第21話 開店

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 近頃の我はどうかしているのかもしれない。自分が思う以上に自分が何をしたいのか、分からなくなってしまった。

 今、我が辺境の地にして発展途上の街パエデロスにいるのは、勇者への復讐を心に誓ったからだ。我の野望を打ち砕いた憎き勇者を葬り、我はもう一度魔王としてこの世界に君臨する。

 そのための準備ならいくらでもしてきたつもりだ。

 人間の社会に紛れ込むために、まず金と地位を得た。
 勇者を討つための力も微弱ながらも積み上げてきた。

 魔王軍を追放された身ではあるが、例え単身でも勇者を討つ覚悟も決めてきた。
 そのはずだ。そのはずのつもりだ。

 勇者は、この街、パエデロスを拠点とし、治安維持のために日夜街とその周辺を巡回し、今日(こんにち)も疲弊している。

 この街から勇者がいなくなれば、治安が不安定なこの街は壊れるだろう。
 我の望むチャンスは、もう目前。手を伸ばせば直ぐ届く位置にまで来ている。

 しかし、どうしたものだろう。踏み切れない自分がいる。
 我は何を迷っている? 勇者を倒すためにここまできたのではないのか?

 我はまだ、勇者を恐れているのだろうか。
 それとも、回り道をしている間に復讐心が薄れてしまったのだろうか。
 分からん。まったくもって、我はどうしてしまったのやら。

 ※ ※ ※

「ミモザ、この花はこんなところでいいか?」
「はい、とってもキレイれしゅ」
 窓際に置いた花瓶の位置を確かめながらも、せっせせっせと準備に取りかかるミモザに訊ねる。今日はいよいよミモザの店の開店日だった。

 本当は立ち会うくらいにしておくつもりが、いつの間にか心配になりすぎて開店準備を手伝っていた。

 店に周囲には我のボディガードを数人、そして店内にも使用人を何人か呼んで待機させている。よからぬ輩がミモザの店を荒らさぬようにだ。

「はふぅ……ドキドキしましゅ」
「なぁに、緊張することなどない。しばらくは使用人の手も貸してやるのだ。いつも市場でやっているように売ればいいだけだ」
「がんばりまふっ!」
 不安や戸惑いを隠せない表情ではあったが、それでもミモザは強く意気込む。

「早く稼げるようになって、人も雇えるようになって、それでそれでぇ、一人前になったらフィーしゃんに沢山おかえししまふからっ」
「ふははははっ、楽しみにしておるぞ!」
 もっとも、既に魔具の技術者としてはお前はとっくに一人前だがな。

「フィーお嬢様、ミモザ様。大変でございます」
 窓の外を見ていた使用人の一人が血相を変えた様子でこちらを向く。

「なんだ、どうした? 申してみよ」
「既に店の前にお客様が……」
「ほ、本当れふか!?」

 やけに外が賑やかだなと思っていた。まさかまさかと窓の外を見てみると、確かにこの店の入り口の前に人が集まっている。

 新店舗なのだから多少なりの数は考えていたが、これは少し予想外の数だ。
 開店する少し前から宣伝も確かにしてはいたが、それは我とミモザが店の前でビラを配っていた程度。
 さすがに、ここまで行列になるほどの成果は期待していなかった。

 この店で売る魔具は、もう今までのように安価なものではない。
 ダリアの指定してきた料金表に見合う金額にしてあるから、ブロン硬貨を束にしたって足りないぞ。一体何を勘違いしておるのだ、コイツらは。

 よもやパン屋か何かと思っておるのではあるまいな。

「フィーお嬢様、ミモザ様、そろそろ開店時刻になります」
「はわわわわわわわぁ……」
「みな定位置に付け。店を開けるぞ」
 高ぶる緊張をよそに、ミモザの店の扉が開かれる。
 それは驚くような勢いだった。まるで人間という名の洪水だった。

