第23話 躊躇

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 かつて、我が魔王軍を率いていたとき、今のような脆弱な身体ではなかった。
 だが、それでも我は勇者とその仲間たちに敗れた。
 なら、今はどうだろう。勝ち目はあるのか?

 勇者ロータスが聖剣を構えている。

 あのときと一緒だ。あの聖剣が我の心臓を貫いたのだ。我の魔力の全てを消失させる力を持った勇者の聖剣。
 今度復活するとしたらどれくらい掛かるだろう。
 今の我は既に抜け殻みたいなものだ。十年、はたまた百年は掛かるかもしれん。

 ひょっとすると、そんな先の未来では我の糧となる負の感情さえもなくなっているかもしれない。そうしたら二度と蘇ることはない。

「まったく、よくぞ見破ったものだな。もう少しこの街に馴染めていれば、勇者の首も取れていたかもしれん。そう思うと口惜しいものよ」

「やはり、最初から俺たちを欺いていたのか?」
「そうだ、その通りだ。くっくっく……情けない話よ。人間の世界に忍び込むのがこんなにも難しいとは」
 バカな失敗も多かった。よくぞ今日までバレなかったものだ。
 しかし、バレるときはこうもアッサリとバレてしまうとは。

「フィーちゃん、どうかウソだと言ってくれませんか? あなたが私たちを騙していただなんて、信じられません。本当のことを」
「よせ、マルペル。魔王の言葉を乞うな。最初からお前らを騙してたんだよ」

「ふふふ……、ふはは……ふははははははははははっ!!!! さあ、勇者どもよ、どうする? 躊躇ってくれるのなら今日までの意味が成ったというものよ」
 そうさ、我は悪役。
 お前らの築き上げてきた平和を、治安を破壊する、悪役令嬢だ。

「くっ……」
 ダリアが動く。再び手の先から魔法の弾丸が迸る。
 今の我には弾くのが精一杯だ。実のところ、後何回も弾くことはできない。

「どうした? その程度でもう終わりか?」
 我はもう、一回刺されただけでも死ぬぞ。

 この戦いに勝ち目など、勝機など残されてはいない。
 ここに呼び出された時点でとうに復讐に失敗したのだ。
 もはや足掻くことしかできない。

「こないなら、こちらから行くぞ……」
 我の全ての魔力を使い切り、最後の魔法を唱える――

叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの(ウサギトネコトショウネンノユメ)ッ!!!!」

 我の持っていた魔石が、一つ残らず粉々に砕け散るのを感じた。

 我を中心にして無数の闇の柱が天を射していく。それは槍の形を成し、地上にいる対象を貫く雨となる。
 天から降り注ぐ魔法の槍の串刺しとなるがいい。

 身体のあちこちから力が抜けていく。
 今にも全身が干からびてしまいそうだった。
 これ以上はもう何もできそうになかった。

 はたして、勇者どもには少しでも手傷を負わせられただろうか。
 そんな願いも虚しく、草っ原にいくつかの穴がぽっかりと空いた程度で、肝心の勇者どもには掠り傷一つなかった。
 ああ、マルペルの加護か。そんな術式もあったな。

 光の壁に遮られて、我の闇の槍は刺さりもしなかったとはな。

 立っていることすら、もう辛くなってきた。
 どうして我はこんなにも無力なのだろうな。
 ああ、そうだ。目の前にいる憎き勇者が、その聖剣で我を貫いたからだ。

 悔しい。悔しいなぁ。
 大人しく数百年、人間どもから隠れて過ごせばよかったのだろうか。

 勇者どもに復讐したかっただけなのに。
 何もかも、上手くいかないものだ。

「このぉっ!」
 ダリアが魔法の弾丸を放つ。もう無理だ。
 弾けないし、避けられないし、反応すらできない。
 無様なほど直撃し、我の身体はそのままゴミのように吹っ飛ぶ。

