで触っていた。
こんなに男の手に触れたのは初めてかもしれない。
はしたない女と思われてしまっただろうか……、だがそれはさておき。
「本当に、戦場に出たことがないのか? 訓練とかは? しごかれた経験くらい」
「期待を裏切って申し訳ないが、戦闘経験も、その、ないんだ」
戦闘経験ゼロだと? そんな騎士がいるのか?
いや、そもそも騎士ではないのか?
ここまで散々混乱することはあったが、こんなに困惑することもあるか?
「そ、そういえば、武器を持たない主義だとか言っていたな。あれは本当に……」
丸腰で暴漢に襲われていたのを、マベルに巻かれていた包帯で思い出す。
護身用の武器すら所持せず、変な男だとは思ったが、ここまでとは。
「ごめん。失望させてしまったかもしれない。でも、これがボクなんだ」
何故謝る必要がある。と私は言いかけたが、喉から先に出ていかなかった。
本音を言えば、私は騎士として名を馳せたクレプリーズ家に憧れを抱いていた。
領土間の関係が険悪だった頃からその気持ちは変わっていない。
没落寸前だった私が両親や妹の反対を押し切って騎士を目指すようになったのも、クレプリーズ家の名声を聞いてきたからだ。
弱きを助け、強きを挫く。そんな正義のために振るう剣が欲しかったのだ。
裏切られた。そんな感情が私の心の内に渦巻いていた気がした。
言葉にならないとは、こういうことなのかもしれない。
マベルが、私の顔を、見つめる。
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対するマベルも私の困惑っぷりを理解しているのか、あまり踏み込んでこない。
ええと、何から整理するべきなんだ?
ここは私の屋敷で、談話室で、お茶も淹れて――って、それはどうでもいい。
ああ、そうだ。マベル。マベル・クレプリーズの件だ。
数日前クレプリーズ家のパーティから失踪した長男が何故かパエデロス領にいた。
それで何故かパエデロス領に支援として何やらかんやらやっていた。
「まず、これを先に聞くべきだな。何故、貴様はパエデロス領に施しを?」
一応、父から調査を依頼された件だ。優先順位も高い。
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「……ボクの独断だ。そこに他意はない。パエデロス領が貧困に喘いでいることは、ボクもよく知っているところだ。個人的な慈善事業でしかない」
うーむ、判断に困る。真っ直ぐ答えられてしまった。
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隣のアミトライン領の領主の息子がパエデロス領を知らないはずがない。
善意だと言い切られてしまえばそれを否定することもできない。
端的に「裏があるだろ」と聞いて「そうです」なんてバカ正直に答えまい。
「独断とはいうが、お前の父も弟たちも何も知らせずにやっていたというのか」
「知らせず、は正確ではないね。関係を良好に保つために打診は以前からしていた。ただ、父には却下されてしまって……だからボクの意思で始めたことだ」
それはそれは殊勝な心掛けといいたいところだが、考えが甘すぎるのでは。
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肝の据わった瞳で言う。これが屈強な男のセリフならもう少し様になっていた。
肩から包帯巻かれたボロボロの姿では、子供の言い訳にさえ見えてしまうが。
しかし、ウソを言っているような口ぶりではない。
父の反対を押し切ってまで自分の意志を貫き通したのなら大した信念だ。
「支援を咎めるつもりはない。本当に悪意がないのなら、領主の娘として礼を言う。ただ、どうしてそこまでパエデロス領のことを想っている?」
この回答次第では、私も温厚の皮をいつまでも被っていられないぞ。
私は貧困を知っている。没落寸前から立て直すまでどれほど泥水を啜ったか。
クレプリーズのような名家に生まれ、財産が有り余っていたから分け与えたとか、そんな戯けたことを理由にしたらこの場で叩き切ってやる。
「それは……、すまない。答えることはできない」
まさかの回答拒否。私の殺気を察したか?