 何が珍しくてそんなに集まってきたのか理解に苦しむ。
 だが、ミモザの店が繁盛してくれるなら細かいことはどうでもいいだろう。

 矢継ぎ早に客は押し寄せて、ミモザの魔具を買い求めていく。
 やはり使用人たちを呼んでおいて正解だった。滞りなく上手く回せている。

 ただ、肝心の店長であるはずのミモザは目を回してしまっていた。

「は、はひぃ、あ、あの、ええと……これは……」
「これは8シルバだ。明かりを灯す魔石でな、ランプよりもずっと明るいぞ。洞窟に潜るときに役立つだろう」
 さすがにマズイ、と思い、横からカウンターに割り込む。
「なるほど、便利そうだ。8シルバね、はい」
 客はあっさりと金を置いて、サッと立ち去っていく。

「あぅ……ごめんなしゃい……」
「落ち着け、ミモザ。いつもの通り、いつもの通りだ」
「う、うん」
 ミモザの両手をグッと握る。お互いの小さな手が震えていたが、やがて収まる。
 そしてミモザは小さくフゥと息をし、瞬きをした。
「ありがとうフィーさん、もう大丈夫れす」

「すみません、これください」
「はいっ! これはでふね――――」
 どうやら上手く切り替えられたようだ。

「あのー、これってどうやって使うんですか?」
「ん? 我に言っておるのか? ふむ、これはだな――――」
 カウンターの横に立っておるせいで店員と勘違いされてしまったらしい。だが、こう店内が忙しいのであれば仕方ない。我が直々に手を貸してやろうではないか。

 幸い、この店に並んでいる魔具のことならミモザと同じくらいに詳しい。
 何せ造っている工程も見ていたし、何だったら効力もその目で確かめている。
 客の応対くらいなら造作もないことよ。

「ねえねえ、店員さん、この魔具ってどういう仕組みなの?」
「ふぁい、これはれしゅねぇ――――」
 それにしても気のせいか、我とミモザのところだけヤケに客が集中しておるような気がするのだが……。

「なあ、店員ちゃん。キミはいくらで売ってくれるのかな?」
「無礼なっ! 我は商品ではないわ!」
「はは、冗談さ。この魔具をいただくとするよ。いくらだい?」

 まったく、なんで我がこんなことを……。

 ※ ※ ※

 客足が落ち着いてくる頃には我もミモザも、果てや使用人やボディガードの連中もくたくたになってしまっていた。
 この日のためにミモザも張り切って沢山の魔具を用意してきていたのだが、驚くことに数日分先の在庫まで捌けていた。

 まさか初日に店の在庫丸ごと売れるとは予想していなかった。
 あいにくと基本的にはミモザの造った魔具を並べるつもりでいたため、この店は仕入れるルートを確保していない。よって、開店して早々休業ということになる。

 これはさすがに見通しが甘かったのかもしれない。

「はひぃー……ちゅかれましらぁ……」
「よく頑張ったな、ミモザ」
 労いにカウンターの上に突っ伏すミモザの頭を撫でてやる。
 普段の市場ではこんなにも客が押し寄せたことなどなかっただろう。

 売り上げもかなりな額だ。へとへとの使用人たちが今、数えているところだが、この分だと我の提示した借金完済もそう長くはないような気がする。
 ジャラジャラと目の前のシルバ硬貨、ゴルド硬貨が山になっている。

「ごめんなしゃい、フィーしゃんまで手伝わせてしまって」
「気にすることはない。我も好きでやったのだからな」

 結局どういうわけか、終始、我とミモザへの客が尋常じゃなく集中していた。
 時折チップのつもりなのか何なのか知らないが多めに支払う客もいて、これがまた想定以上の利益になっていた。
 ひょっとするとミモザ、我よりも金持ちになってしまうかもしれんな。