 地面に落ちて、転がり、我の身体も泥まみれだ。
 情けない。なんと情けない。これがかつての魔王の姿とは。
 立ち上がる力すらもうない。

 勇者には力を奪われ、魔王軍からは追放され、復讐を誓うもこの有様よ。
 ざまあないな。

「フィー……? アンタまさか……」
「なんだ、もう終わりなのか?」

 ハハハ、人間どもが我を見下ろしておるわ。
 滑稽だろうな。笑うがいいさ。

「だったらトドメを――」
「待って、リンドー! この子、もう魔力も何も感じない」
「だからどうした? 弱ってるからって見逃すわけにもいかんだろう」
「……ごめん。もう少しだけ、ちょっとでいいから話させて」
 草を蹴る足音が近づいてくる。

「ずっと魔力が微弱なのは感じてた。でも、それは本当の力をまだ隠しているだけだと思ってた。でも違うのね。こんなに弱っていたなんて」
 第二形態、第三形態でもあると思ったのか? 残念ながらこれが我の真の姿よ。

「ふん……、我に慈悲を、かけるか、ダリアよ。ずっと……我は、キサマたちを騙し続けていたのだぞ……」
 我を恨め。我が恨んでいたように。
 くだらぬ偽善など、我には必要ない。

「じゃあさ、あの子も、ミモザちゃんも騙してたの?」
「…………そうだ。そうに、決まっておる、だろう」
 ミモザは利用するためにそばに置いていただけ。そのはずだ。

「フィー、どうやらキミは人を騙すのがつくづく苦手らしいな」
 ロータスの声が聞こえる。ああ、もうそんなに近くにいたのか。
「早く我を殺せ、ロータス……これ以上、無様な姿を晒したくはない。こんな幼子の姿では、躊躇ってしまうか? ハハハ……情けない勇者だ」

「……今日は、ミモザのお店にいたそうだね」
「そうだ」
「この街の人たちの幸せな顔はどうだった」
「……不快だったよ。我にとってはな」
「だと思ったよ」

「ぁ……、魔王は人々の負の感情を糧にする……」
 何かにハッと気付いたような声が聞こえた。察してほしくはなかった。
 そうだ、それはつまり、我にとって人々の幸福など毒も同然だ。

 今日は、そうだな。
 あの店にいて、カウンターの前に立って、パエデロスの住民たちの感情を垣間見れた。その殆どが、曇りなき晴れ晴れとしたものばかりだった。

 我がのんびりしている間に、勇者たちが築き上げてきたものがあのように実を結ぶ形となり、なけなしの魔力すらすっかり空っぽにさせられたわけだ。

 結局、勇者たちのおかげで、我はまた魔力を失ってしまったのだ。

「我は、どうかしてしまったようだ……。自分でも自分が、何をしたいのか分からなくなってしまった……。ロータス、キサマに復讐を誓ったというのに、どうしてだろうなぁ……、どうして我はキサマに見下ろされているのだ? どうして我はキサマに指一本触れることもできないのだ?」

「フィー、キミが一番躊躇っていたからだよ。本当はもっと早く俺の首を取りに来れたはずだ。そうしなかったから、キミは俺に負けた」
「またしても完敗か。情けない……かつての魔王が臆病風に吹かれて勇者を仕留め損ねるとは……」

「違うよ。キミが躊躇ったのは俺を殺すことじゃない。大切なものを失いたくなかったからだ。キミの大切なもの、それは親友……そうミモザだ」

「ミモザ……」
 その名前を呟くだけで、苦しくなってしまう。
 アイツを手放したくはないなどと思ってしまう。
 人々の負の感情を糧に生きてきた我が、こんな感情を抱くとはとんだ皮肉だ。

 ミモザの眩い笑顔をそばで見ているだけで、我はその力を失い続けていた。
 それでも、ずっとアイツのそばにいたいと願ってしまった。
 ミモザのあの笑顔ずっとそばで見ていたいと望んでしまっていた。
 それがこの結果。それがこの様なんだ。

 勇者を殺して、アイツに軽蔑などされたくなかった。
 この街を破壊して、アイツを危険な目に遭わせたくなかった。
 再び魔王として君臨して、アイツが我のもとから離れていくのが怖かった。

