第22話 魔王

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「あれ? もしかしてもう終わっちゃった感じ?」
 一休みして閉店の準備を進めていた矢先、店内に現れたのはあの女。
 勇者の仲間の一人にして、このパエデロスで治安維持を努めている魔法使い、ダリアだった。そういえば開店する日に来るとは言っていた気がする。

 だが、あいにくと売れる品はもう残っていない。おそらくは監査するつもりだったのだろうが、こちらとしても予想外だったんだ。
 まあ、無駄な仕事が減ったと思ってもらう他あるまい。

「ダリアしゃん、いらっしゃいましぇ~。ごめんなさい、今日はもう」
 トテトテとミモザが接客に向かう。
「ああ、いいよいいよ。ミモザちゃんの店が大繁盛だったみたいで何よりだ」
 当初の予定では商品の魔具を見定めたり、どんな奴が買っていったのかを確認しようとしていたのだろう。
 そのいずれもできず終いなせいか、あちゃ~という顔をしている。

「って、あれ? フィー、キミもここにいたのか」
 今、我がここにいることに気付いたのか、おやおや、と声を漏らす。
「我がここにいては悪いのか?」
 フン、と鼻を鳴らす。

「そんなことはないけど……実はキミに手伝ってほしいことがあるんだ」
「断るっ!」
「うっわ、即答。まだ何も言ってないのに」
 なんだって我が勇者の仲間の手伝いなぞせねばならんのか。

「フィーしゃん、ダリアさんが困ってるんでふよ。話を聞くくらいならいいんじゃないれふか?」
「うぅむ……話だけならな。だが、どんな内容にせよ協力する気はないぞ」
 なんかダリアの目が「うわ、こいつチョロい」と言っているように見えた。
 なんとでも思うがいいさ。

「それじゃ悪いけど、ミモザちゃん。フィーを借りていくよ」
 おいこら、我を借りるとはどういう意味だ。
「はい。フィーしゃんをお願いしまふ」

 ※ ※ ※

 そういってダリアに連れ出され、歩かされる。
 一体コイツも何を考えているのやら。
 第一、我が何を手伝うというのか。まさか金の工面じゃあるまいな。
 それくらいしか思い当たることもないが。

「おい、すぐこの場で話せないのか?」
「うーん、重要な話だからさ、できれば他の人には聞かれたくなくてね」
 それだけ答えてダリアは黙ってしまう。本当に我を何処へ連れていく気なんだ。

 しばらくのだんまり。お互いに会話が途絶える。
 ただ黙々とパエデロスの街を歩き回るだけ。
 市場を避けて、広場も過ぎて、勇者どもが拠点にしている教会からも遠ざかる。

 どれだけ歩いたか、ダリアが立ち止まる。
 そこは本当に何もない、パエデロスの街から外れた小高い丘の上の草っぱら。
 見渡す限り、誰もいない。どうしたってこんなところに。

「ふぅー……」
 ダリアが深く、深く息をする。

「こうしてみるとさ、この街も平和になった感じがするよね」
 ダリアが見下ろした先にあるのは、パエデロスの街並み。さっきまで我とダリアが歩いてきた通り道でもある。ここにくるまでにも色々な輩がいた。
 平和といわれたらそうだ。今日は実に平和だった。

 発展途上と言われてきたパエデロスではあったが、ここからこうやって見下ろしてみるとこれがなかなか大きくなっているように見える。
 少なくとも我が初めてここを訪れたときよりもずっと。

「かなり前。それこそアンタと会う前の街は酷かったものだよ。嫌な奴らがいっぱいいてさ、話も通じない暴れん坊ばっかよ。そんなのを相手にするのが私たちの仕事だったの」
 ダリアが遠くを見つめながら、そう呟く。

「嫌な仕事引き受けちゃったなぁ~、って正直思ってたわ。こんなことをしていて本当にどうにかなるのかなぁなんて不安ばっかり。でも見てよ、今のこの街。アンタの目にはどう映った?」
「あくびが出るくらい、平和な街だな」
 我の返答に、ダリアはフフっと笑いを溢し、小さくありがとうと続けた。

