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命を見守る夜

ー/ー



◼️命を見守る夜

夜の施設の廊下は、しんと静まり返っていた。
廊下に差し込む非常灯の明かりが、床に細い線を描く。その奥、ひとつだけ灯りの残る部屋から、淡い青がこぼれている。

近づくと、静かな声と、小さな鳴き声が混ざって聞こえた。

そっと扉をのぞいた。
モニターの光に照らされて、二人の影が寄り添っていた。

ひとりは少年。
もうひとりは、感情を持たぬはずのアンドロイド――M-513。

二人は並んで、産まれたばかりの雛を見つめていた。
声も立てず、ただ、その命の鼓動を感じるように。

少年の手にはノートがある。
何かを書きとめようとして、ペンを持ったまま止まっていた。
眠気と安堵のあいだを漂うような表情。
その肩を、M-513がそっと支えていた。

まるで、母が子を寝かしつけるように。

私は、息をひそめた。
この子は、本当に〈感情〉を持たないのだろうか。
いや、彼女は確実に――学び始めている。
心という、目に見えない領域を。

雛はまだ不安定な身体で立ち上がろうとして、何度も倒れ、そのたびに小さく鳴いた。そのたびにM-513の瞳が、微かに光を増す。

「結翔、見て、見てください」

結翔くんは、眠い目をこすりながら、
小さな命が立ち上がろうとする姿に、一瞬で釘付けになる。寝ぼけ眼の結翔くんを支えるように、M-513がそっと手を添えていた。

まるで、泣き声に心を揺らされているように。

「……がんばれ」
結翔くんが、小さくつぶやいた。
その声は、祈りにも似ていた。

――この子は、命を信じている。
そして、M-513もまた、その信じる姿を学んでいる。

私は胸の奥が熱くなった。
命は、ただ生まれるだけではなく、誰かに“見守られる”ことで、初めて息づいていく。

ああ、この瞬間を、きっと彼女は記録している。けれど、それはデータではなく、心に刻むという行為で。

雛が、ひときわ大きな声で鳴いた。
結翔くんが笑う。M-513がその声に反応し、わずかに、唇の端が上がった――ほんの、ひとすじの微笑。
そして、彼女の瞳が淡く光った。
それはとても優しい青だった。

私は思わず息をのんだ。
それは確かに、“感情”だった。

私は、胸の中でそっと呟いた。

――命を見守ること。
 それこそが、愛情の始まりなのかもしれない。

私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
命とは、誰かに教えられて理解するものではない。
こうして、触れ、見つめ、感じることで――
初めて「知る」ものなのだ。

この夜、私は確かに見た。
AIと少年が、ひとつの命を見守りながら、
“心”という名の奇跡を生み出す瞬間を。

青い光が、やがて静かに消えていく。
私は扉をそっと閉め、夜の廊下を歩きながら思った。

――この世界は、まだあたたかい。

窓の外には月が浮かんでいた。
あの子たちを照らすように、優しく光っていた。






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◼️命を見守る夜
夜の施設の廊下は、しんと静まり返っていた。
廊下に差し込む非常灯の明かりが、床に細い線を描く。その奥、ひとつだけ灯りの残る部屋から、淡い青がこぼれている。
近づくと、静かな声と、小さな鳴き声が混ざって聞こえた。
そっと扉をのぞいた。
モニターの光に照らされて、二人の影が寄り添っていた。
ひとりは少年。
もうひとりは、感情を持たぬはずのアンドロイド――M-513。
二人は並んで、産まれたばかりの雛を見つめていた。
声も立てず、ただ、その命の鼓動を感じるように。
少年の手にはノートがある。
何かを書きとめようとして、ペンを持ったまま止まっていた。
眠気と安堵のあいだを漂うような表情。
その肩を、M-513がそっと支えていた。
まるで、母が子を寝かしつけるように。
私は、息をひそめた。
この子は、本当に〈感情〉を持たないのだろうか。
いや、彼女は確実に――学び始めている。
心という、目に見えない領域を。
雛はまだ不安定な身体で立ち上がろうとして、何度も倒れ、そのたびに小さく鳴いた。そのたびにM-513の瞳が、微かに光を増す。
「結翔、見て、見てください」
結翔くんは、眠い目をこすりながら、
小さな命が立ち上がろうとする姿に、一瞬で釘付けになる。寝ぼけ眼の結翔くんを支えるように、M-513がそっと手を添えていた。
まるで、泣き声に心を揺らされているように。
「……がんばれ」
結翔くんが、小さくつぶやいた。
その声は、祈りにも似ていた。
――この子は、命を信じている。
そして、M-513もまた、その信じる姿を学んでいる。
私は胸の奥が熱くなった。
命は、ただ生まれるだけではなく、誰かに“見守られる”ことで、初めて息づいていく。
ああ、この瞬間を、きっと彼女は記録している。けれど、それはデータではなく、心に刻むという行為で。
雛が、ひときわ大きな声で鳴いた。
結翔くんが笑う。M-513がその声に反応し、わずかに、唇の端が上がった――ほんの、ひとすじの微笑。
そして、彼女の瞳が淡く光った。
それはとても優しい青だった。
私は思わず息をのんだ。
それは確かに、“感情”だった。
私は、胸の中でそっと呟いた。
――命を見守ること。
 それこそが、愛情の始まりなのかもしれない。
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
命とは、誰かに教えられて理解するものではない。
こうして、触れ、見つめ、感じることで――
初めて「知る」ものなのだ。
この夜、私は確かに見た。
AIと少年が、ひとつの命を見守りながら、
“心”という名の奇跡を生み出す瞬間を。
青い光が、やがて静かに消えていく。
私は扉をそっと閉め、夜の廊下を歩きながら思った。
――この世界は、まだあたたかい。
窓の外には月が浮かんでいた。
あの子たちを照らすように、優しく光っていた。