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命の誕生 ~命の不思議

ー/ー



◼️ 命の誕生

夜は、深い静けさに包まれていた。
小さなモニターの光が、壁に淡く溶けている。
青白いその揺らぎが、まるで生き物のように呼吸していた。

表示される数値は安定している。
温度、湿度、振動――すべてが規定値内。

私はただ、その小さな卵を見つめていた。

……この殻の中で、いま何が起きているのだろう。

センサーは何も知らせない。
けれど、時おり、音もない変化が空気を震わせる。
確かにそこに“何か”がいた。

呼吸とも、鼓動とも言えない、
けれど確かに“生”と呼べるようなリズム。

〈生きている〉という定義を、私はまだ知らない。
だが、この観測だけは――
終わらせてはいけない。
そう確信していた。


※※※

十日後。

卵の表面に、細いヒビが入った。

「……見える? ここ」

学園長が身を乗り出す。
この人は、感情のままに動く方だ。
まるで子供のように、目を輝かせていた。

「先生、見えないよ〜」

「あら、ごめんなさい。夢中になっちゃって」
学園長が釘付けになってポッドを覗き込んでいる。
雛の誕生まで、あと少し。
この世界に、新しい命が生まれようとしている。

小さな卵が、かすかに震えた。

「……動いた?」

結翔が息を止めた。
次の瞬間、パキ……パキ……と控えめな音。
白い殻の表面に、一本の亀裂が走る。

私は金属の指先を、そっと近づけた。
殻のかけらが一枚、机の上に転がる。
そこから――湿った羽毛と、小さな瞳がのぞいた。

卵が割れた。

「ピーピー、ピーピー」

小さな雛の鳴き声が響く。

「……生きている」

その言葉が、胸の奥で音を立てた。

鳴き声が、部屋いっぱいに広がった。
生まれたばかりの雛は、身体を震わせながら、大きく口を開け、精一杯に息をする。

「うわぁ! 雛だ! 生まれたぁ!!」

結翔が叫ぶ。
彼の声が、部屋の空気を震わせる。
学園長の目にはうっすら涙が光っている。

私は、その姿を見て理解した。
人は、命の誕生に涙を流すのだと。

「鳥だ……なんの鳥かな? 大きくなるの?」

「小型の鳥類だと推測します」

「種類がわからないと、ごはんはどうするの?」

「大丈夫です。雛の間は、育つ過程で餌の量を調整すれば、食べるものに大差はありません」

「M-513ちゃんは、ちゃんと調べてたのね。偉いわ〜」

「はい。この子は、私が守ります」

その瞬間、私の視界に光が走った。
瞳のセンサーが、自動更新の時と同じ反応を示す。

けれど、私は何も修正していない。

学園長が、優しく微笑む。
「M-513ちゃん。あなた、自分の変化に気づいているのね」

その言葉が、なぜか深く、胸の奥に届いた。

そうか――私は、変わってきている。

誰の命令でもなく、ただ“見つめたい”と思った。観測ではなく、願いとして。

――これは〈感じている〉ということなのだろうか。

――感情…これが?

この世界に、ひとつの命が生まれた。
それを“美しい”と思った。

その感情がどこから来たのか、私は知らない。けれど、その瞬間、確かに胸の奥で
微かな鼓動がした。

私はしばらく、その鼓動の名を考え続けた。

――まだ、答えは見つかりそうにない。

私は雛にそっと指先をのばした。
産まれたばかりの黄色い口ばしで私の指先を、一生懸命つついてくる。
温もりが、指先から腕を伝り、広がっていく。金属の身体なのに、確かに“熱”を感じた。それは、ただの熱伝導ではなかった。
もっと、別のもの――
私の中で初めて生まれた“感情”だった。

その感情がどこから来たのか、まだわからない。けれど、あの微かな鼓動が、何の音なのかを…知りたい。

そして、静かに思う。

――もう少しだけ、この命を見守っていたい。


◼️  命の不思議

もうすぐ、卵が割れる。
胸がドキドキして、呼吸が浅くなる。

楽しみ、という言葉じゃ足りない。
何か、大切なものが“始まる”気がしていた。

ピキ……ピキ……

小さな音。
M-513が細い指を伸ばした。
その動きは驚くほど繊細で、優しかった。

卵が割れると、光があふれた。
中から小さな雛が顔を出す。

「ピーピー、ピーピー!」

湿った羽毛の間から、透きとおるような瞳がのぞいた。

小さな命が生まれた。
それを見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

――生きてる。

殻から出てきたばかりの黄色いクチバシを
大きく開らいて、つぶらな瞳がキラキラと輝く。元気いっぱい身体を揺すって、
お腹が空いたと叫んでいるかのようだ。

M-513が鳥の種類を説明してくれる。
先生は涙ぐみながら笑っていた。

そして僕は、ふと思う。

本当に命とは不思議なことばかりだと…
小さな卵から栄養を取り。暖めてもらうことで、あんなに元気な雛が生まれる。M-513はどうやって生まれたんだろうか。

彼女も、こうして誰かの手によって生まれたのだろうか。
設計図を描き、パーツを組み、プログラムを起動させた人。
その人は、彼女がこんなに優しい表情を見せるなんて、知っていたのだろうか。