マベルは眉を曲げながら渋い顔を見せる。なんと要領を得ない態度だ。
よもや「貧乏な領だから施してやらなきゃ」とか思ってたんじゃないだろうな。
口を結んでしまったからには、これ以上突っ込んだことも言えまい。
首根っこ掴んででも聞き出したい気持ちを抑えつつ、次の質問を考える。
「……分かった。それならこれ以上は聞かない。だが、別のことを聞かせてもらう」
「別のこと?」
馬車で帰ってくる間も、ずっと私の脳裏に過ぎっていた、大きな疑問だ。
「先日、クレプリーズ家でパーティが開催したとき、どうして逃げ出した?」
私は無理やり妹に引っ張り出されてまでお見合いパーティに出席したというのに、肝心のマベルがいなくなったというのは未だに解せない。
結婚が嫌だったというのならそれは仕方ない。
私も同じ気持ちだったからソレを否定することができない。
パーティそのものが嫌だったというにしても文句は言えない。
私だって昔から貴族の交流会なんて好きじゃなかったし、妹に押し付けてきた。
「それは……、どんな答えなら許してくれるだろうか」
なんとも酷く弱々しい返しだった。なんでまた言葉を濁すのだろう。
そこまで答えにくいのか。
とはいえ「パーティをすっぽかしてパエデロス領に支援物資配ってました」なんて答えを面を切って言うには相当な度胸がいるか。
「マベルは、私が怒ると思っているのか?」
「……ボクは、キミとは釣り合わない男さ。ただそれだけのこと」
答えの意図が分からない。どういうつもりで言ったのだろう。
無性にモヤモヤする言い回しをしてきたな。
もっとハッキリ、さっきみたいに言えないものだろうか。
急にまたマベルが小さく見えてきた。臆病で、軟弱な、頼りない男に見える。
暴漢どもに襲われて、フラフラになるまでやられても、やりかえすこともしない。
やはり、とことん私の想像していたクレプリーズ家の長男とはイメージが違う。
自分の一番の本心だけ胸の奥にしまったまま出さないつもりか。
「なあ、マベル。私は貴様の心の内を知りたい。だから付き合ってくれ」
「付き合う? 何に?」
徐に私は立ち上がり、談話室の壁に掛けてあった剣を手に取る。
手入れの行き届いた仕上がりをしている。いつでもすぐに使えるくらい。
「剣を交える。騎士とはそうすることでお互いのことを知り合える。そうだろう?」
この方法で私は何人もの騎士と対話をしてきた。
新人騎士の訓練所で私を見下してきた教官とも何度も剣を交えてきた。
戦場でも私を快く思わない騎士団長とぶつかりあったことは何度もあった。
でも、私の意志と、実力の全てをぶつけ、理解しあってきたのだ。
私が騎士として成熟したのも剣を交えてきたからこそ。
だからマベルだって剣を交えればきっと本心を聞き出せるに違いない。
「……ボクは、その、それには応じられない」
「な、何故だ? 貴様は騎士の名家クレプリーズ家の長男だろ?」
差し出した剣を取ろうともせず、そっぽ向かれてしまった。
こんなことは初めてだ。
「まさか、私を女だと侮っているのか? そのつもりなら――」
「――違う。そうじゃないんだ」
マベルが両腕を組むようにして、自身の体を抱く。
何処か、怯えたような目つきを見せながら。
「ボクは……、ロクに剣を握ったことがないんだ……戦場にだって出たことはない」
は? 何それ? 何の冗談だ?
クレプリーズ家の長男だろ? 代々騎士の名家だろ?
騎士として名を馳せて財を成してきた騎士の中の騎士の家に生まれた男だろ?
弟のペウルは、それはそれは大柄で、屈強で、筋肉隆々だった。
遠くの戦場でもクレプリーズの名は何度と聞かされてきた。
いつか、剣を交えてみたいと、ずっと思っていた。それが、どういうことだ?
「ちょっと待て、手を見せてくれ」
「うっ」
半ば強引にマベルの手を引き、その手のひらを見る。
思いのほか、キレイな手をしている。剣を持つ者特有の豆も見当たらない。
一体この手は何なら持ったことがあるというのだろう。
あまりに信じられず、私はマベルの手の指先から指の間までまじまじと見た。
大きい手をしているが、それくらいで、これまであってきた騎士の誰とも違う。
これが……、これが男の手なのか?
「あの、そんなに触られるとボクも恥ずかしい、んだけど」
「わっ、あ、ああ、すまない!」
ハッとする。思わず端から端まで触っていた。
こんなに男の手に触れたのは初めてかもしれない。
はしたない女と思われてしまっただろうか……、だがそれはさておき。
「本当に、戦場に出たことがないのか? 訓練とかは? しごかれた経験くらい」
「期待を裏切って申し訳ないが、戦闘経験も、その、ないんだ」
戦闘経験ゼロだと? そんな騎士がいるのか?
いや、そもそも騎士ではないのか?
ここまで散々混乱することはあったが、こんなに困惑することもあるか?
「そ、そういえば、武器を持たない主義だとか言っていたな。あれは本当に……」
丸腰で暴漢に襲われていたのを、マベルに巻かれていた包帯で思い出す。
護身用の武器すら所持せず、変な男だとは思ったが、ここまでとは。
「ごめん。失望させてしまったかもしれない。でも、これがボクなんだ」
何故謝る必要がある。と私は言いかけたが、喉から先に出ていかなかった。
本音を言えば、私は騎士として名を馳せたクレプリーズ家に憧れを抱いていた。
領土間の関係が険悪だった頃からその気持ちは変わっていない。
没落寸前だった私が両親や妹の反対を押し切って騎士を目指すようになったのも、クレプリーズ家の名声を聞いてきたからだ。
弱きを助け、強きを挫く。そんな正義のために振るう剣が欲しかったのだ。
裏切られた。そんな感情が私の心の内に渦巻いていた気がした。
言葉にならないとは、こういうことなのかもしれない。
マベルが、私の顔を、見つめる。