「我は今日、初めて街の連中と接したかもしれん。ミモザの店にやってくる客たちを見ていて思った。この街でみな、幸せに暮らしているのだろうな、とな」

 忙しないやりとりではあったが、いつも素通りしている有象無象の人間ども、このパエデロスの住民たちと初めて触れ合った。みんな同じような顔をしていた。
 我が金で集めた使用人たちも、なんて楽しそうなんだと思ってしまった。

「いい街になったと思うよ」
 ダリアは何処か誇らしげな横顔を見せた。
 風に髪をなびかせて、心地よさそうな表情を浮かべる。

「――だから守りたいんだ」
 そう言いながら、ダリアは我に向けて手のひらを突き出す。
 その手の先からは魔力が溢れ、今まさに魔法を構築しようとしている。

「……何のつもりだ?」
「この街の平和を守る手伝いをしてほしいんだ」
 苦そうな笑顔で、ダリアはハッキリとそう言った。

「魔王なんでしょ? アンタ」
「ほう」
 それは確信を持っている目だ。
 悪ふざけの冗談半分では決してない。

「否定しなくていいの? 『そんなわけなかろう』とか怒ってもいいんだよ?」
「どうしてそう思ったのかを答えたならそれも検討しよう」
 はぁー、と溜め息をつかれてしまった。

「遠方にいた私の仲間がさ、不可解な金銭の動きを掴んだんだ。希少な宝石を大量に持ち帰った商人がその私の仲間のいる国にいっぱいいてさ。何処でそんなものを手に入れたのかを訊ねたら、偉そうな女の子から買ったっていうんだよ」
 ジクリ、小さな針を刺されるような錯覚。

「そしてその商人たちは口を揃えてこういうわけ。勇者と呼ばれている男は何処にいるのかを聞かれた、ってね。おかしな話だよね。まるで白昼夢みたい」
 ジクリ、ジクリ。言葉の一つ一つに心当たりは、当然あった。

「宝石を持ち歩く、勇者を探して旅をする謎の少女。彼女の足跡を追っていった私の仲間が最後に行き着いた場所は――パエデロスだった」
 ダリアの声が重く、重くなっていく。否定できる言葉も見つからない。

「ここはパエデロス。色々な人たちが色々な事情を抱えて集まっていく街。だからこんな単純なことを訊くのをすっかり忘れてたよ、フィー」
 構えた手をそのままに、ダリアが言葉を続ける。

「アンタのお名前を教えてくれる?」

「――フィテウマ・サタナムーン。お察しの通り、我は魔王だ」

 目の前のダリアの顔が、悲痛に歪んで見えた。その次の瞬間には、無詠唱で魔法の弾丸が我の頬をかすめていった。――かすめた? この至近距離で?

「ああ……手、震えちゃった……あはは、おかしいなぁ。確信ついたからもう迷うこともないはずなのに……」
 震える声、泣きそうな声で、ダリアが言う。

「違うと言ってくれたらこの手を下ろすよ、フィー。全部私の勘違いになるから」
「違わない。我は魔王だ。貴様が、貴様たちが葬り損ねて蘇った、魔王だ」
 二発目。今度はしっかりと我の正面を捉えた。
 だが、直撃する前に魔法壁を張り、はじき返すことができた。

「下がれ、ダリア」
 何処からか聞こえてきたのは、ロータスの声。
 位置を特定しようとする前に、向こうから跳んで現れる。

「フィーちゃん……」
 マルペルが駆け寄ってくる姿も確認できた。
 お前も躊躇った顔をしているのだな。

「ほう、ずいぶんと可愛い姿に化けたもんだな、魔王」
 ロータスと並んできた鎧姿の男。あれは確かリンドーだったか。
 なるほど、コイツが外の情報をかき集めてきたのか。
 厄介なことをしてくれたもんだ。