「何が魔王だ。ただひとりの友を失うのを恐れて復讐を躊躇うなど……聞いて呆れるわ」


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 かつて、我が魔王軍を率いていたとき、今のような脆弱な身体ではなかった。
 だが、それでも我は勇者とその仲間たちに敗れた。
 なら、今はどうだろう。勝ち目はあるのか?
 勇者ロータスが聖剣を構えている。
 あのときと一緒だ。あの聖剣が我の心臓を貫いたのだ。我の魔力の全てを消失させる力を持った勇者の聖剣。
 今度復活するとしたらどれくらい掛かるだろう。
 今の我は既に抜け殻みたいなものだ。十年、はたまた百年は掛かるかもしれん。
 ひょっとすると、そんな先の未来では我の糧となる負の感情さえもなくなっているかもしれない。そうしたら二度と蘇ることはない。
「まったく、よくぞ見破ったものだな。もう少しこの街に馴染めていれば、勇者の首も取れていたかもしれん。そう思うと口惜しいものよ」
「やはり、最初から俺たちを欺いていたのか?」
「そうだ、その通りだ。くっくっく……情けない話よ。人間の世界に忍び込むのがこんなにも難しいとは」
 バカな失敗も多かった。よくぞ今日までバレなかったものだ。
 しかし、バレるときはこうもアッサリとバレてしまうとは。
「フィーちゃん、どうかウソだと言ってくれませんか? あなたが私たちを騙していただなんて、信じられません。本当のことを」
「よせ、マルペル。魔王の言葉を乞うな。最初からお前らを騙してたんだよ」
「ふふふ……、ふはは……ふははははははははははっ!!!! さあ、勇者どもよ、どうする? 躊躇ってくれるのなら今日までの意味が成ったというものよ」
 そうさ、我は悪役。
 お前らの築き上げてきた平和を、治安を破壊する、悪役令嬢だ。
「くっ……」
 ダリアが動く。再び手の先から魔法の弾丸が迸る。
 今の我には弾くのが精一杯だ。実のところ、後何回も弾くことはできない。
「どうした? その程度でもう終わりか?」
 我はもう、一回刺されただけでも死ぬぞ。
 この戦いに勝ち目など、勝機など残されてはいない。
 ここに呼び出された時点でとうに復讐に失敗したのだ。
 もはや足掻くことしかできない。
「こないなら、こちらから行くぞ……」
 我の全ての魔力を使い切り、最後の魔法を唱える――
「|叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの《ウサギトネコトショウネンノユメ》ッ!!!!」
 我の持っていた魔石が、一つ残らず粉々に砕け散るのを感じた。
 我を中心にして無数の闇の柱が天を射していく。それは槍の形を成し、地上にいる対象を貫く雨となる。
 天から降り注ぐ魔法の槍の串刺しとなるがいい。
 身体のあちこちから力が抜けていく。
 今にも全身が干からびてしまいそうだった。
 これ以上はもう何もできそうになかった。
 はたして、勇者どもには少しでも手傷を負わせられただろうか。
 そんな願いも虚しく、草っ原にいくつかの穴がぽっかりと空いた程度で、肝心の勇者どもには掠り傷一つなかった。
 ああ、マルペルの加護か。そんな術式もあったな。
 光の壁に遮られて、我の闇の槍は刺さりもしなかったとはな。
 立っていることすら、もう辛くなってきた。
 どうして我はこんなにも無力なのだろうな。
 ああ、そうだ。目の前にいる憎き勇者が、その聖剣で我を貫いたからだ。
 悔しい。悔しいなぁ。
 大人しく数百年、人間どもから隠れて過ごせばよかったのだろうか。
 勇者どもに復讐したかっただけなのに。
 何もかも、上手くいかないものだ。
「このぉっ!」
 ダリアが魔法の弾丸を放つ。もう無理だ。
 弾けないし、避けられないし、反応すらできない。
 無様なほど直撃し、我の身体はそのままゴミのように吹っ飛ぶ。
 地面に落ちて、転がり、我の身体も泥まみれだ。