 しかし、何故だろう。ふと借金なんて完済しなくていいと思ってしまったのは。
 こんな日が続けばいい、などと思ってしまったのは。

 我は一体、何を望んでいるのだろうか。
 ミモザのくたくたの笑みを見て、また我は我が分からなくなった。


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 近頃の我はどうかしているのかもしれない。自分が思う以上に自分が何をしたいのか、分からなくなってしまった。
 今、我が辺境の地にして発展途上の街パエデロスにいるのは、勇者への復讐を心に誓ったからだ。我の野望を打ち砕いた憎き勇者を葬り、我はもう一度魔王としてこの世界に君臨する。
 そのための準備ならいくらでもしてきたつもりだ。
 人間の社会に紛れ込むために、まず金と地位を得た。
 勇者を討つための力も微弱ながらも積み上げてきた。
 魔王軍を追放された身ではあるが、例え単身でも勇者を討つ覚悟も決めてきた。
 そのはずだ。そのはずのつもりだ。
 勇者は、この街、パエデロスを拠点とし、治安維持のために日夜街とその周辺を巡回し、今日《こんにち》も疲弊している。
 この街から勇者がいなくなれば、治安が不安定なこの街は壊れるだろう。
 我の望むチャンスは、もう目前。手を伸ばせば直ぐ届く位置にまで来ている。
 しかし、どうしたものだろう。踏み切れない自分がいる。
 我は何を迷っている? 勇者を倒すためにここまできたのではないのか?
 我はまだ、勇者を恐れているのだろうか。
 それとも、回り道をしている間に復讐心が薄れてしまったのだろうか。
 分からん。まったくもって、我はどうしてしまったのやら。
 ※ ※ ※
「ミモザ、この花はこんなところでいいか?」
「はい、とってもキレイれしゅ」
 窓際に置いた花瓶の位置を確かめながらも、せっせせっせと準備に取りかかるミモザに訊ねる。今日はいよいよミモザの店の開店日だった。
 本当は立ち会うくらいにしておくつもりが、いつの間にか心配になりすぎて開店準備を手伝っていた。
 店に周囲には我のボディガードを数人、そして店内にも使用人を何人か呼んで待機させている。よからぬ輩がミモザの店を荒らさぬようにだ。
「はふぅ……ドキドキしましゅ」
「なぁに、緊張することなどない。しばらくは使用人の手も貸してやるのだ。いつも市場でやっているように売ればいいだけだ」
「がんばりまふっ!」
 不安や戸惑いを隠せない表情ではあったが、それでもミモザは強く意気込む。
「早く稼げるようになって、人も雇えるようになって、それでそれでぇ、一人前になったらフィーしゃんに沢山おかえししまふからっ」
「ふははははっ、楽しみにしておるぞ!」
 もっとも、既に魔具の技術者としてはお前はとっくに一人前だがな。
「フィーお嬢様、ミモザ様。大変でございます」
 窓の外を見ていた使用人の一人が血相を変えた様子でこちらを向く。
「なんだ、どうした? 申してみよ」
「既に店の前にお客様が……」
「ほ、本当れふか!?」
 やけに外が賑やかだなと思っていた。まさかまさかと窓の外を見てみると、確かにこの店の入り口の前に人が集まっている。
 新店舗なのだから多少なりの数は考えていたが、これは少し予想外の数だ。
 開店する少し前から宣伝も確かにしてはいたが、それは我とミモザが店の前でビラを配っていた程度。
 さすがに、ここまで行列になるほどの成果は期待していなかった。
 この店で売る魔具は、もう今までのように安価なものではない。
 ダリアの指定してきた料金表に見合う金額にしてあるから、ブロン硬貨を束にしたって足りないぞ。一体何を勘違いしておるのだ、コイツらは。
 よもやパン屋か何かと思っておるのではあるまいな。
「フィーお嬢様、ミモザ様、そろそろ開店時刻になります」
「はわわわわわわわぁ……」
「みな定位置に付け。店を開けるぞ」
 高ぶる緊張をよそに、ミモザの店の扉が開かれる。