 ああ、気付けば囲まれてしまったな。
 四方を勇者の仲間たちに回り込まれ、逃げられない。
 最初から我を誘い出すための罠だったらしい。

 どうしてこんな簡単なことも、我は察せなかったのだろうな。


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「あれ? もしかしてもう終わっちゃった感じ?」
 一休みして閉店の準備を進めていた矢先、店内に現れたのはあの女。
 勇者の仲間の一人にして、このパエデロスで治安維持を努めている魔法使い、ダリアだった。そういえば開店する日に来るとは言っていた気がする。
 だが、あいにくと売れる品はもう残っていない。おそらくは監査するつもりだったのだろうが、こちらとしても予想外だったんだ。
 まあ、無駄な仕事が減ったと思ってもらう他あるまい。
「ダリアしゃん、いらっしゃいましぇ~。ごめんなさい、今日はもう」
 トテトテとミモザが接客に向かう。
「ああ、いいよいいよ。ミモザちゃんの店が大繁盛だったみたいで何よりだ」
 当初の予定では商品の魔具を見定めたり、どんな奴が買っていったのかを確認しようとしていたのだろう。
 そのいずれもできず終いなせいか、あちゃ~という顔をしている。
「って、あれ? フィー、キミもここにいたのか」
 今、我がここにいることに気付いたのか、おやおや、と声を漏らす。
「我がここにいては悪いのか?」
 フン、と鼻を鳴らす。
「そんなことはないけど……実はキミに手伝ってほしいことがあるんだ」
「断るっ!」
「うっわ、即答。まだ何も言ってないのに」
 なんだって我が勇者の仲間の手伝いなぞせねばならんのか。
「フィーしゃん、ダリアさんが困ってるんでふよ。話を聞くくらいならいいんじゃないれふか?」
「うぅむ……話だけならな。だが、どんな内容にせよ協力する気はないぞ」
 なんかダリアの目が「うわ、こいつチョロい」と言っているように見えた。
 なんとでも思うがいいさ。
「それじゃ悪いけど、ミモザちゃん。フィーを借りていくよ」
 おいこら、我を借りるとはどういう意味だ。
「はい。フィーしゃんをお願いしまふ」
 ※ ※ ※
 そういってダリアに連れ出され、歩かされる。
 一体コイツも何を考えているのやら。
 第一、我が何を手伝うというのか。まさか金の工面じゃあるまいな。
 それくらいしか思い当たることもないが。
「おい、すぐこの場で話せないのか?」
「うーん、重要な話だからさ、できれば他の人には聞かれたくなくてね」
 それだけ答えてダリアは黙ってしまう。本当に我を何処へ連れていく気なんだ。
 しばらくのだんまり。お互いに会話が途絶える。
 ただ黙々とパエデロスの街を歩き回るだけ。
 市場を避けて、広場も過ぎて、勇者どもが拠点にしている教会からも遠ざかる。
 どれだけ歩いたか、ダリアが立ち止まる。
 そこは本当に何もない、パエデロスの街から外れた小高い丘の上の草っぱら。
 見渡す限り、誰もいない。どうしたってこんなところに。
「ふぅー……」
 ダリアが深く、深く息をする。
「こうしてみるとさ、この街も平和になった感じがするよね」
 ダリアが見下ろした先にあるのは、パエデロスの街並み。さっきまで我とダリアが歩いてきた通り道でもある。ここにくるまでにも色々な輩がいた。
 平和といわれたらそうだ。今日は実に平和だった。
 発展途上と言われてきたパエデロスではあったが、ここからこうやって見下ろしてみるとこれがなかなか大きくなっているように見える。
 少なくとも我が初めてここを訪れたときよりもずっと。
「かなり前。それこそアンタと会う前の街は酷かったものだよ。嫌な奴らがいっぱいいてさ、話も通じない暴れん坊ばっかよ。そんなのを相手にするのが私たちの仕事だったの」
 ダリアが遠くを見つめながら、そう呟く。
「嫌な仕事引き受けちゃったなぁ~、って正直思ってたわ。こんなことをしていて本当にどうにかなるのかなぁなんて不安ばっかり。でも見てよ、今のこの街。アンタの目にはどう映った?」