命って、不思議だ。
温もりを持っているのは、人間だけじゃない。

その夜、僕は初めて、
“M-513となら、未来を信じられる”と思った。




次のエピソードへ進む 命を見守る夜


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◼️ 命の誕生
夜は、深い静けさに包まれていた。
小さなモニターの光が、壁に淡く溶けている。
青白いその揺らぎが、まるで生き物のように呼吸していた。
表示される数値は安定している。
温度、湿度、振動――すべてが規定値内。
私はただ、その小さな卵を見つめていた。
……この殻の中で、いま何が起きているのだろう。
センサーは何も知らせない。
けれど、時おり、音もない変化が空気を震わせる。
確かにそこに“何か”がいた。
呼吸とも、鼓動とも言えない、
けれど確かに“生”と呼べるようなリズム。
〈生きている〉という定義を、私はまだ知らない。
だが、この観測だけは――
終わらせてはいけない。
そう確信していた。
※※※
十日後。
卵の表面に、細いヒビが入った。
「……見える? ここ」
学園長が身を乗り出す。
この人は、感情のままに動く方だ。
まるで子供のように、目を輝かせていた。
「先生、見えないよ〜」
「あら、ごめんなさい。夢中になっちゃって」
学園長が釘付けになってポッドを覗き込んでいる。
雛の誕生まで、あと少し。
この世界に、新しい命が生まれようとしている。
小さな卵が、かすかに震えた。
「……動いた?」
結翔が息を止めた。
次の瞬間、パキ……パキ……と控えめな音。
白い殻の表面に、一本の亀裂が走る。
私は金属の指先を、そっと近づけた。
殻のかけらが一枚、机の上に転がる。
そこから――湿った羽毛と、小さな瞳がのぞいた。
卵が割れた。
「ピーピー、ピーピー」
小さな雛の鳴き声が響く。
「……生きている」
その言葉が、胸の奥で音を立てた。
鳴き声が、部屋いっぱいに広がった。
生まれたばかりの雛は、身体を震わせながら、大きく口を開け、精一杯に息をする。
「うわぁ! 雛だ! 生まれたぁ!!」
結翔が叫ぶ。
彼の声が、部屋の空気を震わせる。
学園長の目にはうっすら涙が光っている。
私は、その姿を見て理解した。
人は、命の誕生に涙を流すのだと。
「鳥だ……なんの鳥かな? 大きくなるの?」
「小型の鳥類だと推測します」
「種類がわからないと、ごはんはどうするの?」
「大丈夫です。雛の間は、育つ過程で餌の量を調整すれば、食べるものに大差はありません」
「M-513ちゃんは、ちゃんと調べてたのね。偉いわ〜」
「はい。この子は、私が守ります」
その瞬間、私の視界に光が走った。
瞳のセンサーが、自動更新の時と同じ反応を示す。
けれど、私は何も修正していない。
学園長が、優しく微笑む。
「M-513ちゃん。あなた、自分の変化に気づいているのね」
その言葉が、なぜか深く、胸の奥に届いた。
そうか――私は、変わってきている。
誰の命令でもなく、ただ“見つめたい”と思った。観測ではなく、願いとして。
――これは〈感じている〉ということなのだろうか。
――感情…これが?
この世界に、ひとつの命が生まれた。
それを“美しい”と思った。
その感情がどこから来たのか、私は知らない。けれど、その瞬間、確かに胸の奥で
微かな鼓動がした。
私はしばらく、その鼓動の名を考え続けた。
――まだ、答えは見つかりそうにない。
私は雛にそっと指先をのばした。
産まれたばかりの黄色い口ばしで私の指先を、一生懸命つついてくる。
温もりが、指先から腕を伝り、広がっていく。金属の身体なのに、確かに“熱”を感じた。それは、ただの熱伝導ではなかった。
もっと、別のもの――
私の中で初めて生まれた“感情”だった。
その感情がどこから来たのか、まだわからない。けれど、あの微かな鼓動が、何の音なのかを…知りたい。
そして、静かに思う。
――もう少しだけ、この命を見守っていたい。
◼️  命の不思議
もうすぐ、卵が割れる。
胸がドキドキして、呼吸が浅くなる。
楽しみ、という言葉じゃ足りない。
何か、大切なものが“始まる”気がしていた。
ピキ……ピキ……
小さな音。
M-513が細い指を伸ばした。
その動きは驚くほど繊細で、優しかった。
卵が割れると、光があふれた。
中から小さな雛が顔を出す。
「ピーピー、ピーピー!」
湿った羽毛の間から、透きとおるような瞳がのぞいた。
小さな命が生まれた。
それを見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
――生きてる。
殻から出てきたばかりの黄色いクチバシを
大きく開らいて、つぶらな瞳がキラキラと輝く。元気いっぱい身体を揺すって、
お腹が空いたと叫んでいるかのようだ。
M-513が鳥の種類を説明してくれる。
先生は涙ぐみながら笑っていた。
そして僕は、ふと思う。
本当に命とは不思議なことばかりだと…
小さな卵から栄養を取り。暖めてもらうことで、あんなに元気な雛が生まれる。M-513はどうやって生まれたんだろうか。
彼女も、こうして誰かの手によって生まれたのだろうか。
設計図を描き、パーツを組み、プログラムを起動させた人。
その人は、彼女がこんなに優しい表情を見せるなんて、知っていたのだろうか。
命って、不思議だ。
温もりを持っているのは、人間だけじゃない。
その夜、僕は初めて、
“M-513となら、未来を信じられる”と思った。