 それは驚くような勢いだった。まるで人間という名の洪水だった。
 何が珍しくてそんなに集まってきたのか理解に苦しむ。
 だが、ミモザの店が繁盛してくれるなら細かいことはどうでもいいだろう。
 矢継ぎ早に客は押し寄せて、ミモザの魔具を買い求めていく。
 やはり使用人たちを呼んでおいて正解だった。滞りなく上手く回せている。
 ただ、肝心の店長であるはずのミモザは目を回してしまっていた。
「は、はひぃ、あ、あの、ええと……これは……」
「これは8シルバだ。明かりを灯す魔石でな、ランプよりもずっと明るいぞ。洞窟に潜るときに役立つだろう」
 さすがにマズイ、と思い、横からカウンターに割り込む。
「なるほど、便利そうだ。8シルバね、はい」
 客はあっさりと金を置いて、サッと立ち去っていく。
「あぅ……ごめんなしゃい……」
「落ち着け、ミモザ。いつもの通り、いつもの通りだ」
「う、うん」
 ミモザの両手をグッと握る。お互いの小さな手が震えていたが、やがて収まる。
 そしてミモザは小さくフゥと息をし、瞬きをした。
「ありがとうフィーさん、もう大丈夫れす」
「すみません、これください」
「はいっ! これはでふね――――」
 どうやら上手く切り替えられたようだ。
「あのー、これってどうやって使うんですか?」
「ん? 我に言っておるのか? ふむ、これはだな――――」
 カウンターの横に立っておるせいで店員と勘違いされてしまったらしい。だが、こう店内が忙しいのであれば仕方ない。我が直々に手を貸してやろうではないか。
 幸い、この店に並んでいる魔具のことならミモザと同じくらいに詳しい。
 何せ造っている工程も見ていたし、何だったら効力もその目で確かめている。
 客の応対くらいなら造作もないことよ。
「ねえねえ、店員さん、この魔具ってどういう仕組みなの?」
「ふぁい、これはれしゅねぇ――――」
 それにしても気のせいか、我とミモザのところだけヤケに客が集中しておるような気がするのだが……。
「なあ、店員ちゃん。キミはいくらで売ってくれるのかな?」
「無礼なっ! 我は商品ではないわ!」
「はは、冗談さ。この魔具をいただくとするよ。いくらだい?」
 まったく、なんで我がこんなことを……。
 ※ ※ ※
 客足が落ち着いてくる頃には我もミモザも、果てや使用人やボディガードの連中もくたくたになってしまっていた。
 この日のためにミモザも張り切って沢山の魔具を用意してきていたのだが、驚くことに数日分先の在庫まで捌けていた。
 まさか初日に店の在庫丸ごと売れるとは予想していなかった。
 あいにくと基本的にはミモザの造った魔具を並べるつもりでいたため、この店は仕入れるルートを確保していない。よって、開店して早々休業ということになる。
 これはさすがに見通しが甘かったのかもしれない。
「はひぃー……ちゅかれましらぁ……」
「よく頑張ったな、ミモザ」
 労いにカウンターの上に突っ伏すミモザの頭を撫でてやる。
 普段の市場ではこんなにも客が押し寄せたことなどなかっただろう。
 売り上げもかなりな額だ。へとへとの使用人たちが今、数えているところだが、この分だと我の提示した借金完済もそう長くはないような気がする。
 ジャラジャラと目の前のシルバ硬貨、ゴルド硬貨が山になっている。
「ごめんなしゃい、フィーしゃんまで手伝わせてしまって」
「気にすることはない。我も好きでやったのだからな」
 結局どういうわけか、終始、我とミモザへの客が尋常じゃなく集中していた。
 時折チップのつもりなのか何なのか知らないが多めに支払う客もいて、これがまた想定以上の利益になっていた。
 ひょっとするとミモザ、我よりも金持ちになってしまうかもしれんな。
 しかし、何故だろう。ふと借金なんて完済しなくていいと思ってしまったのは。
 こんな日が続けばいい、などと思ってしまったのは。
 我は一体、何を望んでいるのだろうか。
 ミモザのくたくたの笑みを見て、また我は我が分からなくなった。