「あくびが出るくらい、平和な街だな」
 我の返答に、ダリアはフフっと笑いを溢し、小さくありがとうと続けた。
「我は今日、初めて街の連中と接したかもしれん。ミモザの店にやってくる客たちを見ていて思った。この街でみな、幸せに暮らしているのだろうな、とな」
 忙しないやりとりではあったが、いつも素通りしている有象無象の人間ども、このパエデロスの住民たちと初めて触れ合った。みんな同じような顔をしていた。
 我が金で集めた使用人たちも、なんて楽しそうなんだと思ってしまった。
「いい街になったと思うよ」
 ダリアは何処か誇らしげな横顔を見せた。
 風に髪をなびかせて、心地よさそうな表情を浮かべる。
「――だから守りたいんだ」
 そう言いながら、ダリアは我に向けて手のひらを突き出す。
 その手の先からは魔力が溢れ、今まさに魔法を構築しようとしている。
「……何のつもりだ?」
「この街の平和を守る手伝いをしてほしいんだ」
 苦そうな笑顔で、ダリアはハッキリとそう言った。
「魔王なんでしょ? アンタ」
「ほう」
 それは確信を持っている目だ。
 悪ふざけの冗談半分では決してない。
「否定しなくていいの? 『そんなわけなかろう』とか怒ってもいいんだよ?」
「どうしてそう思ったのかを答えたならそれも検討しよう」
 はぁー、と溜め息をつかれてしまった。
「遠方にいた私の仲間がさ、不可解な金銭の動きを掴んだんだ。希少な宝石を大量に持ち帰った商人がその私の仲間のいる国にいっぱいいてさ。何処でそんなものを手に入れたのかを訊ねたら、偉そうな女の子から買ったっていうんだよ」
 ジクリ、小さな針を刺されるような錯覚。
「そしてその商人たちは口を揃えてこういうわけ。勇者と呼ばれている男は何処にいるのかを聞かれた、ってね。おかしな話だよね。まるで白昼夢みたい」
 ジクリ、ジクリ。言葉の一つ一つに心当たりは、当然あった。
「宝石を持ち歩く、勇者を探して旅をする謎の少女。彼女の足跡を追っていった私の仲間が最後に行き着いた場所は――パエデロスだった」
 ダリアの声が重く、重くなっていく。否定できる言葉も見つからない。
「ここはパエデロス。色々な人たちが色々な事情を抱えて集まっていく街。だからこんな単純なことを訊くのをすっかり忘れてたよ、フィー」
 構えた手をそのままに、ダリアが言葉を続ける。
「アンタのお名前を教えてくれる?」
「――フィテウマ・サタナムーン。お察しの通り、我は魔王だ」
 目の前のダリアの顔が、悲痛に歪んで見えた。その次の瞬間には、無詠唱で魔法の弾丸が我の頬をかすめていった。――かすめた? この至近距離で?
「ああ……手、震えちゃった……あはは、おかしいなぁ。確信ついたからもう迷うこともないはずなのに……」
 震える声、泣きそうな声で、ダリアが言う。
「違うと言ってくれたらこの手を下ろすよ、フィー。全部私の勘違いになるから」
「違わない。我は魔王だ。貴様が、貴様たちが葬り損ねて蘇った、魔王だ」
 二発目。今度はしっかりと我の正面を捉えた。
 だが、直撃する前に魔法壁を張り、はじき返すことができた。
「下がれ、ダリア」
 何処からか聞こえてきたのは、ロータスの声。
 位置を特定しようとする前に、向こうから跳んで現れる。
「フィーちゃん……」
 マルペルが駆け寄ってくる姿も確認できた。
 お前も躊躇った顔をしているのだな。
「ほう、ずいぶんと可愛い姿に化けたもんだな、魔王」
 ロータスと並んできた鎧姿の男。あれは確かリンドーだったか。
 なるほど、コイツが外の情報をかき集めてきたのか。
 厄介なことをしてくれたもんだ。
 ああ、気付けば囲まれてしまったな。
 四方を勇者の仲間たちに回り込まれ、逃げられない。
 最初から我を誘い出すための罠だったらしい。
 どうしてこんな簡単なことも、我は察せなかったのだろうな。