 情けない。なんと情けない。これがかつての魔王の姿とは。
 立ち上がる力すらもうない。
 勇者には力を奪われ、魔王軍からは追放され、復讐を誓うもこの有様よ。
 ざまあないな。
「フィー……? アンタまさか……」
「なんだ、もう終わりなのか?」
 ハハハ、人間どもが我を見下ろしておるわ。
 滑稽だろうな。笑うがいいさ。
「だったらトドメを――」
「待って、リンドー! この子、もう魔力も何も感じない」
「だからどうした? 弱ってるからって見逃すわけにもいかんだろう」
「……ごめん。もう少しだけ、ちょっとでいいから話させて」
 草を蹴る足音が近づいてくる。
「ずっと魔力が微弱なのは感じてた。でも、それは本当の力をまだ隠しているだけだと思ってた。でも違うのね。こんなに弱っていたなんて」
 第二形態、第三形態でもあると思ったのか? 残念ながらこれが我の真の姿よ。
「ふん……、我に慈悲を、かけるか、ダリアよ。ずっと……我は、キサマたちを騙し続けていたのだぞ……」
 我を恨め。我が恨んでいたように。
 くだらぬ偽善など、我には必要ない。
「じゃあさ、あの子も、ミモザちゃんも騙してたの?」
「…………そうだ。そうに、決まっておる、だろう」
 ミモザは利用するためにそばに置いていただけ。そのはずだ。
「フィー、どうやらキミは人を騙すのがつくづく苦手らしいな」
 ロータスの声が聞こえる。ああ、もうそんなに近くにいたのか。
「早く我を殺せ、ロータス……これ以上、無様な姿を晒したくはない。こんな幼子の姿では、躊躇ってしまうか? ハハハ……情けない勇者だ」
「……今日は、ミモザのお店にいたそうだね」
「そうだ」
「この街の人たちの幸せな顔はどうだった」
「……不快だったよ。我にとってはな」
「だと思ったよ」
「ぁ……、魔王は人々の負の感情を糧にする……」
 何かにハッと気付いたような声が聞こえた。察してほしくはなかった。
 そうだ、それはつまり、我にとって人々の幸福など毒も同然だ。
 今日は、そうだな。
 あの店にいて、カウンターの前に立って、パエデロスの住民たちの感情を垣間見れた。その殆どが、曇りなき晴れ晴れとしたものばかりだった。
 我がのんびりしている間に、勇者たちが築き上げてきたものがあのように実を結ぶ形となり、なけなしの魔力すらすっかり空っぽにさせられたわけだ。
 結局、勇者たちのおかげで、我はまた魔力を失ってしまったのだ。
「我は、どうかしてしまったようだ……。自分でも自分が、何をしたいのか分からなくなってしまった……。ロータス、キサマに復讐を誓ったというのに、どうしてだろうなぁ……、どうして我はキサマに見下ろされているのだ? どうして我はキサマに指一本触れることもできないのだ?」
「フィー、キミが一番躊躇っていたからだよ。本当はもっと早く俺の首を取りに来れたはずだ。そうしなかったから、キミは俺に負けた」
「またしても完敗か。情けない……かつての魔王が臆病風に吹かれて勇者を仕留め損ねるとは……」
「違うよ。キミが躊躇ったのは俺を殺すことじゃない。大切なものを失いたくなかったからだ。キミの大切なもの、それは親友……そうミモザだ」
「ミモザ……」
 その名前を呟くだけで、苦しくなってしまう。
 アイツを手放したくはないなどと思ってしまう。
 人々の負の感情を糧に生きてきた我が、こんな感情を抱くとはとんだ皮肉だ。
 ミモザの眩い笑顔をそばで見ているだけで、我はその力を失い続けていた。
 それでも、ずっとアイツのそばにいたいと願ってしまった。
 ミモザのあの笑顔ずっとそばで見ていたいと望んでしまっていた。
 それがこの結果。それがこの様なんだ。
 勇者を殺して、アイツに軽蔑などされたくなかった。
 この街を破壊して、アイツを危険な目に遭わせたくなかった。
 再び魔王として君臨して、アイツが我のもとから離れていくのが怖かった。
「何が魔王だ。ただひとりの友を失うのを恐れて復讐を躊躇うなど……聞いて呆れるわ」